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絶望都市シャンバルディア  作者: 東メイト
第三章:奇跡への布石
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第10話:ナノマシン

俺達がシャンバルディアを出てから4ヶ月半が経った頃、俺達はようやく無事に領地の境目を越えて次の目的地である都心部に辿り着いていた。


「ここら辺にはまだ手配書は回ってきていないようだな」

俺達は行く先々の宿場で研究所を襲った人間がいる噂を聞いていたが、こちらの領地ではほとんど情報が流れていなかった。

基本的に領地を越えた商人の交流は認められていないため、そのような噂話は闇商人のような流れ者の間でしか囁かれていないのが現状であった。まさにボアの思う壺である。


「それでこれからどうするんだ?」

俺達はコンクリートのジャングルの前で足を止めていた。


「こっちだ。着いて来い」

ボアは闇市のある地下鉄とは違う方向を目指して俺達を案内した。そして、ある建物の前に立つとその奥にある大きな鉄製の扉の前に移動した。


「こんな場所に来てどうするんだ?」

「ここには俺の秘密の隠れ家があるのさ」

ボアは鞄の中から丸いリングのようなものを取り出すと扉の真ん中にある窪みに填めてその周りをボルトでしっかりと締めてリングを固定させた。


「一体何をしているんだ?」

「まぁ、黙って見ていろ」

ボアがそのリングを回すと目の前の大きな扉が静かに開いた。


「これは・・・」

「ここは『銀行』と言ってな。大昔の人間がお金などの貴重品を預けていたお店らしい」

ボアはちゃっかりと金庫の扉を回す取っ手を外して銀行を自分専用の金庫として利用していた。

彼のような流れ者は自分の財産を守るため、このような建物を利用して自らの財産を隠しているようであった。金庫の中に入れておけば基本的に他人に取られる心配はないらしい。


「・・・中に入れ」

「なっ・・・」

俺達が金庫の中に入るとそこには金の塊が山のように積み上げられていた。


「この大量の金の塊は・・・」

「俺が一生掛けて溜めてきた努力の結晶だ」

ボアは既に一生分以上の金を集めていた。


「こんな金の塊一体どうする気だ?」

「この金の使い道を話す前にまずはこの金の欠片を使って実際にナノマシンを作ってもらおうか」

ボアはアルテに金の欠片を手渡すと本当に彼女がナノマシンを作れるのかを証明するように促した。


「・・・随分と疑り深いのね。まぁ、あたしは別に構わないけど、電気はどうする気なの?」

「そこのコンセントを使えばいい。ここの電気もソーラーパネルからの発電システムで生きているからな」

ボアは金庫内にあるコンセントを指差した。


「それなら研究所から運び出した機材を持ってきてくれるかしら?」

アルテは上から目線のボアに逆に命令し返してきた。


「それじゃ、頼んだぞ」

ボアは俺の方を振り向くと俺の肩を軽く叩いた。


「わかった・・・って、おいっ。何で俺が運ばなきゃいけないんだ?」

「すまんな・・・俺は機材を持つには歳を取り過ぎた。無理するとぎっくり腰になるんでな」

ボアは都合の良い時だけ自分が老いていることを強調してきた。


「くっ・・・」

ここで本当にボアに寝込まれたら洒落にならないため、俺は渋々ナノマシンを作成するための機材を運ぶことを引き受けた。


「ちなみに・・・」

俺はアルテの方に視線を向けた。


「まさか・・・か弱いあたしに物を運ばせるつもりじゃないわよね?」

アルテは瞳を潤ませると自分が女性であることを強調してきた。


「どいつもこいつも・・・」

俺は全く手伝う気のない2人を尻目に1人で馬車からナノマシンを製造する機材を運び出してきた。


「これで・・・全部だ・・・」

俺が全ての機材をこの場所まで運び終える頃には俺の息はすっかりと上がっていた。


「ご苦労さん」

アルテはカプセルの中に濁った液体を注ぐと複数の四角い機械と電源を繋いでボアから金の欠片を受け取った。そして、ポケットの中から何千倍も拡大できる特殊なルーペを取り出すとそれを左目に装着した。ちなみにこの四角い機械というのは『パソコン』というものらしい。


「それじゃ、始めるわよ・・・」

アルテは深く深呼吸すると意識を指先に集中させた。


「まずはこの金を薄く延ばすと」

アルテは金の欠片を何かを引き延ばす機械の中に置いた。そして、その機械の電源を入れると金はあっという間にペラペラな薄い紙のように引き延ばされた。


「金ってこんなにも薄く延びるんだな?」

俺は金が延ばされていく光景を見ながら驚きの声を上げた。


「次にこれを細かく延ばして」

アルテはさらに先程の機械で電圧を掛けながら透明な何かを薄く延ばした。


「それは何なんだ?」

「これ?水晶よ」

アルテは水晶に電圧を掛けながら形状を変化させていた。

水晶のような圧電体は逆圧電効果により電圧を掛けるとその形状を変化する特性を持っているそうだ。


「そんなもの何に使うんだ?」

「水晶は圧力を掛けると電気を生む性質を持っているの」

アルテは薄く延ばした金と水晶を互い違いに重ね合わせた。


「こんな風に電気を良く通す金の間に挟むことで圧力を掛けた際に電気を流すことができるの」

「そんなことして何の意味があるんだ?」

アルテは重ね合わせた金と水晶を機械の腕を使って細かく寸断すると小さな棒状の物をたくさん作り出した。

その極小の棒は肉眼では確認することができないほど小さかった。


「この極小の棒に圧力を掛けることで電流を生じさせ、その電流の強さによって様々な命令を実行することが可能になるのよ」

アルテの話では1A以下の電流が発生した場合はAの動作を、1Aより大きい電流が発生した場合はBの動作を実行するとした場合に電流の強さを調整することによってこの2つの動作を使い分けることが可能になるということである。


このように電流の強さの区切りを複数に分けることでその区切りの数だけナノマシンの動作を増やすことができるらしい。それはパソコンとやらに使われているCPUチップと同様の役割を果たしているそうだ。


「???」

俺はアルテの説明を聞いたが、その原理をさっぱり理解することができなかった。


「簡単に言うと・・・ナノマシンを動かすために必要な基本部品を作っているということよ」

「なるほど・・・」

俺は何となくのレベルで理解した。


「そもそも何でナノマシンを作るのに金が必要なんだ?」

俺はナノマシンに金が使われている理由がよくわからなかったため、もののついでにアルテに質問してみた。


「それは金がナノマシンを作る上で都合が良い性質を持っているからよ」

「金の性質?」

俺はアルテの言っている意味がわからずに眉を潜ませた。


「金は軟らかく電気を良く通す性質を持っているわ」

「その性質がナノマシンを作る上で何か必要になるのか?」

「物体が軟らかいということはそれだけ加工しやすいということよ。しかも金は元々の状態から何万倍もの大きさに引き延ばすことができるから細菌サイズの物でも作り出すことができるの」

アルテは金の軟らかい性質とナノマシンを作る過程の利便性について詳しく説明してくれた。


「それに電気を通しやすいということは極少量の電気でも機械を動かすことができるの。つまり、ナノマシンを体内に入れた際にナノマシンを動かすエネルギーを身体に流れている生体電気で補うことができるということよ」

「ふむふむ」

やはり俺にはよくわからなかったが、とりあえず納得したように首を縦に振った。


「その2つの性質を合わせ持っているからこそ金がナノマシンの素体として使われているの」

アルテはナノマシンに金が使われている理由を説明しながら器用に人の腕のような機械を動かしてナノマシンの残りの部分を組み立てた。


「最後にこれを埋め込めば・・・」

アルテはポケットの中からプラスチック製の透明なケースを取り出すと静かにその箱を開いた。ケースの中には塩粒よりも小さな何かがたくさん入っているようであった。


「それは何なんだ?」

俺が声を掛けるとアルテは静かにするように人差し指を唇に当てて黙るように命令してきた。そして、彼女は意識を集中させると機械の手を使ってその小さな何かをナノマシンの中に組み込んだ。


「もういいか?」

俺はアルテの作業が完了すると再び口を開いた。


「ええ、もういいわよ」

「さっきのは一体何だったんだ?」

「今のは極小サイズのメモリチップよ」

アルテのような科学者達は長い年月を掛けてナノマシンに自己判断機能を組み込むためのメモリチップを塩粒よりも小さなサイズまで圧縮させていた。これも科学の進歩の1つであった。


「メモリチップ?」

俺は聞きなれない単語に首を傾げた。


「簡単に言えば・・・これも脳みその一種よ。ただし、このチップはさっきの極小の棒と違って行動を制御するものではなく行動を記憶するためのものよ。このチップを組み込むことでナノマシンに様々な動きをとらせるの」

アルテの使用したメモリチップは僅か8パターンしか行動を記録できないらしいが、体内にいるエルゾニアを駆除するにはそれだけのパターンでも充分事足りるそうだ。


「なるほど・・・」

俺にはアルテの言うことが何一つ理解できていなかったが、何となく理解できたことにした。


「これでナノマシンは完成したのか?」

「ナノマシンの1体だけがね」

アルテは作成したナノマシンを針の付いた注射器の先っぽで吸い込むと透明な丸い容器の中へと移動させた。


「そんなに小さくて本当に体内のエルゾニアウィルスを撃退できるのか?」

俺はアルテが作った目に見えない程の小粒サイズのナノマシンがエルゾニアを撃退できるとは思えなかったため、疑問の声を上げた。


「とりあえず、これ1つだけじゃとても人間の体内全部をカバーはできないわ。だから、1人分のナノマシンとして利用するためには同じ作業を繰り返して数百体のナノマシンを製造しなければならない」

「今の工程を何百回も繰り返すのか?」

俺は気の遠くなりそうな作業量に驚きの声を漏らした。


「その心配はないわ。1回機械をセッティングすれば後は自動操縦が可能になるから・・・」

アルテは機械の手を高速モードでセッティングすると先程までの工程を何度も繰り返させた。


「あとはあたしがパソコンのモニターで動作を確認していればナノマシンは問題なく完成する」

アルテはほんの僅かな時間で数百体のナノマシンを作り出した。


「とりあえず、1人分のナノマシンができたわよ」

アルテは1人分のナノマシンを完成させると左目に着けていた特殊ルーペを取り外した。


「結局、このカプセルは何に使うんだ?」

俺はアルテが濁った液の入ったカプセルを使用しなかったことに首を傾げた。


「このカプセルはね・・・ナノマシンの動作確認をするために使うの」

アルテはそのカプセルの中に製造したナノマシンを混入するとカプセル内に微弱な電気を流した。

カプセル内に電気が通るとカプセルの中では何やら小さな物体が動き回っており、微かに光を放っていた。その光を出している物がナノマシンのようであった。


「この微妙に光っているのが、ナノマシンなのか・・・」

「そうよ。これでちゃんと動いていることが確認できたから完成よ」

アルテはナノマシンができると満足そうな笑みを浮かべた。

ちなみにカプセル内に入れられるナノマシンは通常であれば1000人分の動作を確認することを目的としており、本来であれば1人分だけでは使われないそうだ。


「随分と簡単にできるんだな。ナノマシンって・・・」

「こんなに簡単にナノマシンを作れるようになったのは何千、何万回の実験を繰り返して製造手順を何度も最適化してきたからこそよ」

アルテは科学の進歩について熱く語った。彼らの苦労は並大抵のものではなかったようであった。


「後はこのナノマシンを集めてアンプルに詰めれば終了と・・・」

アルテはカプセル内の電気を止めるとナノマシンが下層部に沈殿するのを待ってからカプセルの下に溜まったナノマシンを濁った液体ごと注射器で回収した。そして、それをガラスの小瓶の中に詰めて蓋を接着した。


「はいっ、一丁上がり」

アルテは完成したナノマシンをボアに手渡した。彼は彼女からナノマシンを受け取るとそれを宙にかざして中身を確認した。そして、腰に巻いているポーチの中へと納めた。


「これで実際に金からナノマシンが作れることがわかった」

ボアは納得した様子を示すとキャスター付きのトランクの中に金の塊を詰め込み始めた。


「その大量の金をどうする気だ?」

「これで武器を大量に発注してもらうぞ」

「本当にいいのか?」

俺は全財産を投げ打とうとしているボアの覚悟について確認した。


「革命を起こすために必要なものは大体揃ったのだ。あとは戦うための武器を用意するだけだ。それは俺の仕事だからな」

ボアは実際にナノマシンを製造するところを目の当りにしてようやく覚悟を決めたようであった。


「それじゃ、デュアルは再び持ってきた機材を再び馬車に運んでくれ」

ボアはナノマシンを製造する機械を馬車に戻すように命令してきた。


「ちょっ・・・ちょっと待て・・・」

俺は無茶な要求をするボアを呼び止めたが、彼は俺の言葉に耳を貸さずにそのまま金の塊を詰め込んだトランクを持って闇市のある方へと歩いていった。


「また俺1人で運ぶのか・・・」

俺は愚痴を溢すと深い溜息を吐いた。そして、アルテの指示に従いながら設置したナノマシン製造用の機材を分解して再び馬車の中に運び入れた。


「そういえば、この濁った液体はどうするんだ?地下都市には水気のある物は持ち込めないんだが・・・」

俺は地下都市に水気のある液体類を持ち込むことができないことを思い出してアルテに訊ねた。


「それだったら・・・培養液の素を用意して地下都市の水を使って作り直せばいいわ」

「そんなことができるのか?」

「培養液は元々人間の血液と同じものを想定して作ってあるから赤血球などの血球成分を除く他のタンパク質などの成分を用意すればどこでも簡単に作ることができるわ」

アルテはいとも簡単そうに言ってのけた。


「その成分ってのを集めるのが大変じゃないのか?」

「問題ないわ。その辺の食料からでも採取は可能だから食べる物さえあれば簡単に作れるわ」

アルテはまるで昔話に出てくる錬金術師のようであった。


「そうか・・・」

俺はアルテから問題ないということを聞いて安心したように胸を撫で下ろした。


こうして俺達は着々と都心部で革命の準備を整えていった。そして、革命の全ての準備が終わるとシャンバルディアを目指して馬車を走らせた。ようやく俺はセフィの待っている地下都市へと帰れるのであった。

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