第0話 プロローグ
「あーかーりー、起きろー!」
インターホンを連打して起こす。
幼馴染みで隣室の藤田 明はいつも朝が遅い。そのため、子供の頃から隣室でずっと一緒の俺、高瀬 明が起こしてやらないと学校に間に合わない。
小学校の頃とかは名前の字が同じでよくからかわれたりしたものだ。
扉が勢いよく開かれ、まだ寝癖の付いた髪と寝間着姿の明がパンを片手に出てきた。
「起きてるわよ。うるっさいわね」
「なっ!? 起こしに来てやってるのにその態度は無いんじゃねぇの!?」
大体毎朝こんな感じで明を起こしてから学校へ行く。
「もう起こしにこなくて良いって言ってるじゃん...。彼女いるんだから、さっさと行った行った!」
「ったく...、遅刻すんなよ〜!」
そう言って、俺は追い出されるように階下へ降りていく。それにしても、高校まではここから歩いて20分はかかるのにまだあんな格好で間に合うのだろうか。時刻は丁度八時を回った頃だ。
そして、私事で恥ずかしいのだが、つい最近彼女が出来たのだ。
中学からアニメにハマって、過去には黒歴史とも呼べる思い出すのも憚られる消したい過去もある俺だが、玉砕覚悟で告白をしたら、いいお返事が返ってきたのだ!
「あっ、おはよう高瀬君」
「おはよう小川さん」
マンション下で待っている美少女こそ、俺の彼女なのだ。まさに夢のようなシチュエーション...!
うちのクラスの女子は顔面偏差値が高い。男子? んなモン知ったこっちゃない。俺は自分で言うのもなんだが中の上辺りだ...、と思う。
まぁ、俺の顔面がどうとかは置いておいて、この生粋のオタクである俺に出来た初めてにして最高の彼女。それが小川 冴さんなのだ。
「ねぇねぇ、昨日のアニメ見た? 今期のアニメ面白いの多いよね〜!」
「う、うん! 特に主人公がカッコイイですよね!」
クラスでもトップクラスに可愛い小川さん。なのにこんな俺と付き合っているのは、趣味が共通してアニメ好きと言う事なのだ。神は俺に味方している!
アニメやゲームの話をしながら登校する。心が弾みすぎて今すぐにでもスキップをしたいくらいだ。
明は本鈴ギリギリで教室に駆け込んできた。鬼のような形相だったのはいつもの事なので気にしない。
昼休みになって、いつものように明と瑠璃に小川さんも誘って弁当でも食べようかと思ったのだが、明がいないので瑠璃にどこに行ったのか聞いてみる。
「明ちゃんなら、剣道部があるって言って急いで行っちゃったよ?」
瑠璃。渡辺 瑠璃は、中高一貫校であるこの学校で学年トップの成績を収める大人しい女の子だ。
中学二年の時、同じクラスになったが、虐められているのを見た明が助けようとしたので俺も巻き込まれたって感じだったが、助けられた。
明は正義感が強いので、クラス委員をやっている。その上俺に合わせてアニメも見てるしでよく分からないのだ。思春期だろうか? そんな事を本人に言うと、怒ると思うのでこれは俺の心の中にしまっておこう。剣道二段は伊達じゃない...!
それから瑠璃とは仲良くなってアニメの話とかも分かるので時々話したりしている。
因みに、助けた後からイジメはめっきり少なくなった。とは言え高校に上がった今でも時々あるらしい。
「そっか、じゃあ三人で食うか」
「あ、えっと、私は委員会の仕事あるから、二人で食べてて」
そう言うと瑠璃はお弁当を持って教室を出ていった。あれ? 委員会なんて入ってたんだ?
それから小川さんと二人で仲良くお弁当を食べた。屋上とかで食べてみたいよね。
放課後になり、教室には人が少なく...、はならないのがうちのクラスだ。放課後は各々教室で最終下校時刻まで残っていたりする。
今ここにいるのは十二人だ。明と瑠璃には最近避けられている気がする。なんだか寂しいな。
「うわぁぁぁん! 課題が終わらないよぉ!」
机に項垂れるように倒れるのが清水 美希さん。いつも課題を忘れて放課後残ってやっているのは最早恒例となっている。今日の課題は英語だったかな。めんどくさいやつだね。
「高瀬君、ここってどうやって抜けた? やっぱり、スキル使わないとダメかな?」
「うーん、俺もそこで詰んでるんだよね...。ノーコンは厳しいか〜」
俺は小川さんとスマホゲームをして遊んでいる。スタバやカフェなんかだと大きな声は迷惑だけど、その点教室では気兼ねなく遊べるのがいい点だ。
とその時、担任の三十代前半の癖に見た目は四十代に見える老け顔の先生が来た。
「おらー、清水、早く終わらせてくんねぇと俺も帰れねぇんだよ。早く終わらせろよ〜」
「私だって早く帰りたい! だから、ね?」
「ね? じゃねーよ。ったく。終わったら職員室持ってこいよ。お前らも遅くなる前に早く帰れよー!」
「「「「はーい」」」」
そう言うと、木村先生は教室を後にした。
入れ替わるようにしてサッカー部のユニホームを着た生徒が入ってくる。このクラスにサッカー部は一人しかいない。増田 竜也だ。
「やべぇやべぇ。スパイク忘れちまったわ」
「なーにやってんだよ。練習始まってんの?」
「これからだからまだ間に合うわ。ってあれー? 確かここに置いてある筈なんだけどな...」
増田は忘れ物を取りに来ただけのようだ。いつも仲のいい一ノ瀬 勇気が茶化す。その取り巻き、失言だった。その周りにいるヤツらも増田を茶化している。スパイクが見つからないのは隠したからかな? とか思ったけど俺には関係ない。けど見ていて気持ちのいいものでもないな。
「これ見て。この前お母さんに買ってもらったの」
「可愛いですね! 私も欲しいです」
と、明と瑠璃が戻ってきたみたいだ。丁度いいからそろそろ帰ろうか。腹も減ってきたし。
「帰ろーぜ明」
「んー、分かった。瑠璃ー、帰ろー」
「は、はい! あれ、私の鞄...」
どうやら瑠璃の鞄が無くなったようだ。今も必死で探している増田も、スパイクが見つからないようだ。
「あれー? 渡辺さーん。どうしたのー?」
「あっ、沢田、さん...」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべて近付いてくる沢田 芽衣。そしてその取り巻き達もそれに続く。
こいつ、沢田は瑠璃をイジメている張本人だ。それを邪魔する俺と明を毛嫌いしているようだが、そんなの関係ない。
「またアンタが隠したの?」
「ちっ、藤田かよ。関係ないやつは出てくんなよ」
「「そーだよ〜。芽衣と渡辺さんが話してるんだから邪魔しないの〜」」
相変わらず取り巻きの二人、相原 由依と小島 美優は息がぴったりだな。双子と思えるくらいだ。
「そこら辺にしろよ。鞄を隠したのか? 隠してないなら関わる必要ないだろ。あっち行ってろよ」
「今度は高瀬かよ。あ、そう言えばアンタ彼女出来たんだっけ? え? 冴かよ、まじで? うっけるんですけどぉ!」
後ろでゲームをしている冴と近付いてきた俺を交互に見て笑う沢田。
「冴、今度は高瀬ってか? はぁ〜、アンタ本当に性悪女だよね」
「?」
「知らないの? 冴って男を取っ換え引っ換えしてるんだよ? 確か何股もかけてるんだっけ? 本命は一ノ瀬君だもんね〜」
「っ!」
小川さんが立ち上がり、沢田を睨みつける。
教室の空気は一気に険悪なものに変わった。
「否定しないのがいい証拠よ。アンタみたいなオタクに彼女が出来る方がおかしいでしょ? バッカじゃないの?」
「うっ...!」
くそぅ、否定出来ないのが悔しい!
と、その時、教室の床が淡く光り出した。
「え? え? 何これ?」
「誰だよイルミネーションなんかやろうとしてるやつ」
「いや、電蝕なんて一切ないから...」
「じゃあ、何これ?」
教室に残っていた者は口々に異変に対して喋る。
「魔法陣...?」
明が思わずといった形で呟く。段々と光が強くなっていき、遂には足元が眩んで見えなくなるほどまでになった。
「あ、危ないぞ! 逃げろ!」
誰かがそう叫んだのを最後に、俺達の視界は真っ白になった。
「おい、見たか今の?」
「あの教室、めっちゃ光ってたよな」
「見に行こうぜ」
「増田も帰ってこないし、少しくらいならいいか」
サッカー部の連中は夕暮れ時に急に光り輝いた一室を目指して階段を駆け上がる。
「ここ、増田のクラスだよな?」
「あぁ、でも、誰もいないぞ?」
と、そこへこのクラスの担任である先生が駆け上がってきた。
「職員室からも見えたが、何があったんだ!?」
「いえ、俺達も今来た所で...」
教室の扉を開けると、そこにはいつものように楽しく話しているクラスの教え子達が...、いなかった。
「あの一瞬で隠れたのか? それに、あの光は?」
何が起こったのか、全く分からない。家にも帰っておらず、次の日も、その次の日も、その場にいた十三人の生徒は行方不明となった。
夕暮れ時にのみ現れた神隠し、と言うことでマスコミや警察は片付けたようだが、もちろん家族がそれで納得するわけがない。
だが、その話はまた別のお話...。