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絶望都市シャンバルディア  作者: 東メイト
第三章:奇跡への布石
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第9話:襲撃

次の日の朝、目を覚ますと打ち合わせ通りに俺達は2手に別れて研究所へと向かった。


「行くぞ・・・」

俺は生唾を飲み込むと心を落ち着けて研究所の扉を叩いた。


「何か用か?」

俺が研究所の扉を叩くと建物の中から研究員が顔を出した。


「すみません。ナノマシンの取引をしたくてきたのですが・・・」

「ああ、取引ね。それじゃ、許可証を」

「どうぞ」

俺はボアから受け取った許可証を研究員に手渡した。


「確かに・・・」

研究員は許可証が本物であることを確認すると研究所に入る大きな門を開いた。

俺達は馬車ごとその建物の中へと入っていった。


「よしっ、無事に中に入ったようだな」

ボアは離れた場所から望遠鏡で俺達が研究所に入るのを確認すると電源ケーブルが敷かれている部分に移動してダイナマイトを仕掛けた。彼は腕時計を見ながら研究所に入ってからの時間を計測した。

その頃、研究所内では2人の研究員から金と献上品の確認を求められていた。


「今、降ろしますんで少々お持ちください」

俺達はボアに言われた木箱を持ってゆっくりと研究員の方に近づいていった。

ここであまり早く木箱を移動させてしまうとボアとのタイミングがずれてしまう可能性があったため、できる限り時間を掛けた。


「それじゃ、中身を確認する」

研究員はゆっくりと木箱の蓋を開けた。


「・・・ふむ。必要そうな物は大体揃っているな」

研究員は目聡く中の物を確認すると満足そうな表情を浮かべた。


「いいだろう。金を・・・」

研究員が金の提示を求めた瞬間、ボアが電源ケーブルを爆破した。


「なっ、何だ?」

研究員はいきなり電気が消えてパニック状態に陥った。


「・・・今だっ」

俺はジャンゴに合図するとサングラスを外して木箱の中から暗視ゴーグルを取り出した。そして、戸惑う研究員の後に回り込むと一気に後ろ襟首部分を思いっ切り叩いた。


「ぐおっ」

俺は研究員を一発で気絶させた。ジャンゴの方も上手く研究員を気絶させていた。


「次はこのテープで縛り上げると・・・」

俺達は研究員の口を粘着テープで塞ぐと後ろに手を回して手足を縛り上げた。そして、木箱の中からマネキンを取り出すと一気に白いシーツを剥ぎ取った。


「この辺でいいかな?」

「もう少しずらしておいた方が監視カメラから見えにくいと思うぜ」

ジャンゴは頭上にある監視カメラの角度を見極めるとマネキンの位置を微妙な場所に移動させた。


「次はセキュリティカードを奪って・・・」

その瞬間、研究所内の明かりが付いた。


「やばいっ。思ったより早いっ」

俺達は慌てて暗視ゴーグルを外した。


「大丈夫だぜ。まだ監視カメラは作動していないようだぜ」

ジャンゴは監視カメラの下についている赤いランプが付いていないことを確認するとマネキンを包んでいたシーツを研究員達に被せて馬車の荷台の中に放り投げた。

彼の判断はとても良い判断であった。木箱に詰めるよりも馬車の中に入れた方が遥かに時間を短縮できた。


「ジャンゴ、これを・・・」

俺は研究員からセキュリティカードを奪うとジャンゴに手渡した。そして、馬車の中で白衣に着替えると何事もなかったように馬車の中から出てきた。


「ばれてないよな?」

俺は小声でジャンゴに話し掛けた。


「ばれていたら警報なり何なりが鳴っているだろうさ」

ジャンゴは焦る俺に心を落ち着けるようにアドバイスした。


「確かに・・・」

俺はジャンゴの言葉に納得するとセキュリティカードを使って研究所の奥へと潜入した。


「ここだな?」

「そのようだぜ」

俺達はボアが前以て手に入れておいた研究所内の地図を見ながらナノマシンの製造を行っている部屋の前まで無事に辿り着いた。

この地図は研究員と親しくなった商人の証言を元にボアが作成した物であった。


「1、2の3で行く・・・」

俺はジャンゴに合図を送るとカウントを始めた。


「1、2の・・・3っ」

俺達は合図と共に一気に部屋の中へと雪崩れ込んだ。


「なっ、何だっ・・・お前達はっ」

研究員達は突如現われた不審者に驚きの声を上げた。

俺達は彼らが驚いている内に研究員達に近づくと反撃される前に問答無用で次々と倒していった。


「一体何なの?」

俺達は女の研究員を1人だけ残してあとは全て気絶させた。


「すまないが、しばらくの間、俺達に付き合ってもらう」

「何であたしがあんた達に付き合わなければいけないの?」

「それは・・・」

俺は女の研究員の問い掛けに答えることができなかった。確かに彼女からしてみたら俺達に協力する義理など何も存在しなかった。

俺は彼女を説得する方法が思い付かなくて悩んでいた。


「アルテに近づくなっ」

俺が彼女の質問に気を取られている隙に気絶させたはずの研究員の1人が目を覚まして俺に向かって反撃してきた。


「デュアルっ、危ねえっ」

ジャンゴは俺よりもいち早くその行動を察知して俺を横へと突き飛ばした。彼は研究員の反撃を受けて胸の下に銃弾をめり込ませた。


「・・・ぐっ」

ジャンゴは徐々に襲いくる苦痛に耐えながら最後の気力を振り絞った。そして、研究員の肩目掛けて弾丸を放った。


「ぐおっ」

ジャンゴが放った弾丸は見事に研究員の肩を射抜き、彼を後ろ側へと倒させた。


「痛つっ・・・一体何をするんだ?ジャンゴっ」

俺はジャンゴにいきなり突き飛ばされて状況をよく把握していなかった。


「おいっ・・・どうしたんだ?その血は・・・」

俺は胸の下から大量の血を流しているジャンゴを見て驚きの声を上げた。


「す・・・すまねぇな・・・デュアル・・・」

ジャンゴは俺の方に振り向くとそのまま俺の方へと倒れてきた。


「ジャンゴっ」

俺は慌ててジャンゴの身体を支えた。


「俺は・・・どうやら・・・ここまでの・・・ようだ・・・」

ジャンゴは虫の息で弱々しく反応した。そして、血塗れになった手をゆっくりと突き上げると俺の顔を捜した。

彼の目には全く光が見られなかった。意識が朦朧として俺の姿が全く見えていないようであった。


「もう喋るなっ。俺はここにいるっ」

俺はジャンゴの手を強く握り締めると必死で彼のことを励ました。


「あとは・・・任せた・・・ぜ・・・」

ジャンゴはそれだけ言い残すと一気に手から力が抜けた。


「おいっ、ふざけんなっ。こんなところで死ぬなんて・・・絶対に許さないっ」

俺は懸命にジャンゴの身体を揺すったが、彼が反応することはもう2度となかった。


「おい・・・目を開けろよ・・・」

俺はジャンゴの亡骸を目の前にして泣き崩れそうになった。


「うぐぐ・・・」

その瞬間、俺の耳にはジャンゴを撃った研究員の呻き声が聞こえてきた。


「全部あいつのせいか・・・」

俺はジャンゴが死んだ原因をその研究員のせいだと認識すると復讐心を燃え上がらせた。こんなに人を恨めしく思ったことは久々であった。

俺は憎しみの感情に突き動かされてジャンゴを撃った研究員の前へと移動した。


「こいつさえいなければ・・・」

研究員の目の前に仁王立ちすると彼に銃口を向けて引き金に人差し指を引っ掛けた。


「死ね・・・」

俺は狙いをしっかりと定めると人差し指に力を込めようとした。


「待ってえええ」

俺が倒れている研究員を撃とうとした瞬間、彼に『アルテ』と呼ばれていた女性の研究員が慌てて彼の上に覆い被さった。


「退けっ」

「嫌よっ」

アルテは必死でジャンゴを撃った研究員のことを庇っていた。


「お願い・・・この人だけは・・・この人だけは撃たないで・・・」

アルテは先程の態度から一転して涙ながらに訴えてきた。どうやら、この研究員は彼女の恋人のようであった。


「ぐぬぬっ」

俺は苦虫を噛み潰すように奥歯を噛み締めた。どうしても親友のジャンゴを殺したこの男を許す気にはなれなかった。

だが、必死でその男のことを庇うアルテの姿を見ているとセフィのことを思い出してしまい、引き金を引くこともできなかった。


「もし彼の命を助けてくれるなら・・・何でも協力するからっ」

「・・・本当にか?」

俺はアルテの必死な思いを聞いてジャンゴの敵を討つことを諦めた。


「・・・わかった。それならば俺達に協力してくれ・・・」

俺は気絶している研究員達の手足をテープで縛り上げると部屋の片隅に集めた。そして、その近くにリモコン式の爆弾をセットした。


「もし、お前が俺を裏切ったらこの爆弾を起動させる」

実のところ、この爆弾には人を殺すような殺傷能力はなかった。

この爆弾は撹乱するための煙幕弾である。だが、その事実を知らないアルテを脅すには充分な材料であった。そして、彼女を脅しながらナノマシンを製造するための機械を集めさせた。


「これで全部か?」

「これだけあれば、充分にナノマシンを製造できるわ」

アルテが集めてきたのは人間のお腹サイズのカプセルと何やら人の腕のような細長い機械、それから何かを潰すための圧縮機、あとは複数台の四角い機械と何かが濁った液体のようなものであった。

それらが何に使われるのか俺にはさっぱり理解ができていなかった。


「これを全部運ぶとなると人の手では厳しいな・・・」

「それならこれを使えばいいわ」

アルテは研究所の別室から何やら乗り物らしきものを引っ張り出してきた。どうやら、これが自動車というものらしかった。


「この研究室には何でもあるんだな・・・」

俺は見たことのないような機械が次から次へと出てきて研究者達と自分達の文化レベルの違いに驚きを隠せなかった。そして、俺はアルテの持ってきた乗り物の後ろへそれらの物を積み込んだ。


「すまないな・・・ジャンゴ・・・」

俺はジャンゴに一礼するとその場を後にした。

本当であれば彼も一緒に連れて帰ってやりたかったが、荷台にはもう彼の亡骸を乗せるスペースがなかったため、俺は泣く泣くその場に遺体を残していくしかなかった。


「俺はこれの動かし方がわからない。全部お前に任せる」

俺は煙幕弾のスイッチをちらつかせながらアルテにその乗り物を操作させた。

彼女は俺の言われるまま乗り物を動かすと研究の入り口を目指して進ませた。


「・・・着いたわよ」

「それじゃ、これらを馬車の中に積み込むぞ」

俺はアルテにナノマシンの製造に必要な機械を馬車の荷台に積むように命令した。


『じりりりりっ!じりりりりっ!』

俺達が馬車の中にナノマシンを製造するための機械を運び入れていると突然研究所内の非常警報が鳴り響いた。

それは俺達の行動を不審に思った警備員の判断であった。


「くっ、ばれてしまったか・・・」

俺は研究室の扉脇に張り付くと俺達のいる部屋に入って来ようとする警備員を拳銃で威嚇射撃して足止めした。その間にアルテにナノマシンの生成装置を全て運び込ませた。


「準備は終わったわよ」

「わかったっ」

俺は煙幕弾を研究所の通路に投げ込むと間髪入れずに爆弾のスイッチを押した。そして、警備員が怯んでいる内に馬車の中に積んでいた研究員達を放り出してアルテに研究所の扉を開かせた。


「まっ・・・待てえええ」

俺達が研究室の扉を開くと煙幕を抜けてきた警備員が威嚇射撃をしてきた。


「くっ、危ないっ」

俺は咄嗟の判断でアルテに弾が当たらないように姿勢を低くさせた。


「早く出て来るのだっ」

研究所の外では俺達のことを心配してボアが待ち構えていた。そして、研究所に入るなり、警備員に向かって火薬の少ない手榴弾を放り投げた。

彼の手榴弾は殺傷能力が低かったが、警備員を撤退させるには充分な威力であった。


「馬車に乗り込めっ」

ボアは馬の手綱に手を掛けると俺達に飛び乗るように命令した。

俺はアルテを抱えて馬車の中へと飛び乗った。


「乗ったぞっ」

「あいよっ」

ボアは俺達が馬車に乗り込むのを確認すると勢い良く馬の手綱をしならせると馬を急発進させた。


「もう一丁っ」

ボアは研究所を出ると木箱の底に仕掛けておいた煙幕弾のスイッチを入れた。

警備員や研究員達は大量の煙に阻まれて俺達の後を追って出て来ることができなかった。そのまま彼は安全な場所まで全速力で馬を走らせた。


「おい?ジャンゴの姿が見えないようだが・・・どうした?」

ボアは状況が落ち着くとジャンゴがいないことに気が付いた。


「ジャンゴは・・・」

俺はジャンゴが死んだとは言い出しづらく言葉を発せなかった。


「そうか・・・」

ボアは気まずそうな俺の様子を見てジャンゴの身に想定外の出来事があったことを理解した。


「惜しい男を亡くしたな・・・」

「そうだな・・・」

俺はジャンゴのことを思い出して再び目頭を熱くさせた。


「だが・・・何時までも泣いてばかりもいられない。何はともあれ俺達は革命の火種を手に入れたんだ。これからが本番だっ」

俺はある程度ジャンゴのことを悲しむと腹に力を入れて強く拳を握り締めた。

今の俺には絶対にやり遂げなければならないことがあった。それはシャンバルディアの革命である。


「ジャンゴに報いるためにも絶対に成功させなければならないな」

ボアはそんな俺の気持ちを焚きつけるようにやる気を煽った。


「それで・・・あたしは一体何時まであんた達に付き合えばいいのかしら?」

俺達が革命に闘志を燃やしているとアルテがぶっきら棒な様子で話し掛けてきた。

彼女は俺達に無理やり連れてこられたことを非常に腹を立てているようであった。まぁ、無理もない話である。


「すまない・・・お前には申し訳ないが、俺達の革命が終わるまでしばらくの間、付き合ってもらうことになる」

俺は申し訳なさそうにアルテに頭を下げた。


「はあ?」

アルテは訳のわからない様子で疑問の声を漏らした。


「さっきから革命、革命と騒いでいるけど・・・一体何のことなのよ?」

アルテは俺達が何をしようとしているのか状況がさっぱりわからなかったため、眉間にしわを寄せていた。


「実は・・・」

俺はアルテにセフィのことを含めて俺達のしようとしていることを全て洗い浚い話した。

彼女には何が何でも俺達に協力してもらわなければならなかったため、一切の隠し事ができなかった。


「・・・なるほどね。地下都市の人間を解放するために私がいた研究所を襲ったというのね」

アルテは自分の置かれた状況を理解するように何度か軽く首を縦に振るとゆっくりと唇を開いた。


「っていうか・・・あんたって・・・本当に信じられないほどのお人好しなのね」

アルテは呆れ返った様子で思いっきり俺のことを馬鹿にしてきた。


「たかだが、女の子1人の夢を叶えるために革命を起こすなんて・・・そんな途方もない計画を思い付く奴は大馬鹿としか言いようがないわっ」

アルテは俺のことを『大馬鹿者』だと断言した。


「そんなに・・・そんなに馬鹿げたことなのか?」

俺は真剣な眼差しでアルテの目を見つめ返した。


「馬鹿げているでしょ?」

アルテは俺に同意を求めるように不敵な笑みを浮かべてきた。


「俺は・・・1人の女のために一生を捧げることを馬鹿げているとは思わないっ」

俺は自分の信念が間違っているとは微塵も思わなかったため、アルテの言い分を全力で言い返した。


「お前だって・・・恋人の命を助けるためにその身を投げ出しただろ?」

反対に俺はアルテに同意を求めるように彼女の取った行動について指摘した。


「なっ・・・」

アルテは思わぬ反論を受けて口を半開きにさせた。


「ばっ、馬鹿ねっ。あれは突然のことで・・・気が動転していただけよっ」

アルテは真っ赤に染まった顔を誤魔化すように激しく両腕を振った。あからさまに動揺しているようであった。


「とっ、とにかく・・・あんたとは約束したから。仕方がないけど最後まで付き合ってあげるわよ」

アルテはバツが悪そうに俺から顔を逸らした。


「ところで・・・あんたも彼の思いに賛同して協力しているのかしら?」

アルテは唐突にボアの方に視線を向けると興味を俺から彼へと切り替えた。


「俺か?俺は違うぞ」

ボアはあっさりした様子で首を横に振った。


「・・・でしょうね。それなら、あんたは何で彼に協力しているのかしら?」

アルテは興味津々な様子でボアの協力する理由について訊ねた。


「・・・自分のためだ」

「自分のため?」

「俺は夢も恋も信じない。俺が信じるのは富と栄光だけだ」

ボアは堂々と胸を張るときっぱりと言い切った。


「なるほど・・・革命に協力することで莫大の富を手に入れようとしているのね」

アルテはボアの動機に納得したような表情で首を縦に振った。彼女にとって革命を起こす理由は彼のような理由の方がしっくりとくるようであった。


「夢や恋を語るには歳を取り過ぎたのだ・・・。もうそんな淡い気持ちで自分を突き動かすことなどできないからな・・・」

ボアは少しだけ寂しそうな表情を浮かべると口を堅く閉ざした。


「それじゃ、まずは作戦のパートナーとしてお互いの自己紹介をしない?」

アルテは唐突に自己紹介することを提案してきた。俺達は夢中で逃げてきたため、まだお互いの名前すらよく知らない状況であった。


「・・・そうだな。これから俺達はお互いに命を預けあう仲になる。だったら、お互いの名前や素性くらい知っておいた方がいいかもな」

俺はアルテの提案に賛成した。


「・・・良かろう。名前を知らなければ呼び合うのも面倒くさいからな」

ボアもアルテの提案に乗っかた。


「それならば、まずは俺から・・・」

俺はその場を立ち上がると自己紹介を始めた。


「俺の名前はデュアル。地下都市シャンバルディアの住人で革命を起こそうとしている者だ」

俺は先陣を切って自らを紹介した。


「俺の名前はボアだ。闇商人をやっている流れ者さ。そこの革命者様に唆されてその手伝いをしている」

ボアは嫌味を言うように親指で俺を指し示した。


「あたしの名前はアルテ。研究所で科学者をやっていたわ。あんた達に浚われて来るまではね」

アルテもボアに続いて嫌味な自己紹介をしてきた。


「・・・何はともあれ。これからよろしくな」

俺は自己紹介を済ませるとアルテに手を差し出した。


「こちらこそ・・・」

アルテは俺の手を強く握り返した。今の所は何とか俺達に協力してくれるようであった。


「それじゃ、俺も・・・」

ボアは俺達の手の上からさらに自分の手を被せた。


「これで俺達も運命共同体だな」

「・・・そのようね」

アルテは屈託のない笑顔で無邪気に微笑んだ。


(・・・このまま彼女のことを信じて大丈夫だろうか?)

俺は完全にアルテのことを信じられないでいた。


ボアと違って彼女は恋人の命を助けるという条件だけで付いてきてもらっている。そして、その条件は俺達が研究所を脱出した時点で果たされている。つまり、彼女が俺達に協力しなければならない理由などもう何も存在しないのである。


もし俺達が地下都市で革命を起こしている最中に彼女に裏切られれば、俺達は一瞬で窮地に立たされることになる。そのため、俺は何としても彼女の信頼を勝ち得る必要があった。


(どうすれば・・・彼女の心を開くことができるんだ?)

俺はアルテに協力させる条件が全く見つからなかった。なぜならば、彼女は既に科学者として地位も名誉も権力さえも手に入れていた。そんな彼女の気持ちを動かすことなど容易なことでなかった。


「そういえば・・・デュアル」

俺がアルテのことで悩んでいるとボアは唐突に俺の名前を呼んだ。


「なんだ?」

「お前さん、そろそろナノマシンが切れるだろ?」

「言われてみれば・・・」

俺はシャンバルディアを出てからもうすぐ3ヶ月の歳月を迎えようとしていた。


「ほらよ。次の分だぞ」

ボアは懐のポーチから注射器とナノマシンの入ったガラスの小瓶を取り出すと俺に手渡してきた。


「貰ってもいいのか?」

「気にするな。ここでお前さんに倒れられたら俺の努力が無駄になる。お前さんには否が応でも生き残ってもらわねばならないからな」

ボアは自分用に備蓄していたナノマシンを俺に提供してくれた。


「わかっているな・・・」

ボアはナノマシンを手渡す際に小さな声で念を押してきた。彼もアルテの動向について気にしているようであった。ここで彼女に裏切られれば全てが無駄になる。


「わかっている・・・何とか彼女を説得する材料を探し出す・・・」

俺はアルテに聞こえないように小声で話し返した。


「お前さんの方は大丈夫なのか?」

ボアはアルテの方に振り返ると同様にナノマシンについて確認した。


「ええ、問題ないわ。あたしは今月に打ったばかりだからしばらくは持つわ」

「そうか・・・」

ボアは残念そうに眉を潜ませた。彼は少しでもアルテに恩を売っておきたかったようであった。


「それであたし達はこれからどこに向かって行くの?」

アルテはこれからの行き先について確認してきた。


「まずは都心部を目指すぞ」

「何で都心部なんだ?」

俺はナノマシンの製造方法を手に入れたのに今さら都心部を目指す理由がわからなかった。


「そろそろ俺の資金が底を尽きそうなのだ。だから、一度隠れ家に戻って資金を調達するぞ」

ボアはナノマシンの製造方法を手に入れたことで本腰を据えて俺に協力することを考えていた。そのため、これから革命に必要になるであろう物資や武器などを買うための膨大な資金を掻き集めるつもりであった。


「・・・わかった。ボアの判断に任せる」

俺にはボアのように物を調達するスキルは持っていなかったため、全て彼の判断に委ねるしかなかった。

こうして俺達は再び都心部を目指して旅を始めた。


「なぁ、アルテ。ちょっと聞いてもいいか?」

俺は馬車に揺られながら唐突にアルテに話し掛けた。


「んっ・・・いきなりどうしたの?」

アルテは不思議そうに首を斜めに傾げた。


「アルテは研究所でどんな生活を送ってきたんだ?」

俺はアルテのことについて質問した。


「あたしの生活に興味があるの?」

アルテは不思議そうな眼差しで俺の顔を見つめた。


「まぁな・・・俺はずっと地下の世界で暮らしてきたから地上のことについてあまりよく知らないんだ。だから、アルテのことを色々と教えてほしい」

俺は尤もらしい理由を付けてアルテから彼女の情報について聞きだそうとした。

本当のところは彼女のことをもっとよく知って、その上で彼女にとって都合の良い条件を見つけようと考えていた。


幸いにして彼女から話を聞くための時間は充分に存在していた。都心部に戻るまで大凡1ヶ月近くの時間が掛かる。


「ん・・・特別な生活は送ってないわよ。ただ普通に暮らしてきただけだから・・・」

アルテは眉間にしわを寄せると悩ましげな表情を浮かべた。俺の質問に何と答えていいのか、わからない様子であった。


「俺からすればアルテの普通という生活が既に特別なんだと思う。俺はずっと地下で穴を掘って生きてきたからな。お前は穴を掘りながら生きてきたわけじゃないだろ?」

俺は自分の暮らしぶりと比較しながら彼女の生活について訊ねた。


「そうね・・・確かに穴を掘るような肉体労働はしたことはないわね。何時も研究所のパソコンの前でモニターを覗きながらエルゾニアウィルスについて調べているだけだからね」

アルテは少しだけ自分の生活について話をしてくれた。


「エルゾニアウィルスって何なんだ?」

俺は自分達を悩ませ続けている謎のウィルスについてアルテに質問した。


「エルゾニアウィルスは・・・様々な病気の特性を持った複合型の病原体ウィルスのことね」

「複合型?」

「そう・・・エルゾニアウィルスは別の病原体と接触するとその病原体と交配して新たなウィルスを発生させる特性を持っているの」

「???」

俺は何一つとしてアルテの言うことが理解できなかった。


「あんたでも動物についてたくさんの種類がいることは知っているでしょ?」

アルテは俺の知識力を試すように確認してきた。


「一応、豚や牛などの多くの家畜がいることは知っている」

さすがの俺でも動物にたくさんの種類があることくらいは知っていた。


「そう。例えば、牛と豚が交尾したとしたら牛でも豚でもない新しい生物が生まれるということは理解できるかしら?」

アルテは知識不足な俺の頭でも理解できるようにわかりやすく説明を始めた。


「そうだな。それくらいは理解できるが・・・豚と牛って交尾できるのか?」

「普通は無理よ。お互いの遺伝子に違いがあるため、精子と卵子が交わったとしても子孫を繁栄させることはできないの」

「なるほどな・・・」

俺は話し半分程度の理解度で首を縦に振った。


「だけど・・・エルゾニアウィルスはそれを可能にしているの」

「つまり、エルゾニアウィルスは種族に関係なく新しい生物を誕生させているということなのか?」

俺はアルテの話を聞いて何となく彼女が言わんとしていることを理解した。


「そう。エルゾニアウィルスには何故かその垣根が全く存在しない。そのため、あっという間に多彩な種類を発生させ、さらにはその個体数を爆発的に増やし続けているの・・・今もね」

アルテはエルゾニアウィルスについて詳しく説明してくれた。


「だが、一体どうしてエルゾニアウィルスにはその垣根が存在しないんだ?」

俺は頭の中に思い浮かんだ疑問について質問した。


「その理由については今もはっきりと解明されていないけど・・・エルゾニアウィルスには元々複数の病原体の遺伝子が組み込まれていたようなのよね。そのせいでエルゾニアウィルスは驚異的なスピードで世界中に拡散されてしまったみたいだわ」

アルテはこれまでに調べたエルゾニアウィルスの研究成果について教えてくれた。


「遺伝子が組み込まれていた?それは一体どういうことなんだ?」

「エルゾニアウィルスは人の手によって作られた細菌という可能性が高いということよ」

「そんなまさかっ」

俺はアルテから驚きの事実を聞いて思わず声を荒げた。


「実際にそうしたかどうかはわからないけど・・・エルゾニアウィルスの構造を調べるとその痕跡が残されているのよ」

「一体どこのどいつが何の目的でそんな細菌を作り出したというんだっ」

俺は世界をこんなにも荒廃させた原因を作った謎の人物について腹を立てていた。


「それについてはあたしも見当が付かないわ。あたし達がすべきことは過去を知ることで未来を切り開くためであって過去の過ちを追求することじゃないから」

アルテはエルゾニアウィルスを作り出した犯人について特定するつもりはないようであった。

確かに今さらその人物を探し出したとしても既に数百年以上の時間が経過しているため、全く意味のないことであった。


「アルテは本当に物知りなんだな・・・」

俺はアルテからエルゾニアウィルスの話を聞いてただただ感心するばかりであった。


「科学者としては当然のことよ」

アルテは自信満々な様子で不敵な笑みを浮かべた。彼女は本当に根っからの研究者であった。今もエルゾニアの研究のことで頭の中が一杯のようであった。


こうして俺達は長い時間を掛けてアルテから様々な情報を聞きだした。結局、彼女にとって都合の良い条件を見つけ出すことはできなかったが、お互いの話を聞いている内に俺達は妙な連帯感で結ばれていった。

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