第3話 黒い感情
「ハメられた......?」
向かいの牢屋で軽快に笑いながらその男の言った言葉に疑問を浮かべる。
「おうよ。俺が思うに、そのデーンとやらが死んだのは兄ちゃんのせいじゃねぇって事だ」
「じゃあ俺は、無実なのか?」
「そうだろうな」
顔も知らない相手なのに、その男に無実と認められただけで何故か嬉しく感じる。自然と涙が零れた。
「ははっ、泣くなよ兄ちゃん。泣くのは全部終わってからにしな」
「全部、終わってから...?」
「あぁ、そうだ。だが、無実と言うのもまだ確証がねぇ。兄ちゃん、その封印石の手枷はデーンとやらが死んでからどれ位で付けられた?」
男が不意にそんな事を聞いてきた。
確か、デーンが死んでから......少なくとも色々とあったので十分くらい経ってから取り付けられただろうか。
「十分くらい、かな」
「そうか...。まぁいい、まず能力ってのは魔力を使って発動させるものが殆どだ。例外もあるがそれはまぁこの際置いておくとして、兄ちゃんが能力で人を殺したとしたら、魔力を使った感じがある筈なんだ。そしてそれに応じて減っている、そのはずだろ?」
そうだ。能力を魔力を使って発動させるとしたら、俺の魔力が減っている筈...。今試してみても何も出ない。封印石とやらのせいか。名前からしてそんな感じはしていたが…。だが、体の中をグルグル回っている何かはさっきからずっと変化なしだ。増えてもいないし減ってもいない。
返事をするように頷く。こちらからは見えていないが、恐らく男の方からは俺の顔は見えているのだろう。話が続く。
「魔力はな、時間経過とかで回復するんだ。その回復量は精神状況に影響される。寝たり食ったりした時にリラックスするのは魔力が回復するからだとも言われるんだ。そして、封印石は特殊な石でな。それに特別な加工を施すことで、全ての能力を体の中に封じる事が出来るんだ。つまり、その手枷を付けられた時には魔力の回復はストップするわけよ、これ以上増やせなくなる」
なるほど。そして、それまでの俺の精神状況は最悪と言っていいものだったな。だから、能力を使ったのならば少なからず魔力が減っているはず、と...。しかし俺の魔力は変わっていない様子。つまり、俺は誰かにハメられた、ということになる。
「な、なるほど...知らなかった...」
「くくく、そりゃぁ異世界から来たヤツがそんなモン知ってる理由ねぇもんなぁ」
この男は俺が異世界から喚ばれたと言う事もアッサリと信用した。何者なのだろうか。俺の頭より上の方から声が聞こえるから、背の高い男なんだろう。
「そして、その兄ちゃんをハメたヤツだが...」
「あぁ...」
緊張して、ゴクリ、と生唾を飲む。しかし、その男がそれを言う前に邪魔が入った。
「お喋りはそこまでだ、出てこい、デモニアス」
「ちっ、わぁったよ...」
警備兵が男を呼びに来た。デモニアスさんと言うのか。デモニア...? 妖魔?
デモニアスさんが連れて行かれる直前に、俺に向かって小声で犯人の名前を言った。推測でしかないが、この人は余程頭が切れる人だ。信じてもいい。信じたい。
――ルイーノだろうよ。
ルイーノ。デーンの死を誰よりも悲しんでいたはずの人物だ。しかし、俺を連行する際に見せた一瞬の歪んだ笑顔が俺の頭に焼き付いて離れないのだ。
そして、彼がこちらに近付いてきた時、初めてデモニアスさんの顔や身体が灯りの下に出てきたため、見ることが出来た。
それは王様から聞かされていた、魔族の特徴が全て当て嵌る男だった。
浅黒い肌、人間を上回る巨躯、額から伸びる角、そして折りたたまれた巨大な二対の翼。
デモニアスさんは魔族だった。しかし、特徴であるはずの角は二本生えていたが、片方は半ばから折られたように無くなっており、翼も片翼は穴だらけで折れ曲がっていて、二度と飛ぶことは叶わないような状態だった。そして肌には無数の傷跡...。
「デモニアスさん...」
届きはしない声で呟いた声は闇の中に吸い込まれて消えた。
どれくらい時間が経っただろう。
一晩? 或いは数時間だろうか。時間の感覚がない。衛兵が交代する時にたまに目が覚めるくらいで、後は暗闇の中での孤独で気が狂いそうだった。
あれからしばらく経ったあとに、デモニアスさんは衛兵に連れられ戻ってきた。その時、一瞬だが見えた体。それは片腕が無くなっていた。
衛兵が去った後、デモニアスさんの方から聞こえてくるのは、酷く衰弱したような呻き声と怨嗟の叫びだった。
「ごろずっ...! 絶対に、ごろじでやる...っ! くそっ、クソがっ! 魔族を、舐めるな、よっ...」
こんな言葉をずっと叫び続け、次第に疲れたのか唸り声を上げながら眠った。俺はデモニアスさんの身に何があったのか分からないが、聞かなくても大体の察しは付いた。
それから何日経ったか、どれくらい時間が経ったか分からない。
デモニアスさんは異常なまでの回復力で体が回復しては、拷問のような苦痛を味わわされ、牢屋で再び叫び狂う日々。
そして、時々訪れる正気の時は話をしたりしていた。
「――そうだ、犯人はルイーノとやらで間違いねぇだろうよ」
ルイーノは、剣士の能力を使い、最終派生型の空間破断と言う技で、空間に亀裂を入れられるそうだ。その亀裂に、魔力を込めることによって更に拡大させ、次元斬のように扱う事が出来るらしい。
普通は切断と同時に発動させて破壊力を高める技だが、今回のように僅かな亀裂程度ならば魔力が続く限り空間に残すことが出来るらしい。そんなこと、普通はしない、とデモニアスさんは言っていた。つまり俺をハメるためにわざわざ行ったってことだ。
しかし、ルイーノは魔族との戦いでは前線で戦うことは無かったようだが、それなりの実力者として有名だったらしい。
「兄ちゃんの事は、恐らく取り押さえられて、その老人の話を聞いた時に初めて魔王だと気付いたんだと思うな。初めて止めた時は感知系の魔法で魔族か何かだと勘違いしたんだろうな。そしたら、思わぬ大物でその場ではかなり焦ったっぽいな...くくく...」
「あぁそれと、兄ちゃんが初めてオーブに触れた時、黒い何かが入ってきたって言ったろ?あれは俺たち魔族がもし万が一人間族の中に魔王様が生まれた時の為に、と考えた秘策なんだが、まさか本当に来るとも思っていなかったんだよな」
そうして暫く話をした後、警備兵が何度目かも分からない程にデモニアスさんを連れていった。
更に時間が経った。デモニアスさんは一向に戻って来ない。幾ら時間が経てども、デモニアスさんは戻って来ない。
死んだのか...? 次は、俺の番なのか?
「嫌だ...死にたくない...っ!」
喉がはち切れんばかりの叫び声を上げる。
どうして、誰も助けに来てくれない? 俺は、見捨てられたのか? クラスメイトにも、彼女にも、幼馴染みにも...? 俺が、何をしたって言うんだ...?
「アキラ・タカセ、出ろ」
デモニアスさんを連れて行っていた警備兵が今度は俺を連れに来た。本当にデモニアスさんは亡くなったのか?
目隠しをされて連れてこられたのはある一室。そこで、俺は椅子に座らされ手足を固定される。そこに妙な頭飾りを付けられると、周囲を何人かの魔法使いのような人達が俺を囲む。
そして一斉に呪文を唱え始めたと思うと、頭に激痛が走る。
「あ゛ぁぁああああぁっ!!!!」
何度足掻いても、手足は椅子に固定され逃げることは叶わない。痛みで気絶しても更に続いて襲う痛みで覚醒させられる。
どうやらこれは洗脳魔法の類のようで、魔法を使いながら話す声がやっと聞こえる。
「操りさえ出来れば」
「その前に死ぬのでは」
「こいつの抵抗がなければ」
どうやって抵抗しているのか分からないが、洗脳の魔法は俺には効きにくいようだ。
それでも、効かなくても魔法使い達は何度も何度も魔法をかけ続けてきた。その度に、頭の中を掻き回されるような激痛と嫌悪感、それらからくる吐き気が絶え間なく俺の体を蝕み続けた。
俺は発狂すらも出来ずに喉が潰れるまで叫び続けた。
それから何日が経ったか分からない。その間にも俺は何度もあの椅子へ座られ、固定されては頭に激痛が走る。何度も、何度も何度も何度も何度もそれが繰り返された。
後半になるにつれ更に痛みが増していくのだ。そして今は先程までその拷問を食らって、牢の中でただひたすらに人間と言う存在を憎んでいた。
――どうして俺がこんな目に合わなきゃいけない? アイツらは、俺を人として見てなどいなかった。最初から、ずっとだ。今の今まで俺の事をモノとして見ていた。許せない、許してはならない。俺は、俺をこんな目に合わせたやつらを、絶対に許さない…。
「よう、兄ちゃん。生きてっか...?」
懐かしく思える声だ。デモニアスさん...、デモニアス!?
「な、なんとか...生きてる...」
「はっ、それは良かったぜ」
今は何だか目が冴えていて向こう側のデモニアスさんの状況すらも見える。シルエットではなく、くっきりと見える。牢屋の中の、血で黒く染まった床も、壁も全てがどす黒くなっていた。
床だけは微かに、鮮血が残っているのが見える。
「こうして話せるのが最期の機会になっちまいそうだからよ…。兄ちゃんに、よ...、俺の力を、授けようと思うんだ...」
「デモニアスさんの、力...?」
「俺の能力は、再生...だが、それも弱まってきてるのがわかる。俺は、次のタイミングが来たら死んじまうかもな...」
デモニアスさんと目が合う。やつれた体に生気の薄れた表情だが、目には覚悟が宿っているのが見える。彼は本気のようだ。
「分かった。受け取ろう」
「へっ、断られても、無理矢理渡してたけどな...」
簡単に、受け取る。だなんて言ったが、能力の受け渡しなど出来るのだろうか? いや、出来るからデモニアスさんはそう提案したのだろう。だが、受け取ったところで…俺ももうじきくたばりそうである。
「壊れてくれるなよ、兄ちゃん...」
「...? っ!?」
訳も分からず向かい合っていると、デモニアスさんが格子の隙間から手を伸ばす。それに呼応するかのように俺も格子から手を伸ばす。
――すまねぇ、魔王様…。
もちろん、お互いの手が届く筈無いが、限界まで伸ばした直後、デモニアスさんの指先が一瞬輝き俺の手に届き吸い込まれる。瞬間、頭の中に様々な映像が流れてくる。
これは...、デモニアスさんの、記憶!?
いや、記憶だけじゃない。これはデモニアスさんの経験が流れ込んでくる。それはデモニアスさんの生涯、今までの力が押し込まれてくる。そしてそれは、今まで受けてきた傷、怪我、ダメージ。それらも一挙に押し寄せる。
そして更にはデモニアスさんの怒り、憎しみなど、全ての負の感情までもが流れ込んでくるのを感じる。
「ぐっ、あぁっ!?あ゛ぁぁぁああっ!!!!!」
デモニアスさんは指先の光が消えると、力なく腕を垂らし、眠りについた。死んでいるように穏やかな表情で。
その反対側で、俺は激しい負の感情と際限なく訪れる恐怖と激痛に呑まれ、理性を失いそうになるのを必死で耐えていた。
胸の内にあった残り少ない希望が、半紙に墨を垂らしたかの如く黒く、黒く塗り潰されていく。
騙され、ハメられ、裏切られた。そして目の前では自分勝手な正義を振り翳す相手に嬲られ続けた魔族がいる。
そして、今までのこの世界の人間の人ならざる所業。それらをデモニアスの記憶を通して知る。
――虐げられる魔族。
――失われし故郷。
――嬲られ、踏み躙られた誇り。
――子も大人も、命を刈り取られる。
――人間という、数の暴力に。
おびただしい数の負の映像に涙が止まらず、目を背けても否応なく頭に焼き付けられる。割れんばかりの頭痛に牢獄の壁に頭を打ち付けるが、それでも止まぬ激痛に嘔吐を繰り返す。別の痛みで誤魔化そうと身体中を傷付けるがそれでもまだ足りない。
そしてついに限界を迎えた俺は、胃液を吐き続けていた口から血を吐いて気絶する。
今までの俺は『人』だった。それが今、復讐を糧とした『魔王』としてこの場で目を覚ました。
人だった時の記憶をも全て黒く塗り潰される。負の記憶だけが残され、後は全て消される。破壊と再生の能力。それは人格すらも変える力。
俺はここを生きて出て、俺を嵌めた奴、俺を裏切った奴らへ復讐する。
愚かな人間族は、踏まなくて良い蛇の尾を踏んでしまったのだった。
何も感じることが出来ない。苦しい筈なのに、痛みを感じない。音も聞こえない。
そんな虚無のような空間にいる感覚に陥った俺に、突如として冷水が頭からかけられた。
「ちっ、汚ぇな。おい、起きろ。お前にいい報せを持ってきてやったぞ?」
「誰、だ...」
「くふっ、ふはははは! お前の想い人ではなく残念だったなぁ?確か、お前の想い人はサエ・コバヤシだったか? あの女は、既にお前のことなど忘れている様子だったがなぁ!」
嫌らしい笑みを浮かべ格子の外から俺を見下しながら話すのは、ルイーノだった。
その嫌味なほどの態度に、俺は現実に引き戻される。未だに胸の奥や、頭がズキズキと常に何かに刺されているかのように痛む。
地面に這いつくばる形で、嫌に上機嫌のルイーノを下から睨みつける。
「まぁまぁ、そう睨むな。お前の処刑日が決まったから伝えに来てやったんだ。――明日だ。明日、お前をこの俺が処刑するのだ。俺が、魔王をな!ふははははははっ! 無様だな魔王よ。そしてお前らの仲間も既に満場一致で異議なしだった。お前は完全に見捨てられているのさ! 精々明日までくたばらないようにな」
「...何か、いい事でもあったのか?」
「ッ! 黙れぇっ! その目をやめろ! ――はぁ、はぁ…。ふん、明日はお前の命乞いをするまで嬲ってから殺してやるさ」
俺がそう言うと、ルイーノは気に入らなかったのか、手に持った長棒で俺のことを息が切れるまで殴った後、牢獄内から去っていった。
そして、デモニアスから再生の能力を受け取った瞬間から続いていた苦しみがスゥっと消え、感じなくなったことに気付く。
「兄ちゃん、起きたか?」
いつもの様に衛兵か消えた時間を狙って向かい側からデモニアスの声が聞こえた。どうやらデモニアスは生きていたようだ。
「再生の野郎は欠片だけでも俺に残しやがったんだ。死ぬのはまだみてぇだな。だから、兄ちゃんに渡した再生は完璧なものじゃねぇ。気を付けな」
「あぁ...。だが、明日には俺は処刑されるみたいだぞ? どうする?」
「どうする?なんて聞くまでもないだろ?俺の殆どを渡したんだ、必要なものは、もう揃ったはずだぜ?後は全て兄ちゃんに託すとするぜ...っとまた客人だな」
デモニアスはそう言うと再び黙る。空気のように何も感じなくなる。少しすると、階段を降りてくる足音が聞こえる。確かにこちらへ向かっているようだ。
「明っ!」
「...誰だ」
そう言って、暗闇の中から目だけを光らせて睨むと彼女は怯えたように後ろへ一歩下がったが、すぐに檻に近付いてきた。
だが、俺は彼女のことを知っている。先ほどルイーノが言っていた想い人とやらの名前にはピンとも来なかったのに、この女の事は、しっかりと覚えている。
藤田 明。幼い頃からずっと一緒だった、心優しくて正義感溢れる少女だ。
彼女は、引き締まった細い体躯に、軽装鎧に綺麗な布の服を着ながらも、腰に二種類の剣を差していた。
対して、俺の体は全身傷だらけで、この世界へ来る時に着ていた制服はシャツなどを残して既に布切れと化している。そして何よりも、纏う雰囲気が変わっている。アカリと幼馴染だった頃のアキラは殺され、全てを恨み、全てを憎み、全てに怒る、ドス黒い感情が漏れ出ていた。
明はそんな俺を見て少したじろいだが、即座にこう言い放った。
「アキラ、一緒に逃げよ…?私、アキラが捕まってから、この世界に来てから、鍛えて、たくさん戦って強くなったよ…だから、アキラのことも守れる…だから、だからお願い…私を信じて…戻ってきて…アキラ…」
その場にしゃがみ込み、泣き崩れながら、頼み込むように話すアカリ。
「...っ、黙れ...」
「アキラ...?」
「お前が何をしたって無駄なんだよ…もう、全て手遅れなんだよ…。明日、俺は処刑される。さっきルイーノのやつが来てそう言ったさ。それに、誰一人反対するやつはいなかった…、俺を見捨てたヤツらの何を信じろって言うんだッ!!」
「違う、違うの…っ」
「黙れッ!!何が違う?何が正しい?そんなもの、もう分からないくらいに手遅れなんだよッ!強くなったからなんだ、俺に同情してるつもりか?こうなったのは誰のせいだよ…お前らがッ、俺をッ、誰一人信じなかったからだろッ!?今更同情なんて、気持ち悪いんだよッ!!」
「それは、違くて…私は、ぇぐっ、信じてて…だから、お願い…ぐすっ、アキラ…」
尚も食い下がり、みっともなく泣き続けるアカリ。いつも凛々しく美しくあったその顔は、想いが伝わらない悔しさと手遅れだったことを悟って流れる涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっていた。
「黙れッ!!! お前なんぞに助けられてたまるか…、俺を、見捨てた事実は変わらねぇ…、それを忘れたとは言わせねェッ! わかったなら、今すぐ俺の前から消え去れッ!!!!」
俺は頭に血が上って、空気が振動するほどに声を張り上げる。それだけで封印石の手枷にヒビが入る。
アカリは今まで見たことも無いような俺に、驚愕と恐怖の表情を浮かべ、呼吸を荒くしながら「嫌、嘘…違う…」と呟き泣きながら、来た道を走って行った。
「ハァッ、ハァッ...くそがっ...」
「くくく、兄ちゃん、優しいやつだな。実に魔王様らしいぜ?」
その様子を黙って見ていた、聞いていたであろうデモニアスが快活に笑いながら口を開いた。
「優しい? 何のことだ」
「とぼけなくてもいいんだぜ。あのお嬢ちゃん、確かに、かなり強いみたいだけど、お嬢ちゃん一人で兄ちゃん連れて、大量の王国兵達から逃げるなんてのは不可能だ。二人とも殺されておしまいさ。それを知っているから、兄ちゃんは敢えて突き放したんだろ? それに、兄ちゃんが逃げられたとしても、あのお嬢ちゃんと同格かそれ以上のヤツらがまだまだいるんだろ? ま、今のお嬢ちゃんだけじゃ、不可能だったろうよ」
デモニアスの言う通り、何故か分からないが俺にはアカリの実力が見えた気がした。確かに、俺はまだこの世界に来てから何も出来ていない。どれくらいの時間が経ったのか分からないが、アカリの実力があんなにもあるならば、他の勇者達も同じかそれ以上のやつがいてもおかしくはない。
今のままアカリと共に逃げたとしても、俺は完全に足でまといで邪魔にしかならないだろう。
荒くなった呼吸を整えた後、デモニアスがワクワクした様子で問いかけてきた。
「して、兄ちゃん?」
「なんだ」
「脱獄するか?」
「...はぁ、そうだな」
「あれっ、驚かねぇのかよ」
デモニアスが突如として言い放った提案。再生の能力を受け取る前の俺なら驚き唖然としていただろうが、今の俺はデモニアスの記憶も持っているので今までの考え方くらいは読める。
だからか、何故か俺もワクワクしている。
受け取った感情は殆どが闇で、主にその影響を受けて俺は復讐を誓っようなものだが、その怒りにも、俺は自分の意思で復讐すると決めたのだ。
「決行は今日、これからだろう? デモニアス、頼りにしているぞ」
「くくく、いいねぇ、面白いじゃねぇの。確かに、赤子よりも弱い兄ちゃんは足で纏いにしかならねぇと思うが、それは脱獄してからの、国の外に出てからの問題だからな」
赤子同然ならまだ耐えられたかもしれないが、赤子以下となると大分傷つく。
そして、チャンスは今夜。アカリがここまで忍び込んできた事が何よりの証拠である。何故かは知らないが警備が薄くなっているのだ。
何故かなんて知らない。与えられたチャンスを掴むだけだ。
「邪魔する奴らは誰であろうと...殺すぞ」
「さぁ、大脱獄と行こうかね、兄ちゃんよ」
牢の中で見つめ合い不敵に口元を歪める二つの黒い影は、誰に気付かれることも無く牢から抜け出した。