第13話:同志
(さて・・・どうしたのもか・・・)
俺は外に出てきたはいいが、まだ同志を集める方法について思い付いていなかった。
(こういう人集めは俺よりもジャンゴの方が向いているんだがな・・・)
俺はジャンゴのことを考えながら飲食街の中をウロウロと歩き回った。
(んっ・・・あれは?)
俺はある飲食店で飯を不味そうに食う1人の少年に目を向けた。
その少年は顔を机の方に向けたまま黙々と食事をこなしていた。その少年の目には光が宿っていなかった。その瞳はかつてセフィと出会う前の俺と同じような魚の死んだ目のようであった。
(あいつもこの薄暗い世界に絶望しながら生きているんだな・・・)
俺はその少年を見つめながら妙な親近感を覚えていた。
(あいつに・・・声を掛けてみるか?)
俺はその少年に声を掛けようと飲食店の中へと移動した。
(・・・なんと声を掛ければいいんだ?)
俺は店の中に入ったのはいいが、少年に何と声を掛けてよいのかわからなかった。
俺は基本的にジャンゴやセフィ以外の人間と親しく話したことがなかったため、他人と接することがとても苦手であった。
ボアやアルテのように成り行きで親しくなったのであれば話はできるが、全く関係のない人間となれば上手く声を掛けられなかった。
(どうする・・・)
俺が店内で頭を悩ませていると少年は何時の間にか食事を終えて店の外へと出て行っていた。
(・・・しまったっ)
俺は慌ててその少年の後を付けたが、途中で彼を追いかけられなくなった。
それは彼が作業区へと入ってしまったからである。今の俺は身分カードを持っていなかったため、関所を越えることができなかった。
(くっ・・・)
俺は歯痒そうに関所を守る衛兵を睨んだが、それ以上は進むことができなかった。無理矢理に進んで衛兵に目を付けられてしまえば、全ては水の泡になってしまう。
(そういえば・・・俺の身分カードは使えるんだろうか?)
俺は関所を見つめながらふと自分の身分カードの使用が可能であるかどうかについて考えた。
(・・・試してみるか?)
俺は急いでセフィの家に戻るとボアの姿を探した。
「ボアはいるか?」
「んっ?デュアルか?何か必要なものでもできたか?」
ボアは丁度アルテから頼まれた物を色々と運び入れていた。
「俺達が地上に出てきた時にお前に渡した身分カードを持っているか?」
「身分カードだと?」
ボアは眉間にしわを寄せながら自分の鞄の中を漁り始めた。
「これのことか?」
ボアは鞄の中から俺の身分カードを取り出した。彼は何かの役に立てようと丁寧に身分カードを持っていた。
「それを返してくれ」
俺はボアから身分カードを受け取るとそれを身に付けた。
「あと俺がここできていた服はあるか?」
「流石にそんなものは持っていないが、何かに必要なのか?」
ボアは俺の意図が理解できずに首を傾げていた。
「仲間を集めるためにはここの住人に溶け込む必要がある。そのためにはこんな小奇麗な格好をしていては目立ってしまうからな」
「なるほど・・・」
ボアは俺の意図を理解すると首を縦に振った。
「それでは闇市で手に入れてくるとしよう。他に何か必要なものはあるか?」
「今のところはないが・・・念のために幾らか紙幣を貰っていてもいいか?」
俺はボアに地上で使える紙幣を要求した。
そのお金で闇商人から幾分かの食糧を買うつもりでいた。ここでは地上から来た人間は地上から食糧を持ち込むか、地下の住人から食糧を手に入れるか、もしくは他の闇商人から買い取るかでしか、食糧を得られる方法がなかった。
「・・・わかった。とりあえず、これだけ持っていくがいい」
ボアは地上で儲けてきた紙幣の一部を俺に分けてくれた。そのお金は1か月分の食糧を買うことができるほどの金額であった。
「それじゃ、服の方を頼んだぞ」
「任せておけ」
俺はボアに服のことを頼むと闇市で食糧を買って他に仲間になってくれそうな人間がいないかを探した。結局、その日は同志を見つけることはできなかった。
次の日、俺はボアから作業服を受け取るとそれを身に付けて昨日少年が通った関所へと向かった。
(多分・・・使えるはずだ・・・)
俺は内心を冷や冷やとさせながら衛兵に身分カードを手渡した。
「・・・通れ」
衛兵は俺の顔写真を確認すると作業場の方へ向かうことを許可した。
(・・・よしっ)
俺は内心ほくそ笑んだ。
これで俺は何時でも金を獲得することができるのである。そして、同時に食糧の問題も解決するかもしれなかった。それは配給量の情報を得られれば、俺は地上からの食糧を受け取ることができるからである。尤も半年以上前のカードをそのまま使えればの話であるが、その可能性は非常に高かった。
それは地上の人間よりも地下の人間の人口の方が圧倒的に多く、地下の人間の情報を完全に把握することは難しいからである。地上の人間にとって俺達など所詮は単なる金を掘るための道具に過ぎなかった。生きてようが、死んでようがどちらでも構わないのである。
「さて・・・これからどうするかな?」
俺は作業区に移動すると機能の少年の姿を探したが、流石に見つけることは不可能であった。
作業区は幾重にも進む方向が分かれており、コンパスがなければ中心にある生活区には戻って来られないからである。
「とりあえず・・・今日は普通に作業してみるか」
俺は久々につるはしを握り締めると作業区の奥の方へと向かい、普通に労働をして戻ってきた。そして、身分カードに配給量の情報を書き込んでもらえると飲食街で食糧を受け取った。
「ふう・・・」
俺は食糧を受け取れて安堵の溜息を漏らした。これで無駄な紙幣を使わずにすむことが確認できたのである。
(あの少年はどこにいるんだろうか?)
俺はぼんやりと飲食街の中を探したが、その日は見つけることができなかった。
こうして俺は気になった少年の姿を探しながら金の採掘作業を行った。
(・・・いたっ)
俺は前に少年が食事を取っていた飲食店に的を張って彼が再び訪れるのを待っていた。俺達のように闇雲に生きてきた人間は知らず知らずの内に同じ習慣を繰り返してしまうものである。そして、遂に俺の探していた少年が同じ飲食店に姿を現したのであった。
(よしっ・・・)
俺は探していた少年の横に座ると彼に話し掛けるタイミングを窺った。
「僕に何か用ですか?」
俺が少年を見ていると不審に思った彼の方から話し掛けてきた。
「いや・・・その・・・」
俺はいきなりの質問に思わず口篭ってしまった。まさか向こうから声を掛けてくるとは思っていなかった。
「僕に用がないのであれば構わないでください」
少年は明らかに俺との接触に拒絶を示していた。
(どうする?この少年を諦めるか?)
俺は少年に声を掛けることに躊躇を感じていた。
(いや・・・この少年はきっと良い仲間になるっ)
俺は何故だか直感的にそんな気がしていた。
「・・・不審に思わせたならばすまない」
俺は少年に頭を下げた。
「少し・・・お前に興味を持ってしまった」
「僕にですか?」
少年は自分に感心があることを知ると眉間にしわを寄せた。その顔は警戒しているのではなくどちらかというと戸惑っているようであった。
「そうだ。お前を見ていると生きるのが辛そうに見えたのでな」
「生きるのが辛そう?そりゃ、そうでしょ?こんな意味のない作業を繰り返しながら生きることに何の意味があるというんですか?」
(これはいけるかもしれない・・・)
少年は俺の見込み通りに生きることに絶望を感じていた。
「そんな人生を変えられるとしたら・・・俺の話に興味はないか?」
俺は少しずつ話の方を核心へと近づけていった。
「人生を変える?それは一体・・・」
少年は俺の言葉に興味を持ったようであった。
「実はな・・・俺はこの都市に革命をもたらそうと考えている」
「革命?」
少年は『革命』という言葉を聞いて顔色を変えた。
「一体どうやってこの都市に革命を起こすつもりなんですか?」
少年は具体的な方法について確認してきた。
「俺はこの街に・・・ナノマシンを作り出す技術を持ち込んでいる」
「ナノマシンを作り出す?」
少年は眉を潜ませたまま疑いの眼差しで俺を見つめていた。俺の話を半信半疑で聞いているようであった。
「そうだ。俺はそのナノマシンを使って地下の人間を扇動して地上の人間に反旗を翻すことを考えている」
俺は少年に俺の考えた計画について説明した。
「・・・馬鹿げていますね。仮にナノマシンを使ったとしてどうやって地上の人間に反旗を翻すというんですか?彼らは武器を持っています。僕達ではとても太刀打ちなんてできませんよ」
少年は俺の話を聞いて冷静な反応を示してきた。そして、俺の話は夢物語であると判断したようであった。
「その辺りのことも一応は考えている。あとは仲間を集めるだけなんだ」
俺は懸命に少年を誘ったが、彼は興味なさそうに手を横に振った。
「そういうのは本当にナノマシンを手に入れてから言ってください」
少年は食事を食べ終えると席を立ち上がり、飲食店の出入り口の方へと歩いて行った。結局、彼は俺の話を信じてくれなかったようであった。
「待ってくれ・・・」
俺は少年を引き止めようと声を掛けたが、彼は俺のことを無視してそのまま作業区へと向かっていった。
(諦めるもんかっ)
俺は少年の説得を諦めきれずに彼の後に付いて行った。
「まだ僕に何か用があるんですか?」
少年は作業区の奥の方までやって来ると再び俺に声を掛けてきた。
「俺は・・・お前がほしいっ」
「・・・僕の身体が目当てなんですか?」
少年は両腕を交差させると俺から距離を取った。
俺は勢い余って言葉が足りていなかった。
「ちっ・・・違うっ。そういう意味じゃないんだっ。俺は・・・お前の力を貸してほしいんだっ」
俺は言葉を言い直すと再び少年に協力を求めた。
「一体・・・僕の何の力に期待をしているというんですか?」
「うっ・・・」
俺は思わず口篭ってしまった。正直、自分でもその少年の何にそんなに魅かれていたのかがわかっていなかった。強いて言うのであれば絶望していた目であるが、そんな理由では当然力は貸してくれないだろう。
「・・・もういいです。話は作業が終わってからにしてください」
少年はつるはしを握り締めると金の採掘作業を始めた。
(作業が終わるまでに何とか彼の信頼を得なければ・・・)
俺も少年と同じように金の採掘作業を始めた。
(そういえば・・・ここの場所って・・・)
俺はある程度穴を掘っているとあることについて思い出していた。
それは俺達が地下から抜け出る際に考えていた抜け穴の候補地のことである。この場所も地上に繋がる場所として地図に記録していた。ただ、この場所は俺達の抜け出た場所よりも遠くに位置していたため、ここから出ることは断念していた。つまり、ここは地上に繋がるかもしれない危険な場所であった。
「ちょっ・・・ちょっと待てっ」
俺は慌てて少年に制止を求めたが、彼は構わず作業を続けていた。そして、次の瞬間、彼の目の前の岩が脆く崩れ去った。
「・・・えっ」
少年は突然の出来事に目を丸くさせた。まさか目の前に地上と通じている穴が突然現われるなんて思ってもいなかったのであろう。そして、俺達の死を告げる警告音が穴の中に鳴り響いた。
「うっ・・・がっ」
少年は自らの首を両腕で絞めるとその場に膝を突いた。まるで空気がまともに吸えなくて苦しんでいるようであった。そして、少年の手足からはあのアラームが鳴り響いていた。
周囲を掘っていた他の連中は慌ててその場から走り出すと少年を見捨てて後続の穴を塞ごうとしていた。
(・・・間に合ってくれっ)
俺は彼らとは反対にその少年の方へと駆け寄っていった。少年が死ぬ前に何とかナノマシンを体内に打ち込むことを考えていた。
「何をしているっ、お前も死ぬぞっ」
俺は周囲に止められたが、全く聞く耳を持たなかった。
「もう無理だっ、あの位置じゃどのみち助からんっ」
男達は俺のことも見捨てると容赦なく退路を土砂で塞いだ。そして、後ろ側の通路へと退避するとその通路も爆弾で破壊して完全に外部との繋がりを遮断させた。
俺達は完全に退路を立たれていた。
「・・・おいっ、大丈夫かっ」
少年にナノマシンを打ち込むと懸命に話しかけた。
「頼むっ、効いてくれっ」
俺は少年にナノマシンが通用することを祈りながら彼が目を覚ますまで待ち続けた。しばらくの間、彼はもがき苦しんでいたが、その症状もやがて落ち着いていった。
(・・・もう大丈夫なのか?)
俺は少年の容態が落ち着くと胸を撫で下ろした。
「・・・ここは?」
少年は虚ろな瞳で辺りの様子を確認していた。
「目が覚めたようだな・・・」
俺は少年が目を覚ますと彼の上半身を抱き起こした。
「僕は一体・・・」
少年は自分が地上へ通じる穴を掘ってしまったことを理解していなかった。
「お前は・・・地上へ通じる穴を開けてしまったんだ」
「地上へ・・・それじゃ、僕は・・・」
少年は身体を起こすと自分の身体を触り始めた。
「一体何をしているんだ?」
「実体がある・・・」
少年は自分が死んだものだと思い込んでいた。
「お前は死んでなんかいないぞ」
「何故ですか?僕はエルゾニアウィルスに感染したはずです・・・」
少年は不思議そうに自分の身体を見つめていた。
「だから、言っただろ。『俺はナノマシンを作り出す技術を持ち込んでいる』っと・・・」
「そんな馬鹿な・・・」
少年は未だに俺の言ったことを完全には信用していないようであった。
「それなら、これから地上に出てみればいい」
俺は目の前に繋がった地上への通路を指差した。
「本当にこの場所が・・・地上に繋がっているというんですか・・・」
少年は徐に俺が指差した方へと歩き始めた。そして、俺達は地上へとやって来た。
「ここが・・・地上・・・」
少年は初めて目にする光景に言葉を失っていた。まるで初めて地上を見た時の俺達のような反応であった。
「どうだ?俺の言うことを信じる気になったか?」
俺は改めて少年に問い掛けた。
「・・・信じます」
少年は実際に地上を目にして俺の言うことを信じる気になったようであった。
「俺の名前はデュアルだ。よろしくなっ」
俺は少年に手を差し出した。
「僕の名前は・・・『クルツ』と言います。よろしくお願いします」
クルツは俺の手を握り締めると丁寧に頭を下げてきた。
「それにしても・・・」
クルツは空に見える太陽に手を翳すと目を細めながら顔を歪ませた。
「ここは眩しすぎますね・・・」
ずっと地下都市に住んでいた人間にとって地上はあまりにも眩しすぎるようであった。
「とりあえず、日が落ちるまで洞窟の中に隠れていればいい」
俺はクルツに洞窟に戻るように指差した。
「デュアルさんは・・・この日差しの中でも平気なんですか?」
「まぁな、俺は少し前まで地上にいたからな」
「デュアルさんは本当に凄いんですね」
クルツは目を輝かせながら尊敬の眼差しで俺を見つめてきた。
「俺はこの辺の確認をすると共に木を集めてくる。お前はそこで目が慣れるまで待機してな」
俺はクルツを洞窟で待たせるとコンパスを使いながら正確なシャンバルディアの位置を把握した。そして、夜間に移動するために必要な木々を集めた。
「これからどうするんですか?」
日が沈むと洞窟の中からクルツが出てきた。
「まずは地下都市に戻る」
「地下都市にですか?」
クルツは不思議そうな表情を浮かべていた。
まぁ、無理もない話しかもしれない。ようやく光の当たる地上へと出てきたのにわざわざ暗闇の中に戻るなど到底理解できないのであろう。
「この自由を手に入れ続けるためにはどうしてもあの地下都市で仲間を募り、革命を起こす必要があるんだ」
俺はクルツに革命の必要性を訴えた。
「・・・地上を旅してきたデュアルさんがそこまで言うのであれば僕も協力します」
クルツは俺の言うことを理解すると協力することを申し出てくれた。
「本当かっ」
「ええ、この命を救ってもらいましたから」
クルツは恥ずかしそうにはにかんだ笑顔を浮かべた。
こうして俺はようやく初めて『仲間』と呼べる同志を見つけることができた。
「それで地下都市に戻った後はどうするんですか?」
クルツは早速これからの計画について確認してきた。
「引き続き同志を募る予定だ」
「・・・ふむ」
クルツはしわを寄せながら難しそうな表情を浮かべていた。どうやら仲間を集める方法について考えているようであった。
「お前のおかげで同志を集める良い方法を思い付いたんだ」
「僕のおかげですか?」
クルツは思いも寄らない言葉に目を丸くさせていた。
「そうだ。クルツの様に地上に繋がりそうな場所で作業しているやつらの命を助けて俺達の仲間になってもらうんだ」
俺はクルツを仲間にした方法で他の同志達を集めることを考えていた。
「そんなに上手くいきますか?」
クルツの疑問は尤もであったが、それについては俺に考えがあった。それは俺達が地上に出てきたようにこの周辺で地上に繋がりそうな場所を検討してその場所に網を張る方法であった。
「任せておけっ。絶対に・・・成功させてみせるっ」
俺は自信満々な様子でクルツの質問に答えた。
それから俺は地下都市に戻るまでの間、クルツに俺がこれまで地上で体験したことについて話をした。そして、シャンバルディアに戻ると俺達は同じ方法で地下都市へと戻ってきた。
(ボアから多めに紙幣を貰っておいて良かった)
俺は心の中でボアに感謝した。彼からお金を貰っていなければ俺達は地下都市へと戻って来られなかっただろう。
「それじゃ、手筈通りに頼む」
「わかりました」
俺達は地下都市へ戻ると地上に繋がる危険な場所を割り出してその付近で作業をする地下の人間を仲間にしていった。そのおかげで俺達は僅か2週間で16人もの同志を集めることに成功した。
(とりあえず、これだけ人数を集めることには成功したが・・・)
俺は頭を抱えていた。なぜならば、俺の考えた作戦は既に限界を迎えようとしていたからだ。
地上に繋がる場所がそう都合よくあるわけではなく、これ以上作戦を続ければ俺達が革命を起こす際に地上に抜け出る場所がなくなりそうであった。
「何か良い方法はないか?」
俺は集めた同志達に意見を募ったが、誰一人として意見を述べる者は現われなかった。
「地道に口だけの説得を続けるしか方法はないのではないでしょうか?」
ようやく口を開いたのはクルツであった。
「確かに・・・その方法しかないかもしれない。だが・・・」
俺は最初にクルツに接触したことを思い出してそれでは上手くいかないだろうと予想していた。
「何か良い方法はないか?」
俺は再び別の意見を求めた。
「揃いも揃って・・・何一つ意見が上がらないとは嘆かわしいことだな」
俺達の様子を見ていたボアが口を挟んできた。
「それじゃ、ボアには何か良い方法があるのか?」
俺はボアに意見を求めたが、彼も硬く口を閉ざしていた。彼にも良い方法が見つかっていないようであった。
(どうする?このまま沈黙していても意見は上がらないようだが・・・)
俺は何故だか不意にジャンゴのことが脳裏を過ぎった。
(ジャンゴがいれば・・・)
ジャンゴならばこの状況でも仲間を集める良い方法が思い付いたかもしれない。だが、彼はこの場にはいなかった。
『一杯でも飲めるなら俺はあんたにどこまでも付いて行くぜっ』
俺がジャンゴのことを考えていると頭の中に彼の言葉が思い浮かんだ。
(なんだ?なぜ、この状況で思い出した?)
俺は頭の中に過ぎったジャンゴの言葉がとても気になっていた。そして、ジャンゴと過ごした酒場での状況を思い出し始めた。あの場所ではみんな楽しそうに酒を飲んでいた。
(んっ、お酒?)
俺はこの地下都市にはそんな酒場がないことを思い出した。まぁ、水が貴重品である地下都市では地上みたいに酒を振る舞うなど到底不可能なことであった。酒が飲めるのは何か祝い事があった時のみである。
(そうだっ、酒だっ)
俺は仲間を集める良い方法を思い付いた。
それはこの地下都市に酒場を開き、そこに集まる人間を同志にすることであった。この地下都市にもジャンゴのように酒が死ぬほど好きな連中がいるだろう。そんな人間に酒を与えれば彼らは酒を飲むためにきっと何でも言うことを聞いてくれるにちがいなかった。
「なぁ、ボア・・・」
「どうした?改まって?」
ボアは眉間にしわを寄せると訝しげな表情を浮かべた。
「俺はここに・・・酒場を開こうと思うのだが・・・」
「それは不可能だ」
ボアはきっぱりと俺の意見を否定した。
彼の言うとおり、この地下都市には酒のような水気のある物を持ち込むことは一切禁止されていたため、酒場を開くことは無理であった。
「だから・・・俺はここで酒を作ろうと思う」
酒の原材料であれば地下都市に持ち込むことは充分に可能であった。
「酒を作るだと・・・」
ボアは寄せていたしわを元に戻すと驚きの表情を浮かべていた。
「そんなことをしてどうするつもりだ?」
俺は頭の中に思い浮かんだ作戦についてボア達に説明した。
「なるほどな・・・」
ボアは納得した表情を浮かべていた。他の同志達も納得しているようであった。
「・・・そこでだ。ボアは酒の作り方を知っているか?」
俺は酒を作る方法を知らなかったため、その方法について確認した。
「残念だが、俺は酒の作り方は知らない・・・」
「そうか・・・」
俺は残念そうな表情を浮かべると肩を落とした。
「だが・・・アルテならば知っているのではないか?」
ボアは物知りなアルテならば酒の作り方を知っているのではないかと提案してきた。
「確かに・・・彼女ならば知っているかもしれないっ」
俺は表情を明るくさせるとアルテの下へと走って向かっていった。
「アルテっ、いるか?」
「何よっ、血相を変えて?何か問題でもあったの?」
アルテはセフィの看護をしながらナノマシンの製造を行っていた。彼女のおかげでセフィの顔色はだいぶん血色の良い肌色に戻りつつあった。
「・・・酒の、酒の作り方を知らないか?」
俺は息を切らせながらアルテに酒の作り方を訊ねた。
「いきなり何を言っているのよ?」
アルテは困惑の表情を浮かべていた。まぁ、いきなりそんなことを聞かれれば無理もないだろう。
「実は・・・」
俺はこれまでの経緯についてアルテに説明した。
「・・・なるほどね。仲間を集めるために酒場を開きたいと・・・」
アルテは納得した表情を浮かべながら首を縦に振った。
「それで・・・アルテは酒の作り方を知らないか?」
「当然知っているわよ」
アルテは余裕な表情を浮かべながら自身あり気に胸を張った。
「本当かっ」
「当たり前でしょ。そんなの科学者としては当然の知識なんだから」
アルテのような科学者達はエルゾニアの研究以外にも動物や植物などの生態、他にも生産品などの作り方など多種多様な知識を蓄えていた。
それもこれも全ては過去に失われた知識を後世に伝えるための手段であった。
「それじゃ、早速簡単に作れるお酒の作り方を教えてくれ」
俺はアルテに酒の作り方について訊ねた。
「簡単にね・・・それなら麦酒とかどうかしら?」
「麦酒?」
俺は聞きなれない言葉に方眉を吊り上げた。
「麦を使ったお酒のことよ。そのお酒なら簡単に作れると思うわよ」
「麦を使った酒か・・・」
俺はその材料ならば簡単にボアが用意できると考えていた。
「そのお酒の作り方と材料を教えてくれ」
俺はアルテから酒の作り方と材料を聞くとそれをそのままボア達に伝えた。
「・・・なるほど。小麦か・・・それならばすぐに用意することが可能であろう」
ボアは表情を明るくさせると大量の麦と水を用意する準備を始めた。
「それじゃ、俺達は酒場の準備を始めるぞ」
ボアが酒の材料を集め、それらをアルテがナノマシンを使って簡単に酒へと変化させた。そして、俺達は酒を飲める場所を用意すると酒が好きそうな連中に片っ端から声を掛け捲った。
こうして俺達はその連中に酒を振る舞うと一気に同志の数を増やしていった。酒の効果は絶大であった。
「作戦は成功しているようね」
「ああ、全てアルテのおかげで上手くいっている」
俺は作戦が一段落するとセフィの下へと顔を出していた。
「・・・セフィの調子はどうだ?」
俺は真面目な表情を浮かべるとアルテにセフィの容態について確認した。
「とりあえず、今のところは安定しているわ」
「本当にかっ」
俺はセフィの容体が順調に保たれていることに胸を撫で下ろした。
「自分の目で確認してくればいいんじゃないの?」
アルテはセフィの寝室の方を指差した。
俺は彼女にセフィのことを任せて以来、ほとんど彼女のところに顔を出してはいなかった。正直、日に日に衰えていく彼女の容体を見ているのはとても苦痛なことであった。そのため、俺は現実から目をそむけるように仲間を集めることに専念していた。
「・・・わかった。自分の目で確認してくる」
俺は正直まだセフィに会うことを恐れていたが、アルテに勧められて彼女に会いに行くことを覚悟した。そして、彼女の寝室の前で足を止めると一呼吸してから部屋の中へと足を踏み入れた。
俺が部屋の中に入るとベッドの上では気持ち良さそうな寝顔を浮かべる彼女の姿が見えた。
「セフィ・・・」
セフィの頬や腕は戻ってきた直後に比べると幾分か脂肪が増えてふくよかになっていた。
アルテは直接血液に食料から得られる栄養を点滴すると共にそれをナノマシンによって必要な部位に運ばせて必要な栄養を補わせていた。
「・・・随分と回復したみたいだな」
俺はセフィの身体を見ながら優しく腕に触れた。
「セフィが死ぬなんてまるで嘘のようだ・・・」
俺はセフィの安らかな寝顔を見て死期が近づいているとはとても思えなかった。だが、彼女の病気は確実に彼女の身体を蝕んでいた。表面上からではその進行度合いを知ることはできなかった。
「う~ん・・・デュアル?」
俺がセフィを眺めていると不意に彼女は微かに目を開いた。
「悪い・・・起こしてしまったか?」
俺は申し訳なさそうに眉毛を吊り下げるとセフィに軽く頭を下げた。
「嬉しい・・・会いに来てくれたのね」
セフィは口許を緩めると微かな笑みを浮かべた。
「すまないな。色々と忙しくて・・・なかなか会いに来ることができなかった」
俺はセフィの顔の傍に近づくと静かに腰を下ろした。
本当は今にも死にそうな彼女の姿を見るのが辛くて避けていただけだあったが、そんなことを彼女に言えるわけがなかった。
「別にいい・・・顔を見せてくれただけでも・・・充分だから」
セフィは弱々しい声で気にしないように俺のことを気遣ってくれていた。
その優しさが今の俺にはとても痛く感じられていた。
「セフィ・・・色々と大変だけど、あと少し頑張ってくれ。あと少しで君に・・・本物の空を見せてやることができそうなんだ」
俺は少しでもセフィが長く生きられるように必死で彼女に希望を持たせた。
「うん・・・楽しみに待っている・・・」
セフィはそれだけ呟くと再び目を閉じた。
(絶対に空を見せてやるからなっ)
俺は心の中で静かに決意した。
「どうだった?」
アルテは俺が戻ってくると心配そうな様子で声を掛けてきた。
「本当にありがとうな。アルテのおかげでセフィは随分と元気を取り戻したようだった」
俺は心の底からアルテに感謝した。
「気にしなくていいわ。好きな人を失う辛さはあたしにもよくわかるから・・・」
アルテは恥ずかしそうに頬を紅く染めると微かに口許を緩めた。
「これからもセフィのことをよろしくな」
「あたしにできることは延命措置だけだからね」
アルテは必要以上に期待を膨らませる俺に念を押した。
「・・・わかっている。それだけでも充分だ」
俺は再びアルテに頭を下げた。
「どう致しまして」
アルテは素直に俺の気持ちを受け止めると柔らかい笑みを浮かべた。
こうして俺達はシャンバルディアの水面下で着々と革命の炎を大きくさせていった。




