プロローグ
「─だから、貴方は乙女ゲーム『Saint ✼ Almeir』のヒロインなの!」
ラベンダーの乙女こと、エリザベス=フィオ=アイゼンラウアー様は、私の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄り、そう言った。
うっかり引いてしまい、2・3歩下がろうとしたが、真後ろの壁が邪魔をして距離を取ることが出来ない。
私たち以外誰もいない裏庭で、良かったと本当に思う。どう考えても頭のイカれた人間の発言だ。
もちろん彼女も自覚があるからこそ、私をこんな所へ呼び出したのだろうが…。
─本当に何が起こっているのだろう?
全校生徒の憧れの君である美しきラベンダーの乙女に呼び出されて内心色んな意味でドキドキしていたのだが、今の私は違う意味でドキドキしている。
正直憧れが壊れない内に、回れ右して寮へ帰りたい。
あ。回れ右しても壁だった。
「…何をしているの?」
回れ右して突きあわせた壁に顔を引っ付け絶望している私に、彼女が声をかける。
振り返れば、心配そうな顔で小首を傾げている麗しの乙女。
やっぱり可愛い…。うん、さっきのは気のせいだった。空耳だったんだ。
とりあえず失礼の無い様に、挨拶をして帰ろう。帰っちゃおう。
そもそも公爵令嬢で在らせられるアイゼンラウアー様が、私のような庶民に用がある訳がないんだから。
もう一度アイゼンラウアー様の方へと向き直し、一礼した。
「…何だかよく分かりませんが、恐らくアイゼンラウアー様はどなたかとお間違えなのだと思います。ですので私は、ここで見聞きした事全てを忘れますので─」
─どうかご安心下さいと、言おうとして。
前で揃えた腕をガシリと掴まれた。
…向きたくないが、前を向き、彼女の顔を見る。
逃がさない、そんな意味を含めた笑みを、その麗しき花の顔に浮かべのせて。
「…そんなこと言わないで?ゆっくりお話しましょ?元日本人同士…ね?」