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第6話 新月の夜

次回からやっと話が進みそうですね。

 

「クソッ! クソッ! どういう事だ!? どうして奴が、デモニアスが外に出ている!? 警備兵は何をしているのだ!」


 城の一角、王直属の近衛騎士団団長の執務室。明日の魔王の処刑人という誉れ高き任を、積み上がる実績を思い、新月の澄んだ空の下に下卑た笑みを浮かべていた騎士団長ルイーノは、城で起こっている騒ぎの報せを聞き、部屋中を手当り次第に八つ当たりしていた。


「まさか...我々を騙していたのか...? 魔物とさして変わらん魔族如きが舐めた真似をしてくれるッ!幸い勇者達には未だに手は出していないようだが、今の勇者達では奴の相手は無理か? いや、ユウキ、サエ、メイの三人掛かりならいけるか...。む、待てよ?アカリがいるじゃないか、ククク」


 この国の上層部の僅かな者しか知らない極秘の実験体として、世間的には死んだはずのデモニアスを使って魔族の身体について調べていたが、あの魔族はどうやら出ようと思えば最上級牢獄ですら抜けられるとやってみせたのだ。これはルイーノにとって屈辱以外のなにものでもなく、手に持ったグラスを握りつぶす。


 そして、その場の対応策と勇者たちの実力調査も踏まえて考える。幸いなことに、報告によるとデモニアスに付けられた封印石は外されていないとのことで、能力も魔法も使えない肉体だけの魔族ならば勇者たちでも対処出来ると踏んだ。


 そこで、この国のためにと戦う意思を見せる勇者たちの中でも精鋭たる、一ノ瀬勇気、小川冴、沢田芽衣の三名をぶつけることを思い付く。それに合わせて、勇者の中で一人怪しい動きを見せ、我らに敵対している唯一の勇者、藤田明。そしてその裏でコソコソと俺の事を探っているユリーナ第二王女殿下。あの魔王の処刑発表当時からずっと反対し続ける愚かな小娘共を先にデモニアスに接触するよう当てて、上手く行けば邪魔二人を始末できるか、と考えた。


 外で待つ伝令に上手く事が運ぶよう指示をだす。


 やつは、デモニアスの戦闘経験は尋常ではない。しかし今のやつはそれだけが武器であるため、それしか頼れない。ならば後は導くだけで奴らを衝突させられる。


「ククク…どちらかが落ちれば私の勝ちだ」


 既に王の避難は終わっている。城に残っているのは兵士どもと給仕くらいだろう。本拠地の戦力こそ最も高くあるべき、たった一体の魔族に過剰戦力かと思うが、念には念を入れ自分が動かなくて良い状態を作り出す。


 ルイーノは実力だけでなく、こう言った徹底的に相手を潰す戦略を組める冷徹さも買われて、騎士団長を任されているのであった。


「既にデータは揃っている…。デモニアスよ、ご苦労な事だ。後は明日の――」


 落ち着きを取り戻したルイーノは戦闘が行われているであろう騒がしい方へ窓から視線を向けつつ、何か引っかかるものがある些末な不安感から言葉が途切れる。

 直後、再度部屋の扉が激しく叩かれ、声を一つかけて扉が開かれる。


「ルイーノ騎士団長! 大変です!」

「次はなんだ?まさかとは思うが、アキラ・タカセにも逃げられたとでも言うのか?」


 そう言うと、兵士の顔色は血の気が引いたように青くなる。

 冗談のつもりで言ったルイーノも、その反応を見て疑念が確信に変わった。


(馬鹿な馬鹿な馬鹿な!?デモニアスは囮か!?そんな馬鹿な話があるか!なにせ奴は魔族で、アキラ・タカセはにんげ…ん――。まさか、本当に魔王だとでも言うのか?しかしだ、最前線からの定期連絡からは今まで不在だったはずの魔王の存在も確認出来ている。魔王は強大な魔法を使う小娘だと、ミリスからは映像も送られてきた。それは確かに、他の魔族よりも一段階上のステージにいる存在ではあった。そう、魔王が既に存在する中で、更にもう一人現れるなんてありえない話だ。向こうに魔王がいることも我々のうち一部にしか知れ渡っていない。

 つまりだ、魔王は既に存在していて、アキラ・タカセは間違いなくただの人間族であるはず。そうでなければ、おかしいのだ。神から授かった力で召喚された者の中に魔王がいるなんて、あってはならない話…そう信じていたのだが…)


「この様子では、そうも言ってられんようだな…」

「は、ぇっ…」


 ルイーノの熟考の中で漏れた独り言に兵士が困惑するも、ルイーノはお構い無しに思考を続ける。


(だが、この国の王であるために必要な能力は王だけが持ち、それが継承され続けている。そのため、王たる能力は王族だとしても継承されるまで王ただ一人が持てる能力である。我が国だけでなく、他国も同じ継承によって継がれるのが王の能力とされている。そのため、魔王もそうなのではと思っていたが、今回の事でそれもまた変わってしまうか…。

 そもそも、何故アキラ・タカセが魔王だと決め付けたのか、それはあの老耄の証言だけが手がかりだったため…そしてそれを疑うようになったのは、それよりも強い力を持つ魔王を名乗る小娘を見たから。

 …まさか、それすらも、(ブラフ)だとでも言うのか!?)


「クソっ、今回ばかりは深読みが過ぎたかっ!」


 自身の失態に酷く腹を立てた様子のルイーノは抑えきれない怒りが魔力となって放出される。立っていた兵士が立ちくらみを覚えるほどの勢いだが、すぐにルイーノは自らを律する。


 直後、もう一人の兵士が駆け込んでくる。


「報告します!裏門にて兵士三名の死体を発見!この状況から見て、恐らくはアキラ・タカセが脱獄、逃亡をしたものかと!」


「えぇい、グズグズするな!アキラ・タカセの全世界指名手配を命じる! 今すぐにだ! 奴の首には賞金をかけろ! 何としてでも逃がすのではないぞ!」

「は、はぃっ!」


 デモニアスは完全にアキラ・タカセを逃がすためだけに囮に使われた。魔族の、しかもこんな簡単な策にハマるなど、人間の矜恃が許さない。


「まさか、あのタイミングで偽の魔王を出して印象付けさせる事で本物を逃がすとはなぁ…。やはり、初対面からの俺の勘は間違いじゃあなかったってことだ…!」


 後手に回らざるを得なくなった状況にさらに腹を立てながらも、ルイーノはこれ以上の失態を重ねる訳にはいかないため心を落ち着かせるために爆炎の上がった中庭を眺めるのであった。



















「何故っ、お前がっ、アキラを知っているのか、答えてっ!!」

「へっ、答えてもいいが、俺からも一つ、聞きたい事がある」


 王城の展望台の上で、激しい剣技と魔法を組み合わせた珍しい戦闘スタイルで攻め続けるアカリと、それを一本の剣で難なくいなすデモニアス。


 ユリーナ王女が剣戟の合間を縫ってタイミング良く魔法を放つも、デモニアスはそれらを全て弾いてしまう。

 アカリから攻撃を受け続けるだけで、デモニアスは決して手を出そうとはしない。それはつまり、アカリとデモニアスの間には到底越えられない実力差がある事の証明に他ならなかった。


「まずは、私の質問に、答えなさい!」

「ふぅ、いいぜ」


 一定の間合いを取って対峙するデモニアスとアカリ。

 気の抜けた様子で話し始めるデモニアスだったが隙など一切なく、そこに踏み込めば即座に叩き切られる事が見える程の圧を放っていた。


「俺はデモニアス、見ての通り魔族だ。そして最上級牢獄からさっき出てきた。その時は兄ちゃんが一緒だったけどな。今はちゃんと、逃げた後だぜ」

「最上級牢獄に魔族...? 捕虜? 罪人だけじゃなかった…?いや、今はどうでもいいか。それで、アキラは何処に向かったの」

「おいおい、答えるわけねぇだろ? それに、質問は一つ答えたら相手も聞かれたことに対して答えるってのが筋だろうが」


 残虐で極悪非道、という召喚初日に伝えられ刷り込まれた魔族のイメージとは遠くかけ離れたような空気を纏うデモニアスに対して、アカリとユリーナ王女は少しばかり困惑していた。

 しかし、相手から情報を引き出せる可能性があることから、その話に乗ることにした。


 それでも緊張を解くことなく続ける。


「デモニアス様、アナタの質問に答えます」

「そんな怯えるこたぁ無いんだけどな。まぁいい、俺が聞きたいのは一つだけだ、嬢ちゃん…」


 デモニアスはそこでじっとアカリを見つめる。突然黙り込んだデモニアスにさらに緊張が募る。


「嬢ちゃんは、兄ちゃんのことを…アキラの事を愛しているか?」


「…っ、はぁっ!?!?と、突然何よ!今関係無いでしょ、アキラのことは!」


 闇夜の中でもわかるくらいアカリの顔が真っ赤に染め上がる。それはもう、見事なくらい真っ赤だ。

 それでも武器は決して手から離しはしなかったが、この様子を見て、デモニアスは完全に武装を解く。


「関係あるから聞いてんだ、いいから答えろ」

「ぅぐ......」


 アカリは勇者モードからすっかり乙女モードに切り替わっている。剣を持ちながらも胸の前で指をもじもじさせている。既に心ここに在らずである。


 ユリーナ王女も気になっていたのか、完全に黙ってアカリを見ている。一言一句聞き逃さないようだ。


「...わ、分からないわよ...愛しているか、なんて。アキラとは、昔からずっと一緒だったし、す、好きとか、そう言うんじゃないし...でも、ある日突然、彼女出来たって聞いて...私はどうすればいいのか分からなくなって...でも...」

「そんで、アキラが居なくなってからはアキラの事を考えなかった日は無ぇってか?」

「そ、そうよ! あ...」

「くくくっ、それだけで結構だぜ。幼馴染み以上恋人未満って所か。兄ちゃんも罪な人だなぁ」

「ち、違う、違うわよ!」

「何が違うんだ? 好きなんだろ? 人間族の恋愛沙汰なんて興味ねぇが、ユリーナとやら、そうなんだろ?」

「えっ!?」


 突然話を振られたユリーナ王女は、顔を赤らめて口元を緩ませながら話を聞いていた所で突然話を振られて驚きつつも答える。


「そ、そうですね。アカリはきっとアキラさんの事が好きなんだと思いますよ。...私は、よく分かりませんけど」


 コホンと咳払いをし体裁を整えてから話し出したものの、既にこの展望台に緊張感はなかった。

 と、そんな時、展望台に続く渡り廊下の向こうに次々と兵士達が迫ってきているのにデモニアスが気付いた。


「だが…、今の兄ちゃんと嬢ちゃんの知る兄ちゃんは全くの別人だと考えた方がいい。まぁ、そこまで追い込んだのはお前らだがな。それでも、まだ愛することが出来ると言うならば、兄ちゃんを止められるのは嬢ちゃんだけだ。後のことは任せたからな」

「ちょ、ちょっと待って、それって一体…」

「悪いがもう時間は無ェ、本当はもっと聞きたいことあっただろうが、すまねぇな、俺は自分勝手なんだ。そんで、最後は俺を…殺してくれ」

「何...?」


 つらつらと流れるように言葉を紡ぐデモニアスに、アカリはまだ頭の整理が追い付かない。

 と、そこでデモニアスがなんの前触れもなく手に持った剣を振りかぶった。


 放たれた剣はアカリとユリーナ王女の間をすり抜け、後ろに迫ってくる兵士を撃ち抜いた。兵士の体はその勢いのまま、後方に弾かれて数人を巻き込んで下に落下していく。


「嬢ちゃんは勇者だ。ただそこにいる邪悪な邪悪な魔族を殺したって事実が必要なんだろ?」

「い、いや…だからって、無抵抗のひとを殺すなんて…」


 出来ない、と首を横に振るアカリに近付き、デモニアスは胸を開帳に及ぶ。


「さぁ、俺を殺せ。ここだ。この魔核っつうのを一刺しするだけで俺は死ぬ」

「ダメっ、だって、そんな事したら…」


 アカリの小さな手をデモニアスの大きな手で掴んで剣先を魔核に添える。


「ごちゃごちゃうるせぇな。俺の役目はここまでだって言ってんだろ? 老兵はただ去りゆくのみ、後は若い奴らにこのクソッタレな世界を任せることにするさ。兄ちゃんならやってくれるって信じてるからな。…これからはお前も、こうして人を殺す事を覚えろ。前の世界で平和ボケしたままじゃあ、この世界は生き残れねぇ。殺し方なんて聞けば教えてくれるもんだ」

「い、いや…嫌…!」


 ドクン、ドクン、と脈打つ魔核を見て、アカリは当たり前のようで当たり前じゃない疑問に至る。


「魔族は...、人、なの...?」

「あ? 当たり前だろ、魔族は人だ。少し人間族と違うだけで構造は大して変わりは無ぇ。話は終わりだ、早く殺せ」

「だって、それじゃあ、それじゃあ…!」


 ――人殺しと同じだ。そう口をつく前に、デモニアスは自ら動いた。


「はぁ...自殺は好みじゃねぇんだけどよ。終わりだな。お嬢ちゃん、頼んだぜ...」


 未だに躊躇うアカリの剣に、のしかかる様に倒れ込むデモニアス。ズブっ、と嫌な音を立てて、肉を割く感覚が剣を持つアカリの手に伝わる。そして魔核をいとも容易く貫き、デモニアスの背中から剣が生える。


「な、なんで、どうして...」

「潰れるんじゃ、ねぇぞお嬢ちゃん...兄ちゃんを、手遅れになる前に、助けてやってくれよ...」


 そう言うと目の前の魔族は、デモニアスの体から生気が消え去り、翼が、腕が、目が力なく伏せられる。直後、デモニアスの体が灰になってその場に落ちる。その灰は風に乗って、次々と彼方へと飛んでいく。


「人、を、殺した...? そんな...」


 アカリは魔族が人であった事を、そしてその人を己の手で殺した事に頭が追いつかない。生まれて初めて、自分の手で人を殺した。そんなつもりが無かった、なんて言い訳をしても、殺した事実は変わらない。


 アカリはその場で膝から崩れ落ちる。


 地面に落ちる前に、傍にいたユリーナ王女がアカリを抱える。今も尚震え続けているアカリの身体を抱えながら、積もる灰を一握りしてゆっくりと立ち上がる。


「アカリ、今は部屋に戻りましょう。休んで、少しお話しましょう?」

「あ、ユリーナ...?う、うん...」


 ユリーナ王女自身も、今まで身に付けた魔族に関する知識が根底から覆された事実に驚きを隠せないが、今はそれよりもアカリの方が重要だった。


 後ろまで来ていた兵士達が駆け寄ってきて何か声を掛けているようだが、今の二人の耳には入らない。二人が歩き出した頃には、既に灰の山は跡形もなく消え去っていた。


 二人は兵士達から称賛の嵐を浴びながら、沈んだ表情でアカリの部屋へと向かった。












「ここが、ギルドか...」


 デモニアスの言う通り、この世界で生きるには金が必要だ。恐らくギルドで依頼をこなして金を稼ぐ、いわゆる冒険者と言ったところか。


「夜でもやっているのか?」


 夜の帳に紛れて奪ったローブのフード深く被りギルドへ向かう。

 手枷が付いているのでただ羽織る形なのは仕方がない。


 俺の目は夜でも普通に見えるようで、辺りが見回せる。下は石畳が敷き詰められており、建物は鉄筋コンクリート等ではなく石造りだ。

 恐らく中世北欧だろうか? 異世界の定番だな。

 それならば明かりを灯す油なんかは貴重だと思うのだが、そこら辺はどうなのだろうか?


 等々、疑問を抱えつつも道を急ぐ。

 ここが何処で、ギルドの場所もわからないまま進んでいると、周りとは違い明かりのついた大きな建物が見えた。看板もあるが字が読めないので全く分からないが、恐らくあれがギルドなるものだろう。


 恐る恐る建物の扉の前に立つと、中からは少し賑やかな声が聞こえてくるだけだ。まだ城で起こった事は伝えられてないようだな。


「とりあえず入るか」


 密かに美人受付嬢を期待しながらも、再びローブのフードを深く被り直してから扉を開く。


 中は酒場だろうか? そこで数人の人達が酒瓶を片手に騒いでいる。そして問題の明かりだが、天井に大きなシャンデリアが一つ飾られており、それがギルド全体を照らすように強く光り輝いていた。

 電気なんて無いはずなのにどうやって光っているのだろうか。謎だ。


 そして、扉から入って正面に幾つかの窓口が設置してあった。そこの一つに、人影が見えたのでそちらへ向かう。


「すまない。登録したいんだが」


 と、窓口に声をかけると出てきたのは、


「あ? こちとら眠いんだ。さっさと終わらせるぞ、ローブの怪しい兄ちゃんよ」


 無精髭を生やした中年くらいのおっさんだった。



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