第5話 脱獄劇
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「抜け出すまでいいが...ここからが本番だぜ、兄ちゃんよ」
「わかっている」
牢獄付近にいた衛兵達を音もなく気絶させたデモニアスが手足を軽く振り回しながら笑う。
牢獄の鉄格子もものともせず、簡単にこじ開けた程の力で無力化していく様は実に手際が良かった。
「デモニアスでもこの手枷は外せないか?」
「無理言うなって。封印石なんて俺でも無理だ。鍵を見つけるか...、兄ちゃんの能力で封印石の効果を上回るしかねぇな」
デモニアスの能力では無理なのかと尋ねると、「兄ちゃんが特別だからな」と笑っていた。今から逃げると言うのに、どこか楽観的すぎると言うか、これがデモニアスの素のようなものかと思える。
それにしても、デモニアスを近くで見ると牢屋内で見ていた時よりもずっと大きく感じる。実際、二メートルはあるであろう体躯と、背中の大きな翼がより体を大きく見せてくれる。
脱獄した事を気取られないために、人気の少ない死角へ身を潜める。大きな体を隠すのは一苦労だった。
「どこへ向かえばいいんだ? 俺はこの世界に来た次の日には牢屋だったからな、地理には詳しくないんだ」
俺はこの世界に来て二日目で牢屋入りしたのだから、この城の簡単な内部構造くらいしか知らない。まさに箱入りだな。
「そう言えばそうか。そうだな…なら、手配書が出回る前にギルドへ行きな。この世界で生きるなら金が必要だろう。適当に依頼でもやればどうにかなるさ。」
「...やっぱりデモニアスは、来れないのか?」
デモニアスは俺一人で行かせようとしているのがわかる。ここまで来たのだから、どうせならばと思って口に出してしまう。
「兄ちゃん、いや...魔王様。ありがたきお言葉ですが、そのお誘いは断らせてもらいます。流石に魔王様をお守りしながら脱走は骨が折れますわ。
ギルドはここから裏口へ出て、街へ出たら西に向かえば見えてくる…、そこから先は、兄ちゃん。お前の人生だ」
かしずき、頭を垂らして改まって答える。
ゆっくりと顔を上げながら最後は砕けて説明するデモニアスだが、彼の覚悟を決めた瞳の力強さにそれ以上は言えなかった
きっと、いや間違いなく、彼はここで命をかけるのだと思う。そんな意思を感じる。彼は命の恩人だし、これ以上食い下がることは時間の無駄だろう。それに、やはり俺は足でまといになると思う。だから戦うことを選ぶよりは、俺が逃げる選択を選ぶ方が二人ともが生き残る確率は上がる…と考える。
「...分かった。絶対に、生きてまた俺に仕えろ」
己の無力さに打ちひしがれながらも判断する。俺は逃げに徹しなければ死ぬと。そして、こんな俺を逃がすために目の前の勇敢なる戦士デモニアスは囮にするのだと。悔しいが、これは認めなければならない。自分の弱さを自覚しない愚か者であってはならないのだ。
「へっ、最後にいい選択したな、兄ちゃん。安心しな、俺はそう簡単には死なねぇからよ。…それと、あのお嬢ちゃんは殺さねぇから安心しな」
そう言いながら、デモニアスは忠義を示すかのように跪く。俺はその忠義に応えるために、仰々しく口端を吊り上げ、魔王らしく振舞った。
「ふん、気にせず暴れるがいい。デモニアスが今殺すか、俺がいつか殺すかの違いだ。皆殺しで構わんっ!...また、必ず会おう」
デモニアスが顔を上げる前に、俺はその場から立ち去る。そしてデモニアスに教えてもらった裏口を目指して誰にも気付かれないように闇の中を駆ける。
振り返ると、月明かりの下でデモニアスが右手の拳を上に振りかざしていた。あれが、死地に向かう男の背中なのだ。己が仕える王のために命をかける男なのだ。
「俺はここだ!出てこいクソ人間共がっ!!」
最後に彼が一瞥し、ニヤリと笑った後、俺は窪んだ空間に身を潜める。直後、城全体に響くのではないかと言うほどの爆音で叫び、近くにあった鉄の扉を金具ごとぶち抜いた。
俺は分かっていた。デモニアスがここで死ぬことを。デモニアスの死は無駄にはしない。デモニアスの怒りも憎しみも、全て俺が復讐してやる。
異常事態に気付いた兵士たちがデモニアスの方へと駆け付ける。その大群が過ぎ去った後、俺は脇目も振らずに闇に身を潜めながら駆け抜ける。
(後は任せな、魔王サマ)
裏口までの経路を塞ぐ兵士たちをおびき寄せたことを確認し、もう一度気合いを入れる。
デモニアスは自身の命の全てを、魔王アキラの脱獄を手助けするために使うと決めていた。
突如として現れた魔王。最初はにわかに信じ難かったが、特異能力である『破壊』を持っていた事と、異世界からの召喚者という事を聞いて咄嗟に理解した。まさか、我ら魔族が微塵も期待していなかった人間の魔王サマが現れるなんて。
酷く歪んだ現実を見せてしまったのは唯一の嘘だ。だが、真実でもある。それをしなければ、あの王は目覚めてはくれなかっただろう。
「生きろよ、兄ちゃん」
既に話すことは話した。一度聞いただけのルートを迷いなく走る王に聞こえるはず無いが、そう一言だけ呟く。
そして、二度と飛ぶことは無いと思っていた翼をストレッチするように動かす。ギチギチと不快な音を立ているが、無理な飛行をしても大丈夫なくらいには飛べる。
「我ら魔族の、繁栄を願って…俺はその、礎となるかねぇ…!」
魔族の中でもトップクラスに強かった戦士、デモニアス。彼の戦い方は特徴的で、魔族流の古武術の極みの型を扱い、巨大な体躯に似合わず素早い攻撃と身のこなしで敵を翻弄して、強靭な体から放たれる強烈な一撃で殺す事を得意とする。
しかし、本来のデモニアスであれば短期間鍛錬しただけの急造勇者など敵でないが、今は力のほとんどをアキラに譲り渡してしまっているため、身体能力のみでこの場を乗り切るしかなくなっている。
そのため、魔法に対する防御がほぼ不可能なため魔法による攻撃はできる限り避けなければならない。しかしそのデメリットを消すために、わざと攻撃範囲の狭まる王城の中へと自ら入り込んだのであった。
「まぁ、時間稼ぎ程度なら出来るかね...後悔は無ぇ。兄ちゃんなら、必ずやってくれる。信じられねぇくらい、俺のことを信じてくれたみてぇだからな」
そして一番最初にデモニアスの元に辿り着いた五人の兵士たちが姿を現す。直後、兵士たちが武器を構える前に昏倒、もしくは殺害していくつもりで攻撃をする。
「うぐっ...」
「マジかぁ」
最後の一人が、打ちどころが浅かったのか、反撃を食らいそうになるがそれも軽くいなしてトドメをさす。
五人が倒れた後、次から次へと通路の両側を囲うようにして兵士たちが集まってくる。その中には、「何故ここに魔族が!?」「あれが、魔族…!」「殺すっ…!」など呟いている兵士たちが多数いて、その光景につい、デモニアスは微かな怒りを込めて口元を緩めてしまう。
「ハッ、お前らが俺ら魔族に何をしてきたか知らねぇのか?いいや、知ってようが知ってまいが関係ねぇ。我ら同胞の恨み、一つでも多く道連れにしてやるよ!!!」
「後衛、詠唱用意、前衛構え!多少破壊しても構わん、魔族を殺せ!」
長い通路の真ん中のデモニアスの両側から槍を構えた兵士が壁のように迫る。その後ろで、中距離高火力の呪文詠唱が始まる。
「おうおう、やっと楽しい事になってきたぜ。全員相手にしてやるよ!」
鈍った体を解すようにストレッチのような動きを僅かにした後、槍に怯むことなく直進して槍衾に突っ込む。
「馬鹿めっ――」
突っ込んでくるデモニアスに槍の先端を突きつけるが、突きつける直前で槍を持った兵士たちの肘から下が消え鮮血が通路を彩る。
「「ぎゃぁぁぁぁッ!?」」
取り乱した隊列は叫び声を上げながら崩れ倒れ伏す。倒れた兵士たちは金属の鎧がひしゃげるほどの殴打を食らって絶命していた。
「ひ、怯むな!続け!後衛、詠唱急げ!」
続く中衛、背後の前衛も同じように半数以上が血の海に沈む。残りの半数は同じく倒れているが、命はあるもの達だった。
デモニアスが「ふぅ」と息を整えた直後、隊長格の人物が声を上げた。
「ふっ、ふざけるな、穢れた種族めっ!後衛、魔法準備よし、放て!あのバケモノを消し炭にしろ!」
指揮官の号令の後、詠唱を終わらせた魔法使い達が前に歩み出て同時に魔法を放つ。それは後方からも同じで、前からも後ろからも無数の高威力の火球が迫る。
先ほどの槍衾とはレベルの違う勢いで迫る火球を見ても、デモニアスは余裕もを見せて笑ってみせる。
「甘すぎるねぇ…」
ぐっ、と背中に力を込めると、骨が軋むような音を上げて翼が広がる。火球がデモニアスを襲う直前、なんと、真っ直ぐ自ら火球の大群に飛び込んだのだった。
「ふははは!これだけ食らえばあの魔族とて助かりはしまい!」
火球同士がぶつかり合った衝撃で通路の真ん中が吹き飛ぶ。そのせいで立ち上がる土煙の中で、指揮官は大きく笑っている。
「あの汚らしい魔族は熱で消毒するに限るな!人間に劣る分際で、目障りな奴らだ。女だけ置いて消え去れば良いのだ、くくく、我ら人間様の繁栄の踏み台となれる栄誉を嬉しく思うがいい!!ふははははは!」
「あー、そりゃどうも」
「はぇ…?ぶべっ!?」
声がした頭上に顔を向けた指揮官だったが、次の反応を見せる前にデモニアスの拳が顔面にクリーンヒットする。勢いそのままで白目を剥いて後ろの衛兵諸共なぎ倒した。
「な、なんで…」「あれを受けて生きている、だと!?」「ば、バケモノめっ!」
消し炭になったと信じ切っていた衛兵たちは、あれだけの魔法を受けて生きているデモニアスを見て恐怖が募る。そんな時でも逃げずに膝を震わせながら武器を構える衛兵たちを見て、デモニアスは実に仕事に忠実であると関心すらしていた。
実際のところは、デモニアスは翼を広げて飛んだ後、小さく折り畳んで滑空するようにして弾幕の中を抜けただけに過ぎず、無傷とはいかなかった。現に体の至る所が焦げていて、全身を焼ける痛みが走っている。
「さてと…」
「なっ、待て!」
これ以上多勢に無勢を続けるのは厳しいと判断したデモニアスは、破壊されて通気性の良くなった通路から外に飛び出る。
空気が肌を撫でるだけでも痛みが生じるが、最後に一つ、やらなければならないことがあった。そのために開けた中庭に降り立つ。
力をセーブする必要はない為、乱暴に地面を荒らしながら降り立った直後、舞い上がった粉塵の間から球のようなものが迫る。
デモニアスは上体を反らすだけでそれを回避すると、その球は柱に当たり、柱を破壊した。
「お前、魔族か? 人間を怯えさせる存在に手加減は要らねぇよな?俺の能力【球蹴士】の真髄を見せてやらァ!」
球が飛んできた方を見やると、そこには瞳の中に熱い何かを滾らせる少年が立っていた。
「おう、坊主が勇者の一人か?こりゃ予想以上に強いみたいだ」
「余裕ぶっこいてんじゃねぇぞっ!」
サッカー部所属の増田竜也だ。夜中の練習でボールを蹴っていると、突然大きな怒鳴り声と戦闘音が鳴り響いた。広い王城の中で一番近くにいたので急いで駆け付けたと言うわけだ。
増田が能力を発動させる。すると、足元にサッカーボールサイズの魔力が作られ、それを器用に足で扱う。先程の威力と的確な位置を射抜く正確性からして、かなりの実力があると思われる。しかし、デモニアスにとってはそれほど脅威にはなり得ない。その球が放たられる前に接近して昏倒させれば良い話であった。
デモニアスはゆっくりと相手の方に身体を向けて動き出す。
「これでも喰ら――」
「ガキは大人しく寝てな」
既に相手は動き出しているが、それよりも俺が魔力を撃ち抜く方が早い――、そう考えていた増田だったが、脚を振りかぶった直後、デモニアスが目の前に移動してきて、腹部に大きな手のひらがねじ込められる。
声を出す前に息だけが吐き出されて、情けなく「かひゅっ…」と音が漏れ柱に叩き付けられる。
「げはっ…はっ、はっ…なん、だよこれぇっ!」
息苦しさに咳き込んだ拍子に、口の中に鉄の味が染み渡る。抑えた手のひらにべっとりと付着した血を見て、増田は狼狽える。
増田は、この世界に来てから初めて恐怖を感じた。魔物討伐も今まで受けた依頼も、自分には余裕だった。周りの人間とは違う特別な扱いを受け、その理由も実感していた。だからか、何処か調子に乗っていたのだ。俺ならば、勇者の俺ならば何者にも負けない、と。それは増田に限らず、あの場で『勇者』と呼ばれた全員が少なからず感じているものだろう。
「ぐぅ、うぅ…ひぃぃっ…!?」
しかし、今目の前にいる存在は確実に俺より強い。動き方も、力も、全てにおいて負けている。このままでは殺されると感じた増田は、恥も外聞も捨てて敵に背を向けて逃げ出そうとした。
「悪いが、逃がさねぇよ」
あの掌底で気絶させようと考えていたデモニアスだったが、思ったよりも勇者としての恩恵と成長を見誤り、加減しすぎてしまい逃げられそうになっている。逃げた先で更に勇者たちと合流されて立ち向かわれたら面倒なので、この場で眠らせなければならなかった。無論、今の増田を見て、歯向かう気力は無さそうであるが。
逃げようとした増田の顎を横から軽く小突き、その場で寝かせる。
「敵に逃げられた、なんて知られたら笑われちまう」
今も尚、全身を駆け回る痛みを誤魔化すように笑うデモニアスだったが、すぐに切り替える。
置いて来た衛兵たちが中庭に集まりつつあり、その奥に勇者たちの姿もあったからだ。
この衛兵たちの量からしてみても、城のほぼ総戦力とは言えないが、半分以上は引き付けられているはずだ。少しでもアキラの助けになれば良いと思って引き付けているが、流石にいまのこの状況を打破するのはほぼ不可能に近い。
デモニアスは多対一よりも、一対一でこそ真の実力が使える人物であるため、この状況では勝ち目はない。
なので、最期に足掻くこともまた一興かと考えるが、それではただの終わりだ。この先に続くように終わらせなければならない。
そんな事を考えていると、周囲を逃げ場のないよう囲まれ、魔法使い達の詠唱が再び聞こえる。
「まだ、終わっちゃいけねぇんだよなぁ…」
ジリジリと剣を持った衛兵たちが近付く。どうやら、勇者たちはまだ温存したいようだ。僥倖、と思いデモニアスは深く息を吐く。
ビクリ、と衛兵たちが近付くのをやめて気を抜くことなく武器を構える。
直後、魔法使いの詠唱が終わる。想定よりもずっと早い発動に一瞬戸惑うが、放たれた魔法を見て理解する。
(この早さ、大きさ、勇者が混ざってやがるな…)
近付いてきた衛兵たちも知らなかったのか、戸惑いを見せながら撤退していく。
「ひっ、ひぃぃ!」「嘘だっ!」
(囮にして丸ごと殺す気か…、人間ってのはどこまで堕ちるつもりなのかね…)
「くそったれが…!」
ギリッ、と歯を噛み締める。
取り残された衛兵達を魔法の範囲外に弾きながら、自身も一番威力の薄い場所へ抜けようと踏み込む。直後、猛烈な暑さと衝撃が中庭に広がり、一時的に視界が無くなる。
またもや大きな火傷を負うが、何とか生きている。はじき飛ばした衛兵たちがどうなったかは分からない。弾いた後のことは自分でどうにかしてもらわなければ。
攻めに転じようと近くに感じた気配を頼りに攻撃しようとした瞬間、背後から殺気を受ける。身をよじって腕を盾がわりにして何とか致命傷は避けるが、守りのない今のデモニアスの身体には傷が出来てしまう。
「ぐぅっ!」
それは剣の一撃だった。槍での攻撃すら通らなかった屈強な肉体を切り裂くほどの一撃。只者ではないと思い、煙の中で対峙する。
「魔族よ、投降しなさい!さもなければ、私が相手になります!」
「私たちが…です!」
洗練された剣を震えた手で握るアカリと、武者震いなどではなく確実に恐怖で震えている足でアカリに支えられながらなんとか立っているユリーナ王女だった。
「ほう、お嬢ちゃんたちか」
「舐めてもらったら困ります」
デモニアスの発言にユリーナは少しムッとしたが、アカリがそれよりも早く剣を突きつける。ユリーナもアカリもアキラも、年齢は変わらないはずなのに、先ほど別れた魔王とは違って随分と幼く見える。
震えながらも、しっかりと相手を見据えるその目は泣き腫らしたのか赤くなっている。
「ふむ、いい一撃だ」
「褒められても嬉しくありません!」
「アカリ!油断しないでください」
確かに良い一撃だったが、本当の剣と言うのを知るデモニアスからしたら、まだまだ甘いものだった。しっかりとこちらを見る瞳の中には、まだ微かに迷いや不安がチラチラと現れては消えてを繰り返している。やはり、アキラの事が心配なのだと思い、フッ、と笑う。
「ここじゃあちょっと話にくい。上へ行こうぜ」
そう言うとデモニアスは、傍に落ちていて剣を拾って、アカリとユリーナ王女を抱えて城の屋根の上まで飛ぶ。
「は、離して!」
「きゃあああああ!!!」
適度な広さの展望台のような場所で下ろし、間合いを取る。
「な、何が目的なの!?」
「話とは一体...?」
「安心しな。お前さん達は殺しはしないからよ」
警戒を解くことなく二人はこちらを見つめる。
話すことはアカリ相手にしか無いのだが、思わぬところでユリーナという人質足り得るものが見つかった。そこら辺の一般兵士では先ほどのように魔法で撃ち抜かれかねない。
まずは警戒を解いて話を聞いてもらわなければならないが、ゆっくり話していられる状況でもない。すぐに衛兵たちが駆け上ってくるだろう。
「まぁ、落ち着け。…お嬢ちゃんは、アカリ・フジタだろう?」
「何故私の名を...?」
「アキラ・タカセ。…お嬢ちゃん、今日そいつに会いに来ただろ?」
「「っ!?」」
と、そこで展望台に続く塔の階段に大勢の兵士達が登ってくるのが見えた。もう余り時間は無い。その中には、他の勇者の姿も見えた。
そして、城下町一帯を見渡せる展望台の上からは、他にもよく見えるものがある。
「ふん、兄ちゃんやるじゃねぇか」
「貴様、まさか最上級牢獄から逃げてきたと言うのか!?」
裏口で見張りをしていた兵士の数は三人。そして足元で倒れているのが二人だ。手枷である封印石は本当に頑丈で硬く、人を殴っても変形すらせずに人の頭の方が陥没したくらいだ。
そうやって一人目の兵士を不意打ちの要領で殺し、二人目も気付かれる前に殺した。それはこちらを振り返った直後なので気付かれた後、と言うのが正しいだろうか?
そして今、頭に流れる動きを自然に取っている自分に驚きつつも三人目の兵士と戦っている。
騒ぎながら突いてくる槍の突きを躱し、槍を持つ手を狙って封印石の手枷で殴りつける。手は避けられたが、武器を破壊する事には成功する。
武器を破壊され戸惑っている兵士の足を払い、頭を思いっきり殴る。封印石の硬さは異常で、三人の頭蓋骨を砕いた後でも全く欠けていない。
その兵士の持っていた鍵を使って裏口を開けて、外に出る。そのままギルドのある方、西側へと向かって駆け抜ける。城下町は石畳で、裸足のままでも走りやすかった。
道中洗濯物にかかっていたタオルのような布を奪い封印石の手枷に器用に被せる。これで少し不審なくらいですぐに一目でバレることは無いだろう。かなり怪しいがな。
更にその横に干してある真っ黒なローブを着る。フードが付いているので顔を隠すのには助かった。
城下町の闇に紛れる前に、もう一度命の恩人が戦っている城の方を見つめる。そこは夜にも関わらずあちこちで明るい光が溢れていて、朝になる前には、騒ぎは街中に広がるだろうと思えた。
そして俺はギルドへ向かい、走って行く。