第15話:窮地
(この調子ならば一週間なんてあっという間かもしれないな・・・)
俺は予想以上に上手くいっている状況に些か余裕を感じ始めていたが、その思いに反して俺達の作戦は思わぬところで穴が開いた。
それは俺達が徹底的に外部から侵入してくる衛兵達を抑えていたはずなのに何故か衛兵の何人かが学生空間の内部から現われ始めたのである。
「これは一体・・・」
俺は突然の出来事に戸惑いを感じていた。
「みっ、南門が突破されているぞっ」
俺は同志の声に思わず自らの耳を疑った。なぜならば、南門には多くの仲間を配置しており、最も守りを強固にしている場所であった。
俺達はその場所を最後の砦として利用することを考えていた。そのため、そこを衛兵に突破されることなど微塵も想定していなかった。
「どうしてこんなことに・・・」
俺は混乱する頭の中で必死に現状を把握しようとしていた。
「一体どうするつもりですか?」
俺が頭を抱えていると心配そうな顔でクルツが話しかけてきた。
「このままでは・・・内部と外部の両側から攻撃を受けて防衛ラインが崩壊してしまいます」
「わかっているっ」
俺は焦らせるクルツに思わず声を荒げてしまった。
「すみません・・・」
俺が怒鳴りつけるとクルツは肩を落として身を竦ませた。
「すまない・・・お前のせいじゃないのに・・・」
俺は頭に血が上っていた自分を恥じるとクルツに頭を下げて謝罪した。
「私の方こそ焦らせてしまい、すみませんでした」
クルツも申し訳なさそうに頭を下げた。
(俺は一体何をやっているんだっ)
俺は激しく自分を責め立てると冷静になるように深呼吸をした。
「とにかく・・・まずは南門を取り戻さなければ・・・」
俺は防衛ラインを維持するために衛兵が突破してきている南門を何とか奪還することを考えた。
「ここは・・・僕に・・・僕に任せてくださいっ」
俺が南門の奪還方法について考えているとクルツは自らが南門に向かうことを申し出てきた。
「そんなことはできないっ。南門を取り戻すことは死ぬことになるかもしれないからな・・・」
俺はそんな激戦地に他人を送り込むことなど今の俺には到底できなかった。
「それじゃ・・・ここの守りは一体誰が指揮を取るというんですかっ」
クルツは目付きを鋭くさせると俺に正論を述べてきた。
「それは・・・」
俺はクルツの剣幕に圧倒されて上手く言い返せなかった。
「あなた以外に取れるわけないじゃないですかっ」
「確かにお前の言うとおりだが・・・なら、この現状をどうするつもりだ。このまま黙って指を咥えて見ていろというのか?」
俺は奥歯を噛み締めるとクルツにどうしようもない現状を訴えた。
「だから・・・僕が行きますっ」
クルツは真剣な眼差しで再び南門に行くことを申し出てきた。その目には強い光が宿っており、何を言っても聞かない様子であった。
「本当に・・・いいのか?死ぬかもしれないんだぞ?」
俺は最後にもう一度だけクルツの意思を確認した。
「構いませんっ。僕は一度あなたに命を救ってもらっていますから」
クルツは何の迷いもない様子で明るく微笑んだ。
「絶対に・・・絶対に生きて戻って来いよっ」
俺はクルツの手を力強く握り締めると彼が死なないように強く念じた。
「はいっ」
クルツはそんな俺の思いに応えるように元気よく返事を返してきた。
俺は南門の奪還をクルツに任せると他の部分の防衛に意識を集中させた。
「まずは・・・どうして敵が学生空間内に侵入してきたのかを調べないと・・・」
クルツは学生空間の敷地内で倒れていた衛兵から服などを剥ぎ取ると衛兵に成りすました。そして、衛兵のふりをしながら南門へと向かっていった。
「ちゃんと約束は果たしたからなっ。お前らも約束通り俺を地上へと上げてくれよな」
クルツが南門の内部に潜入するとそこでは地下の住人の格好をした男が衛兵達に偉そうに威張り散らしていた。その男はかつてセフィのことを強姦しようとしていた下衆男であった。
下衆男は俺が革命軍を率いていることを知って以来、ずっと俺に復讐する機会を窺っていた。そして、最悪なタイミングでその男は俺達を裏切ったのであった。下衆男は衛兵と自分だけは地上に出られるように取引すると俺達の隙を見て南の門を開き、衛兵達を学生空間内に招き入れていた。
ちなみに下衆男はナノマシンことについては衛兵に黙っていた。それは万が一に衛兵達が約束を守らなかった時の保険のためであった。
「あの男のせいで・・・」
クルツは下衆男の身形や態度から革命軍の内部に裏切り者がいたことを理解した。
「このまま衛兵を好き勝手に学生空間内に侵入させるわけにはいかない。そのためにはまずは・・・」
クルツは頭の中で南門に仕掛けられたトラップの状況や構造について思い浮かべるとこれからの作戦について思考を張り巡らせた。そして、南門に格納されている爆薬庫のことについて思い出した。
俺達は最後の砦に立て篭もるための武器としてそこに大量の火薬やダイナマイトなどを集めていた。
「あそこにある火薬やダイナマイトを使えば南門を破壊して瓦礫で入り口を塞ぐことができるかもしれない・・・」
クルツは即座に爆薬庫へと移動するとそこから有りっ丈の火薬とダイナマイトを持ち出して衛兵達に気付かれないように南門の天井付近にそれらを仕掛けた。
「これでよしっ」
クルツは満足そうな笑顔を浮かべると急ぎ足でそこから離れようとした。
「おいっ、貴様っ。そんな所で何をしているっ」
クルツの行動を不審に思った衛兵の1人が彼に声を掛けてきた。
「べっ、別に何もしていません・・・」
クルツは慌てて起爆用の導火線を足元に隠すと衛兵の方へと歩いて行った。
「怪しい奴だな?名前と所属を言ってみろっ」
衛兵はクルツの身分を確認すると彼に疑いの眼差しを向けていた。
「それは・・・」
当然クルツに応えられるはずがなかった。
「ちょっとこっちへ来いっ。お前のことを取り調べてやるぞ」
衛兵は厭らしい笑みを溢しながらクルツのことを手招きしていた。その衛兵は同性の趣味があるようであった。
「くっ、ここまできて・・・」
クルツは唇を噛み締めると悔しさを滲ませた。
「どうした?早くしろっ」
衛兵はなかなか言うことを聞かないクルツに苛立ちを感じ始めていた。
「仕方がない・・・」
クルツは衛兵の言うことを素直に聞くと彼の方へと近づいていった。
「おいっ、気を付けろっ、そいつは・・・」
クルツがある程度衛兵の傍に近づくと唐突に下衆男が口を開いた。
「この騒動を起こしている主犯の右腕だぞっ」
「くっ」
クルツは衛兵の不意をついてダイナマイトを爆発させる予定であったが、下衆男の横槍により見事に阻止された。
「止まれっ」
クルツは踵を返すと南門を破壊するために設置した爆弾の方へと走っていった。
「うおおお」
クルツは制止を求める衛兵の声を無視して走り続けた。
「貴様あああ」
衛兵は銃の引金に指を引っ掛けるとクルツに躊躇なく弾丸を放った。
「・・・うぐっ」
衛兵の放った弾丸は見事にクルツの右腿の裏を貫通した。そして、彼はそのままバランスを崩して床に平伏した。
「爆弾は・・・既に・・・セットし終わっているんだ・・・。あとは・・・」
クルツは匍匐前進の格好で必死に先程隠した導火線まで這いずっていった。
「こいつ・・・まだ抵抗する気だぞ」
下衆男は床に倒れている無様なクルツを嘲笑うと衛兵達と共に彼の方へと近づいてきた。
「すみません・・・デュアルさん・・・あとのことは・・・任せました・・・」
クルツは俺との約束を守れなかったことを謝るとセットしていた爆弾の導火線に火を灯した。彼は完全に命を絶つことを覚悟していた。
「んっ・・・あれは・・・」
下衆男達はクルツが火を点けた導火線を見てようやく大量のダイナマイトが仕掛けられていることに気が付いたが、時既に遅かった。
「にげ・・・」
下衆男達は逃げる間もなく爆発に巻き込まれた。そして、クルツもその業火の中で焼かれて消えていった。
一瞬にして凄まじい爆音が地下都市内に鳴り響いた。南門はクルツの活躍により完全に瓦礫の山と化して衛兵達の行く手を遮った。
(クルツ・・・)
俺はその凄まじい爆発音を聞いてクルツのことが脳裏に思い浮かんだ。そして、俺は強く拳を握り締めると彼の気持ちに報いるために何としても革命を成功させることを心に深く刻み込んだ。
クルツの決死の活躍により一時的に衛兵達の進行は収まったが、時間が経つに連れて外部に集まる衛兵の数が増えていき、俺達の部隊はどんどんと窮地に立たされていった。そして、次第に戦線を維持できなくなり、少しずつ後退しながら衛兵達の侵入を許していった。
「みんな・・・よくこれまで頑張ってくれた。残る日数はあと1日だっ。あと1日もすれば他の同志達が地上への道を切り開いてくれるはずだっ」
俺は心身共に疲弊している同志達を労うと必死で励ました。
「ここであと1日だけ踏ん張ることができれば・・・俺達は自由を手に入れられるっ。目標まであと少しなんだっ。最後の最後まで踏ん張ってくれっ」
俺は最後のお願いを述べるように同志達に嘆願した。
「ここまで来たら・・・絶対にやりきるぞっ」
同志達は俺の気持ちに同調して最後の気力を振り上げた。そして、俺達は運命の最終日を迎えた。衛兵達はもはや俺達を生かして捕らえる気など更々なかった。そのため、容赦なく銃弾を放ってきた。
俺達は校舎の壁を盾にしながら暴動のどさくさに紛れて衛兵から奪った武器を使って衛兵達に対抗した。
「もう駄目だ・・・俺達、ここで衛兵達に殺されるんだ・・・」
同志達は差し迫った状況にとうとう弱音を溢し始めていた。
「馬鹿っ。諦めるのはまだ早いっ。俺達は絶対に生きて革命の瞬間を迎えるんだっ」
俺は弱気なことを口にする同志達を必死で励ました。もうこれ以上、クルツのような犠牲者を出すわけにはいかなかった。
「もう少しすれば表の同志達が地上への穴を切り開いてくれるはずだっ」
「そんなこと当てになるもんか?それなら何であいつらは俺達を助けに来ないんだっ。俺達は外のやつらに見捨てられたんだっ」
外にいる別の部隊は外部への穴を掘るだけでなく他の住人達を説得する役目も担っていたため、衛兵に目を付けられる訳にはいかなかった。
もし、ここで外にいる同志が1人でも俺達を助けに来てしまえば、地下の住人全員に疑いの目が向けられ、他の部隊の身動きが取れなくなってしまう可能性が非常に高かった。そのため、俺達は外部からの援軍に期待することは全くできなかった。
「大丈夫だっ。仲間を信じろっ。やつらだって必死で活動しているはずだっ」
俺は外にいる同志達に見捨てられていないことを懸命に訴えた。
「大変だっ。衛兵達が正門の前に人数を集めている。正面突破で校舎内に雪崩れ込んでくるつもりだっ」
「なんだって・・・ここで玄関を突破されれば俺達に打つ手はなくなる。すぐに人数を集めてバリケードを築くんだっ」
俺は同志達に校舎内の机を持って衛兵達を押し返すことを命令した。
「みんなっ、ここが最後の踏ん張りどころだっ。俺達の未来は自分達の手で守るんだっ」
俺は同志達の士気を高めると全力で対応するように説得した。
それから間もなくして衛兵達が正面玄関から雪崩れ込んできた。
「押し返せえええ」
俺は雪崩れ込んでくる衛兵達を机で押し返しながら断固として校舎の中に足を踏み入らせなかった。
もはや俺達に残された砦はこの校舎しか残されていない。この校舎を落とされれば俺達は逃げ場を失って、あとは衛兵達に引き摺り回される運命しか残されていなかった。
「あと少し・・・あと少しのはずなんだ・・・」
俺達の抵抗も虚しく衛兵の数に圧倒されて俺達は徐々に後退していった。そして、あと少しのところで押し切られそうになっていると唐突に地下都市内にサイレンが鳴り響いた。この警告音は地下都市内にエルゾニアが入り込んできていることを知らせるものであった。
「これは・・・一体どういうことだっ」
衛兵達は突然鳴り響いたサイレンに動揺を隠せない様子であった。俺達はその隙を突いて一気に衛兵達を校舎の外へと押し返した。
(何故だ?ナノマシンの製造にはまだ少し時間が掛かるはずだが・・・)
俺は予定よりもかなり早く鳴り響いたサイレンに困惑した表情を浮かべていた。
「大変だっ、エルゾニアウィルスがこの地下都市に入り込んできているぞっ。すぐに作業区の穴を塞ぐんだっ」
衛兵達は俺達をその場に残してサイレンの鳴り響く作業区の方へと向かっていった。
もはや衛兵は俺達の暴動の鎮圧どころではないようであった。このままエルゾニアの進行を放っておけば、いずれは地下都市全体に広がり、全ての住人が死滅してしまう。衛兵達はそのことを重々承知していた。
「俺達は・・・勝ったのか?」
同志達は慌てふためきながらサイレンの鳴り響く作業区へと向かう衛兵達の後ろ姿を見て自分達の作戦が成功したのだと確信していた。そして、歓喜の声を上げ始めた。
「俺達はやったぞおおお」
「おおお」
同志達は勝利の雄叫びを上げると子供のように無邪気に喜びまくった。
「みんな・・・よく耐えたっ。これでしばらくは俺達の方には衛兵はやって来ないはずだっ。次の作戦を実行するまでの間、ここで充分に休息を取っていてくれ」
俺は次の作戦を実行するため、同志達に暫しの休息を取るように提案した。もう彼らの疲労は限界に近かった。
(それにしても・・・これは一体どうことなんだ?)
俺は同志達に休息を取らせている間、先程感じた疑問について考えていた。
(なんで半日も早くサイレンがなったんだ?)
俺は予定よりも早くサイレンが鳴った理由がわからなかった。
「デュアルさん、お疲れ様です」
俺が頭を悩ませているとボアの部隊にいた革命軍の1人が話し掛けてきた。
「・・・お疲れさん。そっちの首尾は上手くいっているようだな」
「はいっ、予定通りに事は進んでおります」
同志は元気よく返事をすると明るい笑顔を浮かべた。その笑顔が外の連中が上手くやっていることを物語っていた。
「それよりも・・・これはどういうことだ?」
俺はその同志に今起こっている予想外の事態について確認した。
「それは・・・ボア様の判断です」
「ボアの?」
俺は片眉を吊り上げると不思議そうに首を傾げた。
「はいっ、デュアルさん達がピンチだと知って状況を早めに動かしたんです」
ボアは前に地上へ抜け出す際に地中に電線の一部を埋めておき、地上と地下都市に簡易の電話を設置していた。
その簡易電話により地下都市の状況をいち早く察知していたのである。ちなみに電話の知識に関してはアルテから提供されたもので彼女の協力がなければ作ることは不可能であった。
「そんなことをすれば何千人もの地下の住人に被害が出てしまうじゃないかっ」
俺は迂闊な行動を取ったボアに思わず腹を立ててしまった。
「その心配はありませんよ」
同志は俺に怒鳴られても平然とした表情を浮かべていた。
「どういうことだ?」
俺はボアが問題なく状況を早く動かせた理由に見当が付かなかったため眉を潜ませた。
「アルテさんが用意できなかったナノマシンはボア様が全て地上で用意して地上と地下が繋がった際にいち早くお届けしました」
同志の話では俺達がピンチであることを知ったボアは地上の商人から高値でナノマシンを掻き集めていた。そして、それらのナノマシンを数頭の早馬に背負わせると地上と地下都市が繋がった際にその馬達を走らせてエルゾニアが地下都市に流れ込むよりも早くアルテ達に届けていた。
ナノマシンを受け取ったアルテ達は直ぐにナノマシンを打っていない住人達を1箇所に集めて届いたナノマシンを体内へと注入させていた。そうすることで彼は状況をいち早く動かしたのであった。
「なるほどな・・・」
俺は同志から説明を聞いてようやく想定外の状況に納得した。
「次の作戦はどのタイミングで実行すればいい?」
俺は同志に次の作戦までの実行時間について確認した。
「もうしばらくこのままで・・・もうすぐ衛兵達はこの地下都市を放棄して地上へと上がっていきますから」
同志には何やら考えがあるようであった。とりあえず、俺達はその時が来るまで静かに待つことにした。
その間、アルテの部隊は地下都市にサイレンが鳴ったのを合図にして各方面の地上に通じる穴を次から次へと開けていった。
「なんだとっ、今度は向こう側で警報が鳴っているだとっ」
衛兵達は次から次へと鳴り響くサイレンの対応に追われて非常に困惑していた。
本来であればエルゾニアが侵入してきた穴を塞ぐのは地下都市の人間の仕事であるが、ナノマシンを手に入れた地下の住人は当然その作業を放棄して地上へと出ていっていた。ナノマシンを手に入れていることを知らない衛兵達だけがこの状況に慌てふためいていた。
「ここはもう駄目だっ。一旦地上へと退避するっ」
衛兵達はどうにもならない状況に持ち場を放棄すると急いで地上へと戻っていった。
その頃、地上でも大きな騒動が起きていた。それはボアが地下から出てきた人間達を先導してシャンバルディアの東側に集結させていたからである。そして、彼は数千人の有志が集まるとその者達を引き連れて中央都市に対して進攻を始めていた。
それに気が付いた地上の人間達は進攻してくる革命軍に対処すべく慌ててシャンバルディアの東側の防衛体勢を強化させていた。そのため、反対側の西側はとても警備が手薄になっていた。全ては俺達の狙い通りの行動であった。
「そろそろ次の作戦を実行する頃合だな・・・」
俺は同志達に充分な休息を取らせると彼らを引き連れて学生空間を抜け出した。そして、次の作戦を実行するために作業区の方へと向かった。
次の作戦を実行するにはボアが用意してくれた領主の屋敷を制圧するための武器を一旦地上まで取りに行く必要があった。ボアの部隊は地上で地下都市の住人達を先導する役目があったため、この地下都市まで武器を運び入れている暇がなかった。
「これが最後の戦いになるだろう・・・最後まで気を引き締めてくれっ」
俺は同志達の士気を高めると生活区と作業区の間にある関所の門を開かせた。
「よし、開門だっ。行くぞっ」
俺達が関所の門を潜り抜けて地上へと向かおうとした瞬間、どこからともなく俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「・・・デュアルっ」
その声の主はアルテであった。彼女は血相を変えて俺の下まで走ってきた。
「どうしたんだ?そんなに血相を変えて・・・何か問題が生じたのか?」
俺はアルテの慌てている様子にただならぬ雰囲気を感じ取っていた。
「・・・作戦の方は問題ないわ。ちゃんと指示された通りに地下都市の全員分のナノマシンを製作して全ての住人にばら撒いたわよ」
アルテは俺達が衛兵に陽動を仕掛けている間、水面下でひたすらナノマシンの製造を続けていた。そして、同志達の手を借りてそれらのナノマシンを地下都市の全ての住民達に投与していた。
「それなら、どうしてそんなに慌てているんだ?」
俺はアルテが焦っている理由がわからなかったため、困惑した表情を浮かべた。
彼女は大きく深呼吸をすると自らの呼吸を整えた。
「セフィの・・・セフィの容態が危険なのっ」
アルテは俺に悪化したセフィの容態を知らせるために慌てて俺の所まで走ってきたのであった。
「セフィが・・・」
俺はアルテからセフィの名前を聞いて、ようやく彼女のことを思い出した。
俺は学生空間に立て篭もっている間、同志達の戦意を保とうと常に気を張り詰めさせていたため、彼女の存在をすっかりと頭の片隅に追いやっていた。正直、彼女の容態を気遣ってやる余裕など微塵もなかった。
「ぬおおおお」
「どこに行く気ですかっ」
同志達はいきなり持ち場を離れだした俺に困惑の表情を浮かべていた。
「・・・お前達はっ、お前達は先に外に出て武器を受け取っていろっ」
俺は走りながら同志達に指示を出すとセフィの下を目指して一目散に駆け出した。
(セフィっ、セフィっ、セフィっ)
俺は心の中で何度も彼女の名前を叫びながら無我夢中で走り続けた。
「セフィいいい」
俺はセフィの眠っている寝室の扉を力一杯開いた。部屋の中では呼吸器マスクを身に着けた彼女が静かにベッドの上で横たわっていた。
「セフィ・・・」
俺はセフィの傍に近寄ると彼女の手を掴んだ。
「まだ死んでないよな・・・」
俺はセフィの胸に耳を置くと彼女の心臓の音を探った。彼女の心臓は今にも止まりそうであったが、弱々しい鼓動を胸の中で響かせていた。
「良かった・・・」
俺はセフィの命が保たれていることに安堵の溜息を漏らした。
(なんだよ、アルテのやつ。大袈裟なことを言いやがって・・・)
俺がセフィの生存を確認して安心していると彼女は唐突に咳払いを始めた。
「・・・げほっ、げほっ、げほっ」
「だっ、だいじょう・・・」
俺がセフィの背中を擦ろうとした瞬間、彼女は口の中から大量の血を吐き出した。
「うおっ」
俺はその大惨事を目の当りにしてただただ呆然としていた。
本当であれば彼女のためにしてやれることは色々とあったはずなのだが・・・彼女が大量の血を噴き出すのを見て動揺のあまり脳が痺れたように麻痺していた。まさに頭の中が真っ白になるような感覚であった。
「デュ・・・デュアル・・・」
セフィは血を吐き出すと息苦しそうに俺の名前を呼んだ。
「セフィっ、俺はここにいるっ」
俺はセフィに名前を呼ばれてようやく正気を取り戻した。
「デュアル・・・今まで・・・ありがとう・・・」
「馬鹿やろうっ。まだ死ぬんじゃねえっ」
俺は震えるセフィの手を握り締めると肩に手を回して胸元に手繰り寄せた。そして、弱気なことを口にする彼女を必死に励ました。
「ようやくお前に本物の空を見せてやれそうなんだっ」
「ほんとうに・・・」
セフィは虚ろな瞳で俺の目を見つめると微かに口許を動かした。
「本当だっ。嘘じゃないっ。俺達はもう外の世界に自由に出ることができるんだっ」
俺は懸命にセフィの質問に答えた。
「それなら・・・この目で空を・・・見てみたい・・・」
セフィは最後の気力を振り絞って自らの思いを伝えてきた。
「・・・わかった。今すぐ地上に連れて行ってやるっ」
俺はセフィの身体を背負うと寝室を抜け出そうとした。
「ちょっ・・・ちょっと何をしているの?」
俺の後を追いかけてきたアルテはいきなりの行動に戸惑っていた。
「セフィに・・・セフィに空を見せてやるんだっ。そこを退いてくれ」
「正気なの?」
アルテは俺の無茶な行動に寝室の出入り口を塞いでいた。
「頼む・・・」
俺は真剣な眼差しで俺の前に立ちはだかるアルテを見つめた。
「・・・わかったわ。あんたがそうしたいならば、あたしは止めないわよ」
アルテは大きく溜息を吐くと素直に道を譲ってくれた。
「・・・色々と気を回してくれてありがとうな」
俺はアルテにお礼を述べるとセフィを担いで地上の世界へと目指した。
「あれは・・・」
俺はセフィを担いでいる途中で部屋の外に馬がいることに気が付いた。
それはボアがアルテにナノマシンを届けさせるために使った馬であった。
「こいつを使おう・・・」
俺はセフィを背負ったまま馬に跨ると必死で外の世界へと駆け出していった。
「あと少しだ・・・あと少しなんだ・・・」
俺は背中に感じるセフィの僅かな体温により彼女が生きていることを信じて自分を励まし続けた。
「・・・見ろっ。地上の光が見えてきたぞっ」
俺は目の前に見えてきた希望の光に歓喜の声を上げた。そして、セフィを背負ったまま地上の世界へと飛び出した。
「ほら・・・ここが地上の世界だっ」
俺は馬から降りると背負っていたセフィを静かに地面へと降ろした。そして、彼女にも空の景色が見えやすいように仰向けに寝かせた。
「おいっ、セフィ。どうしたんだ?お前が見たがっていた空だぞっ」
俺は反応を示さないセフィに言い知れぬ不安を感じながら懸命に彼女の身体を揺すった。
「なぁ・・・何か答えてくれ・・・」
俺は目尻に涙を浮かべながらセフィに問い掛け続けた。
「セフィ・・・これが・・・これがお前のために手に入れた本物の空なんだっ。せめて、一目だけでも・・・一目だけでもいいからその瞳で見てくれ・・・」
俺は無反応なセフィを見つめながら目から大粒の涙を溢した。
その涙は俺の頬を伝って彼女の頬へと零れ落ちていった。
「・・・温かい」
セフィは涙が頬に当たると微かな声を漏らした。
「セフィっ」
俺はセフィが声を発したので思わず彼女の名前を叫んだ。
「・・・デュアル・・・ここが・・・地上なの・・・」
セフィは瞳を半分だけ開いて地上の景色を眺めていた。
「そうだっ。ここが・・・セフィがずっと見たがっていた地上の世界だぞっ」
俺はセフィの上半身を抱えると静かに彼女を抱き起こした。
「なんて・・・美しい・・・景色・・・。外の世界は・・・本当に・・・輝いて・・・見える・・・」
セフィは初めて見る地上の世界に感動しながら懸命に歓喜の声を囁いた。
その姿はとても儚く今にも枯れてしまいそうな炉端の花のようであった。そして、彼女は最後の気力を振り絞ると俺の方に視線を向けてきた。
「デュアル・・・ほんとうに・・・ありがとう・・・」
セフィはそれだけ呟くと笑顔を浮かべながら静かに目を閉じた。そして、彼女の全身から力が抜けていくのを感じた。
「セフィいいいいい」
俺は最後に力一杯セフィの名前を叫んだが、彼女が俺の声に反応することはもう2度となかった。
「うおおおおおお」
俺はセフィの身体を掲げると青く染まる空に向かって大声で叫んだ。天に昇る彼女の魂を追い駆けるように叫び続けていた。
(セフィ・・・君の身体はこんなにも重かったんだな・・・)
俺は声が枯れると胸に抱えていたセフィの身体を静かに地面へと降ろした。そして、徐にその場を立ち上がると目付きを鋭くさせた。
本当であれば彼女の体温が冷たくなるまでずっと一緒にその場で過ごしていたかったが、今の俺にはやらなければならないことがあった。それは俺のことを信じて付いてきてくれた同志達の思いに応えることであった。
「みんな・・・行くぞっ」
俺は同志達に声を掛けるとボアの用意してくれた銃を力強く握り締めた。
何時までもここで彼女の死に対して感傷に浸っているわけにはいかなかった。もはや俺達の夢は俺達だけものではなく地下都市に住む多くの住人達の願いに変わっていた。
「お前の思いもちゃんと連れて行くからな・・・」
俺は再びセフィの方へと身を屈ませると彼女の薬指から銀の指輪を抜き取った。そして、その指輪に細い紐を通してペンダントのように自らの首に掛けた。
「アルテ・・・すまないが・・・セフィのことを任せたぞ」
「・・・わかったわ」
俺は馬に乗って後から追いついてきたアルテにセフィのことを任せると気持ちを切り替えて同志達の目の前に仁王立ちした。
「俺達の革命もあと一歩だっ。これより俺達はシャンバルディアの中心街に戻り、地上に這い上がって領主の身柄を押さえる・・・覚悟はいいかっ」
俺は同志達の士気を高めると再び地下都市の中へと戻っていった。
「・・・お待ちしておりました」
俺達が地下都市に戻ると先程のボアのことを知らせてくれた同志が地上に通じているエレベーターの前で俺達の帰りを待っていた。
「地上の戦況はどんな感じだ?」
「作戦通りにボア様が東側に衛兵を引き付けております」
同志は口許を緩めると余裕な表情を浮かべていた。
「それじゃ・・・概ねこちらも作戦通りに実行できるんだな?」
「はいっ、既にエレベーターの制圧は完了しております」
同志はエレベーターの扉を開いた。
ボアは陽動作戦を仕掛ける直前、地上に連れ出した同志の何人かをシャンバルディアの都市内に潜伏させていた。そして、陽動作戦を仕掛けると共に彼らにエレベーターの管理している施設を制圧するように命じた。彼らは西側の衛兵の警備が手薄になるとボアの指示通りにエレベーターの施設を襲って管理室を乗っ取っていた。
「よしっ、いよいよ作戦も最終段階に入った。あとは地上に出て領主の身柄を確保するだけだっ。行くぜえええ」
俺は同志達の気合を入れるとエレベーターに乗って地上へと向かった。
「お疲れ様です」
俺達が地上に着くとそこにもボアの部隊の別の同志が待っていた。
「それにしても・・・よくこの施設を簡単に制圧できたもんだな。もう少し時間が掛かるかと思っていたが・・・」
俺はボアの部隊の手際の良さに感心していた。
普段であれば、この施設は衛兵達によって厳重な警備で守られているため、制圧するにしてもかなり時間が掛かるはずであった。だが、地下都市を放棄した彼らにとってこの場所は既に無用の長物となっていたため、警備はほとんど行われていなかった。まさかこのエレベーターを使って地下の人間が地上に這い出てくるなど微塵も考えていなかったのだろう。
「全てはボア様の作戦通りです」
同志達は口々にボアのことを褒め称えていた。彼らはボアからよく教育されているようであった。
(ボアも色々と頑張っているようだな。ありがとうよ)
俺は衛兵の目を東側に惹きつけ続けてくれているボアに心の中で感謝した。
「全員揃ったか?」
俺は地下都市から上がってきた同志達の数を確認した。
その数は大凡250人、領主の屋敷を制圧するには充分な数であった。しかもボアが衛兵の大半を東側に惹き付けてくれているので西側の警備はとても手薄になっており、無用な戦いをしなくても中央付近にある領主の屋敷まで簡単に行けてしまいそうであった。
「よし、西側の壁沿いを伝ってできる限り衛兵達の目に触れないようにして屋敷に行くっ」
俺達はなるべく衛兵の目に付かないように3人1組ごとのグループに分かれると各々で領主の屋敷を目指した。そして、領主の屋敷の目の前にある路地裏や壁際に集まると屋敷の中に煙幕弾を投げ込んだ。
「行けえええ」
俺達はそれを合図にして一斉に領主の屋敷の中へと雪崩れ込んだ。
「なっ、何だ貴様らはっ」
衛兵は突如現れた謎の集団に戸惑いながら銃を構えようとしたが、最初に投げ込まれた煙幕のせいで照準が定まらず、同志達によって一気に押さえ込まれた。
「俺に続けえええ」
俺は同志達を先導すると領主の屋敷の中へと乗り込んだ。
「領主を見つけてもできる限り殺すなっ」
俺は屋敷の中に入ると再び部隊を何組かに分けて一斉に部屋の中の捜索を開始した。
「きっ、貴様らは一体何者だっ」
俺達は屋敷の中心にある謁見の間にて踏ん反り返っていたシャンバルディアの領主を発見した。
「俺達は・・・お前らによって地下に閉じ込められた人間だっ」
「地下の人間だと・・・そんな馬鹿なっ。何で貴様らが地上に来られるのだ?エルゾニアに感染すれば死ぬはずであろう」
領主は納得いかない表情を浮かべると俺を睨んできた。
「まさか・・・ナノマシンを手に入れたというのか・・・」
「ただナノマシンを手に入れてきただけじゃない。その製造法まで手に入れてきた」
俺は領主を睨み返すと挑発するように不敵な笑みを浮かべた。
「そんなの不可能だっ。貴様らはあの暗い穴の中でしか生活できないゴミ屑のはずだ。そんなやつらが地上に出てくることなどできるわけがないだろっ」
領主は目の前で起こっている現実を必死で否定しようとしていた。
「残念だが・・・世の中にはそのゴミ屑を拾って再利用するやつらもいたということだっ」
俺は現実逃避する領主に闇商人の存在をちらつかせた。
当然のことであるが、領主は闇商人が地下に降りて勝手に商売を行っていたことなど知る由もなかった。全てはエレベーター施設を守っていた衛兵達によって握り潰されていたからである。
「ふっ、ふざけるなっ。そんなこと認められるかあああ」
領主は往生際悪く俺達のことを怒鳴り散らしてきた。
「認めようが、認めまいが、この現実はもう変えられないっ」
俺は領主に向かって銃を構えた。
「やっ、止めろ・・・」
俺が銃を構えると領主は顔色を一転させた。
「死にたくなければ大人しく降伏しろ」
俺も無益な殺生をするつもりはなかったため、素直に投降するように呼びかけた。
「ぐっ・・・」
領主は最後の悪足掻きをするように俺を睨み付けてきた。
「諦めろっ」
俺は領主の牽制を物ともせずに降伏するように迫った。
「・・・わかった。認めよう」
領主は俺が本気であることを知ると観念して領主の地位を明け渡すことを受け入れた。
「お前はこの都市を手に入れて一体どうするつもりなのだ?」
最後に領主はこの都市の展望について訊ねてきた。
「俺はこの都市を・・・誰もが自由に暮らせる都市にするっ」
俺はボアとの約束通りにシャンバルディアを自由貿易都市にすることを宣言した。
「愚かな・・・そんなことをすれば滅びを早めるだけだぞ」
閉鎖的な体制を強いてきた領主には俺の考えが全く理解できないようであった。
「わかっている。だけど・・・誰かを犠牲にしなければ生きていけない世界を作るくらいならば・・・俺はみんなが平等に暮らせる世界を目指すっ」
俺は力強く自分の理想を掲げた。
俺達はシャンバルディアの領主を街の広場に連れて行くとその場所にシャンバルディアに住む全ての人間達を集めた。そして、高らかに俺達がこの戦いに勝利したことを告げるとこの都市を貿易自由都市にすることを宣言した。
街の広場は歓喜の声を上げる地下の住人と戸惑い声を上げる地上の住人で騒然としていた。
こうして俺達の革命は見事に成功で幕を閉じたのであった。




