第28話:メルボルン開拓戦01
「それでは、今回の訓練について一通り説明をしておきましょうか」
「おっけ。お願い」
地図を取り出したルーミルは、万年筆でメルボルン北北東に位置するイデンシゲートの境目付近にバツを付け、ここが現在いる場所ですというのを説明してくれる。
それと新聞、毎日出された最新情報を閲覧できるもので、その中には、エリアの安全地帯の毎日のアップデートが記載されている。
「超循環士たちの中には、イデンシゲートの境目の巡回をしている者もいます。目視による確認、デコイによる悪魔の検出や痕跡などを元に、総合的な安全レベルを発行します」
「メルボルンって随分と大きいでしょう? 相当たくさんの超循環士が必要にならない?」
「超循環の力を使えば、今言いました情報は、数人でものの数分もあれば検出することが出来ます。都市の中央には、専用の機械もありまして」
「へぇ、すごい。そんなものがあるんだ」
「安全状況は数時間ごとに変動しますから、よりすばやくリアルタイムの情報を受け取ることが大事なのです」
私の時代にはそういうのは無かった。
時間と共に廃れていったのだろうけど、せめて野生動物を見つけるために使うことが出来れば、きっと相当役立つのだろうなというのは感じた。
「今日の北北東付近は危険度レベルは低め。悪魔の数や脅威というのは、さほど多くもないでしょう」
「雑魚狩りにはちょうどいいってことだね」
「とはいえ、油断をすれば首をスパッと切られる場合もありますので、気を抜きすぎるのは危ないですけどね」
「……それって本当に安全?」
ライオンじゃなく、うさぎやシカが出てくるイメージを想定したんだけど、怪我をしたライオンか、怪我をしていないライオンかという違いのようだ。
言うても悪魔、人を殺す意欲は満々というところか。
「ここには、リヌリラも知らないような様々な素材が豊富に落ちています。買ったナイフだけではなく、様々な超循環の素材も利用して、セーフゾーンの開拓に挑んでみてください」
そう言って、ルーミルは背中に背負っていた四角い桐箱を下ろし、蓋を外して中を見る。
中にはタコ壺が入っていて、中からは薄緑色の煙がもくもくと湧き上がっている。
「ルーミル、これが」
「セーフゾーンを開拓する道具『イデンシのタコ壺』です」
「へぇ……これが。意外とローカルな感じだね」
「見た目より機能美ですから、制作コストを考えればこれで良いんです」
タコを燻製しているようで美味しそうな雰囲気があるが、中にどんな成分が入っているかわからないので、ひとまずその探究心は抑えることにする。
手に取る限り、壺に水が入ったような重たさを感じる代物だ。
壺から乗り出している偽物のタコの口からもくもくと煙を吹かせているあたり、機能美と言いつつデザインに遊び心を残している感じがする。
「壺の中身が大きく広がり浸透していけば、そこはもうセーフエリアになります。しかし、中途半端な浸透では効果は適応されません」
「ちなみにこれは何分防衛すればいいやつ?」
「小規模のやつなので、三十分防衛するものです。流石に最初から大中を使うというわけにもいきませんから」
作るのに手間がかかるという話を聞いているから、最初から過度な期待をされていないという点ではありがたい。
未だハナ以外の悪魔と遭遇していない以上、戦闘難度のさじ加減が出せないのでなんとも言えない。
そういえば、さっき森とかだと悪魔が隠れて急襲してくるって話をしていたし、今回平原近くに連れてこられたのも、段階を踏んで慣れていくための流れか。
「辺りを確認してみてください。悪魔はいないですか?」
「悪魔……悪魔、そうか。こんな平原にも悪魔が隠れている可能性があるんだ」
「草の長い部分に隠れている可能性があります。イデンシゲートを超える前からでも、相手に攻撃を仕掛けられますので、まずは状況を見て開拓エリアを整理しましょう」
そうは言っても、見渡す限り草と稀に木がちょいちょいと生えている程度にしか見えない。
ハイエナや子鹿が走っていても、すぐに動きを見つけられる難易度のように感じるが……
「……ん?」
しかし、一瞬違和感を抱くところがあった。
風の流れに少しだけ抗っている草がある。
自然の摂理の中にある植物が、そのような反抗的現象を起こすだろうか。
「……あそこ、遠目から私たちを監視している気配がする」
前方四十メートル付近にある少しだけ長い枯れ草の密集地。
人差し指を出し、ルーミルに場所を伝える。
目を凝らすと紫色に光る瞳のようなものが確認できた。
「見張り役でしょうね。ああいうのはイデンシゲート付近には必ず存在するやつです」
「強いのかな?」
「見張りは末端の仕事だから、リヌリラが懸念するほどではないと思います。ただ、始末して置かなければ、増援を呼ばれるので、真っ先に始末しておきたいところ」
私が強い眼光で悪魔へ視線を送ると、紫の眼光を強く睨みつかせたままに、ゆっくり長い枯れ草の中へと隠れていく。
「悪魔は人間並みの知能を持ち合わせています。位置がバレれば行動も変える。リヌリラの洞察力は鋭いですが、殺気を隠しきれなかったのは頂けません」
「はて、別にいいんじゃないかな?」
「……はい?」
私は近くに生えている紫色のキノコを手に取ると、それを循環ポケットの中に入れて超循環の力へ変換する。
ジュルル……と音を立てて禍々しい紫色のオーラを放つそれをぎゅっと握りしめると、上手投げのフォームで悪魔が隠れた枯れ草の方へと目掛け。
「フンッ……!」
一気に紫色の爆弾を投げて飛ばす。
「は、早い……それに、あんな遠くに」
ボォゥゥゥゥム……!!!!
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”…………!!!!!!」
枯れ草の密集地の方から喉が枯れるような強烈な叫び声が響き渡る。
地面を張って必死に逃げようとしているが、キノコの成分の影響からなのか、うまく移動ができないでいる。
そして、一分もしないうちに叫び声はぷつっと途絶え……
「…………」
草むらの中から、いかにも悪魔というような紫色の裸体生物が苦しみの表情のままに倒れ込んだ。
「へぇ……これ、猛毒のキノコなんだ。普通に道端に落ちてるとかあっぶな」
「強烈麻痺ダケ。神経に激痛を与えつづけるもので、弱い悪魔なら体力が持たずに朽ち果てるやつです」
「便利だねー。あいつに使うのもったいなかったかな?」
「いえ、素材は使わなければわかりません。使い続けて慣れるのが重要ですので、今は気にしないでください」
私の時代に存在しなかった素材が随分とあるようだ。
一割程度は見知ったものは存在しつつも、新たに素材の種類は覚え直す必要がありそう。
ルーミルの言う通り、やはり使い続けて覚えていくのが超循環士としての近道。
面倒くさいが、最短の近道なので、せめて私の記憶力が有能であることを願いつつ、素材を使っていこうか。




