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みずうみの民  作者: 勒野宇流
水帝の三姉妹
5/17

第1章 水帝の三姉妹 (5)

 

 二人は何故、こんなにも落ち着いているのだろう。あまりに不思議で、ミユは一瞬だけ恐怖を忘れてしまった。もしかしたら、なにか対抗しうる手立てを用意しているのではないだろうか。たとえば衣服の下に武器を隠している、など。しかしふわりと舞うナ・タシの衣に目を向け、そんな望みはないと悟った。一方、戦士たちは鎧に包まれていた。彼らは一歩ごとに金属の擦れ、ぶつかる音を響かせ、そのため足音などかき消されている。巨躯(きょく)に重装備。武器など、並大抵のものでは跳ね返されてしまうだろう。では、あるいは、みずうみのタによる追手がいるのだろうか。しかし、これもミユは心の中で首を振った。みずうみの園には戦士がいない。戦いを常とする銀武の戦士が相手では、たとえ多勢で迫ったとしても蹴散らかされてしまうだろう。

 


 こうまではっきりと見られては、もはや隠れることは不可能だった。岩陰に逃げ込んだとしても、すぐさまつかまってしまう。まだまだ園の領地までは、距離があった。ミユは、これから数刻後におとずれることを想し、戦慄した。


 あるいは姉たちは、銀武の闘士に見つかってしまったことで、(きょう)してしまったのだろうか。いつものあの冷静さが、崩れてしまったのではないか。ミユはそうとまで考えた。そうでなければ、姉たちのこの平然さが分からなかったからだ。

 

「おあつらえ向きに、3人ずつだなぁ」

 

「いや、まったくだ。こんなつまらん道を進んでいくのも、悪くはなかったというわけだ」

 

「なにしろご馳走が落ちてたんだからな!」

 

 ミユは耳をふさぎたかった。しかしタシが毅然と歩いている以上、それに従わざるを得ない。うしろの者たちに過剰な反応をするな。タシの横顔がそう言っているかのようだった。

 

 不意に、タシがミユに顔を向けた。ミユはすがるように見つめ返した。その潤んだ目に、タシが微笑んでうなずいた。


「今まで、銀武の戦士と出会わなかったのが、不思議なくらいに幸運でした。これは、よくあることなのです、ミユ。今のあなたのその不安な気持ちを、忘れないようにしっかり覚えておきなさい」

 

 タシは表情こそ緩ませていたが、口調は張りつめていた。

 

 しかしその言葉に、ミユは真剣に向き合うことができなかった。今そんなことを言われて、どうなるというのか。タシの足の運びが若干速くなる。これにもまた、ミユは反発の心を持った。今更逃げ足の速度を上げたところで、どうなるというのか。これまで深く慕い、頼ってきただけあって、より反動が大きかった。

 

 戦士たちは、相手が到底逃げられないと見込み、急いで追いかけては来ない。距離を取り、仲間内ではやしたてるだけだ。どこで捕まえようか。そんな相談を、わざと聞こえるようにしている。ミユは、銀武の戦士に捕まったあと、自ら命を絶つ者の話を聞いたことがあった。自分もそうなるのだろうか。ミユは体がカッと熱くなった。


 無策な2人の姉を恨む気持ちにもなった。早歩きのせいなのだろうが、息が切れて仕方がなかった。とにかく怖かった。この後に自分の身に起こることであろうことを考えるのがとても怖かった。震えて足取りも覚束(おぼつか)なくなる。それでも、少しでも逃げなければならない。

 

 姉達は足取りを緩めない。なぜもっと前から急がなかったのか。そう考えると、早歩きすら腹立たしく感じる。本当なら怒りを向けるべき相手は追ってくる者たちのはずなのに、それがどうしても姉にいってしまう。

 

 逃げることに、なんの意味があるのだろうと無力感が体を支配する。一体全体どこまで逃げればよいのか、どこまで逃げたら安全になるのか。それすらも分からず、単に足を動かしているだけ。少しでも離れようとしているはずなのに、実際には離れず、むしろ詰まっている。こんな無駄なことがあるのだろうかと、ミユは思う。

 

 行く手に壁が立ち塞がる。行き止まりに入り込んだのだ。前、そして左右が赤土と岩の壁。背丈ほどもある。姉は道を間違えたのか。怒りがさらに込み上げる。まるで、姉たちの犠牲になっているような気になる。戦士たちはナを取り込んだ窪地を見つめ、耳に障る笑い声をたて、そしてなだらかな坂を威圧的に一歩一歩重く、降りてきた。

 

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