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みずうみの民  作者: 勒野宇流
水帝の三姉妹
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第1章 水帝の三姉妹 (7)

「さぁて、と」


 中央の戦士が左右に威厳を示すよう、顎髭を撫でたあとに、背を反らせて分厚い胸板を強調するようにゆっくりと進む。それにわきの戦士が続く。イシュット砂に金属音がぶつかり、薄く反響した。


 タシが半歩前に出、怯む様子など微塵もなく、目を細めて見返している。


「お前はいい度胸だな。この小さいのを済ましたら、そのあと面倒見てやる。お互いそれぞれに立派な胸を、ひとつ合わそうじゃないか」


 にらみつけ、ナの挑発に乗るまいと口の端を歪めて荒い言葉をぶつけた。


 右の戦士が顔を振り、中央の戦士が太い手を振った。小さなものが顔にぶつかってくるのだ。


 砂でも舞っているのか。興奮状態の戦士たちはさして気にしなかった。しかし徐々にそれが増え、いらついた中央の戦士が自身の頬をはたいた。そして手のひらに付くものを見て、大きく目を見開いた。


「鎧を脱げ。早く!」


 左右にそう叫ぶ。また自分でも腕輪を取り、鎧の結びを解く。しかしほとんど間を置かず、左の戦士がうめき声を発し、座り込んで吐瀉した。


「どうした。興奮しすぎじゃないのか?」


 状況も分からないままにからかった反対側の戦士が、一歩踏み出したところで、その倒れた戦士と同じように前かがみになり、灰色の液体をごろた石に浴びせた。


 中央の戦士が金具をはずしながら、左右に視線を振る。表情が青ざめているが、倒れた戦士は青ざめるどころではなく青一色になり、目をなかば飛び出させていた。その異様な姿に、思わず後ずさった。


 だがそれも、たった数歩のことだった。全身に激しい震えを走らせながら、膝を落とし、そして乾いた地に受け身を取ることなく倒れた。


 ミユはなにひとつわけが分からない。ただひとつ、危機が去ったということだけは、分かった。


 戦士たちは細く呻き、痙攣で小刻みに体を震わせていた。しわ深い汗と苦悶の表情だったのが、反応をしだいにやめていく。


「動かないで!」


 ミユは衣を取ろうと前に踏み出したが、タシの叩きつけるような一言で動きを止めた。


「まだ。私がいいと言うまで、そのまま立っていなさい」


 ミユは小さく頷いた。


 戦士の一人はうつ伏せに倒れ、地に付けた顔の周囲を赤い血糊で染めていた。その戦士を含め、もはや誰も動かなかった。


 風が少し強まった。空はすでに青一色ではなく、灰味がかった白雲がところどころに浮かんでいた。


「もう、いいでしょう」


 じっと立つミユとサアに、タシが数刻振りの笑みを見せた。


「なにが……」


 震える声でタシに聞く。恐れが引かず、「起こったの?」という言葉が最後まで続かない。


「衣の裏に付けてある、オウザイという微粒の粉を撒きました。その粉の香りを好み、大きく反応するキューツが飛んできて、大量に集まり、戦士たちの鎧に入り込んで刺しました」


 ミユは、赤土の大地に生息するキューツを、話にだけ聞いたことがあった。たった指先ほどの体長だが、その毒針は簡単に民の命を奪うという。


「でも……」


「そう、不思議なのですね、私たちもこの場にいたのに。何故あの戦士だけが刺されたのかと。ミユ、キューツはね、普段は刺しません。攻撃は滅多にしてこないのです。ただ暗く狭いところに入り込んだときにだけ、刺すのです。そういった性質を持っているのです。衣をすべて剥いだのは、キューツに刺されることを防ぐためなのです」


 これがあったからこその、姉の落ち着きだったと、ミユは今、分かった。赤壁の窪地も、キューツの群れが一点に集中しやすいようにとのことだった。


 ようやく、ミユは安堵した。張りつめた気持ちが弛み、よろけるように前に出るとタシに抱き着いた。驚くほどのなめらかな肌に、ミユは抑えていた感情が外に噴き出し、声を上げて泣きだした。


 タシの肌はなめらかなだけでなく、温かかった。胸が、透き通るかのように、青い血管を淡く見せていた。ミユは漠然と、凪いだみずうみの湖面を連想した。


 ナ・タシはやさしく、頭から背、腰へと撫で、ナ・ミユの恐怖を取り除くかのように、それを繰り返した。サアも、ミユの肩に手を充て、気持ちを静めさせていた。


 風が三姉妹の髪を、不規則に躍らせていた。ミユは涙の止まるまで、タシの柔い肌に顔を埋めていた。

 


 

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