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絶望都市シャンバルディア  作者: 東メイト
第二章:絶望からの旅立ち
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第6話:約束

シャンバルディアを脱出する日が近づくに連れて俺の中では言い知れぬ不安が大きくなっていた。それはセフィのことである。身体の弱い彼女をこの地下都市に1人だけ残して行くことに俺はとても抵抗を感じていた。


(できることならば・・・セフィも一緒に外の世界へと連れてってやりたいんだが・・・)

俺はセフィも一緒に外へ連れて行く方法について懸命に考えたが、生活区と作業区の間には関所があり、そこには四六時中衛兵が眼を見晴らせていたため、彼女を作業区へと連れて行ってやることはできなかった。


仮に衛兵の目を上手く誤魔化せたとしても肺の弱い彼女を空気の悪い作業区へ連れ出すことは彼女の寿命を縮めかねなかった。唯一の方法はこの街の中心にある地上世界へと抜け出すためのエレベーターであるが、それも衛兵によって四六時中見張られているため、俺達には使用することができなかった。


(結局のところ、革命を起こすしかセフィを外の世界へと連れ出すことができない)

それはボアの話を聞きながら何度も考えた末の結論であった。

今の俺がセフィにしてやれることは彼女が希望を失わないように地上の話を聞かせて励ましてやることだけであった。そして、俺は今日も彼女を元気付けるために彼女の店へと足を運んでいた。


(あれ?セフィがいない?)

俺が店の前に立つとそこには何時もいるはずのセフィの姿が見えなかった。


(お手洗いにでも行っているのか?)

俺は不思議に思いながら店の外からセフィの姿を探った。


(んっ?今何か音がしなかったか?)

俺が店の中を見ていると店の横にある暗い路地の方から何やら怪しげな音が聞こえてきた。


(一体何の音だ?)

俺は音の正体を探るべくそちらの方向へと足を進めた。路地の先では2人の男女が絡み合っていた。


(どうやら、お取り込み中のようだな・・・)

俺は慌ててその場を離れようとしたが、押し倒されている女性の顔を見て足を止めた。なぜならば、その女性は他ならぬセフィだったからである。俺の中で血の気が一気に込み上げてきた。


「おいっ、お前っ。何をしているっ」

「ちっ、見てわからねぇか。俺達は今お楽しみ中なんだよ」

「んーっ」

セフィは男に口を押さえられており、まともに声を出すことができなかった。


「その子は身体が弱いんだ。そんなに女を抱きたければ娼婦街に行けばいいだろっ」

「あそこの女共じゃ、物足りねぇんだよ。どいつもこいつも死んだ魚みてえな顔しやがってよ。俺は恐怖に満ちたこの女のような表情がたまらねぇんだよ」

男は厭らしい笑みを浮かべると恐怖に怯えるセフィの顔を見ながら舌なめずりを見せた。


「お前の性癖など知ったことかっ。とにかくその薄汚い手を退けてこの場を去れっ」

「なんだ?お前。もしかして、こいつに惚れているのか?」

男は心の中を探るように鎌を掛けてきた。


「そうだ。そいつは俺の大切な人なんだ。だから・・・」

俺は率直に男の質問に答えた。


「そうか・・・安心しろ。俺がたっぷりと可愛がった後に返してやるぜっ」

男は俺の気持ちを嘲笑うかのようにセフィの胸元の服に手を掛けた。そして、力一杯彼女の服を切り裂いた。


「なっ」

「いやあああ」

セフィは男の行為に全力で悲鳴を上げていた。


「てめえええ」

俺は烈火の如く頭に血を上らせると下衆な男に殴りかかった。


「邪魔するんじゃねぇ」

男は俺が襲い掛かるとセフィから離れて戦闘体制を整えた。


「うおおお」

俺は無我夢中で男に飛びついた。

男は突進を真っ向から受け止めると顔面目掛けて拳を放った。


「うぐっ」

俺は男の攻撃に顔を苦痛に歪めた。正直、俺は喧嘩があまり強くなかった。


「おらよっ」

男は俺が怯んだ隙に更に追加の攻撃を放ってきた。喧嘩の経験がまるで違っていた。

俺は男にされるがまま殴られまくった。


「がはっ」

俺は意識が朦朧とした状態でその場に倒れた。


「くだらねぇ手間取らせやがってっ」

男は俺に唾を吐きかけるとセフィの方へと近づいた。


「・・・待たせたな。今度はお前の番だぜっ」

男は乱暴にセフィの身体に跨ると強引に胸を掴んだ。


「やめてえええ」

セフィは必死で叫び声を上げた。


「静かにしろっ」

男はセフィの頬を思いっ切り叩いた。


「うっ」

セフィは頬を叩かれて思わず呻き声を漏らした。


「大人しくしてれば痛い思いをせずに済む。少しの間、俺の言うことを聞きな」

男はセフィの耳元で脅すように囁いた。

彼女は涙目を浮かべながら男の成すがままに身を委ねるしかなかった。


「わかればいいんだよ」

男はセフィが抵抗しなくなったことを確認すると欲望の続きを再開した。

彼女は必死に下唇を噛み締めながら身体を襲う嫌悪感と闘っていた。しかし、男の手が下半身の方に伸びてくると恐怖に耐え兼ねて再び唇を開いた。


「いやあああ」

「まだ、わからねぇのかっ」

男は肌蹴た服を掴むとセフィを脅すように前後に揺らした。


「助けてえええ、デュアルっ」

セフィは必死で俺の名前を叫んだ。


「あの男のことか?あの男なら完全にそこでのびているぜ。諦めなっ」

男は再び頬を殴打するとセフィの口を黙らせた。


(セフィが・・・セフィが・・・呼んでいるっ)

微かな意識の中、俺の耳にはしっかりとセフィの叫び声が届いていた。そして、俺は彼女の声に反応するように全身の筋肉を引き締めた。


(こんなやつに・・・こんなやつに・・・セフィの希望を奪われてたまるかあああ)

俺は徐に立ち上がると男の上半身目掛けて力一杯蹴りをかました。


「うがっ」

男は不意を突かれて地面の上に転がった。そして、俺は路肩に落ちていた石を拾い上げると男の身体に跨って無我夢中で顔面を殴り続けた。


「うごごご」

男の顔は火で炙ったマシュマロのように腫れ上がっていた。


「もっ、もう・・・勘弁してくれ・・・」

男は弱々しく声を漏らすと殴るのを止めるように懇願してきた。


「もう2度と・・・この子に近づくんじゃねえぞっ」

俺は男を立たせると背中を思いっ切り蹴って表通りへと押し出した。


「・・・大丈夫・・・か?」

俺は地面の脇で蹲って震えるセフィに声を掛けた。


「・・・」

セフィは顔面を蒼白にしたまま沈黙を続けた。

生まれて初めて味わった恐怖感で身動きができないようであった。


(無理もないな・・・)

俺はセフィを元気付けるため、彼女の頭に手を近づけて撫でようとした。


『びくっ!』

セフィは恐怖のあまり身体を震わせた。彼女には目の前の者が誰なのかも認識できていないようであった。


(参ったな・・・一体どうすればいいんだ?)

俺は不安そうに震えるセフィを落ち着かせようと彼女の体にゆっくりと両手を伸ばした。


「いやあああ」

セフィは全力でその両手を振り払った。そして、表の通り沿いを目指して走り出した。彼女は先程の男との遣り取りで完全に男性恐怖症になってしまっていた。


「まっ、待ってくれっ」

俺は慌ててセフィを呼び止めたが、パニック状態になっている彼女には声が届かないようであった。


「くっ」

俺は慌ててセフィの後を追いかけた。そして、彼女の家の前まで後を付けていった。


「待ってくれっ、セフィっ」

セフィは俺の言葉に耳を貸すことなく家の中に入ると扉を力一杯閉めて鍵を掛けた。


「・・・ここを開けてくれないか?」

俺は扉越しに優しくセフィに話しかけると扉を開くように説得したが、彼女にはまるで俺の言葉が届いていなかった。


(くそっ・・・どうしてこんなことになっちまったんだっ。俺がもっとしっかりセフィのことに気をまわしていれば・・・)

俺は自分を責めるように強く奥歯を噛み締めた。そして、どうすることもできない現状をただただ歯痒そうに指を咥えながら眺めていた。

結局、その日はいくら待っていてもセフィが家の扉を開くことはなかった。それ以来、彼女は家の中から一歩も外に出てこなくなってしまった。


(このままではセフィが死んでしまう・・・何とかしなければっ)

日が経つに連れて俺はセフィが死んでしまうかもしれない恐怖心で焦りが募っていた。


「・・・一体どうすればいいんだっ」

俺は打つ手のない現状に思わず拳を握り締めて壁に叩き付けた。


「痛っ・・・俺は一体何をやっているんだ・・・」

俺は頭に上った血を冷ますため、その場で大きく深呼吸をした。


(まずは落ち着いて考えるんだ。どうすれば、セフィの心を開くことができるのかを・・・)

俺は頭の中でセフィを説得するための方法を見つけるため、彼女と過ごした日々を思い返した。


(・・・そうだっ)

俺は以前交わしたセフィとの約束について思い出した。


(空を見る約束のことを持ち出せば彼女の心を開くことができるかもしれないっ)

俺はセフィを説得する方法を思い付くと懐に食糧を抱えて駆け足で彼女の家へと訪れた。


「セフィ・・・俺が恐いようならそのまま家の中にいても構わない。だけど・・・俺の話を聞いてくれないか・・・」

俺はセフィの家の前で彼女に優しく語りかけた。

家の中からは物音1つ返ってこなかったが、俺は彼女が話を聞いているものと信じて会話を続けた。


「セフィ・・・覚えているか?俺と交わした約束のことを」

俺は頭の中にその当時の状況を鮮明に思い浮かべながらゆっくりと口を開いた。


「地上にあるこの空をセフィに見せてやるって・・・何時か俺と一緒に地下都市を出て『本物の空を見よう』って約束したことを」

俺は閉ざされたセフィの心を開くように一生懸命話しかけた。


「あの時、俺は『何時か』って言っていたけど・・・今なら約束できるっ。セフィに必ず1年以内に本物の空を見せてやるっ。だから・・・こんな薄暗い世界でも絶望なんかしないでくれっ」

俺は神に祈るような気持ちで目を閉じるとセフィがおもい心の扉を開くことを強く願った。しばらくの間、俺は彼女の家の前で祈り続けたが、やはり返事は返ってこなかった。


(これでも駄目か・・・)

俺は悔しそうに唇を噛み締めると彼女の家に背を向けた。


「デュ・・・デュアル・・・」

俺が諦めてその場を離れようとした瞬間、家の中から弱々しく俺の名前を呼ぶ声が聞こえてきた。


「セ・・・セフィ・・・なのか?」

俺は唐突なセフィの呼び掛けに足の動きを止めると慌てて家の方に振り返った。


(俺の声はちゃんとセフィに届いていたんだな・・・)

俺は感動で瞳を潤ませると心の底から込み上げてくる衝動を必死で抑えた。そして、心を落ち着けると静かに手を扉に触れた。


「・・・身体の方は大丈夫なのか?」

俺は扉越しにセフィに話しかけた。


「はい・・・」

セフィは今にも消えてしまいそうなか細い声で質問に答えた。


「そうか・・・」

俺は久々に交わしたセフィとの会話に今にも泣き出しそうな気分になっていた。


「俺は・・・俺はセフィの顔が見たい・・・。ここを開けてくれないか?」

俺は言葉を詰まらせながら必死でセフィに話しかけた。


「・・・」

セフィは沈黙したまま俺の質問には答えてくれなかった。


(まだ完全には心を開くことはできないか・・・)

俺が諦めかけた瞬間、家の中から鍵穴を回すような音が聞こえてきた。


(これは・・・部屋の中に入ってもいいということなのか?)

俺は恐る恐るセフィの家の扉を開くと静かに部屋の中へと足を踏み入れた。

部屋の中は完全に明かりが消されており、真っ暗な状態であった。


「セフィ・・・どこにいるんだ?」

俺は暗闇の中を手探り状態でセフィのことを探した。


「・・・ここ」

俺はセフィの声を頼りにして彼女の傍まで近づいた。

彼女は奥のベッドの上で身を震わせながら毛布を巻いていた。彼女はまだ男である俺のことが怖いようであった。


(どうしたもんか・・・)

俺は布団の中で震えるセフィを目の前にしてどう接すればよいのかわからずに頭を抱えた。


「近くに座ってもいいか?」

「・・・どうぞ」

セフィは不安そうな様子であったが、俺の申し出を承諾してくれた。

俺は彼女を恐がらせないように細心の注意を払いながら静かにベッドの端へと腰をかけた。


(次はどうする?)

「手を・・・握ってもいい?」

俺が悩んでいると唐突にセフィは俺の手を握ることを提案してきた。


「別に構わない・・・」

俺は震えるセフィの手を優しく握り締めた。


「温かい・・・」

セフィは俺の手に触れると安堵の溜息を漏らした。


「俺も・・・もっとセフィに触れてみたい。顔を見せてくれないか?」

俺がセフィにお願いすると彼女は静かに首を縦に振った。


「それじゃ・・・」

俺はセフィから毛布を剥ぎ取ると静かに彼女の横顔に両手を触れた。


(これが・・・セフィなのか・・・)

俺はすっかりとやつれてしまったセフィの姿を見て思わず涙が込み上げてきた。その姿は今にも壊れてしまいそうな硝子のようであった。


「抱き締めてもいいか?」

俺は切ないセフィの様子に彼女のことを抱き締めずにはいられなかった。


「・・・はい」

セフィはいきなりのお願いに戸惑いながらも俺の気持ちを受け入れてくれた。


「いくぞ・・・」

俺はその場の雰囲気に身を任せながら静かにセフィの背中に手を回した。そして、彼女の身体を優しく抱き寄せると彼女の身体が壊れてしまわないように優しく抱き締めた。

彼女の心臓は緊張のあまり今にも破裂しそうな勢いで鼓動を高鳴らせていた。


「・・・大丈夫か?」

「大丈夫・・・傍にいるのはデュアルだから・・・」

セフィは自らの体を全て委ねると少しずつ心臓の音を静かにさせていった。


(良かった・・・この様子ならばいずれは外にも出られるようになるだろう)

俺はそんなセフィの様子を見ながら安心したように胸を撫で下ろした。


「もう大丈夫だな?」

俺はセフィの震えが完全に治まると彼女からゆっくりと身体を引き離した。


「はい・・・震えは治まりました・・・」

セフィは瞳を潤ませると甘えるような眼差しで俺の顔を見つめていた。


「どうかしたのか?」

俺は何時もの表情と違うセフィに戸惑っていた。


「体の震えは治まったのですが・・・胸の中の疼きが止められないです」

セフィは今までに感じたことのないような感情に突き動かされて苦しい胸の内を明かした。

それは彼女が生まれて初めて恋を知った瞬間であった。


(どうすればいいんだ?)

俺は恋するセフィにどう接していいのか全くわからなかった。正直、恋愛に関しては経験豊富というわけではなく、どちらかと言えば不器用な方であった。というか、この地下都市において恋愛する方が無理な話なのである。

俺達はみんな道具として扱われていた。


「少しだけ・・・目を閉じていてくれるか?」

「・・・わかりました」

セフィは俺の言うことを信じて静かに目を閉じた。


「胸の疼きを止めるためのおまじないだ・・・」

俺はセフィの唇に自らの唇を重ねると優しく彼女の身体を抱き締めた。


「んっ・・・」

セフィはいきなり唇を重ねられて最初の内は戸惑っていたが、時間が経つに連れて次第にその気持ちは治まっていた。そして、彼女も次第に俺の身体を力一杯抱き締め返した。

しばらくの間、俺達の周りの空気は凍りついたように静まり返っていた。辺り一面に響くのは俺達の心臓の音だけであった。


「どうだ?少しは落ち着いたか?」

俺はセフィが落ち着いた頃合を見計らって身体を離すと恥ずかしそうに頬を紅く染める彼女の顔を見つめた。


「ありがとう・・・デュアル」

セフィは瞳を潤ませながら優しく微笑んだ。


(可愛いな・・・)

俺はそのセフィの笑顔を見て再び心の中の炎を燃え上がらせた。


(どうしよう・・・今度は俺の方が緊張してきた・・・)

俺は心の奥底から突き上げる感情を必死に抑えた。ここで感情の赴くままセフィを襲ってしまえば、彼女に再び恐怖心を植え付けかねなかった。


「そっ、それじゃ、また明日な」

俺は自分自身の気持ちを抑えきれなくなる前にその場から立ち去ろうとしたが、セフィに服の後ろを掴まれた。


「んっ?どうしたんだ?」

俺は突然のセフィの行動に理解できずに困惑した。


「今日は・・・今日はもう少しデュアルと一緒にいたい・・・」

セフィは顔を真っ赤に染めながら恥ずかしそうに誘ってきた。


「そっ、それは・・・家に泊まっていけということなのか?」

俺は彼女の意思を確認するように問い掛けた。

セフィは俺の背中で頷くように自らのお凸を当てた。


(どっ・・・どうするっ)

俺はセフィの誘いに酷く動揺していた。まさか彼女からそんな大胆な誘いを受けるなど思ってもみなかった。


(ここはセフィの思いに応えて泊まるべきか?)

俺はしばらくの間、悩んでいたが、セフィの勇気を尊重して彼女の家に泊まることを覚悟した。


「・・・わかった。それじゃ、このまま泊まらせてもらう」

俺はセフィの方に振り返ると小さく頷いた。


「こっちにきて・・・」

セフィは艶っぽい声で俺のことを誘導すると静かに上着を脱ぎ始めた。そして、俺の胸元に自らの胸を押し当てた。


(うっ・・・)

俺はセフィの生々しい体温と胸の柔らかい感触を感じて不覚にも『欲望』という名の棒を突き立たせてしまった。何ともご無沙汰振りの感覚であった。


「ねぇ、デュアル・・・私を見て・・・」

セフィは俺の首元に手を回すと自分を見るように促してきた。


(むっ、無理だっ)

俺は緊張のあまり体が完全に硬直していたため、まともにセフィの顔を正視することができなかった。しかも彼女の産まれたままの姿を見て理性を保つ自信もなかった。


「大丈夫・・・ちゃんと知っていますから」

(なっ、何を???)

俺はセフィの意味有り気な台詞に目を大きく見開いた。


「年頃の男と女が愛し合ったら・・・子供を作るってことも・・・」

いくら初心そうなセフィであっても性に関する知識はちゃんと学校で教えられていた。彼女は俺を挑発するように俺の耳に熱い吐息を吹き掛けた。


(もっ・・・もう駄目だあああ)

セフィの一息によって俺の理性は風の前の塵の如く簡単に吹き飛ばされてしまった。

俺は彼女の瞳に視線を合わせると脇目も振らず彼女の唇目掛けて吸い付いた。


「んーっ」

セフィは突然の口付けに目を白黒させていたが、時間が経つに連れて自らも口を開いてお互いの舌を絡め合った。


こうして俺達は愛の炎を燃え上がらせると無我夢中でお互いの身体を求め合い、お互いの気持ちの良い所を触りあった。そして、俺はセフィの身体が弱いことを完全に忘れて欲望の赴くまま彼女と身体を1つにしてしまっていた。


(やっ、やってしまった・・・)

俺は朝起きて正気に戻ると激しい後悔の念に襲われていた。我を忘れてしまったとはいえセフィの身体を欲望の赴くままに貫いてしまったことは決して許されることではなかった。

下手をすれば、ただでさえ短い彼女の命を更に縮めてしまいかねなかった。


「・・・おはようございます」

俺が自負の念に押し潰されそうになっているとセフィは幸せそうな顔で俺の顔を覗き込んできた。


「おっ、おはよう・・・」

俺はセフィとは対照的に気まずそうに挨拶を交わした。


「えっと・・・昨日は・・・」

「とても・・・激しかったです・・・」

セフィは恥ずかしそうに頬を染めると視線を地面に向けて小刻みに肩を揺らしていた。


(のわーーっ)

俺はセフィの艶かしい反応に心の中で激しく動揺した。


「あの・・・その・・・すまなかった」

俺は良心の呵責に耐え兼ねて思わずセフィに謝った。


「何を・・・謝っているんです?」

セフィは不思議そうな顔で首を傾げた。


「いや・・・なんか半ば強引に抱いてしまったのではないかと・・・反省している」

「気にしないで・・・あれは・・・私が望んだ結果ですから」

セフィは眩しい笑顔を浮かべると何も問題なかったことを強調した。

俺はその彼女の笑顔に救われるような気分であった。


(やっぱり、セフィは可愛いな・・・)

俺は改めてセフィのことを惚れ直していた。それと同時に俺の中の不安が爆発した。


『本当にセフィを独りで地下都市に置いていってっていいのか?』

唐突に頭の中で俺じゃない誰かが語り掛けてきた。


『できることならば・・・セフィを独りでなんか置いていきたくなんかないっ。このままセフィとずっと一緒に同じ朝を迎えていたい』

そんな感情が急に込み上げてきた。だが、それを叶えてしまったらセフィの空を見たいという願いは一生叶わなくなってしまう。

そんな矛盾する2つの思いに挟まれて俺は大いに葛藤した。


「・・・どうしたんですか?」

俺が悩んでいるとセフィは心配そうな眼差しで俺の顔を見つめていた。


「なんでもない。ちょっと考えごとをしていただけだ」

俺はセフィに何でもないことを伝えると深呼吸して心を落ち着けた。


(どの道、俺にはもう引き返すという選択肢は存在しないっ)

そう強く自分に言い聞かせると俺はセフィに対する不安を拭い去った。

既に自由への鍵は俺の手の中に握られている。あとは地上に出て研究所からナノマシンの製造方法を持って帰ることができれば、彼女に地上にある『現実の空』を見せてあげられるのである。


「セフィ、実は俺・・・外の世界に旅に出ようと思っているんだ」

俺は覚悟を決めるとセフィに地上へ行くことを打ち明けた。


「本当・・・ですか?」

「ああ、そのための下準備は全て整えた。あとは地上への道を開くだけだ」

「いいですね・・・」

セフィは俺が本気で地上を目指していると知って羨望の眼差しを向けてきた。


「本当であればセフィも一緒に連れて行ってやりたいところなのだが・・・」

それができないから俺は苦悩していた。


「気にしないで・・・下さい」

セフィは思いつめる俺に対して明るい笑顔を浮かべた。


「私は・・・デュアルの言葉を信じて・・・楽しみに待っていますから・・・」

セフィは俺に気を遣わないように明るく振る舞った。


「セフィ・・・俺が旅から帰ってくるまで待っていてくれないか?」

「それはどういう意味・・・んっ」

俺はセフィが言葉を言い切る前に自らの唇で彼女の口を塞いだ。


「結婚しよう」

俺はその場の勢いに任せてセフィにプロポーズした。


「・・・」

セフィは目尻に涙を浮かべたまま沈黙していた。


「・・・駄目か?」

俺はセフィが直ぐに応えてくれなかったので不安を感じ始めていた。


「本当に・・・本当に・・・こんな私なんかでいいんですか?」

セフィは自分の寿命が短いことを気にしていたため、素直に俺の気持ちを受け入れることができなかった。


「当たり前だっ。セフィだからいいんだっ」

「でも・・・私は・・・子供を産むことができません」

「それでも構わない。セフィさえいれば・・・後のことは関係ないっ」

俺にとってセフィが全てであった。

彼女のためならば、どんな危険にだって立ち向かう。例え、世界中の人間を敵に回したとしても俺は彼女のために戦い続けることを決意していた。


「・・・嬉しいです」

セフィは俺の気持ちを受け止めると満面の笑みを浮かべた。


(そういえば・・・)

俺はセフィの笑顔を見ながら大昔に行われていたある風習について思い出した。

それは家族の契りを結んだ者は家族になった証としてお互いの指に指輪を填めるという習慣であった。俺は大分前にボアから地上ではそんな風習があったことを聞いていた。


「セフィ・・・すまないが、少し待っていてくれないか?」

俺はセフィとの絆の証として彼女に結婚指輪を贈ることを考えていた。


「どうかしましたか?」

セフィは不思議そうな眼差しで俺の顔を見つめてきた。


「少し野暮用ができた」

「野暮用?」

「そうだ・・・セフィに贈りたい物があるんだ」

「贈りたい物?それは・・・何ですか?」

セフィは意味深な俺の言葉に興味を示した。


「それは・・・後のお楽しみだ。それよりもちょっと左手を見せてくれないか?」

俺は徐にセフィの食糧を入れていた袋を取り出すとその袋を細く伸ばした。そして、それを彼女の薬指に当ててリングを作るように巻くと形状を崩さないように丁寧にその袋の輪を彼女の指から引き抜いた。


「何をしているのですか?」

セフィは俺の意図が掴めずに不思議そうに首を傾げていた。


「今は言えない・・・」

俺はセフィを驚かせようと彼女の質問について答えなかった。


「それじゃ、ちょっと行って来るっ」

俺は一旦セフィと別れると急いでボアの下に向かった。


「どうしたのだ?血相を変えて?」

ボアは俺の真っ赤に染まった顔を見て驚きの表情を浮かべた。


「実は・・・ボアに頼みがあるんだが・・・」

俺は息を切らせながらボアにセフィに贈る指輪のことについて話をした。


「なるほどな・・・そういうことならばとっておきな物があるぞ」

ボアは不敵な笑みを浮かべると荷物の中から複数の銀で作られた指輪を取り出した。


「これは?」

「昔、地上で物を漁っていた時に見つけてきた物だ」

ボアのような闇商人達は金目になりそうなものがあれば何でも収集して、それらの物を地上の市場や地下都市の闇市で売り歩いていた。


「すまないが、この2つの指輪を譲ってくれないか?」

俺はボアの取り出した指輪の山の中から彼女と俺の薬指に合うサイズの指輪を見つけ出すとそれらの指輪を譲渡するように交渉した。


「そうだな・・・」

ボアは難しい表情を浮かべると悩ましげに両腕を組んだ。


「・・・駄目か?」

俺は真剣な表情でボアに迫った。


「仕方がないな・・・金100グラムで売ってやるぞ」

ボアは悩んだ末、その指輪を金100グラムで売ることを提案してきた。


「金100グラム・・・」

俺は若干高めな値段設定に躊躇していた。


(これも全てはセフィのためだっ)

俺はセフィの喜ぶ笑顔を思い浮かべながら指輪を買うための覚悟を決めた。


「・・・わかった。その値段で売ってくれっ」

「毎度あり~」

ボアは交渉が成立すると満面の笑みを浮かべた。腐っても商人であった。


「ただし・・・支払いは後払いで頼む」

俺は直ぐに金100グラムを用意できなかったのでボアに支払いを後にするようにお願いした。


「・・・まぁ、お前さんならばいいだろう。持っていけ」

ボアは俺の提案を飲み込むと銀の指輪を手渡した。


「ありがとな・・・」

俺はボアから指輪を受け取ると再びセフィの所へと戻った。


「セフィ・・・これを見てくれないか?」

俺は抑えきれない感情のあまりセフィの部屋に入るなり、いきなり彼女に結婚指輪を見せた。


「それは・・・?」

セフィは結婚指輪の風習を知らなかったため、不思議そうに目を丸くさせていた。


「これは・・・俺達が夫婦になるための証だ」

「夫婦になるための?」

「そうだ。大昔、地上の人間達が夫婦になる際に誓いの証としてこの指輪をお互いの指に填めていたらしい」

俺はボアから聞いた話をそのままセフィに伝えた。


「だから・・・これを受け取ってくれないか?」

俺は銀の指輪の1つをセフィに差し出した。


「・・・本当にいいんですか?」

セフィは指輪に手を付ける寸前、俺に最後の確認をした。


「何度も言っているだろう?俺はセフィと家族になりたいんだ。だから・・・頼むっ」

俺は目を閉じて強く祈るとセフィに指輪を受け取るように懇願した。


「・・・わかりました」

セフィは俺の思いを受け止めると静かに指輪を受け取った。


「これを・・・どうすればいいんですか?」

セフィは指輪を受け取った後の行動を知らなかったため、戸惑っていた。


「セフィ、左手を出してくれ」

俺はセフィの左手に手を伸ばすと彼女の痩せ細った指先にゆっくりと銀の指輪を近づけた。


(俺は・・・絶対にセフィの下に帰ってくるっ)

俺は強い思いを込めながらその指輪をセフィの薬指に填めた。銀の指輪は彼女の薬指にしっかりと嵌っていた。


「今度はセフィが俺のことを思いながら同じように指輪を填めてくれ」

俺は自分の指輪をセフィに填め終えると彼女に同じように行動するように求めた。


「いきます・・・」

セフィは俺の見様見真似で俺の薬指に指輪を近づけた。そして、俺が無事に戻ってくるように祈りを込めるとその指輪を慎重に俺の指に填めた。


「これで俺達は夫婦だっ。例え、どんなに場所を隔てようとも俺達の心は常に1つだからなっ」

俺は誓いの指輪を右手で覆い隠すと力一杯握り締めた。


「絶対に・・・帰ってきてくださいね・・・」

セフィは屈託のない笑顔で俺に笑いかけた。


「当たり前だっ」

俺もセフィの笑顔に対して満面の笑みで微笑み返した。


こうして俺達はお互いに夫婦になることを誓い合った。これで心の中で燻ぶっていた問題が全て解消された。残る問題は地上への道だけであった。

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