第九十四話 その男、人ではなく魔
遅くなりました。
誰も居ない教室で柳瀬刀道は椅子に座り、普通の授業を受けているような澄ました顔で黒板を見つめていた。
今、KMCの総本部はATSに占拠されている。
だが、最早、刀道にとって、そんなことは痛いことでもなんでもなかった。
「KMCの飼い犬が私に楯突こうとはな。昔の私ではない、今となっては新島鎮雄も恐れるに足らん男よ。 」
刀道の右眼は眼球が黒く、瞳孔は紫に煌めいた。その悍ましさは異常。
すると、刀道の背後に一つの影が現れた。
「俺をこんなチンケな城に呼び出したのは、そんなくだらない話をする為じゃないだろ?一体どういうつもりだ? 」
真っ白い肌が特徴的な黒髪の男は、茶色のローブを身に纏い、右目に縦に深い一本の傷を負っていた。
彼は、赤い眼光を向け、刀道へ問いただした。
「私も出来ることなら、君とは話をしたくなかったがね。仕事の話だ。アグニス・ウィッシュガルド。貴様ら魔術師が欲しいのは、《未完成》の絶滅だろう? 」
「そうだ。我々の目的は、《未完成》の絶滅だ。その為ならば手段も厭わない。だから、《未完成》の長である貴様と協定を結び、貴様以外全ての《未完成》をどうしてもいいという約束をさせてもらった。 」
魔術師。アビスを従わせ、魔の根源となった歴史上で絶滅したとされる種族。
今の人間の魔法を使える力は、魔術師と人類が生み出した子から繁殖した結果だ。
「もうすぐ、お前の嫌悪している男の末裔が来る。話によれば、早乙女も一緒だ。可愛がってやったのになぁ……馬鹿な男よ。 」
「ようやくか。残るは、あの男一人。刀道、失態は犯すなよ? 」
「馬鹿を言うな。この私があの餓鬼共に負けるわけがないだろう。 」
余裕げに笑う刀道を、細めた瞳で睨むアグニス。彼は知っているのだ。
人類は絶望の末に、何か大きな力で対抗してくるということを。
「じゃあ、俺は帰る。面白い報告を待っているぞ! 」
言葉の音の余韻が消える頃、アグニスはその場から消えた。
刀道は口元を歪め、白い歯を見せる。
「私が負ける?ふっ、くだらんことを。アグニス・ウィッシュガルド。お前もいずれ、私の前にひれ伏す時が来ることだろう。 」
自身に満ち溢れた刀道は、一つの教室に迫り来る二つの気配を察知した。
今、三階の階段を駆け上ってきた辺りだ。気配察知能力もアビスの血液摂取による力の覚醒で段違いに上がっている。
「早乙女拓哉、冴島夜十!お前達は私の学園を破壊する気か? 」
高らかに声を上げ、廊下で刀道の隙を伺う二人に問いかける。
夜十と早乙女は眉を細めて、教室内へ素早く駆け込み、返答した。
「お前の?……笑わせんなよ。学園のルールすらも作れないようなヤツが、守ってきた人達から学園を取ってんじゃねぇよ! 」
「ふっ、ルールを作らなかったのがそんなに気にくわないか?態と無法地帯にしておくことで、より強い魔法師を生み出せると思った結果だ。 」
学園長ともなる男が並べる言葉へ、呆れ帰り、逆に怒りがこみ上げてきた。
ルールをしっかりと設けていれば、黒の姉が死ぬことも、数々の生徒が血を流すこともなかったはずだ。
「アンタは、犯罪者の魔法師を生み出したかったのかよ!なぁ! 」
「水掛け論だな。まあ良い、捻り潰してくれよう。私の真の実力でな。 」
魔力で具現化した緋色の刀剣を右手に携えて、刀道は構えた。
「お前の思い通りにはさせない!俺の恩人の仇、絶対に討ち取ってやる!! 」
「ほう……早乙女、お前は俺のベストパートナーだと思ったのだがな。やはり、私の力の秘密に気がついていたか。 」
「お前が一日に一度の頻度で身体に打ち込んでいる赤い液体、それは俺が戦場で殺した時のアビスの血液と同じモノだ! 」
「賢い男だな。厄介だ、まあ……ここで殺せば、証拠隠滅出来るのだからな。問題はないか。 」
この時、二人のやりとりを黙って聞いていた夜十だったが、柳瀬刀道という男の性根の腐り方に苛立ちが増して、天井とスレスレまで飛び上がると、空中で生成した刀剣を振り下ろしたーー、
「ふんっ!なかなか良い剣筋だな。だがーー」
片手の刀剣で受け止め、牽制の動きを見せた瞬間、危険を感じた夜十が相手の剣の峰を足蹴にして、後退した。
その動きを見た刀道は、笑みを浮かべる。
「……今の動きは素晴らしい!流石だな、冴島夜十! 」
「そりゃ、どうも。 」
皮肉にお礼を言って、剣を構えた。
重心を低く、視野は全体を見るように広げ、相手が生み出す全ての情報を一欠片たりとも逃さない。
だがーー、
夜十の目の前に飛び込んできたのは、自分の瞳にピンポイントで突き刺さらんと放たれた刀剣の矛先。身を捩り、何とか回避するも、その瞬間、飛ばされた刀剣が体勢を崩す為の囮だったことに気がつくと、腕を組んで受け身の体勢へ入った。
「……反応速度も中々だな!流石、楽しませてくれる!! 」
嬉しそうに笑みを浮かべ、刀道は宙へ飛び上がり、夜十の眉間へ蹴りを入れる。
危うくも、腕で何とかガードすることに成功した夜十は右足を踏ん張って耐えた。
今、少しでも相手に隙を見せれば、見えるのは敗北。
大型アビスを相手にしているような感覚だ。
クラーケンやヨルムンガンドの時のように、死と隣り合わせの戦場は手に汗を握る。
刀剣の柄を握り直し、微動だにせずとも、一切の隙を与えようとしない相手に警戒の篭った視線を向けた。
「一切の隙無しか。流石は末裔、貴様ら冴島家は本当に目障りだ。残るはお前一人。さっさとこの世から消えろ! 」
再び、飛び上がった刀道は、遠心力を利用した華麗な身のこなしで、早乙女が迫る一撃を回避、足蹴にして夜十に白刃を振り下ろした。
「俺の攻撃なんざ、興味ないってか……。なら、答えろ!《時空の耳飾り》! 」
ーー瞬間。
早乙女拓哉以外の生ける全ての生物の時が停止した。
空中で剣を振り下ろす刀道も、今となっては恐れるに足らない銅像。破壊するのは容易。
けれど、簡単に殺してしまっては《戦場の歌姫》の雪辱は果たせない。
静寂の中、相手を前にして立ち止まり、二つの剣を生成した。
刀身は赤く、柄は黒く。
刀剣の意味を言葉にするなら《反逆》。
KMCが作ったのは、世界の理ではない。
自分達が都合良く住める世界を作る為の強引な規定。
アビスによって家族を失った人は、世界でも少なくはない。
そういった場合、KMCは生活を保護することを含めて、人間を助けてくれる役割を建前で行なっている。
実際、早乙女はソレで助かっているし、感謝もしていたが、KMCが陰で行なっているコトは、決して許してはならないことだった。
身内にも懸念され、家族を失った人を上手い話で騙してKMCの兵士に仕立て上げる。
柳瀬刀道がトップに立つ前からの話だ。
政権が交代してからは、魔術師と手を組んだ刀道が《戦場の歌姫》を何らかの理由で殺害。意図的にアビスを襲わせてーー、
そして、次は弟の冴島夜十を!
理由は分からないけれど、魔術師絡みであることは間違いない。
早乙女は怒気を纏い、血走った瞳を柳瀬へ向けて、二本の剣を相手の腹部へ走らせた。
何度も、何度も、何度も、何度もーー、
「死ね……!人間を滅ぼすアビスを生み出す魔術師と手を組んだお前なんか、もう人間じゃねえ!人の頂点に立っていいヤツじゃない! 」
早乙女が辛うじて止めていられる最大の時間は五分間。
彼は、その五分間を一切無駄にせず、柳瀬刀道を薙ぎ倒すだけの力を振り絞り尽くした。
「はぁ、はぁ、はぁっ……これでどうだっ!」
ーーそして、時間は動き出す。
刹那、刀道へ無数の刺傷が刻まれた。
一度に喰らうわけではなく、一定のリズムを刻みながら、刺し傷だけが増えていく。
普通であれば悶絶し、出血に耐えながら、嗚咽を撒き散らし咽び泣くのだろう。
だが、無論、"柳瀬刀道は人ではない。"
「早乙女、《魔源の首飾り》の力を私に向けたな!もう逃しはしない。覚悟しろ! 」
向けられた殺意。無に返された決死の攻撃。
柳瀬刀道がどれだけの強さなのか、ソレを身を以て実感し、早乙女は、夜十は、身慄いさえしたのだった。
九十四話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
今回から、《学園救出編》の終盤!
夜十 & 早乙女 VS柳瀬刀道が始まりました!
次回!!
夜十達が攻撃をし続けるその頃、燈火と火炎は中庭で肌身寄り添い、胸の内を明かし、拠点へ帰還するがーー!?
次回もお楽しみに!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




