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3/16

転生令嬢は妖精さんではございません。

 さあ、新しい人生だ。思いっきり楽しむぞ――なんて、簡単に行くはずがなく。


 私は、この世界に来た翌日から熱を出してしまい、寝込んでしまった。



「……あわばばば、あわばばばばばばば! どうしよう、僕の天使がァ!!」

「変態は巣に帰れー!!」



 心配のあまりに部屋を覗いてくるオルバを、何度も追い返す。この男、隙あらば扉から、窓から、天井裏から……私の様子をじっと見ているのだ。非常に気味が悪い。ホラーか!

 仕方なしに、部屋の隙間という隙間を布などで塞ぎ、カーテンを締め切って眠る。


 全身を包む気怠さと熱に朦朧としながら、ひたすら熱が下るのを待つ。

 けれども、正直なところ気分は悪くなかった。だって――。



「ふっ。美少女……いや、美幼女は病弱と相場が決まっているもの」



 ――美しく生まれてしまった宿命。前世が普通顔だっただけに……ふっふっふ、笑いがとま……うふっ、ぐほっ、ゲホッ、グフッ……!!



「お嬢様大丈夫ですか?」

「だだ、グフッ、大丈夫ですう!!」



 自分に浸って咽るとか、恥ずかしすぎる……!!

 私は慌ててシーツを被った。そして、ちらりとその人を覗き見た。


 それは、オルバの屋敷で働いているメイドのカーラだ。カーラは、ふわふわの栗色の毛をポニーテールにした、青い瞳が印象的な20代の女性だ。クラシックな足首まで隠れる紺色のワンピースは、首元まできっちりとボタンが止められている。白いヘッドギアとお揃いのエプロンがなんとも眩しい。


 ――ふおおお、メイドさんや……!!


 私は、あれこれと世話を焼いてくれるカーラを見るたびに、内心どきどきしていた。だって、リアルメイドよ? ふぅ! その長いスカートから溢れる背徳感。堪らんなァ!

 すると、急に私の方を振り返ったカーラは、ぴくりと片眉を上げた。



「……何を考えていらっしゃるのですか」

「いいいいいいい、いいえ! なあんにも!!」



 ――私の中の荒ぶるおっさんがバレるところだった。私は五歳の幼女。幼女なの……! 危ない、危ない。


 息をゆっくり吐いて己を鎮め、じっとカーラの仕事ぶりを眺める。

 変態眼鏡のせいで、締め切った部屋には太陽の光は入ってこない。ランプの温かな光に照らされた部屋は、セピア色にぼんやりと染められている。


 カーラは私の体を拭った布をテキパキと片付けると、ベッドの傍の椅子に座った。そして、用意して来た擦りりんごを匙で掬って、私に差し出した。

 大人しくぱくりと口に含む。すると、どうやら口のなかに口内炎が出来ていたらしく、堪らず顔を顰めた。


 ――カシャン!

 すると、皿が落ちる音がして、思わず身を竦める。何があったのかとカーラの様子を伺うと、彼女は真っ青な顔色をして震えていた。



「……も、申し訳ございません!!」

「は?」



 普段はクールなカーラの豹変ぶりに戸惑っていると、彼女は落ち着かない様子で、雑巾で床を拭いながら言った。



「やはり、林檎はお口に合いませんでしたか。妖精さんには花の蜜でないと……それとも、薔薇に溜まった朝露でしょうか」

「は?」



 カーラの口から飛び出した言葉に、どう反応すればいいかわからず戸惑っていると、彼女はじっと私を見つめて言った。



「奥様のいない旦那様のもとに現れた、美しい美しいお嬢様。……あなたは、妖精さんの贈り物なのでしょう……?」



 カーラは頬を薔薇色に染め、潤んだ瞳で私を見つめている。


 ――オイオイオイオイ! 何を言ってらっしゃるの。このメイドさん!


 オルバ、あの変態眼鏡。

 あいつまさか、私がホムンクルスだと知らせていないのだろうか……?

 すると、カーラはまるで夢見る乙女のように目を細めて、悩ましそうに体をくねらせた。



「お嬢様は、新月の夜だけに咲く花の真ん中から現れたのだと、旦那様が教えてくれました。貴方様は、妖精界の姫君であらせられると。わたくし、いつか妖精さんに会うのが夢でしたの。こうして目の前にして、更にお世話をさせて貰えるなんて!!」

「あの野郎」

「なにか、おっしゃいましたか?」

「いいえー。べつになにもー。あははははー」



 小さく舌打ちして、シーツを握りしめる。

 一見、真面目なカーラ。普段は抑圧されているだけで、随分と乙女チックな性格をしているようだ。そんな彼女は、ブツブツと私の今後の食事について呟いている。



「ふ……ふふふ。妖精さんですものね。お食事には、細心の注意をはらわなくては。花の蜜、朝露、朝どれの若葉。食用のお花に……ああ、ハーブもよろしいですわね」



 ――ひええ!! このままだと、私の食事が草オンリーになりかねない!!


 自他ともに認める肉食女子である私は、痛む胃をこっそりと手で押さえながら、恐る恐るカーラに声を掛けた。



「カーラ、聞いてくれる?」

「なんでしょう、アンジェリカお嬢様」

「今、妖精界では空前の肉ブームなの」

「なんと」



 言ってしまってから、自分のあまりの愚かさに頭を抱えたくなる。


 ……どうして、妖精説を否定せずに、肉食妖精路線に舵を切った……!?


 けれど、すぐさまそれを否定したら、説得力に欠ける。私は肝を据えて、カーラに真っ直ぐに向き合った。



「特に流行っているのが、牛肉よ」

「牛」

「それも、差しが沢山入った、上質な肉。それを、レアに焼いて食べるのが大流行」

「レア」



 私はずい、とカーラに顔を寄せる。すると、彼女の頬が鮮やかに色づいた。



「……フライドガーリックも大好物」



 すると、カーラは両頬に手を当てて身を捩った。



「ああん! 肉食妖精さんも素敵でございます……!!」

「肉食妖精はやめて!? 軽くホラーだから!!」



 慌てて抗議するも、カーラには届かなかったようだ。

 カーラは勢いよく立ち上がると、テキパキと汚れた物を片付ける。そして、それらをお盆に乗せて部屋を出ようとして――くるりと私の方へと振り返った。



「わたくし、貴方様にお仕えするメイドとして、最高の仕事をすることを誓いますわ!」

「え、ええ……」

「早速、新鮮なお肉、仕留めて参りますね〜!」

「狩るの!?」



 頬を薔薇色に染めたカーラは、嬉しそうにスキップで部屋を出ていった。どうやら、草食生活は回避出来たようだけれど、大いなる誤解を与えてしまったようだ。私は大きくため息を吐くと、ベッドの横に足をおろした。


 ――むにゅ。


 その瞬間、生暖かく柔らかいものを踏んだ嫌な感触がして、顔を顰める。

 そして、一度天井を仰ぐと――思い切り、それを踏みつけた。



「ひぐぅ!」



 ――聞こえてきた間抜けな声に、益々熱が上がってきたような気がした私は、大人しくベッドに潜り込んだ。……勿論、変態眼鏡を追い出してから。

 カーラとのやり取りで疲れていたらしい私は、ぐっすりと眠った。


 ――数時間後、意気揚々とカーラが皿を片手に戻ってくるまでは、だけど。



「お嬢様ー! 狩りたてのキラーバイソンの極厚ステーキでございますーー!!」

「お肉は熟成した方が美味しいからね!?」



 ……この家、主人どころかメイドもおかしい気がする!!

 私は自分のことを棚上げして、心の中で悲鳴を上げたのだった。

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