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第4話 幼馴染み以上、恋人未満


 時はしばらく遡り、アキラが捕まった直後まで戻る。






「どうして...」


 時刻は既に月や星の輝きが大地を照らす頃。この世界にも月や星と言った存在を確認できた。


 アカリは王城の、十四名の勇者たちに貸し与えられている一室にて閉じ込もっていた。アキラが連行されていく時、私は無我夢中で呼び掛けた。これから先、一生アキラと会うことが出来なくなると感じてしまったからだ。


「帰りたい...帰りたいよ、アキラ...お願い、夢なら早く醒めて...」


 夢なんかではない。夢であればどれだけよかったか。


クラスメイトのみんなも私と同様に少なからず動揺しているのかと思っていたが、そんなことは無かった。みんな、人が変わってしまったかのようにアキラの事を「人殺し」と言っていて恐ろしくなってしまい、それ以来部屋から出ていない。


 そして今、他のクラスメイト達は、何事も無かったかのように訓練と言う名のお遊びをしている。


 あの日から王城内では人がひっきりなしに忙しなく動き続けている。ルイーノに至っては私達の教育係だなんだと言っていたのに、あの日以降姿を見せない。


 いつもの様に目が腫れるまで泣いていると、ドアをノックする音が聞こえた。

 アカリが閉じ込もった日などはクラスメイトなどが心配しに訪ねに来る事はあったが、「心配しないで」と追い返すばかりだったので今では誰も来なくなっていた。


 そんな時にノックする相手とは誰だろうか? そして、不意に誰かと話がしたくなったアカリは扉を開けた。


「あ、アカリさん!」

「ユリーナ王女...様」


 扉の向こうに立っていたのは、予想だにしない人物だった。


「こんな夜遅くにごめんなさい...来るのが遅くなってしまいました...。少し、お話いいですか?」

「はい、どうぞ...」


 私と同じように暗く落ち込んだ顔をするユリーナ王女を部屋に上げる。多忙のせいで出来たであろう目の下のクマを化粧で隠しているようだが、いつもより厚塗りの化粧でバレバレである。しかし、アカリの顔も泣きじゃくって目が真っ赤に腫れているので、アカリの顔の方が酷かった。


「...」

「あ、あの...えっと、その...」


 アカリは、クラスメイトやあの現場にいた者達を、完全に疑っている。

 同郷から来た筈の人間をあぁも簡単に裏切る事が出来るのだろうか? 況してやクラスメイトを簡単に「殺せ」だなんて...。そのため、少なくともユリーナ王女に対しても疑いの目を向けている。


 突如として計り知れない力を手に入れ、それを持て囃されれば浮き足立つのは仕方が無いと思う。


 しかし、その力が理解不能な、この世界の人達が恐れる存在と同じ力だったら? アキラの絶望など、理解出来るわけがなかった。その事を知った時の恐怖なんて、考えることすら出来なかった。


 そして、事件の前夜、アカリは無神経にも(アキラ)を勇者だ、などと軽く言ってしまった事にも罪悪感を感じていた。

それでも、この世界の敵だったとしても、私たちクラスメイトだけは、何があっても彼の味方でなければならなかったと心の底から後悔している。あの時、一瞬でも揺らいだ自分の気持ちに、アカリは後悔し続けていた。


 そんなアカリは、見るからに衰弱しているようで、しばらくまともな食事など摂っていなかったのだと思われる。


「…っ、この度は、本当にごめんなさい!」

「私に、謝らないで...」


 ふとした瞬間にも、連行される時のアキラの、悲壮感に満ちた表情が頭を過ぎる。その度に、私は自身の無力さに何度も涙した。


 勇者がなんだ、幼馴染みを、好きな人一人すら守れないで何が勇者だ...と、常にアカリは自身を攻め続けていた。


 そして、目の前にいる健気にも頭を下げるユリーナ王女にすら、微かな怒りを抱いていた。


 ――謝るなら、アキラに直接謝りなさい。


「許されない事をしたと言うのは分かっています...」

「謝れば済むって問題じゃないでしょう!?」


 誠意を見せるかの如く、怒鳴られたとしてもアカリから目を放さないユリーナ王女。


「ごめんなさい…、あなただけが悪いわけじゃないのに…」


 行き場の無い怒りをつい、目の前の人。ユリーナ王女に八つ当たりしてしまった事に気付き、慌てて謝る。


「いえ、アカリさんが...元気になられるのであれば、私はどんな罰でも、お受け致します」


 心の底から、本心でそう言っているのだろうと、決意の固まっている瞳を見ればわかる。


汚れているかもしれない人間が、どうしてそんな綺麗な目でこちらを見るのか。いや、きっと一番汚れているのは、一番長く隣にいたくせに、信じ切れ無かった私なのだろう。

自分を責める行き場のない怒りがふつふつと湧いてきて、吐き出さずには居られなかった。


「じゃあ、じゃあ!私達を、(アキラ)を一緒に元の世界に返してよ! 勝手に喚んで、何も知らない(アキラ)を、私たちを、ぇぐっ、あき、らは…絶対に、ぐすっ…あんなこと、するわけないっ、のに…うぅっ…」


 八つ当たりだって分かっている。でも、誰かに聞いて欲しかった。アキラは無実だ、と。

 勝手に溢れてくる涙を抑えきれずに、アカリは大きな声で泣いてしまう。それを、同い歳ながらも気苦労のしれた腕でユリーナ王女は優しく抱き締める。

 アカリは声が掠れるまでユリーナ王女に抱き締められ泣き続けた。









 月が天辺を通り過ぎた頃、夜も更けてきた頃、アカリはようやく泣き止み、ユリーナ王女の胸から顔を外し、恥ずかしそうに顔を背ける。

 同い歳であるユリーナ王女に号泣している所を見られたのだ。...それにしても、ふくよかな胸だった。

 スレンダーなアカリとは違い、ユリーナ王女はその年齢にそぐわないような豊満な体つきをしていた。俗に言うボン・キュッ・ボンだ。

くだらないことを考えられるくらいには落ち着いた。


「気は、済みませたか?」

「ごめんなさい。それと、ありがとう...」

「いいえ、悪いのは、こちら側ですので…それでは、お話を聞いてくれますか?」


 話? そう言えばそんな事を言っていたような気がする。


「私の話と言うのは、アキラ様のことです。アキラ・タカセさんは無実だと思われます」

「っ!? それは、本当っ!?」


 アカリは初めてアキラの無実を信じてくれた人が目の前に現れ、興奮気味に身を乗り出してしまう。

 ユリーナ王女はそんなアカリを落ち着かせ、話を進める。


「はい。私、こう見えても魔法には精通しているんです。魔力の流れを見たりできるんですよ。それで、あの時、ルイーノの良く使う剣士の能力によって生じる魔力の乱れを感じたのです」


 アカリには何が何だかさっぱり分かっていない。魔法の授業や訓練を全て放り出していたから、何も分からないのだ。


「でも、その能力が確かに剣士の能力なのかは断定出来ません...せめてアキラさんの能力がわかれば...」

「アキラの、能力...確か、破壊って...」


 アカリはあの時、アキラが呟いていた言葉を聞き取っていた。いつも、ずっと、そうやって彼だけを見てきたから。そう、「破壊、破壊、破壊...」と呟いていた。


「破壊、ですか。実際に使われるところを見た事はありませんが、知識としてなら...」

「どんなの!?」


ユリーナ王女は「確か…」と言いながら小さな手帳をパラパラと探しながら話を続けた。

相当勉強熱心なのだろう。


「破壊とは、再生と相反する能力。一般的な能力と違い、その能力を持つ者は一つの世界につき一人のみと言われる特異能力(ユニークスキル)と呼ばれています。破壊は、望むもの全てを破壊し蹂躙する。攻撃に特化した最強の能力で、再生はどんな傷も一瞬で治る...と、文献には書いてありました」

「破壊し蹂躙する...?」

「これで、アキラさんの無実が証明出来ますね! 後は物的証拠さえ抑えられれば...」

「え!? なんで!? 今のでどうやって証明出来たの!?」


 アカリはどうして今のやり取りで無実が証明出来たのかが分からない。破壊ならば首を飛ばす事ぐらい簡単なのでは...?


「破壊の能力はあそこまで完璧には出来ていない筈です。アキラさんもこの世界に来たばかりですし、もし発動したとしらデーンは遺体など跡形も残らなかった筈ですし。それに何より、切断面が何かで斬られたかのようでした。デーンの首も庭の隅に残っていました。もし破壊だとしたら、破壊ではここまで器用に出来ないのです」

「な、なるほど...」


 ユリーナ王女の博識っぷりに思わず感嘆の声を漏らすアカリ。


「それに、私が感じたのは剣士系の能力ですので、剣士系じゃないアキラ様は冤罪の可能性が高いのです」


「物的証拠のため、ルイーノを捕まえて聞き出すしか無いのですが...、恐らく私では相手にされません。父上に頼めば出来なくも無いのですが、恐らく父上も分かっている上であの三文芝居をしたのでしょう」

「そんな...。それじゃあ、どうすれば...?」

「簡単な事です。アカリさんが力尽くで捩じ伏せればいいだけですね」


 無茶な事を言う。アカリの実力なんてたかが知れてる。魔法も能力の使い方も分からないひよっこだ。それが王直属の近衛騎士団団長を力尽くで捩じ伏せる? 不可能だ。

 ユリーナは物騒な事を言うもんだ、と少しばかり驚いてしまう。


「確かに、このままでは難しいです。それに、アキラ様が処刑されるまでの時間も短いです。非常に厳しい状況ですが、このままでは我が国が罪の無い人を殺してしまう…、そんなこと、絶対にあってはいけません。ですから、彼を信じ、彼のために泣くことのできるアナタにしか頼めません。魔法に関しては私が指導できます。能力については、城下の冒険者達の方が達者でしょう。私が抵抗出来るのも最低でも一ヶ月程です。恐らく、アキラ様を助けることが出来るのはアカリ様だけです。ですからどうか、どうかもう一度、私を信じてくれないでしょうか…!」


許せない。アキラを奪ったこと、陥れた人間がいること。まだ許せないし、許してはいけない、そのせいで、周りの誰もが怪しく見えて一人だけこの世界から浮いていた気がしていた。


正直、まだユリーナ王女の疑惑は残る。アキラが魔王だったら、召喚しなければ魔王は存在しなかったのではないか、そもそも彼女もグルなのではないか、と。考えれば考えるほど、信じることが出来なかった自分が憎くなる。ひたすら自分を責め続けていた。でも、それでも、彼女の、この国を、この世界を守りたいと言う想いはキチンと伝わっている。魔王を庇うことで、この先彼女への風当たりが強くなるだろう。それすらも承知で、彼女は私とアキラを救ってくれようとしている。

そんな彼女に、私は理想を、夢を見たかったんだと思う。私が信じたかったことを信じる姿が眩しかった。


だから、私は、その手を取る。


「ありがとう、ユリーナ、様…私も、まだ諦めたくな

い…!」

「頑張りましょう、アカリ!それと、今度からはユリーナって呼んで下さいね」

「うんっ…!」


 真犯人を捕まえるため、幼馴染みを...私の大好きな人を助け出すために己の力を鍛える事にした。

















ユリーナのスパルタ魔法教室に合わせて、私はクラスメイトとは別行動をして城下街の冒険者として過ごしていた。

あれから何日も日が過ぎて、既に城下にも魔王を、アキラを捕らえた事が知れ渡っていた。その話題が出る度に苦笑いをして過ごしていたが、冒険者達の戦闘スキルは相当高く、とても参考になる。


たまに顔を出さなければならない王城の訓練で、同じ勇者であるクラスメイトたちからは「泥臭い」「意地汚い」など言われるが、私は好きな戦闘スタイルだ。


 冒険者をして依頼をこなすと、お金が貰える。ユリーナ同様、魔王を庇う者として城の中では様々なやっかみが飛んでくる。王様からの印象も悪いせいで、金銭面は著しくない。そのためお金を稼ぎつつ戦闘訓練も合わせて行っていた。


もちろん、初めて魔物というものを倒す…、殺した時、酷い抵抗感があった。肉を裂く感触、血が吹き出る光景、生臭い臭い、そして殺される魔物の断末魔、それらが未だに体から離れない。

今は、大分慣れた…、いや、これは慣れちゃいけないものだと思い、いつまでも忘れてはならないものだと思っている。この世界は、私たちの世界よりも遥かに命の重さが軽い。だから、私たちの倫理観、道徳心は守らなければならないものだと、この世界でどんなに息苦しくとも、それを忘れてしまえば私は元の世界に戻れなくなってしまうと、思っている。




戦闘スタイルは評判は悪いが、魔法に関しては勇者の中ではトップクラスに使い方が上手い。これもユリーナのおかげである。結構なスパルタ指導だが、初心者の私でも分かりやすいよう懇切丁寧に教えてくれる。


その過程で、ユリーナとは非常に仲良くなり、時折ユリーナと瑠璃とで夜の空き時間に話をすることを増えた。瑠璃は後衛で魔法職のためユリーナとも話が合うようだった。


私は今では、火・雷・氷の魔法が自在に使えるようになった。それを合わせた魔法剣士というスタイルで戦うと、クラスメイトとの勝負ではほぼ負け無しの状態である。


もちろん、そのクラスメイト達も冒険者として働いてはいるのだが、数々の依頼をこなし、「ゲームみたいだ!」「めっちゃ楽しい!」等と馴れ合いのようにはしゃいでいるため、無邪気な子どもがアリを潰して遊んでいるようにしか見えない。


 だが、これだけ実力がついたアカリでさえも、ルイーノを倒せるほどには成長していなかった。





 そのため、ユリーナと相談し、処刑される前に救出させようと言う話になった。アキラの事に関しては、瑠璃には黙っている。彼女まで巻き込む訳にはいかないのだ。

 いつ、どのタイミングがいいのかと考えている間に、ルイーノが珍しく勇者達全員を食堂に集めると、アキラの処刑の日が決まったことを宣言した。どうやらその日は国中で魔王討伐のお祭り騒ぎになるらしく、そこに合わせて行うらしい。


 私はもちろん反論しようとしたが、他のクラスメイト達はもちろん、瑠璃までも賛成の意を示すばかり。何かがおかしい状況に異論を唱えようとしたが、ルイーノの隣に立つユリーナに視線で止められる。テーブルの下で拳を固く握りしめていると、ルイーノの勝ち誇ったような笑みがこちらを見ていることに気づかなかった。










 そしてその夕暮れに、警備兵の交代する瞬間を狙い、魔法の陽炎で忍び込む。そこからアキラを探すのだが、最上級牢獄の中の雰囲気に呑まれてしまいそうだった。そこかしこから放たれる黒いオーラ。こんな所にいたら、自分が自分で無くなってしまいそうだった。

そしてそこで、アキラを脱獄させる手筈だったのだが...。


 見つけた時のアキラの姿は、見るも無残な姿でなんとか生きていると言った様子で息を飲んだ。全身は傷だらけで、唯一の衣服である制服などは布切れと化し、纏う雰囲気は、既にアカリの知るアキラでは無かった。


怖い。何をされたのか知ることも去ることながら、今のアキラに話しかける事がたまらなく怖かった。待ちに待ったアキラとの再会のはずが、目の前の人物が違う人に見えてしまっている。


 しかし、やっと、やっとここまで来れたのだ。手を伸ばせば届くはずなのだ。無理にでも自分を奮起させ今すぐ脱獄しよう、逃げようと提案したのだが、アキラは最初から最後までアカリを突き放した。


いや、先に手を離したのは、間違いなく「私」なのだと、改めて思い知らされた。最初から、ずっと、アキラは助けを求めていたはずなのに、私は怖くなって、手を離した。ただ、それだけの事を、その事実から、私は自分が助けることで正当化したかったのだと分かった。


 でも、それでもいい。きっと、このまま逃げても捕まる。それでもいい。ただ、今度は、最後までアキラの隣に居たかった。なのに、


『黙れッ!!! お前なんぞに助けられてたまるか…、俺を、見捨てた事実は変わらねぇ…、それを忘れたとは言わせねェッ! わかったなら、今すぐ俺の前から消え去れッ!!!!』


 その想いは届かない。いや、この場所でアキラを見た時、いや、もっと前…、アキラを信じることが出来なかったあの時から既に、彼の心に私の声は届かない。


わかっていても、信じたくない現実に、私は逃げるように立ち去る。みっともない。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃ、ろくに走れずに何度も何度も転ぶ。その途中で、見回りの衛兵に捕まるが、出口で待っていたユリーナが、慌てて駆けつけて、話を付けてくれて開放される。埃まみれの服を見下ろしながら、ユリーナに連れられて自分の部屋に戻った。

 その間は誰にも見られていなかったのが幸いだった。







「――それで...(アキラ)が...」


 最上級牢獄の中で、アキラと話した内容をそのままユリーナに伝える。誰かに話しても、傷は埋まらないし、もう二度と私の手には戻ってこない。手遅れだったことを改めて理解し、三度、涙が溢れる。拭っても拭っても、とめどなく流れ続ける涙。


そんなアカリを見ながら、ユリーナは渋い表情をした後こう言った。


「それは、アキラ様の"優しさ"だと思います」

「...ぇ?」


 その意図していなかった答えに、アカリは唖然とする。


「私も、アキラ様を脱獄させそのまま逃げると言う方法は、無理だと思いました。不確かな作戦で、ごめんなさい...。我が国の兵はそれこそ数万を超える人数がいます。それらからアカリ一人でアキラ様を守り続けられますか? 私は、不可能だと思いました。中には団長クラス、近衛騎士団、そして他の勇者様がた...など、アカリさんでも勝てない人達が追うでしょう。そのため、アカリさんでは...」


 わかってる、それでも、それでも…。


「それでもいい、少しでも、アキラと一緒に居られたのなら…死んだって――」


――パチン!


音に遅れて、軽い衝撃が頬を走る。

顔を戻すと、ユリーナが右手を抑えてこちらを見ている。


「っ、…だって…私じゃ、もう…」

「違います。今のは、アキラ様の優しさを無駄にして踏みにじるようなことを言ったから殴ったのです。…ごめんなさい」


ユリーナは佇まいを直して再び語る。


「彼は、アキラ様はきっと、アカリに生きて欲しいはずです。そうでもなければアカリを利用して逃げた後に見捨てるなど、いくらでも活用法はあったはずです。一人だけならば、もしかしたら魔族領まで辿り着けば助かるかもしれません。それなのに、彼はそうはしなかった。それはつまり、アカリ、あなたを危険に晒したくなかったということではないですか?だから、簡単に死ぬ、なんて…言わないで…」


初めて見る、ユリーナの涙。彼女は今まで、この城でどんなに嫌がらせを受けようとも、何をされようとも決して泣くことはなかった。

だが、それを今、私が命を軽んじることを口にした時、初めて泣いてくれた。この命の軽い世界で。友人のために、泣いてくれる、アキラの為に、戦ってくれる彼女のことを、ようやく、ちゃんと見ることが出来た。


座っていると床につくくらい長い金の髪を後ろに流した整った顔付きの女性。出るとこは出ていて締まっているところは締まっていて、今は青い瞳が潤んでいてより一層魅力が際立つ。白金の刺繍が美しい白地のドレスに、赤く光る宝石が特徴的なネックレスを首から下げる、理想のお姫様。ユリーナ・ウィングラット。

私は、彼女と、友達になりたい。信じたい、改めてそう心から思った。


「ごめん…」

「分かれば良いのです。それで、これからの事ですが…」


だが、それを伝えるのは後だ。今の状況を思い出して焦り出す。


「明日はきっと、間に合わない…だから、やるなら今日しか…!」

「...えぇ、彼の心にはまだ、アカリのことを覚えているはず。先ほどの衛兵には黙っておくように伝えましたから、今日の夜ならばもう一度…。それが最後のチャンスになります。アカリ、彼を取り戻せるのはあなただけです」


 力強い瞳に見つめられ、私ももう一度覚悟を決める。さっきは、甘かったんだと思う。そう、だから、次は何がなんでも、力づくでもあそこから出す。そして、出たら今度こそ伝えたい。


――好きだ、と。










 その日は、新月の夜だった。王城は瞬く星の光と、城内から光る微かな魔法の光が照らし合う、毎月来る新月の日と何も変わらない夜だった。


そう、何も変わらない夜になるはずだった。



城のはずれ、最上級牢獄の入り口には、明日の処刑のためと衛兵が数多く置かれていたはずだが、そこには誰もいなかった。



闇の中に、二つの形の異なる影が飛び出した。





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