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第8話 その時、王城では

 

 忙しい王城の数多ある執務室の一つ、その中では定期連絡が行われていた。


「魔族侵攻作戦はどこまで進んでいる!」

「はっ! 一ヶ月前より進めておられた作戦は現在順調に事を進めております! 後一ヶ月もあれば目標の半分は占領出来るかと!」

「ほう、中々の調子だ。そのまま進めろ!」

「はっ!」


 異世界から来た謎の魔王を捕らえた後、魔族領に魔王を捕らえたと言うことを伝え、前線の兵士たちが侵攻を進めていた。その直後に出たのがもう一人の魔王の存在であり、ルイーノは頭を悩ませていたところにアキラの脱獄である。報告を聞きながら小さく息を吐く。


 しかし、その作戦の進行具合を聞いたルイーノは予想以上の成果にさっきとは真逆の息を零した。

 後一ヶ月でようやく目標の三割の占領と予想していたルイーノ。しかし、予想を大きく上回る報告を聞き頬の緩みが止まらなくなっていた。


「くくく、いい調子だ。だが...、アキラ・タカセ、あの魔王もどきの不確定要素が邪魔をする…」


 昨夜、デモニアスの脱獄に紛れ、王国兵三人を殺害して逃亡している謎の魔王。

 もどきと言うのは、あの戦線に現れた魔王を名乗る女が居るからだ。列記とした魔物の姿かたちを持つ魔族がそう名乗るのだから、そちらの方がよっぽど説得力がある。

 それに引替え、こちらのアキラの魔王たる証拠は老いぼれの朽ちた知識のみ。昨夜は疑っていたが、冷静になればアレはただの小僧に過ぎない、という考えに落ち着いたルイーノである。


 何故ならば、あの後即座に王国内、引いては国外までにも指名手配をさせたからだ。それらの手際の速さは見事と言うべきか。見つかるのも時間の問題。何せ、アキラはこの世界に来て何も学ばずに無駄な時間を過ごしていただけ。同じ勇者という存在は既にルイーノに匹敵する程の実力があると言うのに。

 そこらの狩人、もしくは新人の冒険者共よりも弱いまである。

 そう、その冒険者。金さえ積めば思う様に動く冒険者。


 国内外に蔓延っている冒険者を軽く金で煽るだけで奴らは血眼でアキラ・タカセを捜索するだろう。


「これからが本番だ...。くくく、遂に私が王になる日は近い!」


 ルイーノの目的、それは王になる事。

 ウィングラットの王? そんな小さなものでは無い。ルイーノは真なる王として、この世界を統べる王となる事がルイーノの目的だった。

 その為にはとにかく力が必要であった。


 そこで、ルイーノは魔族の心臓とも呼べる魔核に興味を示した。魔族の力の源を解析し、その力の源を自身に取り込めば、人間の知恵と魔族の力を併せ持つ最強の存在になれるのでは、と考えた。


 そこで、自身の地位を活用して愚かな王に魔族への侵攻を提案した。難民を受け入れ続けるウィングラットがさらに土地を、富を手に入れるためにはそれしかない、と。そうすれば民は幸せになる、と口上だけの幸福論を述べ、魔族を研究するために密かに拉致し続けた。


 元々ウィングラットの信仰する宗教からしても、敵を排除出来るという点では理にかなった行動ではあった。


 しかし、魔族の欠片を取り込む研究は少数での活動に限っており、王すらも知らぬことであった。




 伝令が帰った執務室で、ルイーノが一人愉悦に浸っていると、扉をノックする音が聞こえた。


「ルイーノ騎士団長! ラダルフ様がお呼びです!」

「王が...? 分かった、すぐに向かう」


 ウィングラット国王、ラダルフ・ウィングラットの呼び出し。近衛騎士団団長のルイーノは王の命令は絶対なのだ。









 今回は王の執務室へと案内された。

 重苦しい空気の中、ルイーノは平静を保って口を開く。


「王よ、此度はどうされましたかな?」

「...ルイーノ、昨夜の魔族の襲撃において死傷した兵は何人いるか知っているか?」

「はい、死者は二十五名、重傷者五十三名、軽傷者百七名です」

「ふむ…内、勇者二名が重傷、と」


 重傷の勇者、アカリ・フジタとリュウヤ・マスダの二名。


 アカリ・フジタは重傷者として扱っているが、兵士の報告によれば目立った傷は無く、むしろ侵入した魔族を打ち倒した勇者である。しかし、部屋に戻ったきり閉じこもってしまっている。


 リュウヤ・マスダは全身に軽度の打撲、内蔵の酷い損傷と、回復魔法を使えば治せる程度の傷だったが、こちらもまだ目が覚めないらしい。傷は治っているが、目を覚まさない。報告によると、本人が目が覚めることを恐れているようだ、とされている。


 どうやらラダルフは戦闘不能近くまで傷付けられた勇者たちを本気で心配しているようだ。そして、その目の奥には熱く燃える火種が、憎しみの炎がルイーノには見えた。


「彼ら勇者は、どんなになろうともこの世界の客人。必ず生きて、今の十二名欠けることなく返すことが私の指名だ。そこでルイーノ、訓練官のお前に頼む。戦う意思の無い者は無理に戦わせないようにしてくれ」

「…かしこまりました。本人の意思に任せる、という事ですね」

「うむ。して、魔族は何処から現れ、如何にして王城へと侵入したのか、それを調査すると共に、今後は守りを更に強化せよ。

 そして、アキラ・タカセの捜索及び連行を白騎士率いる聖騎士軍にも要請した。」

「なっ!?」


 突然の人員増援、ルイーノにとってそれは最も望まぬ形の増援であった。


 聖騎士軍。それは光魔法に特価した対魔族・魔物用の軍隊でもある。後衛が常に傷を癒し、前衛が鬼の様に敵を薙ぎ払う。それが聖騎士軍。

 今回の魔族の襲撃と、魔王の逃亡。それにおいて聖騎士軍に依頼をするのはまだ分かるが...。


「白騎士と黒騎士ですか!? あの者らは一度は我らに刃を向けた者です! その様な奴らに...」

「だがそれも昔。今では人が変わったようにギルドマスターよりも高い地位にまで上り詰めている。そして、実力はお前より上だろう? もしもの為だ。念には念を、な...。良いな?」

「くっ...、かしこまり、ました...」


 聖騎士軍を率いる白騎士、そしてその中に特異点のように存在する黒騎士。この二名こそが、ウィングラットの平和を取り締まる象徴のような存在でもある。



 だが、白騎士と黒騎士は十数年前、野良の冒険者でありながら、その身に纏う鎧から二つ名を持っていた二人はある日、クーデターを起こした首謀者として城へ攻めてきた事がある。その時は何処からともなく現れた大量の魔物が城下に溢れ、その始末をしていた白騎士と黒騎士をルイーノが捕まえた。


 しかし、ルイーノは白騎士と黒騎士には剣技のみならず、全てにおいて勝てなかったため、あまり二人には関わりたくはなかったのだった。


 そして話が終わり、非常に疲れた表情で自室への道程を進むルイーノ。予想外の横槍に、眉間に刻まれるシワがより深くなっていく。自慢の白髪が余計に老けているように見せた。


 途中、王からの頼み事を伝えるため勇者達の様子を見にいくことにした。















「あーかーりーさーん。この扉を開けてほしいなー」


 アカリの自室の扉を何度もノックする音とドアノブを何度も捻る音が部屋に響く。


 当の本人、アカリは布団にくるまり、未だに感覚の消えない手を隠すように丸まっていた。


「アカリ...」


 その部屋にはもう一人、ウィングラット王国第二王女、ユリーナ・ウィングラットがベッドの横でアカリを心配しながら佇んでいた。



 昨晩のデモニアスとの交戦後、アカリは持て囃されるように兵士達からの歓声を浴びながらユリーナに促されるまま自室へ戻った。

 その時からアカリは何も言っても上の空な状態で、自室に戻ってからはすぐに扉の鍵を閉めて、剣を手から放し今の状態になってしまった。


 あれから少しの間も開けずに次から次へと他の勇者達や国の上層部の方たちがアカリを労おうと部屋へやって来るも皆、開かない扉の前で数回ノックした後帰って行く。


 アカリが自ら起き上がるのを待っていたユリーナだったが、ここは自分から行かねばと意を決して話しかける。


「アカリは、きっと――」

「待って…」


 口を開いた瞬間、布団から手が伸びてユリーナの言葉を遮る。

 ゆっくりと布団のシルエットが動き、脱ぎ去るかのように布団から出てくるアカリ。泣き腫らしたのか、目の周りは真っ赤に腫れている。

 何か言いたげな空気を察したユリーナは、言おうとした事を飲み込んでアカリの言葉を待つ。


「………私たちのいた世界は、魔法もなければ、戦いもない平和な国だったの。でも、この世界は違う…。自分を守るためには戦わないといけないし、強くなくちゃいけない。だからきっと、魔物みたいに、相手が人だとしても、切らなきゃいけない…殺さなきゃいけないことは頭では分かってたの…、分かってたはずなのに! なのに、もう一日経つのに、あの感覚が離れてくれないの…。忘れたいのに、忘れられないのっ! …本当はずっと、誰かにあなたは悪くないって、言って欲しかった、言ってもらう事で、救われるって思ってたの…。でも、ユリーナが言おうとしてるのを聞いて、そうじゃない、これは、私が背負わなきゃいけないんだって、思い出したの…」

「思い出した…?」

「そう、向こうだとね、私剣道やってたの。その時の師範に、『剣は己の為ならず、守る人の為にある』って教えてもらったことを思い出したの」


 ふっ、とアカリは柔らかく笑う。


「だから、私はアキラを守るために、次は…、守れるように、剣を振るいたいの…っ!」

「アカリ、それは…」

「分かってる!! 間違ってるかもしれないのは…、でも、もう二度と、守れないのは嫌なの……。デモニアスさんだって、もっと、違うやり方だって、あったかもしれないのに…、私は…」


 ポロポロと再び涙を零しながら、アカリは堪えきれずに泣き出してしまう。

 そんな壊れそうなアカリを見て、ユリーナは細い腕で力いっぱい抱き締めた。


「もうっ、もうこれ以上、自分を責めるのは辞めてくださいっ! このままだと本当に、潰れてしまいますから! だから、今は、思う存分泣いてください…」


 アカリがユリーナに抱き締められてボロボロと泣き出すと、それに続くようにユリーナも涙を流した。









「アカリ。もう、大丈夫ですか?」

「えぇ、ごめんなさいユリーナ。それと...ありがとう」

「どういたしまして」


 泣き腫らした目で微笑み合う二人。

 少し恥ずかしくなったアカリは、顔を逸らして別の話題に持っていこうとする。


「そ、それで、この後はどうやってアキラを見つけるか、だよね...」

「それなんですが、王都の情報なら私、知り合いがいるんです。聞きに行きませんか?」

「それは、信用出来る人...?」

「もちろんです。最高で最強な人ですから」


 ユリーナの満面の笑みに連れられアカリとユリーナは王城をこっそりと抜け出した。














「駄目だ。アカリさんは出てこないや」

「何よ、名声は全部持ってったくせに閉じこもっちゃって」


 魔族襲撃時に眠っていて飛び起きた頃には遅かった勇者一同は、食堂の一角に揃っていた。そこに、昨晩から閉じこもっている英雄アカリを呼ぶと言う何度目かも分からない挑戦に失敗したユウキ・イチノセが戻ってきた。


「マスダも目が覚めないし、そんなにやばかったのかな、魔族って」

「あの破壊跡を見て大した事ないって言えたらいいんだけど、あれはユウキでも無理でしょ」

「だな…、そんな強いのと俺たち戦うのか?」


 沈んだ雰囲気の中、それらを吹き飛ばすかのように一人の男が、勇者の中でリーダー敵存在の男、一ノ瀬勇気が立ち上がって叫んだ。


「皆! 聞いてくれ! 俺は、マスダとアカリさんを傷付けた魔族を許しはしない! そして、勇者たち全員、誰一人欠けることなく日本へ帰るために、強くなりたいと思う! 俺たちは勇者だ。この世界の人達よりもきっとうんと強くなれる! 死なないためにも、皆が皆を守り合えるように、強くなろうぜ!」


 誰一人欠けることなく日本へ帰る。

 それは今までゲーム感覚でこの異世界を楽しんでいた勇者達、生徒達がたった一晩で昨日まで元気に歩いていた兵士の人達が無惨に殺された姿を見て、初めて『死』と言うものを間近に感じた今こそ言うべきだとイチノセは感じた。


 そしてそれは諦めや、逃げなどの悪い空気を一気に吹き飛ばし、皆に生きる事、即ち強くなる事を誓った一言だった。


「そ、そうだな。やろうぜ。魔族倒して、日本に帰ろうぜ!」

「そうよね...私も、頑張る!」

「メイがやるなら私もやる!」

「私も、もう、逃げない!」

「絶対、日本に帰るぞー!」


 その効果は絶大で、皆の消えかかっていた灯火が再び熱く激しく燃え盛るのが分かる。


 と、そこへ一人の人影が近付く。


「どうした、勇者諸君?」

「あ、ルイーノ教官!」

「きょ、教官?」

「はい! 俺に、俺達に強くなる方法を教えてください!」


 たまたま気まぐれで足を運んだ先では、今までやる気の見えなかった勇者達が熱く燃える目で強くなりたいと訴えてきたのだから、意気消沈していたルイーノは唖然とする。


 しかし、すぐに気を取り直し、勇者達よりも更に力強い目で見つめる。

 その凄みに一切退く事なく立っている勇者達に少しばかり先見の明を見出す。


「ふむ、戦意のない者は下がらせるつもりで来たのだがな…。よろしい、ならばより厳しい訓練でお前たちを強くしてやろう! 着いてこれるか!?」

「もちろんです! やったな、皆!」

「魔族なんか全滅させてやるぜ!」

「男連中には負けてられないわよ!」

「よっしゃ、行くぜ〜!」

「「「おおおーー!!!」」」


 一丸となって拳を天に突き上げる光景を見て、ルイーノは内心でほくそ笑む。使える駒は多いに越したことは無いのだから...と。





 その食堂の隅で、二人の勇者が輪には混ざらずに佇んでいた。


 一人は、能力【魔法士】を持つ少女ルリ・ワタナベ。

 彼女は未だにどうすればいいのか決め兼ねていた。アカリの助けになるか、もっと強くなってからと先延ばしにするのか...。


 そしてもう一人は、アキラを最初に見限った筈のサエ・オガワだった。


 彼女も、未だに何をすればいいのか、何が正しいのかが分からなかった。アキラと共に過ごした日々は幻だったのか。しかし、先に裏切ったのはアキラの方だ、とあの日からずっと頭の中でそのような葛藤が渦巻いていた。

 だが、彼女は分かっている事があった。それは、彼女の持つ【精霊王】と言う能力による精霊の言葉。


 その能力はとても彼女には使いこなせるような能力では無いくらい大きな力であり、今のサエには力の欠片程度しか使用する事が出来ない。

 その能力で、一般人には見ることの出来ない精霊と話すことが出来る。傍から見れば独り言を言っているように見えるため、一人の時にしか使うことはできないのが難しい所だ。


 試しにこの城の精霊と話をしようと声を掛けたところ、何かを聞く度に毎回「この城、キケン」とだけ返ってくる。どの場所でもそうだ。城下町に出なければまともに会話も出来ないならば練習のれの字も出来ない。


 会話が成り立たないのは、精霊からの信用と、悩み続けるサエ本人に問題があるからだが、本人はその事に気付かない。


 そして、一番怪しい人物、ルイーノ騎士団長にはなるべく近寄らないようにしていた。

 ルイーノの近くには、本来どんな場所にでもいる精霊の数が極端に少ないのが見える。

 それは彼が精霊から嫌われるような事をしているというのを示唆していたからだ。


「本当に帰還する方法があるなら、皆のやり方が正しいんだろうけど...。私は一人でやるしかない...」

「あ、オガワさん...」


 ルリに声を掛けられた気がしたが、サエは止まらない。もう一度、アキラに面と向かって話をする為に...。














「入りな」


 朝からひっきりなしに飛び交う魔王の噂を少しでも方向性をずらすために間違った情報を流そうと画策していた所に控えめに扉をノックされる。


 静かに開かれると、外のやかましい喧騒が中にまで入ってくるが、それよりも入室してきた人物に驚き、それどころでは無かった。


「ユリーナ姫さん…、どうした、急に? 用があるなら呼べばいいだろうに」


 ギルド職員が恐れ多いといった様子で下がっていく。

 ユリーナ第二王女、第一王女や他の王子のような高慢な態度は無く、民に寄り添おうとする態度から信頼は厚い。

 そのユリーナ王女が、いつもの煌びやかなドレスではなく町娘のような素朴な格好で現れたのだった。


 お忍びかつ、このタイミングから見るに十中八九、魔族、アキラに関する用事だろう。


「今は急ぎなので挨拶は省きますが、単刀直入にお伺いします。アキラ様はどこにいらっしゃいますか」

「さぁね、俺も朝知ったばかりさ。用はそれだけか? なら早く帰んな、あんまりメイドを心配させるもんじゃない」


 あくまで白々しく気取られないように誤魔化す。

 しかし、ユリーナ王女はそう言われるのが分かっていたかのように溜め息を吐く。


「今回は王族としての命令ではありません。私個人、そして…」


 そう言って横に一歩ずれ、後ろにいた少女にスポットを当てる。


「我が国の勇者、アカリの頼みなのです。この街、ひいてはこの国随一の情報通のドック様なら間違いなくご存知のはずですよね!?」

「お願いします…! アキラがどこにいるか、教えてください…っ!」


 紹介された少女が勇者であることは既知の事実だ。数週間前に大々的に触れ回っていたからな。

 その少女は、ユリーナ王女よりも必死さが数段上にあった。


「…知らないもんは、知らん。さぁ、用は済んだろ。帰った帰った」


 ドックは帰ろうとしない二人に背を向けて「これ以上話すことは無い」とシャットアウトする。

 ()には大事な役目がある上に、やってもらわねばならない事もある。そのために、ドックはアリーザを迎えに出していた。


 思考を切りかえて、どうやって偽情報を広めようかと考え始めたその時、ユリーナ王女が信じられないことを口にした。


「彼は、アキラ様は勇者なんです…」

「…は?」

「魔王を倒すべき存在、アカリと同じ、勇者です!」


 ユリーナ王女は、胸の前に手を持ってきて切実な表情で言った。横の勇者にちらりと視線を向けても、ユリーナ王女と同じように覚悟の決まった目をしていた。


「その証拠は? なら何故勇者は追われている? 敵だと、姫さんら城の連中がそう決めたからだろう?」

「で、でも…」

「で、もしその勇者を取り戻した所でどうする? 間違いでしたとでも言うのか? それこそ間違いだ。国が定めた『敵』を守ったら最後、国が『敵』になる」


 まだまだお子様の考えのユリーナ王女に軽く説教じみたことをしてしまった事に反省しつつ、今度こそ帰りを促そうとした時、再度部屋の扉が開かれる。


「ギルド長代理! し、白騎士と黒騎士が!」

「分かった、すぐ行く。姫さん達はここから出るんじゃねぇぞ」

「…っ! まだ話はっ!」


 面倒事の気配しかしないエントランスに向かうと、そこには、十数人全員が青と白を基調とした制服をきっちりと来た聖騎士軍のメンバーが威圧感を放って立っていた。


「ドック、遅いぞ」

「急に来られてもこっちも仕事があるんだわ」


 ドックが姿を見せると、先頭に立つ二人のうち片方、純白の鎧を身に纏う大柄な男が口を開く。


「こちらも仕事だ。アキラ・タカセの居場所を教えろ。これは王命であるぞ」

「またか…」


 元ギルド長、現ギルド長代理を務めてから厄介事は次から次へと舞い込んできたが、これ程までに厄介な事は初めてである。

 何も知らぬまま、王命まで使って押しかけてくる聖騎士軍に少しばかり羨ましく思いながら、ドックは先程と同じように答えた。


「さぁね、知らねぇよ。俺も今朝知ったばかりさ」

「ふむ、そうか、知らぬと来たか。ならば…」


 白騎士の顔が険しく歪む。


 ドックと白騎士は古くからの顔見知りだが、その仲はすこぶる悪い。楽観的なドックに対して、短絡的かつ短気な白騎士とは馬が合わずにいた。


 白騎士の手が腰の剣を握る。


「力尽くでも答えてもらうしか…、いや、止めておこう」


 白騎士の動きに、ドックも素早く動く準備をしていただけに少しばかり気が抜ける。白騎士の視線は既にドックには向いておらず、その背後、扉から覗く二つの顔を見ていた。


「…また後日、来るとしよう。貴様が知りうる魔族アキラ・タカセの情報を全て用意しておけ。王命に逆らえば、どうなるか知っているだろう? 次は無いと思え」

「天下の白騎士サマが恫喝たぁ、世も末だな」


 剣の柄を指先で叩きながら脅してくる白騎士にドックは反抗的な態度を見せる。

 いつもならこのような挑発にすぐに乗る白騎士だが、今回は少しばかり違った。


「そう言えばドック。貴様と仲の良い魔法使いの女、いたよな? 今日はどうした? お前の部屋で休んでるのか?」

「あぁ? 何が言いてぇ」

「あまり過ぎた真似はするな、と言うだけだ。ギルド長代理?」


 嫌らしい笑みを浮かべて、白騎士はギルドを後にする。


「ねぇ、もう仕事終わった?」

「まだだ、と言ってもお前はそんな事気にしないんだろう。好きに動け」

「最初からそのつもりだったのにさー、白騎士が引っ張るから。んじゃね」


 ギルドの外で白騎士を待っていたのか、白騎士とは正反対の漆黒の軽鎧を纏う小柄な男は、白騎士と軽口を言い合った後、聖騎士軍とは逆の方向へと走って行った。


 聖騎士軍の到来により喧騒を失ったギルド内だが、次第にそれを取り戻していく。


 その中で一人、ドックは内心焦りを隠せずにいた。


「急げよ、アキラ…」





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