第1話 特殊能力
目の眩みが治ってきて辺りを見回す。教室にいた俺達十五人は全員いるようだ。他のヤツらも目が見えてきたようで辺りを見回している。
「ここは...?」
隣にいた明が皆と同じように周囲を見回しながら誰かに問うように呟いた。もちろん、俺達十五人の中にそれを答えられる人物はいない。
「●●●●、●●●●●●●●!!」
明の質問に呼応するかのように、いつの間にかいた――最初からいたが気付かなかった――女性が喜びを体で表すようにして喜んでいる。
なんと喋っているのか全くわからない。苦手な英語の授業でやるリスニングなんか鼻で笑えるくらい、何を言っているのかわからない。
それにしても、素晴らしい美貌の持ち主だ。儀式に使われるような飾りを付け、一見ドレスのようにも見えるがそれも儀式用なのだろう。それらは素人目で見てもわかるほどの高級な物だ。
そしてそれに負けない美しさを目の前で可愛らしく喜びを体現している女性は持っている。
現に男達は全員、彼女に見蕩れていた。
「ねぇ、明...?」
「高瀬君...?」
「な、何かな?」
幼馴染みの明と彼女の小川さんからの冷たい目線により俺は我に戻る。もちろん、俺は最初から見蕩れてなどいなかった。本当だよ?
「●●●●●●、●●●!」
先頭に立っていた俺に対して、美しい女性は一つの指輪を差し出してくる。これはまさか!? 逆プロポーズと言うやつだろうか!?
しかし、ここは引き下がらねばならない。全員からおれに降り注ぐ視線が痛いのだ。
「すみません。俺は、一途なので...」
本当は今すぐにでも抱き締めてやりたいものだが、彼女の手前そんな事はしない。そして言葉が通じていないと思うが、意味は分かったのかその美しい女性は頬を朱色に染める。
「●●! ●●、●●●●●、●●●●●●!」
それでも指輪だけは受け取って欲しいのか、強引に俺の手を取り、指に嵌めてきた。
「あ、あの! 聞こえてますか?」
「えっ!? あ、はい!」
指輪を嵌めた途端、先程まで全く聞き取れなかった美しい女性の言葉が聞き取れるようになった。
「これは翻訳の指輪と言う古代文明道具です。念のために用意しておいて正解でした。皆さんの分も用意してありますので、どうぞお付け下さい」
すると美しい女性の背後から次々とメイドさん達が流れるような一切無駄のない動きで指輪を全員分を運んできてくれた。
日本のメイド喫茶にいるようなメイドではない。本職のメイドさんなのだ。
その今まで見たこともない綺麗な動きに男も女も関係無しに見蕩れる者もいた。
「メイドさんだ...」
「綺麗!」
「素敵ねぇ...」
「け、結婚したい...!」
男とは、正直な生き物なのだ。
指輪を渡されて嵌めるのを躊躇う者がいたが、そこは俺が気兼ねなく説明したら納得して指輪を嵌めた。
全員が指輪を嵌めた後、美しい女性は軽い挨拶のようなものを始めた。
「初めまして、この度は神のお告げに応えていただき、誠にありがたく存じます」
かなり堅苦しい挨拶のようだ。少なくとも、居心地が良いものではないな。
改めて周囲を見回すと、ここは些か高い所にあるみたいだ。窓から見える景色が空の青一色だからだ。
そして足元を見ると、教室に出てきた魔法陣のようなものと同じ模様が見える。
更に言えば、俺達を囲むように数人の人物が疲弊しきって今すぐにでも倒れそうな様子だ。他の者達は未だに信じられない者もいると思うが、俺は大体何が起こったのかを察する程度は出来た。
これでもオタクの端くれ、ライトノベルは大量に読んでいる。これは俗に言う"異世界召喚"と言う奴ではないか? ワクワクしてきたぞ?
そんなことを考えていると、目の前の美しい女性が自己紹介を始めたのでしっかり聞くとしよう。
「私の名前は、ユリーナ・ウィングラット。ウィングラット王国第二王女であります。此度はこちらの都合で勝手に喚び出してしまい申し訳ございませんでした。今後の方針等を決めたいので、父と、王と話したいと思います。付いてきてくれますか? 勇者様方」
ん? 今、なんて? 勇者...?
「分かりました! この一ノ瀬 勇気を筆頭に、勇者一行、ユリーナ様に付いていきましょう!」
勇者と言う言葉に気を良くしたのか、先程まで静かだった一ノ瀬が一気に調子に乗り始めた。自分を筆頭とか言ってやがる。まぁ、俺は誰でもいいんだけどさ...。
「そ、そうだな!」
「おう、俺も行くぜ」
「私も!」
「なんかよくわかんないけど...付いて行くくらいなら...」
一ノ瀬に更に刺激されたようで、男達はテンションを上げて答える。こんな事を思っているが、俺も少なからずテンションが上がっている。
「ふふ、よかったです。では案内しますね。くれぐれも逸れないように気をつけてください。お城は広いですからね」
そう言うと、王女様は踵を返してこの部屋の唯一の出入口に向かった。それに続くように俺達も一ノ瀬を先頭に付いて行く。
「ねぇ、高瀬君、私達帰れるのかな...?」
「あ、そっか...なんか、急に連れてこられたもんね...」
道中、小川さんとそんな話をした。確かに考えてみると、これは一種の誘拐と言えるのではないだろうか? 問答無用で連れ去られ、帰れるかどうかも不明。
そう考えると、さっきまで上がっていたテンションが急激に下がるのを感じた。
「その事も、王様とかに聞いてみればいいんじゃないかな?」
「そっか、そうだよね」
そう言うと先をテクテクと歩いて行く小川さん。俺は隣に歩く明にも話を聞いてみることにした。
「なぁ、俺達帰れるのかな...」
「どうしたのよ急に。アンタの事だから異世界最高! とでも言ってると思ったんだけど?」
「うぐっ!」
実際、小川さんに聞かれるまで俺はそうだったので何も言い返せない。
「いや、冷静になって考えてみると、さ...まぁ、いいか」
「何よ。いいの?」
「明はどうなんだ?」
「そりゃあまぁ、家族には連絡の一つくらいはしたいわよ。でもこう言う作品って、全部フィクションなんでしょ? それに、冒険とかも楽しそうだし...」
明は俺がオタクになってから、付いて来るようにしてオタクになった。それなのに俺より運動出来るし、俺よりも頭がいい。どうしてこうも神は不公平に人間を作るのだろうか。
明も普通に楽しそうにしている。なら、俺も今まで夢見て来た冒険が目の前にあるという事を理解して今を楽しむとしようかな。
「着きました。どうぞ、中へお入りください」
王の謁見の間と言う場所だろうか? そこへ案内された俺達。荘厳な扉が重々しく開かれると、玉座前まで伸びる綺麗な赤いカーペットが敷かれている。今からそこを歩くとなると、なぜだか緊張してくる。
一人、また一人と扉を潜って謁見の間へと入っていく。別に一列にならねばいけないなんてことは無いのだが、皆この場の空気に圧倒されているのだ。
俺もそこへ続こうとカーペットを歩き始めたのだが、近衛と思わしき兵士の前を通ろうとした時、その兵士に止められた。
「貴様、何者だ」
「怪しいヤツめ。この場で逮捕させて貰う」
「え? え? 何?」
突如の出来事で俺はただ狼狽えるだけで何も出来ない。その俺の間抜けな声で、前の連中は緊張が解けたのか笑いが走る。小川さんにまで笑われてしまった。少しは心配してくれると思ったんだけど...
俺の後ろにいた明だけが心配そうにこちらを見ていた。やはり、持つべきものは良き幼馴染みという事なのか...。
「何をしているのですか!」
そこへ、先に入っていた王女様が駆け付けてくれた。
「この者が怪しいので」
「そんな訳ありません! 彼らは勇者召喚にて私が実際に喚んだ者達です!」
「それは、真か?」
いつの間にか扉の向こう側に豪華絢爛と言った外套を羽織った男性が立っていた。纏うオーラはこの場にいる誰よりも凄み、と言うのだろうか。そんなものがある。
「父上!」
「ユリーナよ。この者達が、此度の勇者なのだな?」
「はい!」
父上? 王女様のお父様って事は...王様?
王様!?
「ルイーノ、タリス、この者を通せ」
「か、畏まりました!」
ルイーノとタリスと呼ばれた兵士は即座に俺の前から退いた。
やっぱり、この人が王様なのだろう。
「済まなかったな。ここの所皆気が立っているのだ。さ、話を始めるとしようか」
「は、はい...」
そう言って俺と明と王女様を先へ行かせるように促す。
勇者、と呼ばれる者達。即ち俺達十五人が玉座前に集合した後、王様が玉座へどっしりと腰を下ろす。
「して、勇者達よ。まずは此度は召喚と会談の話に応えてくれてありがとう。感謝をしたい」
「い、いえ! め、滅相もございません...!」
一ノ瀬が慣れない言葉遣いで頭を垂れる。それに続いて俺達も頭を下げる。
「良い、面を上げよ。まずは情勢を語る前に、皆が勇者である事を自覚してもらいたい」
「自覚、ですか?」
「勇者、などと急に言われても理解出来んだろう。まずは勇者たり得る特殊能力を確認させてもらう」
「特殊能力、ですか?そんなもの…」
一ノ瀬同様、クラスの全員が頭上にクエスチョンマークを掲げる。俺の知っている異世界転移は綺麗な女神様がいてそこでチートを貰うものなんだけどな。
こちらの様子を見て理解したのか、王様は部屋の隅にいた長いローブを着た老人達を呼んだ。
老人達の手には何やらバスケットボールサイズの透明な水晶玉のようなものがあった。
「これはオーブと呼ぶものでな、お主たちはこれに手を翳して貰うだけで構わん。ここにいる者たちが判断してくれるからな」
そう言って、オーブの前に順番に並ばされる。少し強引な気もするが、特殊能力とあらばかなりワクワクしてくるものだ。
「おぉ…!ユウキ殿は勇者で、間違いないようです!」
一ノ瀬から始まり、順繰りにオーブに触れさせられる。どうやらオーブの光具合で勇者かどうか判断されているようだ。だがその光りかたも人それぞれで、一ノ瀬は燃えるような赤と眩い光が放たれる感じで、瑠璃は青や黒などが混ざったマーブルカラー、明は鋭くも柔らかい印象の灰色の光だった。
そしてついに俺の番が来る。俺が最後の番で、特にこれと言って注目されてはいない。一ノ瀬が最も強い光を放っていたので、注目はそちらに向かっているが、全員勇者としての判定を受けられて自信がついているようだ。浮かれた様子も見られる。
…ゴクリ、と唾を飲み込んでオーブに手をかざすと、
「…ん?」
一瞬だけオーブに黒い何かが見えた。次の瞬間、何かが流れ込んでくる感覚がして思わず手を離す。
「なんだ?魔力切れか?」
「い、いえ、そんなはずは…」
老人達がオロオロと慌てている中、ご機嫌な一ノ瀬が妙な空気を察したのかこちらに近付いてくる。
「ははっ、オーブがアキラ君の番まで持たなかったのかな?俺が最初にどデカいの見せちゃったせいかなー!!」
「まぁでも、これだけ全員が勇者なら判定するまでもなくみんな勇者でしょ」
「そーだよなー、ま、高瀬だけどんなのが得意とか分からずじまいだけどな!」
「あ、あぁ…」
一ノ瀬の取り巻き達も加わってきて、煽ってくるがここではこの流れに乗った方が良いのだと感じた。
だって、
だって俺は、
俺が《魔王》だと知ったから。