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絶望都市シャンバルディア  作者: 東メイト
第一章:希望との出会い
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第1話:出会い

『シャンバルディア』・・・それは俺が住む都市の名前である。

俺の住んでいる地下都市には大きく分けて生活区と作業区の2つが存在する。


生活区には俺達が就寝するための居住空間や食事をするための飲食空間、義務教育を行う学生空間などに分けられている。そして、作業区は生活区を中心に蜂の巣のようなハニカム構造で区切られていた。


『なぜ作業区がそのような複雑な構造に区切られているのか?』

それは外の世界と作業穴が繋がってしまった場合に全滅を避けるためである。


作業区を細かく区切ることで万が一にも外の世界と作業穴が繋がってしまった場合、即座にその区間を閉鎖することが可能になる。そして、その周りの区間を土砂やセメントなどを流し込んで埋め立てて外部との接触を完全に遮断していた。


その他にも海の中や火山帯などに繋がってしまった場合も同様の処置が取られる。そうすることで俺達は地下の世界でも絶滅することなく生きながらえてきたのである。そして、今日も薄暗い闇の中で俺は生きながらえるためだけにただひたすら穴を掘り続けていた。


『ざっ!ざっ!ざっ!がっ!』

俺はスコップとつるはしを使って穴を掘っている。


『どうして穴を掘る必要があるのか?』

それは俺にはそれくらいしかやることがなかったからである。俺はちっぽけな充実感を満たすためだけに当てもなく無我夢中で穴掘りに没頭していた。


「おーい、デュアル。そろそろ作業の終了時間だぜ?」

俺に声を掛けてきたのは幼馴染の『ジャンゴ』であった。

俺達の作業時間は1日16時間を基準に行われており、それ以外の時間は基本的に自由時間として好きに過ごしてもよいことになっている。


「そうか・・・」

俺はジャンゴに声を掛けられたが、興味なさ気につるはしを振るい続けた。


「なんだ?今日もぶっ倒れるまでここで作業を続けるつもりなのか?」

ジャンゴは呆れた表情を浮かべながら鼻を軽く鳴らした。


「たまには娼婦街に行って気晴らしでもしたらどうだ?」

ジャンゴは穴掘りに没頭する俺のことを心配して娼婦街へ行くことを提案してきた。


俺達の街には飲食空間や居住空間の他に男達の欲望を満たし、新たな生命を生み出すための娼婦街が存在する。そこで女は16歳になると強制的に働かされて男達の欲望を満たすと共に子孫を存続させるための子供を産んでいた。


一方、男の方は15歳になると金の採掘作業が義務化され、作業区へと引っ張り出されるようになる。そして、その年齢に達するまでの間は男女共に地下都市の中央付近にある『学生空間』で教育を受ける。


そこで習うことは世界に置かれている今の状況とこの地下都市で生きていくための役割、働き方についてのみであった。その他の知識についてはほとんど教えられない。所詮、俺達のような地下に住む貧困層の価値など地上の人間からしてみれば金を掘るための道具であり、子供を産むための機械に過ぎなかった。


あとは地下の人間が反乱を起こさないように『地上の人間に対しては絶対に逆らわない』という服従の精神を叩き込まれる。その他については全て健康的な身体を作るための基礎トレーニングに当てられる。


こうして俺達は成人になるまでの間、学生空間で徹底的に教育され、成人すると外の区間へと放り出されるのである。


「いや、俺はいい・・・」

俺は首を横に振るとジャンゴの申し出を断った。

俺にとって女の身体を抱くよりも穴を掘っている方が遥かに充実していたため、そんな場所に行きたいなどとは微塵も思わなくなっていた。


最初の内は俺もジャンゴのように快楽に溺れて血気盛んに女の身体を貪っていたが、1年も過ぎるとそれも段々とどうでも良くなっていた。なぜならば、抱いている女はみんな死んだ魚のような目をしており、そんな人形のような女性をいくら抱いたとしても全く幸福感を得られない身体になってしまったからである。


「なんだ?インポにでもなっちまったのか?」

まさにジャンゴの言うとおりであった。


「そうかもしれないな・・・」

俺は苦笑いを浮かべるとジャンゴの冗談を軽く聞き流した。


「まぁ、あんまり無理はするなよ。俺達は一応同期のよしみなんだからさ」

ジャンゴは軽く手を振るとその場を後にして娼婦街の方へと向かっていった。


「こんな暗い穴の世界でも・・・俺にはやることがあるんだ・・・」

俺はつるはしを強く掴むと再び穴掘りの続きを始めた。


人間とは実に不思議な生き物である。それはどんなに絶望的な状況下にあっても目の前に明確な目標がぶら下がっていれば、自然とそれに向かって歩むことができるのである。例え、その目標の先が全く見えない状況であったとしても、自分のやることさえはっきりとしていれば、絶望せずに作業を続けることができる。


俺は薄暗い闇の中でひたすらに穴を掘りながらその心理に至っていた。


「ぐっ・・・」

俺は力の限り穴を掘り続けると何時の間にか意識を失ってその場で倒れていた。


体力の限界などとっくの昔に超えていたからだ。そして、気が付くとジャンゴと別れてから4時間もの時間が過ぎていた。尤もこの穴の世界においては時間という概念はあまり意味がなかった。その理由は次の日になろうとそのまた次の日になろうとも俺達は穴が掘れなくなるまでずっと金を掘り続けるからだ。


唯一その状況が覆される例外があるとすれば、それは『徴兵される』場合のみである。徴兵された場合、俺達はこの薄暗い世界から明るい地上の世界へと出られる。尤も今となっては徴兵されることなど滅多に起きないが、俺が生まれる前にはそんな状況が頻繁に起こっていたらしい。


「一度帰るか・・・」

俺は辛うじて回復した体力を使って居住空間に辿り着くと2日ぶりの睡眠を貪った。そして、次の起床時間を迎えると鉛のように重い身体を動かして再び同じ作業を繰り返した。

そんな変化のない日々を過ごしていた俺にある日突然変化が訪れた・・・。


それは俺が飲食空間に足を運び、食事をしようとしていた時のことであった。俺は不意にとある店の前で歩みを止めた。その店の中では見慣れない若い少女が働いていた。


(あれは・・・)

俺は店の外からその少女のことを見つめながら首を傾げた。


普通であれば、あの位の年齢の女性は娼婦街の奥の方しか行動が認められておらず、こんな飲食店で働いていることなど絶対にありえなかったからである。そのため、俺の視線はその少女に釘付けとなっていた。


(一体どういうことだ?)

俺は不思議に思いながら何となくその店内へと足を踏み入れた。


「・・・いらっしゃいませ」

俺が店に入るとその少女は満面の笑顔で俺を迎えてくれた。


「・・・」

俺は少女の笑顔に圧倒されながら言葉を失っていた。

こんな薄暗い世界でこんなにも幸せそうな微笑みを浮かべる人間など今までに一度も見たことがなかったからである。


「何にしますか?」

少女は俺が呆然としているとメニューを催促してきた。


「それじゃ・・・これと、これと、これ・・・」

俺はカウンターに置かれたメニュー表を見ながら食べたい品を指差した。


「干し肉と乾燥椎茸、それに乾パンですね?」

少女は俺の選んだメニューを再度読み上げた。この地下世界の食事は全て水気を飛ばした乾燥品になっている。


『なぜ、そんな味気のない乾燥品を食べなければならないのか?』

それもこれも全てはエルゾニアのせいであった。


水気のある食べ物にはエルゾニアが混入している可能性が非常に高かったため、地下都市では水気のある物は全て持ち込みが禁止とされていた。水気のある食べ物を食べたい場合は完全に乾燥させた物をお湯で元に戻すしかなかった。


尤もこの地下都市において水はとても貴重な資源であったため、そのような豪華品などは滅多に食べられない。俺達が使っている水は限られた地下水を少しずつ汲み上げながら使用しているため、地上の人間のように湯水を使うことはできなかった。


「それで頼む・・・」

俺はメニューを確定すると少女に身分カードを提示した。


基本的に地下都市には『お金』というような紙幣体系は存在しないため、この地下都市での食事は全て配給制になっている。そして、この身分カードを差し出すことで決められた分量の食事を受け取ることが可能になる。


身分カードは個人の配給量が超えていない限り何度でも使用が可能であり、1回の食事で全ての食糧が配給されるのではなく朝、昼、夜毎に好きな分量で食べることができる。ただし、1日を越えてしまうと前日分の配給は全て破棄される。


食事の配給量については作業区で採掘した金の総量によって決められており、金の総量に応じた食糧が地上世界から配給され、その食糧を地下にいる人間全員で平等に分割する。食事の配給を受けるには作業区と生活区の間に設けられている関所を見張っている衛兵から身分カードに配給量の情報を書き込んでもらわなければならない。


俺達は金の採掘をして取ってきた鉱石を衛兵に見せることで配給量の情報を書き込んでもらうことができる。そうすることで地下の男達は否が応でも採掘作業に強制参加させられていた。ちなみに女達の場合は娼婦街で働く、あるいはその他のお店などで働くことで店を取り纏めている人間から配給量の情報を書き込んでもらうことができる。


「少々お待ちください・・・」

少女は俺から身分カードを受け取るとそのカード情報を機械へと読み込ませた。そして、配給量が越えていないことを確認すると頼んだ食糧を保管庫から持って戻ってきた。


「・・・お待たせしました」

少女は頼んだメニューを乗せたトレーを俺の前に差し出すと口許を緩めて微かに笑みを浮かべた。


「・・・ありがとう」

俺は少女から食事を受け取ると小さな声で感謝を述べていた。他人に感謝することなどない俺であったが、その微笑を浮かべる少女に対してだけは何故だかお礼を言わずにはいられなかった。


「どう致しまして」

少女は嬉しそうに口許を緩めると今度は眩しい笑顔を浮かべた。その笑顔に俺は少しだけ癒された気分になっていた。そして、受け取った食事を持って店の中にあるテーブルへと運んだ。


(なんで・・・?なんでこんな薄暗い世界の中であんなにも明るい笑顔で笑うことができるんだ?)

俺は先程見た少女の笑顔を思い浮かべながら味気ない食事を噛み砕いた。そして、食事を済ませるとトレーを返却口に返して採掘作業へと戻った。


『どうしてこんな暗い世界でもあの少女があんなにも希望に満ちた顔で笑えたのか?』

俺は採掘作業に戻った後もひたすらそのことを考え続けた。そして、何時しか俺はその少女のことが気になってしまい、その少女が働いている飲食店に通い続けてしまっていた。

俺は知らず知らずの内に彼女の笑顔に魅了されていたのである。


「毎回ご利用ありがとうございます」

何度か店に通う内に少女は俺の顔を認識したようであった。


「今日は何にしますか?」

「何時ものやつで・・・」

俺は前回と同様に干し肉と乾燥椎茸、乾パンを注文した。

このメニューを何度か繰り返す内に『何時ものやつ』で話が通じるようになっていた。そして、少女は俺から身分カードを受け取ると何時もと同じ要領で食事を用意した。


「・・・どうぞ」

「これは・・・?」

俺は運ばれたメニューの中に見覚えのない品が含まれていることに気が付いた。


「よろしければ・・・こちらもどうぞ。何時もご利用していただいているお礼です」

少女は俺の頼んだメニュー以外に魚の干物を1品追加していた。


「・・・本当に貰ってもいいのか?」

俺は少女の好意に戸惑いを感じてしまっていた。他人のために食事を提供するなど普通では絶対にありえないことであった。


「それは私の配給分なので。お気になさらず・・・」

俺が戸惑っていると少女は気を遣わないように笑顔を浮かべて促してきた。


「本当にいいのか?」

俺は再度少女に確認した。正直、彼女の配給分の食事をこのまま黙って受け取ることなどできなかった。


「構いません。私は生まれ付き身体が弱いのでそんなに多くの量は食べられないのです」

少女は気を使う俺に対して問題ないことを強調した。


彼女は男と交わっても子供を産めない身体であったため、娼婦街に送られることなく飲食空間で働かされていたのである。この地下都市では子供が産めなくなった女性は全て雑用係として扱き使われていたため、彼女のように若い女性が働いていることはとても珍しいことであった。


「それじゃ・・・ありがたく貰っていく」

俺は少女に感謝すると彼女の好意に甘んじて追加メニューをありがたく頂戴した。

それを皮切りに俺は次第に彼女に対して心を許すようになっていった。そして、ある時、思い切って俺の方から少女に対して話し掛けてみた。


「・・・少し話を聞いてもいいか?」

「なんでしょうか?」

少女はいきなり声を掛けられて驚いたように目を大きく見開いていた。


「もし良ければ・・・お前の名前を教えてくれないか?」

俺は少女と出会ってから大分親しくなっていたが、未だに彼女の名前すら知らなかった。


「私の名前ですか?」

少女は困惑した表情を浮かべながら自らを指差した。


「嫌なら別にいいんだが・・・」

「別にいいですよ」

少女は優しく微笑むと自己紹介を始めた。


「私の名前は『セフィ』と言います」

「セフィか・・・お前の名前を覚えた。俺の名前はデュアルと言う」

俺は少女に自らの名前を告げた。


「・・・デュアルさんですね?」

「別に呼び捨てで構わない」

俺は他人行儀なセフィにもっと親しみを持ってほしくて呼び捨てで呼ぶように促した。


「わかりました、デュアルさん」

「だから、デュアルでいいって・・・」

俺は苦笑いを浮かべながらセフィに注意した。


「すみません・・・デュアル」

セフィは申し訳なさそうに頭を下げると恥ずかしそうに俺の名前を呟いた。


「それで頼む・・・」

こうして俺達は少しずつお互いのことについて話し合うようになった。そのおかげで俺はセフィのことについて随分と詳しく知ることができた。


彼女は生まれながら何やら肺に病気を患っており、その病原体が少しずつ彼女の身体を蝕んでいた。そのため、彼女は子供を産むことができず、娼婦街では働くことができなかったらしい。だが、そのおかげで彼女は他の同年代の少女達のように男達の欲望に蹂躙されることなく、こんな地下都市でも正気を保って生きていられたようであった。

もし、彼女がまともな身体であったならば彼女の貴重な笑顔はとっくの昔に失われていただろう。


「セフィはどうして何時もそんなに楽しそうに仕事をすることができるんだ?」

俺は思い切って普段から感じていた疑問をセフィにぶつけてみた。


「私って・・・そんなに楽しそうに仕事をしているように見えますか?」

セフィは自分が楽しそうに仕事をしていることを自覚していなかったため、不思議そうに首を傾げていた。


「ああ、とても活き活きと楽しそうに生きているように見える」

俺が知る限りセフィのように笑顔を浮かべながら仕事をしているのはジャンゴぐらいで基本的にこの都市の人間達は生きながらにして死んでいるようであった。


「そんなつもりはないのですが・・・強いて言うなら私にはささやかな夢があります」

セフィは頬を朱色に染めると恥ずかしそうに身体をくねらせた。


「夢っ」

俺は思わず語気を荒げた。

それはセフィの発言に心底驚いたからである。まさかこんな暗い世界で『夢』という言葉を口にする者がいようとは思ってもみなかった。


「そうです・・・私は何時の日かこの暗い穴の中を抜けて『空』というものを見ることが夢なんです」

セフィは実際に見たことのない空を想像しながら期待に満ちた眼差しで瞳を輝かせていた。だが、彼女の夢は決して叶うことはないだろう。


その理由は俺達のような地下に住む人間がこの薄暗い穴の中から抜け出す機会などほとんどないからである。その機会があるとすれば、それは徴兵される場合か、一定年齢を超えた場合のみであった。


俺達は一定年齢を超えると地下都市の人口を調整するため、全身を覆いつくす特殊なスーツを着せられて外の世界へと連れだされる。そこで何をさせられるのかはよくわからないが、連れ出された人間は2度とこの都市には戻って来なかった。


そんな過酷な状況でセフィが空を見るためにはその年齢を超えなければならないが、彼女のように病気を持って生まれた人間の大半はその年齢を超える前に死を迎えている。この地下では『弱肉強食』が基本であり、弱い人間には助けの手が差し伸べられることなど全くなかった。


(現実を教えるべきだろうか・・・)

俺は夢見るセフィの目を覚まさせるべきか悩んだが、幸せそうな彼女の笑顔を見ているとそんな絶望感を植え付ける気にはなれなかった。

もし、彼女が現実を知ってこの世界に絶望してしまったら彼女はもう2度と微笑んでくれないかもしれなかった。


「・・・頑張れよ」

俺はそんなセフィの笑顔を失いたくなかったため、彼女の夢を後押しすることにした。


「はいっ」

セフィは屈託のない笑顔を浮かべると精一杯の元気な声で返事をしてきた。


こうして俺は彼女と一緒に過ごしている内に段々と心境に変化が芽生え始めていた。それはこんな絶望的な世界でも希望を持って生きられるということであった。そして、そんな希望を与えてくれた彼女に何時しか本物の『空』というものを見せてあげたいと本気で考えるようになっていった。

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