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絶望都市シャンバルディア  作者: 東メイト
第一章:希望との出会い
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第2話:情報収集

(どうすれば・・・セフィに空を見せてやることができるんだろうか?)

俺は金の採掘作業をこなしながら、ひたすらそのことについて考えていた。そして、ある計画を思いついた。


(この方法ならば・・・セフィに空を見せてやることができるかもしれないっ)

俺はその計画を実行するために金の採掘中にこっそりと小さな金の欠片を拾い集めた。そして、それを持って娼婦街へと繰り出した。


(どこかに都合の良い奴はいないか?)

俺が娼婦街に向かったのは別に女と遊ぶためではなかった。

俺は娼婦街の中で商売をしている人間を探していた。ここで物を売っている商人は『闇商人』と呼ばれ、彼らは地上の人間の目を掻い潜って無断でこの地下都市に来ていた。


『なぜ地上の人間がこんな地底の中にやって来るのか?』

それは非合法に金を手に入れるためであった。闇商人は地上から持ち込んだ商品と金を引き換えに地下の人間から直に獲得していた。娼婦街にはそういった訳ありの人間達が身を潜ませていた。


(こいつも駄目だな・・・)

俺は娼婦街の中で娼婦を品定めするように闇商人を捜し歩いた。


(こいつなら・・・)

俺はある40代位の闇商人の前で足を止めた。


「俺に何か用か?」

闇商人は俺と視線が合うと怪訝そうな顔で話し掛けてきた。


「お前と取引がしたい」

「ほう、取引だと?」

闇商人は俺が商談を持ち込むと建物の奥の方へと導いた。


「それでお前さんは何が欲しいというのだ?」

闇商人は俺の目の前に地上から持ち込んだ品々を並べて見せた。


「俺が欲しいのはこんなものじゃない」

俺は闇商人が見せられた商品を全て否定した。


「それじゃ、お前さんは一体何が欲しいというのだ?」

闇商人は半ば呆れた様子で俺が求めている商品について訊ねてきた。


「俺が欲しいのは・・・地上世界の情報だっ」

俺は闇商人から地上の情報を得ようと考えていたため、この経験豊富そうな人物を選んだのである。


「地上世界の情報だと?」

闇商人は予想外の回答に驚きの表情を見せた。

闇商人からしてみれば、こんな地下の世界に住んでいる人間が行けもしない地上のことを知りたがるなど到底理解などできるはずがなかった。


「これで地上のことを教えてくれないか?」

俺は先程掻き集めてきた金の一部を闇商人の前に差し出した。


「この金の欠片でか?」

闇商人は眉間にしわを寄せながら俺に疑いの眼差しを向けた。


「駄目ならいい。別の商人に頼むだけだ」

俺はテーブルに手を伸ばすと闇商人の前に差し出した金の欠片を回収しようとした。


「待てっ」

闇商人は慌ててその手を掴んだ。

彼からしてみれば物を売らずにタダで金を手に入れられる機会など早々になかったため、俺の取引に興味を示したようであった。


「それで・・・お前さんは地上の何が知りたいというのだ?」

闇商人は素早く金の欠片を懐に仕舞うと俺の話を聞いてきた。


「俺は地上の全ての情報を知りたい」

「全てか・・・だとしたらこの欠片1つでは足りんな」

闇商人は吹っ掛けるように情報料を吊り上げようとした。


「確かにこの欠片1つだけで全部教えろというのは虫が良すぎるな・・・」

俺は闇商人の提案に素直に従った。


「なら、地上の情報1つに付き、これ位の金の欠片を1つ提供するというのはどうだ?」

闇商人はしたり顔で口許を緩めるとその条件で取引することを承諾した。


「何から知りたい?」

「まずは・・・この都市の上がどうなっているのかを教えてくれ」

俺は地下都市の上にある建物について質問した。


「この都市の上には四方を取り囲む高い城壁が築かれていて、その中央にはこの都市を治めている領主が住む大きな豪邸が建っている」

闇商人はそこまで話をすると口を紡いだ。

そこから先の話は追加料金を払えという意思の表われであった。俺はテーブルの上に新しい金の欠片を置いた。


「そして、その城壁の中には大きな発電施設と地下都市に無菌状態の空気を送風したり、電気を供給したりするための施設がある。それ以外の施設は要塞を守るための衛兵の家や領主の血縁者の住む街が存在している」

闇商人は再び口を堅く閉ざした。


「あとの施設は存在しないのか?」

俺はさらに金の欠片を取り出すと他の施設について質問した。


「あとは市場があったり、飲食店があったり、娼婦街のような商業施設があるくらいだな」

闇商人はシャンバルディアの真上にある街並みについて説明した。その説明のおかげで俺はこの上にある街並みについて理解ができた。


「地上の人間は全てそういった街の中だけで生活しているのか?」

俺は新しい金の欠片を置くと要塞の周りの状況について確認した。


「いや、基本的に物を生産している人間は城壁の外の広い土地で暮らしていて、時折、金を受け取るためにそれらの生産品を持ってこの街にやって来ている」

生産者が地上で生活するためには金鉱を統括している領主に食料や生活品などを献上してその代わりに金を貰う必要があった。


「それなら、あんたはどうしてそうしないんだ?」

「俺達のような流れの者の人間には領主は会ってくれない。だから、普通の方法では金を手に入れることができない」

領主は金が枯渇することを何よりも恐れていたため、領主は自分の息がかかった親しい商人としか金の取引をしなかった。つまり、領主を失った地上の人間は通常の方法では金を手に入れることができない。


だからこそ闇商人のような非合法な取引をする者が現われたのである。


「地上の人間は金を手に入れて一体どうするんだ?」

地下都市において金は炉端の石と同じくらいの価値であり、地下にいる俺達には地上の人間が何故そんなに金を欲しているのか知らなかったため、その理由について確認した。


「金を手に入れた商人はそれを研究所に持っていき、ナノマシンを作ってもらうのさ」

闇商人はあっさりとナノマシンが金から作られていることをばらしてくれた。


「へぇ、研究所に金を持っていくとナノマシンを作ってもらえるのか・・・」

俺は心の中で密かにほくそ笑んだ。なぜならば、俺が最も知りたかったのはナノマシンの出所がどこにあるのかということであった。

ナノマシンさえあれば、俺達のような地下の人間でも地上に出られることくらいは知っていた。俺の計画にはナノマシンの出所を知ることが必要不可欠であった。


「それでその研究所というものはこの真上にある建物の中にあるのか?」

「いや、研究所はここら辺には存在しない」

領主は万が一にも地下の人間が反乱を起こした時のことを警戒して簡単にはナノマシンを手に入れられないように研究所をこの地域から遠い所に作っていた。


「あんたは研究所の場所を知っているのか?」

「当然知っている。そこでナノマシンを手に入れているのだからな」

闇商人は得意げな顔で不敵に微笑んだ。


「今日の取引はここまでだな・・・」

俺は手持ちの金が全てなくなってしまったため、やむなく闇商人から地上の話を聞くのを止めた。


「これからも俺の話を聞きに来るつもりなのか?」

闇商人は話をするだけで金を提供してくれる俺のような鴨を手放したくないようであった。


「ああ、そのつもりだ。明日も金を集めたらここに来る」

「そうか・・・」

闇商人は安心したように胸を撫で下ろすと俺に手を差し出した。


「これからもよろしくな。俺の名前は『ボア』という」

「俺の名前はデュアルだ」

俺はボアの手を軽く握り返した。そして、次の日も作業区で金の欠片を集めると彼の下へと訪れた。


「よく来たな」

ボアは俺の顔を見ると嬉しそうに口許の筋肉を緩めた。彼からすれば俺は鴨が葱を背負ってやって来るようなものなのだろう。


「それで今日は何を知りたいのだ?」

「そうだな・・・今日は地上世界の流通システムについて教えてくれないか?」

本当はすぐにでもボアから研究所の在り処を聞き出したかったが、彼に俺の狙いを悟られたくなかったため、敢えて目的とは関係のない話について訊ねた。


「流通システムか・・・おかしなことを聞くやつだな」

ボアは俺がどうしてそんなことを知りたがっているのか疑問に感じていた。


「まぁいいだろう。知りたいというのならば教えてやろう」

ボアは自分の中に生じた疑念よりも目先の金の欠片の方が魅力的であったため、余計な詮索を考えることを止めたようであった。

彼からしてみれば余計なことを詮索して目の前の鴨が飛んでいくのは実に勿体ないことであろう。


「地上の世界には金鉱を納める領主がいる。そして、領主の周りには領主の身内とこの金鉱を警備する衛兵、その家族が住んでいる」

ボアはそこまで話をすると口を紡いだ。


「その話は昨日も聞かなかったか?」

俺は似たような話に首を傾げた。


「昨日話したのは建物についてだ。今話しているのは地上の人間の立場についてだ。地上の世界の流通システムについて知るにはこれらの立場を知る必要がある」

ボアは尤もらしいことを話しながら似たような情報があることを正当化した。彼からしてみれば少しでも少ない情報で多くの金を俺から巻き上げるためには当然の行為であった。


「・・・わかった。続けてくれ」

俺は懐から新しい金の欠片を取り出すとボアに手渡した。


「地上の世界には領主や衛兵の他に生産者や科学者がいる」

ボアはそれだけ話すと厭らしく口を閉じた。


「もう少し詳しい話を聞かせてくれないか?」

俺はボアに主導権を持っていかれないように金を出すことを渋った。ここで彼の要求をあっさりと認めてしまえば、どんどんと情報料を吊り上げられかねなかった。


「う~む・・・」

ボアは俺の揺さぶりに悩ましい表情を浮かべていたが、ここで取引を中止するにはあまりに勿体なかったため、再び口を開いた。


「ならば、まずは生産者についてだな。生産者は領主から金を貰うために広い土地で牛や豚、鳥、野菜など様々な食料品を生産して領主に献上している」

「生産者は食料品以外のものは献上しないのか?」

俺は新しい金の欠片を渡すとボアに質問した。


「食料品の他にも加工品など領主にとって必要になりそうな物も生産している」

「加工品というのは具体的にはどんな物なんだ?」

「加工品の主な種類は武器だな。その他には衣類、あとは貴金属や生活用具など身の回りに必要な物だな。その中にはナノマシンも含まれている」

領主は基本的に金鉱を離れるわけにはいかなかったため、生産者にナノマシンを運び込ませていた。

緊急の場合は衛兵を直接研究所に派遣して必要なナノマシンを手に入れているようであった。


「生産者は・・・ナノマシンを作ることができるのかっ?」

俺は思わぬところから飛び出したナノマシンの名前に思わず驚きの感情を露わにした。


「いや、ナノマシンを製造できるのは科学者だけだ」

「そうか・・・」

俺は残念そうに眉を吊り下げると質問を続けた。


「どうして生産者にはナノマシンを作れないんだ?」

「生産者がナノマシンを作れないのはその製造方法が一般的に公開されていないからだ」

「なぜ生産者にはナノマシンの製造方法が公開されていないんだ?」

「それはだな・・・科学者の地位を確立させるためだ。生産者がナノマシンの製造方法を知ってしまえば、科学者達は基本的にお払い箱になってしまうからな」

科学者は世間に自分達の存在価値を認めさせるため、ナノマシンの製造方法を徹底して隠蔽していた。

科学者達からすれば、その知識を周囲の人間達に広めてしまうと食料や研究に必要な用具を手に入れられなくなってしまうからである。


「それにナノマシンの製造方法が一般に出回ってしまえば領主の権威も脅かされかねないからな」

領主は科学者達にナノマシンの製造方法を秘密にさせることにより生産者達を上手くコントロールしていた。

生産者がナノマシンの製造方法を知ってしまえば勝手に金を採掘する者が現われかねないため、そういった造反者が出ないように領主は科学者に様々な権利を与えて秘密を守らせている。


この世界では領主は『国王』であり、衛兵は『騎士』、科学者は『貴族』、生産者は『平民』、そして、地下都市の人間は『奴隷』であった。俺は幼少期に聞かされていた童謡からそう理解した。


「あとはナノマシンを作るには研究所のようなそれ相応の機械や施設がなければ作ることができないらしい。仮に俺達がその製造方法を知ったとしても基本的に生産者は電気を使うことができない。だから、ナノマシンを作ることはできないだろう」

電気を発電している施設や関係者は全て領主が抱えており、研究所や地下都市以外には電気の提供をしていなかった。そのため、生産者は基本的に手作業で家畜や野菜などを生産している。

そうすることで領主は生産者達に生きていくのに必要な最小限の物だけを作らせていた。


(ちっ・・・金が切れたか)

俺はポケットの中から金の欠片がなくなったことを確認すると歯痒そうに奥歯を噛み締めた。


「今日はここまでだな」

俺は溜息を吐くとボアに商談の終了を持ち出した。


「なんだ。もう金がなくなったのか?」

ボアは残念そうな表情を浮かべると肩の力を落とした。


「どうせなら、もっと多くの金を持ってくればいいものを・・・」

ボアは思わず本音を漏らした。


「そうしたいのは山々だが、こちらにも色々と事情があるんでな」

本当であれば彼の言うようにもっと多くの金を持ち出して、彼からもっとたくさんの情報を手に入れたかったが、それは叶わなかった。


なぜならば、作業区と生活区の間には関所があり、そこで衛兵からボディーチェックのようなものを受けなければ生活区の中には戻れないからだ。小さな欠片であれば衛兵にばれる可能性は低いが、大きな欠片を持ち出そうとすればさすがにばれてしまう可能性が高かった。


「まぁ、仕方がないか・・・」

ボアは俺の状況を察すると素直に要求することを諦めた。


ちなみに関所は身分カードがなければ通れないため、ボアのような商人達が直接金を採掘しに行くことはできない。そのため、彼らは俺達から物々交換で金を手に入れるしか入手する方法がなかった。


「折角だからもう少しだけ話を聞かせてやろう」

ボアは俺を繋ぎ止めておくために少しだけサービス精神を見せてきた。


「生産者は領主に生産品を献上することで金を手に入れ、それを研究所に持っていくことでナノマシンに変えてもらう。科学者は生産者から金と生産品を受け取り、ナノマシンを生産者に提供している」

科学者は領主より権利を与えられており、生産者から無償で生産品を徴収することができる。

地上の世界はそんな流通のシステムにより成り立っていた。


「生産者はそれを持って再び領主の下を訪れて貨幣を受け取る。そして、紙幣を貰った生産者達は市場で他の生産品と交換したりする」

「紙幣とは何のことだ?」

俺達のいる地下都市では基本的に物々交換が主流であり、地上のような紙幣体系は存在しないため、俺には何のことか理解ができなかった。


「紙幣とは・・・そうだな。生産者同士がお互いの生産品を交換する際に使われる信用証書のことだ。それを使うことで生産者は他の生産品を手に入れることができる」

「何で生産者は地下都市のように直接物々交換をしないんだ?」

俺はボアに尤もらしい質問を訊ねた。


「それは生産している物の価値が違いすぎるためだ。例えば、牛一頭とリンゴを交換しようとした時に牛一頭分のリンゴを荷台に積み込めば領主や科学者に献上する品が詰め込めなくなってしまう可能性が高くなる。そういった問題を解決するために領主が紙幣を発行し、生産者達の間でその紙幣が使われている」

その他にも領主が生産者達に紙幣を渡している理由は彼らを掌握しやすくするためでもあった。

領主が紙幣を発行して、その紙幣を限られた場所で流通させることで生産者達が勝手に他の領地の人間と取引することを防いでいるようであった。


「なるほど・・・」

俺は紙幣体系について少しだけ理解した。


「今、話したのが地上世界での主な流通システムについてだ」

ボアはそこまで説明すると口を閉じた。


「ありがとう。あんたのおかげで地上世界について随分と詳しくなった」

俺はボアにお礼を述べると片手を差し出した。


「気にするな。こちらも商売だ」

ボアは俺が手を差し出すと同じように手を差し出して握手した。


「それじゃ、明日もよろしくな」

「ああ、待っているぞ」

俺はボアに別れを告げると居住空間へと戻っていった。そして、作業区で金の欠片を拾い集めて再び彼の下を訪れた。


「今日は何を聞きたい?」

ボアは首を長くして俺のことを待っていたようである。俺が着くなり、いきなり商談を始めた。


「とりあえず、地上世界において金が重要なことはよくわかったが・・・その金が取れなくなったらどうするんだ?」

俺は地下の人間が金を取れなくなった時のことが気になっていた。この世界は金を中心に動いているといっても過言ではなかった。


「その時は・・・別の土地へと侵略する」

ボアは表情を険しくすると深刻な口調で話を始めた。


「侵略?」

俺は聞き慣れない言葉に眉を潜ませた。


「土地から金が取れなくなった領主は蓄積された金を全てナノマシンに換えて一部の地下の若い衆に提供する。そして、その連中を率いて金の取れる別の土地へと進行する」

これが地下の人間が地上へ徴兵される主な理由であった。

その反対に侵略者達からこの土地を防衛する場合も同様である。あとは大きな建設物がある場合も同様にナノマシンを与えられ、労働力として地上へと引っ張り出されるそうだ。


「侵略された土地の人間はどうなるんだ?」

「基本的には殺される」

「生産者達もか?」

「そうだ。科学者以外の人間はみんな例外なく殺される」

ボアもそんな領地を追われた生産者の1人であった。

領主は派兵の際に活躍した地下の若い人間達に土地を分け与えることでモチベーションを上げさせていた。その代わりにそこで生活していた生産者達は全て皆殺しにされてしまうのである。


そのため、領主を失った生産者は土地を捨てて闇商人となり、金鉱を警備している衛兵に賄賂を払ってでも地下の世界へと忍び込んで現地の人間から食料や便利品、金を除く貴金属などを物々交換して非合法に金を入手して生きながらえていた。


唯一の例外は科学者である。科学者はその英知を尊重されており、領主が変わっても何の変化もない。科学者を処刑や拘束することは地上の人間にとって天に唾を吐くに等しく自分達の首を絞める行為だからである。


「ちなみに新しい土地を領主が手に入れたら金の取れなくなった地下の人間達はどうなるんだ?」

「その場合は・・・大半は見捨てられる」

「どういうことだ?」

俺はボアの『見捨てられる』という言葉の意味がよくわからなかった。


「そのままの意味だ。食糧も与えられず、空気も送り込まれず、地下の人間はそのまま死を迎えることになる・・・」

ボアは険しい表情を浮かべていた。


「なんだとっ」

俺はあまりに理不尽な出来事に思わず声を荒げてボアの襟を掴んだ。


「地上の人間にとって金の取れなくなった地下の人間はお荷物以外の何者でもない」

ボアの言うことは尤もであった。

地下の人間を別の土地へ移動するには膨大な費用を要するため、領主は侵略した先の地下の人間が殺されていない場合はそのコミュニティをそのまま利用するのである。


地上の人間にとって金さえ取っていれば地下の人間は誰でも構わないようであった。侵略された土地の領主が地下の人間を道連れにした場合のみ、前の土地にいた地下の人間達を引き連れて新しい土地へと移送する措置を取るそうだ。


「そんな身勝手なことが・・・」

「許されるっ。少なくとも地上に住んでいる人間達はみんなそう思っている」

ボアは真面目な顔でそう断言した。

地上の人間にとって俺達のような地下の人間はやはり物でしかないようであった。


「地上の人間にとって俺達は家畜以下の存在なのか?」

「残念だが、それが事実だ」

だからこそボアは土地を追われても死に物狂いで闇商人をやっているのである。


「そんなやつらのために今まで一生懸命働いていたなんて・・・」

俺はあまりに重過ぎる世界の真実を知って言葉を失った。そして、何もかもがどうでもよくなり始めていた。


(駄目だっ、諦めるなっ)

俺は自らを奮い立たせると絶望に染まりかけた心を必死で立ち直らせた。もし、ボアの言うことが真実であるのであれば俺はなおさら諦めるわけにはいかなかった。


(全てはセフィのためだっ)

俺にとって生きる希望はセフィの笑顔であり、彼女が笑って暮らせる世界を手に入れられるためならば俺は何だってする覚悟をしていた。


「大丈夫か?」

ボアは突然取り乱した俺を心配そうな眼差しで見つめていた。


「・・・大丈夫だ」

俺は絶望を振り払うとボアとの交渉を続けた。


「地上には研究所や要塞の他に建物は存在しないのか?」

「地上の建物は生産者達の菜園や家を除けばあとは都心部に過去の遺物が残っている」

「過去の遺産?」

俺は片方の眉を吊り上げるとその建物について興味を示した。


「エルゾニアがこの地上の世界に蔓延する以前に作られた巨大な建造物のことだ」

地上から人類が姿を消した後はコンクリートで作られたそれらの建物は全て放棄され、廃墟となっているそうだ。


それらの建物を取り壊すには膨大な労働力が必要であり、仮に壊したとしても何の特にもならないため、そのまま放置されていた。その他の壊しやすい小さな建物については新たな農作地として利用されたり、新たに生産者となった人間がリフォームしてそのまま自宅として利用したりしているようであった。


ボアは荒廃した地上の街並みについて詳しく説明してくれた。


「地上には他に何があるんだ?」

「そうだな・・・地上には道路と呼ばれる塗装された道が存在している」

「道路?」

俺は聞き慣れない言葉を聞いて再び眉を吊り上げた。


「そうだ。この世界が滅びる前は自動車という物が走っていたそうだ」

「今は使われていないのか?」

「自動車は領主や衛兵、科学者などの一部の人間にしか使われていないため、道路は常にガラガラな状態さ」

郊外に住む人間達は基本的に電気を使えないため、領主や科学者達などのように自動車というものを所持していなかった。


「それじゃ、生産者達はどうやってこの街まで生産品を運んでいるんだ?」

「生産品の運搬は基本的に馬車だ」

「馬車?なんだ、それは?」

俺は聞いたことのない馬車というものについて質問した。


「馬と荷車をこのように紐で繋いで馬にそれを引かせるのさ」

ボアは商品の中から馬の手綱と荷台に結び付ける紐を取り出すと地面に馬と荷台の絵を描いて説明してくれた。


「俺達のような商人はその馬車を使って生産品を運んでいる」

ボアの話ではこの世界の文化の水準レベルは最盛期と比べると遥かに衰退しているようであった。


実際に見たことはないが、大昔には自動車の他にも海を渡るための船や空を飛ぶための飛行機、遠くの場所に移動するための電車というものが存在していたらしい。それらのものは全て武器や他の装飾品などの部品に使われて今は全て残っていないそうだ。


地下に住んでいる俺にはとても信じ難い話であった。そして、現在の生産品は食料品や衣類を主流として作られているため、他の産業は全く発展していないようであった。


「ちなみにここから研究所までは大体どれくらい掛かるんだ?」

俺は何気ない会話の中で本来の目的である研究所の場所をそれとなく確認した。


「研究所か?そうだな・・・」

ボアは髭に手を当てると研究所までに掛かる日数について計算した。


「おおよそ2週間といったところだな」

「2週間もかっ」

俺は気の遠くなるような期間に思わず驚きの声を上げた。

ナノマシンを持たない俺達の体では絶対に辿り着くことは不可能な距離であった。


「自動車を使えば1日で行って戻れるかもしれないが、荷台を引いた馬ではそれくらいは掛かってしまうぞ」

「そうなのか・・・」

俺はショックを隠しきれない様子でボアの話を聞いていた。


「顔が青いようだが、大丈夫か?」

ボアは呆然とする俺の顔色を窺いながら眉を潜ませていた。


「ああ、問題ない。話を続けよう」

俺は気を取り直すとボアとの会話を続けた。


「ところで・・・この辺りの地形はどうなっているんだ?」

俺は話題を変えると周辺にある山や海、川などの様々な地形について確認した。


「・・・というわけだ」

(なるほどな。この辺は基本的に山々に囲まれているんだな)

俺はボアの話を聞きながらこの辺りの地形について理解した。

シャンバルディアは高い山々に囲まれており、地下資源が豊富に取れる場所であった。特に金の採掘量はこの辺りでは一番多いそうだ。


「ちっ・・・今日の取引はここまでだな」

俺は手持ちの金がなくなると舌打ちをしてボアとの会話を打ち切った。


「明日も来いよ」

ボアは念を押すように確認してきた。


「ああ、しばらくの間はお世話になる」

俺はボアと約束を交わすとその場を後にした。

こうして1ヶ月の間、俺はボアから地上の仕組みや状況、地形、文化など様々な情報について仕入れ続けた。そのおかげで目的の情報以外にも様々な情報を知ることができた。


例えば、一定年齢を超えて地上の世界へと連れ出された者達の末路など。


彼らは地上に出されると研究所に連れて行かれるそうだ。そして、そこでエルゾニアの抗体を作るために実験体として使われているらしい。地上の人間達は何時の日にか底をついてしまう金のことを心配してナノマシンを使用する以外のエルゾニアの対抗手段について模索していた。


その実験の過程でエルゾニアの影響を受けない家畜や野菜の生産に成功したらしいが、人間の場合はそう簡単な話ではないようであった。結局のところ、現在もまだその実験は成功せずに続いているそうだ。


もし、その実験が成功したならば俺達が地上の世界へと出られる日が来るかもしれないが、そんな悠長なことを言っていられなかった。実験が成功するよりもセフィに残された時間の方が遥かに短いからだ。


俺はそんなセフィのためにボアから聞いた地上の風景について彼女に話をしていた。


「へぇ・・・地上の世界には空だけでなく海や山、湖など様々なものが存在しているんですね」

セフィは夢中で眼を輝かせながら俺の話を聞いていた。


「他にも空はただ青いだけじゃなくて灰色やオレンジ色、黒色と様々な色に変化するらしい。そして、その空には太陽や月、星などたくさんの物が浮かんでいるそうだ」

俺はセフィを喜ばせるために前以てボアから聞いておいた空の様子について詳しく話をした。

彼女は俺から空の話を聞いて自分の中にある空のイメージを大きく膨らませていた。


「・・・是非とも自分のこの目でそれを見てみたいです」

セフィは心の底から実際の空を見ることを強く願った。


「約束する。地上にあるこの空を・・・絶対にセフィに見せてやるからなっ」

俺はセフィの切実な姿を見て思わず無責任な約束を持ちかけてしまった。


「ほんとう・・・ですか?」

セフィは突然の宣言に目を丸くさせると感動のあまり声を震わせた。


「ああ、本当だ。何時か俺と一緒にこの地下都市を出て本物の空を見よう」

俺はその場の勢いに任せてセフィと無責任な約束を交わしてしまった。


「・・・嬉しいです」

セフィは眩しい笑顔を浮かべると俺の身体に抱き付いてきた。


「約束ですよ」

「ああ、約束だっ」

俺は力一杯セフィの身体を抱き締め返した。これで俺は何が何でも彼女を外に連れ出すための計画を成功させなければならなくなった。


「それにしても・・・デュアルって本当に地上のことについて詳しいんですね」

セフィは俺から身体を離すと恥ずかしそうに視線を逸らした。そして、その気持ちを誤魔化すように別の話題を振ってきた。


「いや、これは全て知人の受け売りなんだ」

俺は純粋なセフィに嘘が付けず、正直に本当のことを話してしまった。


「知人さんの?」

「俺の知り合いの中に地上について詳しいやつがいてな。そいつから地上のことについて色々と話を聞いているんだ」

俺はボアの存在を伏せてセフィに説明した。ボアに彼女の存在を知られれば何かと利用されるかもしれなかった。


「そんな人がいるんですね。私も是非会ってみたいです」

セフィは空の他にも色々と地上のことについて聞いてみたいことがあるようであった。


「残念だが・・・それは無理だ・・・」

「そうなんですか・・・」

セフィは残念そうに肩を落とすと悲しそうな表情を浮かべた。


「すまない。そいつは何かと忙しくてセフィには会わせてやることができないんだ」

俺は全力で頭を下げると何とかセフィに諦めてもらった。本当であればボアに会わせてやりたいが今はまだその時ではなかった。


「そうですか・・・それは残念です・・・」

「その代わり、セフィが地上について知りたいことがあれば何でも俺に言ってくれっ。お前の代わりに何でも話を聞いてくるから」

俺は悲しそうなセフィを励ますために彼女の知りたい情報について要望を確認した。

そんな他愛のない話を交わしながら俺は彼女と幸せな一時を過ごしていたが、そんな幸せな日々にも少しずつ陰りが見え始めていた。

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