第72話:交渉決裂
「ハナが二十世紀に人間に扮して生きている理由だけど、もしかしたら、ハナの嫌う"あの女"という人が死んだ世界なのかもしれないね」
「……あの女が死んだ世界?」
「自らの身を追いかける人間が存在しなく、何をどうしていこうと指摘されることのない自由な世界――」
「はん。そいつは清々しい世の中だな。細胞レベルまで爪で切り刻んで、この世に生まれたことを数億回と後悔させて死んでいる設定だと、なお愉快だ」
イメージとは言え、ハナは殺欲を満たすと清々しい顔をしている。
「だが、俺は別に生きる目的なんてねぇ……邪魔者を排除したところで、そこから俺が人間に扮して穏やかに暮らそうなんて考えには至らないだろうけどな」
「好奇心の問題じゃないかな?」
「……好奇心? 好奇心……あぁ、成る程な」
ハナは納得したような様子を見せる。
「数十年前、俺のじじいだと名乗る男がたいそう好奇心旺盛な悪魔だと聞いた」
「……どんな悪魔だったの?」
「好奇心旺盛……というよりは、飽き性な性格だったのか。寝るとき以外は、一時間と同じ場所に居ようとしねえ。オーストラリアからヨーロッパ、アジアと駆け巡り、適当に狩りをしては自堕落に生きる生活を繰り返していたらしい」
「…………」
二十世紀の時代のハナに、おじいさんは好奇心旺盛で、探究心が強いあまり、最後は火山の火口に落ちて死んだという話を聞いた。
半信半疑で聞き流してた部分はあるけど、今のハナに改めて聞かされると、それは確信だという認識に至る。
「さすがに俺は、そんな右往左往を好む性格じゃなかったから、一緒に付いてこいと強要されても、拒否することが多かった。いつもの崖で日光浴しながら昼寝する方が幸せだったからな」
今のルーミルに負われ続ける生活に、より一層のストレスを感じている理由に紐付いてくる言葉だ。
まるで人間らしい性格をしている。
「なら、同じ場所で暮らしていつつ、好奇心で家事に手を出すということだって無くは無いんじゃないかな?」
「……なるほどな、賢い。俺のポテンシャルを誘導しながら見いだすとはな」
考えた――というよりは、事実を適切に流していったという方が正しいけれど。
私は別段、トークが特別上手というわけでも無い。意思疎通が楽しく行えれば良い方だ。
「肉は焼いて塩を掛ければ上手いが、タレで煮込めばもっと美味いと聞く」
「濃い味付けをして日干しすると干し肉になって、長持ちする上に美味しくなるらしいよ」
二十世紀のハナから聞いた話。
「あの女がいない世界か……可能性が広がるっていうものに、ちょっと興味が湧いてくるぜ」
「…………」
人にとって悪魔は殺すべき存在。
そして悪魔にとって人は殺すべき存在。
生物の本能は、自らと違う生き物を危険と判断し、排除しようとする。
互いが互いに、同じように排除しようとするからこそ、ある意味すれ違いは存在しないけれども――
ただ、擦れなくてもいい場所まで、誰かが不幸にならなくても良いんじゃ無いかとは、今ハナと話して感じた。
「物語はハッピーエンド。未来の俺は自由気ままに生き続ける。だが……」
「……だが?」
ハナは両手の爪を見せ。
「結局俺は、あの女以外にも、お前を殺すことに強い欲求を持ち続けて、しょうがない」
「……っ!」
「本能が人を殺せという警戒心を出している。人を殺すことが快楽だと脳内が信号を出してやまない!」
ドンッ!!!
地面に思い切り四股をつき、立ち上がれないほどに強烈な地割れを起こす。
ズズズズズズズズズズズズ!!!!!!
ズズズズズズズズズズズズ!!!
「……っ!!!」
辺りの木々が次々と崩れ、円形数十メートルが大地震を起こしたかの如く荒れ地と化してしまった。
「なぁ、生きるって難しいよな」
「……えっ?」
「お前みたいに、こんな俺の凶悪な顔を見てもビビらねえどころか、楽しいお話まで聞かせてくれるバカがいるってのによ……なんか珍しく意思疎通できるやつがいたってのによ……」
「…………」
「お前が最高の悲鳴を上げて苦しむ姿を見たくて見たくて、殺欲がどんどん湧いてくるんだ……!」
「ハナ……」
その顔は、なんの曇りも無い笑顔そのもの。
目の前にケーキを用意された子供のような表情をしており、純粋無垢な感情のアンサーがハナの表情となって現れている。
「結局は、ここでハナと対峙しなくちゃいけないのか……」
折れた左腕は少々神経が痛むけど、概ね止血はされている。頑張れば戦えないことも無い。
ひゅっ……
服の中に溜まっていた血を腕を振って外に逃がす。
今さら負傷した腕を隠す必要も無い。
殺し合いをしなくてはいけないんだから……
腰に付けた循環キットのスイッチを押し、素材を入れる準備をする。




