転生令嬢は妖精さんではございません。
さあ、新しい人生だ。思いっきり楽しむぞ――なんて、簡単に行くはずがなく。
私は、この世界に来た翌日から熱を出してしまい、寝込んでしまった。
「……あわばばば、あわばばばばばばば! どうしよう、僕の天使がァ!!」
「変態は巣に帰れー!!」
心配のあまりに部屋を覗いてくるオルバを、何度も追い返す。この男、隙あらば扉から、窓から、天井裏から……私の様子をじっと見ているのだ。非常に気味が悪い。ホラーか!
仕方なしに、部屋の隙間という隙間を布などで塞ぎ、カーテンを締め切って眠る。
全身を包む気怠さと熱に朦朧としながら、ひたすら熱が下るのを待つ。
けれども、正直なところ気分は悪くなかった。だって――。
「ふっ。美少女……いや、美幼女は病弱と相場が決まっているもの」
――美しく生まれてしまった宿命。前世が普通顔だっただけに……ふっふっふ、笑いがとま……うふっ、ぐほっ、ゲホッ、グフッ……!!
「お嬢様大丈夫ですか?」
「だだ、グフッ、大丈夫ですう!!」
自分に浸って咽るとか、恥ずかしすぎる……!!
私は慌ててシーツを被った。そして、ちらりとその人を覗き見た。
それは、オルバの屋敷で働いているメイドのカーラだ。カーラは、ふわふわの栗色の毛をポニーテールにした、青い瞳が印象的な20代の女性だ。クラシックな足首まで隠れる紺色のワンピースは、首元まできっちりとボタンが止められている。白いヘッドギアとお揃いのエプロンがなんとも眩しい。
――ふおおお、メイドさんや……!!
私は、あれこれと世話を焼いてくれるカーラを見るたびに、内心どきどきしていた。だって、リアルメイドよ? ふぅ! その長いスカートから溢れる背徳感。堪らんなァ!
すると、急に私の方を振り返ったカーラは、ぴくりと片眉を上げた。
「……何を考えていらっしゃるのですか」
「いいいいいいい、いいえ! なあんにも!!」
――私の中の荒ぶるおっさんがバレるところだった。私は五歳の幼女。幼女なの……! 危ない、危ない。
息をゆっくり吐いて己を鎮め、じっとカーラの仕事ぶりを眺める。
変態眼鏡のせいで、締め切った部屋には太陽の光は入ってこない。ランプの温かな光に照らされた部屋は、セピア色にぼんやりと染められている。
カーラは私の体を拭った布をテキパキと片付けると、ベッドの傍の椅子に座った。そして、用意して来た擦りりんごを匙で掬って、私に差し出した。
大人しくぱくりと口に含む。すると、どうやら口のなかに口内炎が出来ていたらしく、堪らず顔を顰めた。
――カシャン!
すると、皿が落ちる音がして、思わず身を竦める。何があったのかとカーラの様子を伺うと、彼女は真っ青な顔色をして震えていた。
「……も、申し訳ございません!!」
「は?」
普段はクールなカーラの豹変ぶりに戸惑っていると、彼女は落ち着かない様子で、雑巾で床を拭いながら言った。
「やはり、林檎はお口に合いませんでしたか。妖精さんには花の蜜でないと……それとも、薔薇に溜まった朝露でしょうか」
「は?」
カーラの口から飛び出した言葉に、どう反応すればいいかわからず戸惑っていると、彼女はじっと私を見つめて言った。
「奥様のいない旦那様のもとに現れた、美しい美しいお嬢様。……あなたは、妖精さんの贈り物なのでしょう……?」
カーラは頬を薔薇色に染め、潤んだ瞳で私を見つめている。
――オイオイオイオイ! 何を言ってらっしゃるの。このメイドさん!
オルバ、あの変態眼鏡。
あいつまさか、私がホムンクルスだと知らせていないのだろうか……?
すると、カーラはまるで夢見る乙女のように目を細めて、悩ましそうに体をくねらせた。
「お嬢様は、新月の夜だけに咲く花の真ん中から現れたのだと、旦那様が教えてくれました。貴方様は、妖精界の姫君であらせられると。わたくし、いつか妖精さんに会うのが夢でしたの。こうして目の前にして、更にお世話をさせて貰えるなんて!!」
「あの野郎」
「なにか、おっしゃいましたか?」
「いいえー。べつになにもー。あははははー」
小さく舌打ちして、シーツを握りしめる。
一見、真面目なカーラ。普段は抑圧されているだけで、随分と乙女チックな性格をしているようだ。そんな彼女は、ブツブツと私の今後の食事について呟いている。
「ふ……ふふふ。妖精さんですものね。お食事には、細心の注意をはらわなくては。花の蜜、朝露、朝どれの若葉。食用のお花に……ああ、ハーブもよろしいですわね」
――ひええ!! このままだと、私の食事が草オンリーになりかねない!!
自他ともに認める肉食女子である私は、痛む胃をこっそりと手で押さえながら、恐る恐るカーラに声を掛けた。
「カーラ、聞いてくれる?」
「なんでしょう、アンジェリカお嬢様」
「今、妖精界では空前の肉ブームなの」
「なんと」
言ってしまってから、自分のあまりの愚かさに頭を抱えたくなる。
……どうして、妖精説を否定せずに、肉食妖精路線に舵を切った……!?
けれど、すぐさまそれを否定したら、説得力に欠ける。私は肝を据えて、カーラに真っ直ぐに向き合った。
「特に流行っているのが、牛肉よ」
「牛」
「それも、差しが沢山入った、上質な肉。それを、レアに焼いて食べるのが大流行」
「レア」
私はずい、とカーラに顔を寄せる。すると、彼女の頬が鮮やかに色づいた。
「……フライドガーリックも大好物」
すると、カーラは両頬に手を当てて身を捩った。
「ああん! 肉食妖精さんも素敵でございます……!!」
「肉食妖精はやめて!? 軽くホラーだから!!」
慌てて抗議するも、カーラには届かなかったようだ。
カーラは勢いよく立ち上がると、テキパキと汚れた物を片付ける。そして、それらをお盆に乗せて部屋を出ようとして――くるりと私の方へと振り返った。
「わたくし、貴方様にお仕えするメイドとして、最高の仕事をすることを誓いますわ!」
「え、ええ……」
「早速、新鮮なお肉、仕留めて参りますね〜!」
「狩るの!?」
頬を薔薇色に染めたカーラは、嬉しそうにスキップで部屋を出ていった。どうやら、草食生活は回避出来たようだけれど、大いなる誤解を与えてしまったようだ。私は大きくため息を吐くと、ベッドの横に足をおろした。
――むにゅ。
その瞬間、生暖かく柔らかいものを踏んだ嫌な感触がして、顔を顰める。
そして、一度天井を仰ぐと――思い切り、それを踏みつけた。
「ひぐぅ!」
――聞こえてきた間抜けな声に、益々熱が上がってきたような気がした私は、大人しくベッドに潜り込んだ。……勿論、変態眼鏡を追い出してから。
カーラとのやり取りで疲れていたらしい私は、ぐっすりと眠った。
――数時間後、意気揚々とカーラが皿を片手に戻ってくるまでは、だけど。
「お嬢様ー! 狩りたてのキラーバイソンの極厚ステーキでございますーー!!」
「お肉は熟成した方が美味しいからね!?」
……この家、主人どころかメイドもおかしい気がする!!
私は自分のことを棚上げして、心の中で悲鳴を上げたのだった。




