第1章 水帝の三姉妹 (2)
気配を感じ、ナ・ミユは横を向く。
隣に立つナ・サアが、ミユを見つめていた。彼女は微笑みを浮かべ、そっと目を閉じた。
しばらく閉じたままだったサアの目は、ゆっくりと、大きく見開かれる。さぁ、帰りましょう。サアの目は、そう言っていた。ミユは頷き、もう一度みずうみを数瞬見つめると、岩の大地に向きを変えた。
ナ・サアの一つ一つの仕草に、言葉で伝達するかのような意味があるというのを知ったのは最近のことだ。言葉を発することができないサアは、自身の仕草で意思を伝えていた。伝わらない場合は、いつも一緒にいるナ・タシに言葉で伝えてもらう。そうやって思うところを相手に伝える。
これまでミユは、タシの説明によってサアの意思を確認していた。タシとサアは齢が近く、また常に一緒にいるため、タシがサアの意思を完全に把握していたからだ。ところが、このところミユは、サアの表情や仕草によって、サアの伝えんとすることが分かるようになってきた。タシの言葉がなくても、サアの気持ちが分かるようになったのだ。
もちろん、完全に、というわけではない。まだまだタシの助けを要する。しかし日を追うごとに、タシが必要でなくなっている。「さぁ、そろそろ帰りましょう」。このサアの意思も、ミユはしっかりとつかめた。
ミユはナ・サアと直接に意思疎通を量れるようになったうれしさを、感じていた。これまでは長女のナ・タシを間に入れてという煩わしさから、伝えたいことがあっても放ってしまうことが多かった。これが疎ましい者であれば構わないが、ミユにとってサアは慕うべきやさしい姉だった。だから自身の面倒な気持ちから疎遠にしてしまっている罪悪感を、常に抱えていた。
直接、意思の交換ができるようになり、まず罪悪感を緩和できたことがうれしかった。また一方で、不思議な感覚に首を捻っていた。ミユは仕草から意思をつかむようでいて、その実、仕草そのものに意味がないように感じていた。仕草や表情は実のところ、関係がないとすら言えた。まるでポッと火が灯るように、サアの意思が、しぜんに頭の中に浮かんでくるのだ。
灌木を踏み、玉砂利と赤土の道に出る。そこを、三人が並んで歩いていく。
道に沿って乾河道がある。干上がった、河の残骸。かつて河として、水の流れを作っていた。ところが、気候と年月がもたらす大地の気まぐれによって、別の水の流れに取って代わられてしまった。道のような長いすじとなっているが、永く水底だった土地に樹木は生えず、ごろた石の荒れた地となっている。ところどころに、今は無用の長物となった橋が架かっている。