第73話:殺欲執行
「ふふ、ふふふふふ……」
「……?」
無垢の笑みのままにハナは抑えきれない笑みを浮かばせ続けている。
この状況で、そんな表情を見せつけられても、不気味以外の何物でも無い。
「ふふふふ……そうか、超循環で対抗しようとしているか」
「ハナは何で痛めつけられるのが嫌い? リクエストは受けようか?」
「ふふふ……バカだなあ、お前」
「…………?」
「何で俺が、此処いら一帯に地割れを起こさせたか分かるか?」
「……な、なによ。ハナのちょっとした憂さ晴らしなんじゃ無いの? ハナにとっては、指をポキポキするようなものでしょ」
いささか大げさすぎる感情表現と言えるが。
「バカか……そんな表現するほど、俺は無駄な労力は使わねえ」
「……じゃ、じゃあ、なによ?」
視線を逸らさず、少しずつ移動しながら超循環に使える素材を探すが……
「……っ、ハナ。まさか」
「超循環士を一方的に殺すには、まず素材の元となる資源をぶっ潰すところから始めねえとなぁ……悪魔としての常識だろ?」
「ちっ……利己的じゃないと言っているくせに、妙に手はずが良いのね」
「あの女と戦うときは、あまり意味はねえが、大体の超循環士は、こうしておけば、大体一方的に殺して終わる」
「一方的に殺しにかかるなんて、趣味が悪いこと……」
「だが、とても楽しい。絶対に反撃されない状況で、少しずつ突いていくのは快楽に等しい」
ゆっくりと近づいて笑みを浮かべる。
「さて、お前を殺す……と、言いたいところだが……どうやら、俺は本能に従って、先にあいつを殺さなきゃいけないらしい」
「……あいつ?」
ハナの指さす北北西方向へと目を向ける。
しかし、そこには誰も居ない。
「……あいつって」
ガギィィィィィィィィィィィィィィィン!!!!!!!!!!!
「私ですよ。リヌリラ」
「ル、ルーミルッ!!!」
ハナの振りかざす両手の爪を、右手に構えた家庭用の包丁で押さえ込んでいるルーミル。
声のトーンはいつもの緩さが感じられるが、気迫は流石のハナと対峙していることもあり、恐怖を感じるオーラを隠しきれないでいる。
「あぁぁぁ、てめえ……てめえてめえ……いっつも俺の前に来るよなぁ。殺せばテメエは二度と俺の前に現れないってのに、いっつも死なねえから俺の前に来る……」
「それはあなたが雑魚だから、私ごときを殺せないのです。ダメですねぇ、死んだ方が良いんじゃないですか?」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ???? お前が死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!!!!!」
ガギィィィン……!!!
ジャギィィィィィン…………!!
ゴギィィィィィィィン……!!!!!
ハナの爪とルーミルの包丁が見えない速度でぶつかり合っている。
大地に刃物のぶつかり合う音が、強烈に響き渡る。
「リヌリラ! イデンシゲードの内側に、早く逃げてっ!」
「えっ、で、でも……ルーミルは……?」
「私はここでハナを引き留めます! 足止めをしている今しかチャンスはありません!」
「てめぇ……俺の邪魔をするだけじゃなくて、俺の獲物も奪う気か? 逃がさねえぞ!」
「ひぃっ……!」
ハナがルーミルの攻撃を掻い潜って、私の方へと高速接近してくる。
鋭く尖った爪を私の心臓へと真っ直ぐ向け、濁りのない真っ直ぐの殺意を露わにして。
しかし――
ガギィィィィィィィィン……!
その掻い潜りの攻撃は、ルーミルの素早い旋回による包丁攻撃で強制中断させる。
「……邪魔すんなって言ってんだろ! ゴラァッ!!」
「私だけを見ろ、クソ悪魔が。私が怖いのか? ん? 腕の一本でも引きちぎってやろうか?」
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”てめえてめえてめえてめえてめえてめえ……! ぜっっっっっっっっったい、ぐじゃぐじゃのミンチにしてぶっ殺すっ!!!!!!!! ミンチにした後も永久にぶっ殺してやるっ!!!!」
ガギィィィィィィィィン……!!!!!
ガギィィン……!!!!!
ガギィィィン……!!!!!
血眼になったハナは、私への殺意の視線なんて完全に忘れ去り、増幅された殺しへの欲求を、ルーミルに全て向け、一心不乱に爪を振りかざし続けている。
「に、逃げなきゃ……。ルーミルが足止めしてくれているうちに……」
こんなところで足がすくんでしまうようでは、ダメなヒロインみたくなってしまう。
「イデンシゲートの内側にっ……」
ダッ、とゲートの影が見える方へと一心不乱に駆けていく。
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”!!!!!!!!!」
「騒ぐな、静かに滅しろ」
ガァァァァァァァァァン!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
私の走る背中の方で、二人の声が響き渡っている。
もっと、遠くに……遠くに逃げなきゃ……
「イデンシゲートの内側の近くに、ロング・スローラーを置いてあるから……それに乗って、ハナの見えないところまで……逃げなきゃ」
腕が引きよせられないくらいに遠くまで。
メルボルンの中心へ。
ハナともっとも距離をとれる場所まで。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
…………
…………




