異世界山岳案内人 ――アルピニストはアルケミスト――
優風国は大まかに言うと二つに分けられる。
海に面した低地、山を背負う高地。二つの地を優しく吹く風が、国の名の由来となっている。
東大陸有数の栄えた港町を持つ低地は、船が行き交い商人や漁師たちで賑わい、活気に溢れている。美しい海辺は貴族たちの保養地ともなっていて、別荘が立ち並ぶ観光地でもあった。
対して聳える山を持つ高地は、風車が並ぶ穀倉地帯であると共に、牧畜や林業などが行われ、豊かな森の恵みが国を支えていた。
その二つの地の中心部に或るのが王城、王都でありウィンディアの中枢であった。各地方都市から街道が整備され、人と物の集まる正しく中央都市である。
ウィンディアの北部に聳える山は、其の奥に龍飛族と呼ばれる竜人族が暮らしている。
彼等は竜の翼と虹彩を持ち、身体の何処かに鱗―――逆鱗を持つが、竜では無い。人族と変わらない見掛けは、翼と鱗を隠してしまえば、ほぼ竜人族とは判らない。隠し様の無い虹彩で初めて竜人族と気付く。
ただ竜の眷属と言われるだけ有って、身体能力はかなり高い。魔力も多く、龍飛族とは戦うな、と言うのが一般の認識である。
そんな彼等は飛竜を育てるのを生業としている。翼竜と違い知性の高い飛竜は、上手に育てれば好い騎竜となる。他にも大陸間や国内外、飛竜便と呼ばれる荷物の配達に使われる飛竜は大概此処、風の谷―――別名『竜の谷』で育てられていた。
……どうしよう。
リアンファは何時に無く困っていた。
育てている飛竜の仔の成長が何となく遅い。そう感じたリアンファが族長に相談すると、多分其れは弾かれ仔だと言われた。
多産では無い竜が偶に多頭生む事があるが、その場合、兄弟の中でどうしても弱い個体が生まれる。恐らく其れであろう、と。
「弾かれ仔は生きる欲求が少ないものが多い。その仔も長くは無いかも知れないが……どうする?」
生かすか殺すか。今の内に決断しろ。
族長に問われ、リアンファは腕に抱いた仔を見下ろして言った。
「育てます。この仔は生きようとしています。フェイロン様、わたし頑張って育てますから、もう少し見ていて下さい」
「…良いだろう。その意気忘れるな」
そんな会話をしたのがつい先日。
絶対に育てて見せる! と息巻いて家族や里の皆に育て方を訊ねて廻り、色々試してみたりもした。劇的な効果は見られなかったが、それでも何とか生き延びているのだから、これが限界なのだろうか。そんな風に思ったりもした時だ。
谷に時折やってくる行商人から、風の谷の奥深くに万病に効く薬草が生えていると聞いたのだ。
最後の望みの綱かも知れない、そう思ったリアンファは止める仲間の声も聞かず、村から飛び出した。竜の仔の世話は勿論頼んだ上で、だ。
よくよく考えてみれば、『風の谷』の奥深く、に生えている薬草ならば既に村の者達が知っている筈だ。それなのにリアンファに教えなかった、と言うのは有り得ない。恐らく教えたものの、効果の無かった薬草だった筈だ。
それに気付かず行商人の話を信じて飛び出して―――。
「だ、誰か助けてぇぇぇ!」
襟首を小枝に引掛けた状態で、リアンファは思い切り叫んだ。
「呼んだ?」
ひょい、と木に掴まってリアンファの前に現れたのは、ひょろりとした黒髪の青年だった。
橙色に若草色の縞の入った派手な上着に、紺色の背嚢を背負った青年が、リアンファの目の前に居た。
ぱちぱちと目を瞬かせたリアンファは、このひょろりとした青年が何者かは判らないが、自分の呼びかけに対し『呼んだ?』と答えたからには援けなのだろう、と判断した。
「た、助けて……」
か細く訴えるリアンファに、青年はのんびりと答えた。
「うん、その前に一応確認ね? 風の谷の蓮華ちゃんで間違いない? 君ね、谷から捜索願いが出されてたのよ、判る?」
言いながらシュルシュルとリアンファの腰に命綱を括りつけ、自分の腰に結び付ける。
リアンファはと言えば、青年の告げた内容にビックリして問い返す。
「捜索願い? 私の?」
「うん、君の御両親とー、族長さん? 突然村を飛び出して、昇竜峡へ向かったから探して欲しいって」
「昇竜峡!?」
言われた地名に驚いて叫ぶ。
昇竜峡は風の谷の聖域で禁域でもある。何故なら成長した飛竜の初飛行の場であると共に、龍飛族が飛ぶ事の出来ない場所だからだ。間違って崖の上から落ちれば命も落すと言われている。
実際は竜の翼だけでなく、魔力も使って飛行する為、絶対に飛べないと言う訳では無い。事実、代々の族長の中でも魔力の多い者は、昇竜峡でも飛ぶ事が出来る。だが魔力を使えない場所――どうやら魔力を吸い取るか使用を妨害しているらしい――である事に加え、崖下から時折吹き上げる強い上昇気流が、薄い竜の被膜を傷付けて多くの龍飛族を飛行不能にさせてしまうのだ。
リアンファは翼は有るものの、上手く飛べる訳では無いので普段は隠している。龍飛族は翼と魔力で飛べるのだが、全員が飛べる訳では無いのだ。リアンファは飛ぶと言うより浮かぶ……高い場所から降りる時にフワリと体を浮かして、滑空すると言った方が正しい。
目指した風の谷の奥は昇竜峡の東だ。必死過ぎて場所を間違えてしまったらしい。道理で上手く飛べなかった筈だ。その所為でうっかり崖から滑り落ち、危うく滑落する所を途中に生えていた樹に助けられた。
両親や族長に迷惑を掛けてしまった事に落ち込んでいる間に、リアンファは地面に降ろされたのに気が付いた。
「あ、ありがとう……」
「いえいえ、仕事ですンでお気遣い無く〜」
ニコニコと命綱を外す青年に、リアンファは気になって訊ねた。
「あのぅ、お仕事ってなんですか?」
普通なら冒険者ギルドに捜索願いを依頼し、それを請けた冒険者だと思う。だが風の谷にギルドは無いし、一番近くの冒険者ギルドは往復でも二日はかかる。しかも龍飛族が飛んで二日なので、人族ならば三日ないし四日はかかる筈だ。幾らなんでも助けに来るのが早過ぎる。
リアンファの質問に、青年は目を瞬かせてから、ニヤリ――にっこり、では無く、ニヤリ――と嗤った。
「山岳案内人だよ」
山岳案内人だと名乗ったホタカに連れられ、リアンファはてくてくと山道を登っていた。背負い籠の中には道々摘んだ薬草と、拾った小石等が詰められ結構重い。
何故自分が荷物持ちをさせられるのか。確かにホタカも荷物を―――リアンファよりもより多くの荷物を持っているが、何故なのか。
当然の疑問に、ホタカはけろりと答えた。
「それ、君の荷物だよ?」
「私の?」
「うん、そう……って、おお! 此処にも発見〜!」
ホクホクと脇道に逸れて草を摘む。彼に言わせれば立派な薬草らしいのだが、リアンファには雑草にしか見えない。
助けて貰ったから言われるままについて来ているが、本当について来て良いのか? と言う疑問が湧く。救助と言うなら寄り道などせず、村に送ってくれれば良いのに。そう思うものの、昇竜峡から迷わず村へ帰れる自信も無いので、大人しくついて行くしか無い。
黙ってついて行くが、勝手気ままに喋るホタカのお陰で気まずい沈黙は無い。
「キビタキの声がするね。こんな高地では珍しいかも」
「ナナカマドが色付き始めたかな? 今年は冬が早く来るかなぁ」
鼻歌まで歌いだしたホタカに、我慢しきれずリアンファは訊ねた。
「ねぇ、何処に行くの? あと山岳案内人って何?」
「今更それを訊くの!?」
アハハ、とホタカは笑い出しリアンファの質問に答えた。
「山岳案内人は聞いた通り、山の案内人の事だよ。専ら山の事に詳しくない登山者に、色々な事を教えたり、俺の場合は君みたいに山で迷った人を助けに行ったり?」
「…私は山に詳しく無い訳じゃ無いわ」
「でも迷ったでしょ?」
自分の生まれ育った場所を詳しく無いと言われた気がして呟いたが、あっさりと反論された。
悔しくて俯くと、頭を撫でられたので顔を上げる。見上げたホタカの表情が、何とも微妙な笑顔のような困ったような表情だったので、払い除ける気も起きず撫でられるがままになった。
あのね、と前置きしてホタカは語る。
「俺もこの仕事を始めたのはつい最近と言うか、二年くらい前からなのよ。元々は麓でひっそりと暮らしてたんだけど、ギルドのオッサンが色々依頼してきて面倒だから、いっその事実益も兼ねて山の案内でもするか、ってなって。今回は偶々風の谷の族長に依頼品を届けに来たら、君が居なくなったから探してくれって頼まれたワケ」
俺が山に詳しいのは、しょっちゅう出入りしているからなんだよ~、と明るく言われ、そんなものなのかと納得しかけたリアンファだが、彼の説明には疑問が残る。何だか色々と端折られている気がする。
色々訊きたい事も有ったが、いつの間にか目的地に到着したらしい。
ホタカは背嚢からズルリと派手な―――目の覚めるような赤と青の縞模様の布を取り出した。畳まれた布を広げると幾つもの綱が着いていて、慣れた様子で次々と準備していく。
訳も判らずいつの間にかリアンファも変な道具を着けられ、気が付けば―――。
「わああっ!?」
大きく広がった布―――帆が風を孕み、リアンファとホタカは空を舞っていた。
「えっ?! なんで飛んでるの!? 昇竜峡は飛べない筈っ……」
「あはは、魔力は関係無いからねー。このまま里まで行くよー」
リアンファの後ろで、彼女を抱えるように補助をしながら、ホタカはゆっくりと弧を描くように帆を操りながら里へと向かって行った。
眼下に広がる景色に目を奪われ、疑問も何もかもすっ飛んだリアンファだが、落ち着くにつれ疑問が再び沸き上がる。
「ホタカ、魔力が無くてどうして飛べるの?」
「魔力の代わりに風を利用しているからだよ。強い気流に気を付ければ、錐揉み状態にはならないからね。…っと、もうすぐ着くよ~、衝撃に気を付けてね」
ホタカの言う通り、村が見えてきた。村外れの休耕地に降りるようで、近付くにつれ子供や大人までもが空を見上げ歓声を上げていた。
思っていたよりも軽い衝撃が足に来たが、ホタカに言われるまま何歩か進んでゆっくりと止まる。頭上に有った帆がフワリと追い越して地面に広がった。固定具を外した途端、どっと疲労が押し寄せたが同時にリアンファの周りに村人たちが集まる。
「リアンファねえちゃーん!」
「リアンファ、無事で良かった!」
次々と声をかけられ、リアンファは自分がかなり心配されていたのに気付いて、ごめんなさいと謝った。両親に抱き締められ、とにかく休め、と家に連れて行かれたリアンファが振り返ると、族長とホタカが話している所だった。
そう言えばホタカにキチンと挨拶していないと気付いたリアンファは大きく叫ぶ。
「ホタカ! 助けてくれてありがとう! 村まで送ってくれてありがとうね!」
リアンファの声に、ホタカは笑って手を振った。其れに満足したリアンファは、疲れもあってぐっすりと―――昼過ぎまで寝てしまい、竜の仔の世話をしていない! と慌てて起きたのだった。
バタバタと着替えて竜の仔の世話をしようと外に出たら、昨日と同じ格好のホタカが待っていた。
周りを囲む子供達が矢継ぎ早に質問しているのを切り上げ、リアンファに向かって手を振り微笑んだ。
「蓮華ちゃん、お早う。これプレゼント」
「お早うホタカ……って、なあに? これ」
ポンと渡されたのは、幾つかの小壜。
「滋養強壮剤。昨日摘んだ薬草で作ったんだよ~。蓮華ちゃんの仔竜に飲ませてあげてね」
「リアンファ、ホタカは錬金術師なんだ。お前の仔竜の為にわざわざ族長が呼んで下さったんだ」
いつの間にか隣に立つ父親に言われて、小壜とホタカの顔を交互に見比べ―――。
「ありがとうっ! ホタカ、本当にありがとうっ!!」
ホタカの首に抱きついて、泣きながら感謝する。
そうか、だから村に戻った時、誰もホタカを不審に思わなかったのか。自分の荷物と言った籠、あれはこの為だったのか、と納得した。
そして族長の姿が視界に入り、リアンファはホタカから離れて族長にも礼を述べた。
「フェイロン様、ありがとうございます。あの仔の為に、ホタカを呼んでくれたんでしょう?」
「…飛竜は大事にせねばならぬからな。里の為だ」
プイとそっぽを向いた族長に、リアンファはフフッと笑った。
「子供同士仲が良くてイイね。じゃあ俺はこれで。また何かあったらヨロシクね~」
ホタカの声にハッとして振り向くと、彼は昨日と同じように大きく布を広げ、風を待って飛んだ。
おお、と歓声が上がる中、リアンファはもう一度手を振っ叫ぶ。
「ホタカー! ありがとう! あと族長はともかく、私は子供じゃないわよ!! もう十五歳なんだからー!」
聞こえたかどうかは判らないが、みるみる小さくなって下降していくホタカを見送る。
振り返ると憮然とした族長と、笑いを堪える父親がいた。
「どうせ俺は子供だ」
「…えっと、ごめんなさいフェイロン様」
三歳下なのでつい子供扱いしてしまうが、代々の族長の中でも特に優秀だと言われるフェイロンに対して失礼だったな、と謝ると「立派な飛竜を育てろ、それ以外の謝罪は受け付けん」と言われて頷いた。
その後、リアンファは立派に飛竜を育て上げた。空の小壜を飾り、「これは私のお守りなの」と何時までも大事にしていたのだった。
十五歳って、やっぱり子供じゃん。
微かに聞こえた声に、既に返事が届く距離では無いので心の中で呟く。
谷川武尊が異世界に来たのは、大学一年の時。十九歳から既に五年が経ち、もう二十四歳になる。元の世界なら疾うにサラリーマンとして働いている年齢だ。友人の北原は、遺跡発掘に勤しんでいるだろうか、と余計な事も思い出す。
幼い頃から山好きの両親に連れられ、あちこちの山を登り歩いた影響で、自らも立派な山好きとして登山を重ねた。百名山を征したとは言わないが、相当数の山を制したのは間違い無い。
山が好きで自然に興味を持ち、動植物に詳しくなり、移動手段としてバイクを乗り回し、スカイスポーツにも興味が沸いた。特にパラグライダーは長時間空中散歩が出来るので、お気に入りだ。尤もそのパラグライダーをやろうと山に登った途中で、足を滑らせ転落して、気が付いたら異世界、だった訳なのだが。余計な物と言われても持っていて良かった装備一式。これが無ければ異世界に来て早々馴染む事も出来ず困った筈だ。
元々持っていた知識と、登山用の装備――余計と言われたザイルやフック、調理道具など――のお陰で、暫くは野営しながら移動した。始めはただ遭難しただけだと思い、怪我も無かったので捜索開始される前に早く町に戻ろうと下山を開始したのだが、いつまで経っても町に着かない。それどころか見た事もない動物や植物、昆虫を見かけて初めておかしいぞ、と気付いたのだ。
因みに捜索されたくなかった理由は、当然金銭絡みである。入山登録と下山予定をしっかりと届けて有ったので、下山していなければ関係各位に連絡を取り、行方不明と判れば捜索隊が出される。その後事と次第によっては莫大な捜索費用が請求されるかもしれない。それは絶対に避けたい、と武尊が思うのも無理はない。連絡が取れれば良かったのだろうが、当然ながら携帯は圏外。武尊にとって下山する以外の選択肢は無かった。
おかしいぞ、と思い始めた所で初めて会ったのが、採取に来ていた冒険者であった。
武尊にしてみれば、初めての村人発見! と近付いたら、どう見てもコスプレした外国人である。しかも流暢な日本語で話しかけられ、混乱したがストンと納得もした。あ、これ異世界だ、と。
結局彼に連れられ無事下山し、冒険者ギルドを紹介されいつの間にか登録までしていた。
冒険者となった武尊が始めたのは、薬草の採取だ。
冒険者登録する際に色々調べて判ったのだが、武尊には幾つかの加護とスキルが与えられていた。一つは【異世界言語】でこのお陰で異世界でも言葉が通じるのは間違い無い。その他、【鑑定+++】【錬金術】【幸運+】と【山に愛されし者】と有り、武尊の採取率と品質の高さはこれらのスキルや加護のお陰だろう。今はこれ等の他にも幾つかスキルが追加されている。
採取した薬草を売るばかりでなく調合するようにもなったのは、小さいながらも家を手に入れてからだ。辺鄙な場所に有るが格安だぞ、と件の冒険者に紹介され、速攻で買った。
何となく、元の世界には帰れないだろうな、と言う自覚はあった。恐らくだが、転落した時の死ぬ直前、異世界に転移したのだと思う。もし元の世界に戻ったら、転落する直前ならともかく、転落した瞬間であれば死ぬか大怪我のどちらかで、無傷は有り得ないと思う。
帰れないのなら居場所を作ろうと思った矢先の紹介だ、彼には感謝してもしきれない。五歳も下だと言うのに、しっかりと自立していて感心する。
家が手に入れば、自分の食い扶持以外は稼ぐ必要も無いので、どうせなら、と好きな事に没頭した。要は登山である。
折角【錬金術】スキルも持っているので、登山途中で気になった物を持ち帰り、調合してみる。失敗も有るが、成功すれば高額で買い取って貰え、自分も満足、相手も満足でまさにウィンウィンの関係である。
元の世界と違い、植物を採取するのに気兼ねが無いのも良い。
本当は美しい高山植物を手に入れたい、と思った事は少なからず有る。だが盗掘すれば生態系を乱す、絶滅してしまうと言われれば諦めるしかない。写真を愛でるか、現地で実物を愛でるしか無いのだが、異世界の場合それが無い。
盗掘し放題という意味では無い。
剣と魔法と冒険のこの世界、魔法が使えるのは勿論だが、精霊も存在している。ありとあらゆる物に精霊が宿り、対象を守っている。人間が採取出来る物は、精霊が譲ってくれたものと考えて間違い無い。絶滅しそうな、無くなりそうな物は精霊は渡さないのだ。だから目に見える物は節度さえ守れば取り放題とも言える。尤も取り過ぎるほど取ったとしても、それが精霊が許す範囲なら翌日とは言わなくても直ぐに元通りになるので、余り気にする者は居ないのが現実だ。
武尊は自己満足だが、必要な分+予備を取る事で、自分なりのバランスをとっている。
適度に調合し、適度に採取し、としている内に、武尊はこの世界の山と動植物に詳しくなり、調合したアイテムも高品質と言う事で有名になった。
そんな頃、懇意にしているギルドマスターから相談を受けた。
「新人が山を嘗めて困る」
「あらら」
「ホタカよぅ、何とか山の厳しさを新人に教えてやっちゃくれめぇか?」
「なんで僕が」
「お前さん新人の頃から山に詳しくて、此方人等一目置いてたんだ。報酬は出すから頼むよ」
「え~僕より適任がいるでしょう?」
「お前さんみたいなのらくらした物腰の方が、新人にゃ丁度良い」
「…バカにさせといて、後で崇め奉らせるのね。オーケー判った、僕で良ければやるよ~」
「……あれ人選間違えたか?」
そんな訳で山の案内人を引き受けた。
ギルドマスターの言う通り、山を嘗めてかかる新人は多かった。それと同時にひょろりとした武尊を嘗めるのも。
そういった手合いは徹底的に潰す。完膚なきまでに鼻っ柱を折る。柔らかい物腰で誤解されるが、武尊は決して優柔不断な軟弱者ではない。天候の変わりやすい山で、判断を間違えたら命取りである。優柔不断で有る訳が無い。
装備の多さを大袈裟と笑われれば、装備無しでは苦労する場所に連れて行き、ペースを保って進むのがまどろっこしいと先に行かれれば、途中で息切れしてダウンしている所を追い抜く。
自分でも性格の悪いやり方だと思うが、端からバカにされてそのままでいる程お人好しではない。
だが彼らが山を嘗める理由も何となく判る。
冒険者になろうとするくらいだ、そこそこ魔法は使えるし、体力にも自信がある。ウィンディアの山は急峻なものが多いとはいえ、新人が受けられる依頼で行ける範囲の山はそう高くない。だからこそ誤解が生まれるのだが。
魔法を使える事で準備を怠ると、魔法が使えなくなった時に困るだろうと教え込む。幾ら体力に自信があっても、高低差の激しい山道を、しかも気圧が下がり低酸素病になりかねない場所を、体を慣らさずに歩く危険を指摘する。
実際体験しなければ理解しないので、武尊は彼らの好きに任せて、困ったところでバカかアホかと説教しつつ山の危険性を認識させる。これが出来るのはそれこそ彼らに体力が有るからだ。一般人にそんな事をしたら大変である。
その辺りを上手く調整しつつ、武尊は山を案内している。
「ただいま」
家に着いて声をかけると、暗い室内に明かりが点る。
「おかえりなさい」
「うん、何か変わったこと有った?」
「ない。おるすまもったよ?」
「童子ちゃんは良い子だね」
頭を撫でると満足げに笑い、腰にしがみつく。小さいのでそれが精一杯なのだ。
童子は家を買った時から居た家守である。百年以上経つ古い家に棲みつく精霊で、武尊は座敷童子のようなものと思い童子と呼んでいる。
本来なら人目につかずコッソリと家の世話をするらしいが、寂しがりやなのか変わり者なのか、武尊が家を買ってから三日もしない内に現れ、細々と掃除をしたり食事を作ったり、時には話し相手になってくれて、結構重宝と言うより、助かるなぁとか可愛いなぁと思う方が強い。
「基本的にコイツは働き者が好きだ。働いて身の廻りが疎かになる分には嬉々として働くが、怠けて仕事を押し付けたら見棄てるから気を付けろ」
「見捨てるって、出て行っちゃうって事?」
「家守が見棄てるのは家主だ。見棄てられた家主は追い出されるか―――、判るな?」
家を買った時に童子の事を説明されて、一番気を付けろと言われたのがこれである。働かざる者食うべからずという事か、と理解し、日々真面目に働いている。
働いていれば童子は家の事を引き受けてくれる。報酬は甘いお菓子や飲み物で、偶に布地を与えれば大喜びだ。
何故服では無いのかと言えば、初めに注意されたからだ。服は与えるなと。
「布をあげたら同じじゃ無いの?」
「布から自分で作る分には構わない。出来上がったものをあげると、出て行く……と言われているな」
「眉唾なの!?」
「精霊の気紛れなんぞ知る訳無いだろう」
「もー! 判った、気を付けるよ」
そんな会話をして以来、ずっと童子への報酬はそれである。仕事と報酬が見合っていない気もするが、童子が満足しているので良しとする。後は見棄てられないように頑張るだけだ。
ギルドに報告しに行かなくちゃ、と食事を済ませてから愛車に跨がり街へ向かう。
リアンファはギルドへは往復三日はかかると思っているが、それは歩いての話だ。バイクならば休憩を挟んで二日、急げばそれこそ一日も有れば往復できる。
錬金術で作ったオートバイだが、色々加工していく内に、もしかしたら作れるんじゃ無いかと思い作ってみた物で、試作品から数え都合三車目である。作った理由はバイクが好きだった事に加え、交通手段を確保したかったからだ。
乗り物と言えば馬か馬車、時には竜やグリフォン、翼猫等がいるが、流石にそれらを乗りこなす自信はない。かと言って徒歩での移動は時間がかかるし面倒くさい。何より疲れる。
そんな訳で何か無いかと考えてのバイクである。ぶっちゃけると構造など殆ど判らないが、バイク好き仲間とメンテナンスを一緒にしたり、やはり日々乗って見ていたからか、見かけだけはそれなりの物が出来た。ハリボテだろうがソコに錬金術を絡めばあら不思議。立派なバイクの出来上がりである。
ガソリンは無いが、代わりに魔石を使い動力とした。
排気音が無いのは寂しいが、それ以外には文句は無い。移動手段と割り切れば、便利な事この上無いので、今はこれで充分。趣味で言うならパラグライダーもあるしね、と言う訳で快調に街道を通り抜け、ギルドの有る町を目指す。
「こんにちはー! 依頼完了したよ~」
カララン♪ と扉を開けると同時にそう言うと、「いらっしゃいませ、お疲れさま!」と元気な声が返ってくる。
報酬を受け取り、家から持って来た調合品を買取りして貰い、新しい依頼が有るか確認し―――武尊は自分の日常は結構充実していると満足している。
「なぁホタカ、また新人を山に案内して貰いたいんだけどよ……」
「ん、詳しく聞かせてよ」
今日も案内人は忙しい。
『簡単な登場人物紹介』
リアンファ:龍飛族の少女。十五歳。
初めて育てる仔竜の世話が大変で毎日苦労しているが、頑張ったご褒美とばかりに仔竜が可愛くて癒される。この後ホタカの常連客となる予定。
蓮華はリアンファの名前の意味と言うか読み。
フェイロン:龍飛族の族長。十二歳。
十歳で族長に就任してから色々頑張っている。
龍飛族は長命で、成人するまでは人族と同程度の成長だが、次第にゆっくりとなり大体1.5倍~2倍の寿命となる。特に魔力の多いものは成人前も成長が遅めで、フェイロンの見た目は更に幼く、七~八歳に見える。
ホタカ:谷川武尊、二十四歳。
日本から異世界転移してきた元日本人。大学生だった。
登山が趣味で、登山部の有る大学を選んだが、雰囲気が性に合わず個人で登山していた。パラグライダーも趣味の一つ。
錬金術師としてギルドに登録しているが、これも趣味の延長で、生計は採取で賄っている部分がある。
仕事と家を斡旋してくれた冒険者には今も感謝しているが、当人があちこち移動しているので、お礼もままならないのが悩みと言えば悩み。
童子:武尊の家の家守。年齢不詳、見かけは七歳くらい。
家を守る精霊で、家事全般や家の保全などを一手に引き受ける。お菓子と飲み物でお礼すればご機嫌。
本来は人の目につかないように行動する筈だが、武尊に見られるのは構わない……と言うより、武尊が調合を始めると一心不乱で何も見えなくなるので、姿を隠す意義を見出だせない。
その他は割愛。閲覧ありがとうございました。