『秘密の手帳』
こもれびがさしていた
光一は窓の木が揺らぐのをみながら 冷たいコーヒーをのどにしみこませていた
「ぜいたくな時間だな」
大学の帰り いつも一人でくるコーヒーショップだった
壁には古レコードが各箇所に無造作に置かれていた
「今日はお早いんですね?」
毎日とはいかないが いつもみかけるウエイトレスだった
年の頃は二十五くらいだろうか?
「ああ 一時間早く終わらせたからね」
「どうぞ ごゆっくりなさってください」
そう言うと彼女は消えて行った
(店の外へ)
光一は店を出ると大通りを離れ ひとつ脇の細道を歩いていた
「天気もいいし ちょっと寄り道でもするか」
その道は左右見渡す限り 建物のみえない田んぼ道だった
しばらくのどかな田んぼ道を歩いていると 遠くの方からかすかに声が聞こえてきた
そして声はだんだんと近づいてきて。。
「お客さん!これお忘れものではないですか?」
先程までいたお店のウエイトレス美波だった
「あっ!すみません 俺のです」
渡されたのは俺の黒い手帳だった
「テーブルの上に置き忘れていましたよ」
美波はお店に戻る様子はなく 同じ道を同じ方向に歩き始めた
「。。私も家、こっちなのよ。。私 美波。。
帰ろうとしたら忘れ物みつけて、同じ方向に歩いていくのみたから。。その。。」
「ありがとう!助かるよ。あっ!俺 光一っていうんだ。
実はこれ大切な俺の秘密の手帳なんだよ」
「秘密の手帳?」
「ああ 例えば自分の生まれた時の映像をみたいと思わないかい?」
「生まれた時の映像?」
「そう お母さん、お父さんが自分が生まれた時にどうしていたのか わかるんだ」
「えっ!本当に!?私 知りたい!」
美波にはずっと心にひっかかっていたことがあった
お母さん お父さんの仲の良さはきっと普通くらいだが二人とも特に父親は自分には冷たいと感じていた
正直どちらも好きではなかった。。が、両親の本当の気持ちを知ってみたいと思っていた
「じゃあ明日また同じ道で夕方に会える?」
「大丈夫よ!明日ね わかったわ」
美波はキツネにつままれたような不思議な気持ちのままその日眠りについた
(翌日 夕方)
「やあ!こんにちは美波さん」
「こんにちは光一くん」
二人は田んぼ道にぽつんとあるバス停に置かれたパイプ椅子に座った
光一は秘密の手帳を開いておもむろに美波にみせた
すると その手帳は光一の生まれた時の様子を映像でみせ始めた
「お母さん もうすぐ生まれるぞ!がんばれ!!」
お父さんはお母さんの出産に立ちあっていた
お母さんの手を握りながら ずっとそばで励まし続けていた
「オギャー」
光一がこの世に産まれた瞬間である
「お母さんもお父さんも嬉しそうね」
美波はだんだんだんだんと臆病になっていった
「どうしたの?美波さん?」
美波は光一に両親との関係を話した
「きっと大丈夫!」
「えっ!大丈夫って?」
「まあ俺の勘だけどね。。きっと美波さんが思うほど悪くはないはずだよ」
「どうして そう思うの?」
「だって!美波さん こんなに素敵な女性じゃないですか!」
美波は生まれてから一度もそんなことを言われたことがなかった
「自分を信じて!きっと全てはうまくいくから!
美波さんを産んで育ててくれた両親なんでしょ!!」
美波は経験したことのないあったかな気持ちに全身が包まれたような体感をした
「光一くん ありがとう!是非みせて 私の映像」
光一は次は静かに秘密の手帳を開きだした
そこは郊外の静かな病院だった
長い廊下のソファーに一人の男性がぽつりと座っていた
美波のお父さんだった
「やっぱり。。そんな嬉しそうじゃないわね」
「まだ決めつけるのは早いよ」
白衣に身をまとった男性が父親に近づいてきた
「いいんですか?」
「。。はい」
二人の空間はどこかよどんでいて重く感じた
美波はまだ途中だったが立ち上がり そこから離れようとした
「待って!」
美波の手を強くつかんだ
「もう みなくてもわかるわ」
「違う。。お父さんの様子が。。とにかく最後までみよう!」
美波は言われるままに座り直した
「先生、妻も子供もどちらも大切な宝物なんです!お願いです。。二人とも助けて下さい!!」
お父さんはその場で泣きくずれてしまった。。
「最善をつくします。手術で二人とも助けられるよう全力でやらせて頂きます」
「。。ありがとうございます」
父親は手術中、ひとときも休むことなく手をあわせてお祈りしていました
大きな手術は無事終わり 美波も無事産まれ、母親も数日後退院できました
「まったく知らなかったわ。それなのになぜ、私に冷たいんだろう?」
光一はその後の映像もみせてくれた
ある日の父親の部屋での映像。。一人で机に向かっていました
「俺は正しい選択ができていたのか?美波の身体に傷を残してしまった。。妻も気にしているみたいだ。美波にも申し訳なくて。。」
(お父さん。。)
美波はお父さんがどんな想いでいるのか、初めて知ることばかりだった
美波の背中に少しばかりの傷が残っていたが当の本人は気にとめていなかった
また別の日の映像には母親が映し出された
「あの人、美波が産まれてから笑顔が減ったわ。。他に好きな人でもいるのかしら?」
母親の方は疑心暗鬼になっていた
二人とも全く違う方向をみて暮らしていたのだ
美波はいてもたってもいられなくなった
「こんなことって!二人ともどうしてお互いを信頼しあわないの!
信じあえれば何でも話せて乗り越えていけるのに!!」
三人ともお互いを気にしながらも自分自身の殻に閉じこもって生きてきたなんて!
光一は美波に声をかける
「今日、今から美波さんのところへ行こう!
絶対 良くなるよ!!俺も応援するから!!」
美波は力強くうなずいて光一とともに歩き始めた
背中の夕日がまるでこれからやってくる新しいステージを照らしてくれているかのようだった
「人生 絶対うまくいく」
「幸せになるために生まれてきたんだ」
「みんなも勇気を出して一緒に歩いていこう!」
まだ見ぬ輝かしいステージへ