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第71話:交渉、殺意とトレードオフ

「将来の話――例えばハナが、百二十年後に十九歳として生きていたらの話」

「具体的な数字をいうじゃねえか。命乞いにしてはポイントが高い!」

「…………」


 二十世紀のメルボルン――

 本当にハナが存在していた事実の物語。


「むかしむか……いや、みらいみらい、かな。ハナはとある事情から、自らが悪魔であることを隠しながら、人と共に暮らすという生活を送っていました」

「はぁん……俺がねぇ。人を殺さずに、隠れながら生活を、ねぇ……?」

「未来のハナは、自尊心があるんだよ。ほら、長く生きれば丸くなるって言うし」

「さあてな。俺は俺の生きるままだ。殺したいときに殺す。気が乗らねぇときは見逃す。それだけだ」

「……そう」


 元の時代のハナも、そういう基準で私を刺したのかな……?

 ともあれ――


「それで、その自尊心に満ちあふれた俺は、未来ではどう生きているって?」

「自尊心に満ちあふれた……うん。そのハナはね、家事がとても得意なんだよ」

「あ? 家事?」

「家事。洗濯、掃除、料理、あと、ガーデニングとか」

「そんなもん一つもやったことねぇよ……本当にそいつは俺か?」


「その爪じゃあ難しいかもしれないけどね、人の手をしていれば、可能かもしれないよ」

「爪は重要な身体の一部だ。もし爪を切り落としているのなら、その俺は殺欲を完全に失った味のない生き物になっているだろうぜ」

「…………」


 虎は爪を、蛇は牙を備えるように、自らを守るために存在する武器を捨てるのは確かに違和感がある。

 目の前に居るハナが疑問に思うように、改めて私も二十世紀のハナが人に姿を扮していたのか、分からなくなってくた。


「さて次だ。俺はどうして家事をする? 安住の住処を作らねぇ俺には無縁の行為だろうが」

「……家、住んでないの?」


 今更、珍しいともいわないけれども。


「適当な場所を見つけても、すぐにあの女が来やがるんだよ」

「……あの女?」

「あの女! あの女だよ! 場所を変えてもいちいち探しに来るんだよ! さっさとグチャグチャにぶっ殺してぇのに、ちょこまかと逃げやがる」


 ハナにちょっかいを出して逃げ切れる。

 "あの女"という条件だけではあるが、私の知る限り、多分ルーミル以外に存在はしないだろう。

 身体能力に自信がある私でさえも、こうしてハナから逃げ切れなかったのだから。


「……ちっ、イライラしやがる。あの女を思い出すだけで人を殺したくなるぜ」

「…………」


 今は私とルーミルの関係性をハナに伝えるのは得策ではなさそうだ。

 腹いせに拷問とかさせられても、正直理不尽な被害を受けたとしかならない。

 その始末はルーミル自身で負ってもらうのが大人としての責任だろう。


 一言で言うなら、めんどうごとは嫌いだ。


「……その、ハナはね」

「あぁ? 俺がなんだって? ああ?」


 ドスンと轟音を鳴らして木を蹴り飛ばすハナ。

 振り向きざまのイライラついでに木を折り倒すあたり、殺意の念が溢れ出ているのだろう。

 ああ、良かった。ルーミルと他人同士で。


 だが、このまま怒りのヒートが堪りっぱなしでいると、私自身への二次被害が起こりかねないので、早急に話の方向転換をしておく。


「まぁ、その……ハナはね、利己的なんだよ」

「……あぁ? 利己的だぁ? 俺のどこにそんなモノがある?」

「…………」


 顔を真っ赤に染めストレスを抱えている様は、本能にだけ従う野獣であり、一言で言うなら利己的なんて存在しないバカ。

 だけど、ハナ自身の本能が認識をしているか分からないけど、私を早急に憂さ晴らしでも何でも殺そうとしないのは、間違いなく自制心が働いている証拠と言える。


「……おい、どうした? ネタが切れたか? なら殺してもいいのか?」

「いや。ハナ、そんなに自分を卑下するのは良くないよ」

「あん?」

「確かに自分の欲望に忠実的なところは見受けられるけど、それを除けば随分と切れるんじゃないかな?」

「爪か?」

「爪も、頭もね」


 悪魔の知能指数は人間に至るまで成長背させることが出来るという話は聞いた。

 大体の悪魔は肉食動物程度で収まっている中で、ハナは確実に人間により近い認識精度が備わっているのだろう。


 少なくとも、言葉の誘導さえ大きく外さなければ、私は生きたままハナに話し続けることが出来る。

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