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追憶のアビス  作者: ezelu
第2章 組織編 《学園救出編》
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第八十六話 爆撃の命歌(レーヴェン)

遅くなりましたー!

巨大な白刃の射程範囲は教室内全域にまで渡り、真っ白い剣圧が衝撃となって、飛び上がって避けた鳴神の足元の空間を切り裂く。


あと一歩遅いタイミングで地面を蹴っていたら、片足を一本持っていかれていたかもしれない。

妙な緊張感に変な汗が頬を伝った。



「はぁ……。多めの魔力消費で疲れてんのに、休憩もくれないのかよ〜! 」


咄嗟に音で生成した障壁越しに、ため息の混じった声を出す轟音。

彼は先程のサポート型の魔法を使用したことで、床に膝をつくほどの疲労を受けていた。


「あんたを守ってるほど余裕無いんだからね?自分の身は自分で守ってよ!流音(りゅうと)! 」


そんな彼に懺悔無き言葉がかけられる。

だが、轟音も理解している。


今、この戦場で、この教室で一番強いのは間違いなくーー、鳴神茜であることを。


ならば、自分の仕事は、彼女の背中を押してあげるだけだ。

そう確信した轟音流音(とどろねりゅうと)はーー、



「わーってんよ!茜、暴れてこい! 」


その言葉にテンションとモチベーションが上がったのか、彼女は一気に魔力を上昇させた。

相手はAW(アビスウェポン)で体内にアビスの魔力を流し込んだことによって、一時的な高火力を得ている。


相手の持つ大剣の届く範囲は、教室内全域。

ここで無闇やたらに突っ込んで、剣圧を避けている間に本命の刀身に身体を切り裂かれてしまうなんてことはあるかもしれない。

そこまで予想出来たところで、彼女は魔力の上昇を必死に抑制し、絶妙なバランスを保ちながら、空中浮遊で相手を瞳に捉えた。


絶対に逃しはしない。

相手が逃亡という道を選んだとしても、生存させる気は毛頭無い。


集中力を咎め、雷の魔力で生成した蒲公英色(たんぽぽいろ)の短剣を二本、交差させるように構えた。



「はぁぁぁぁぁああああああ!!! 」


大きな声を上げながら、一歩踏み込んで加速。からの巨大な大剣の一振りが鳴神の顔付近を通過し、剣圧だけでその場の空気と教室内の壁を粉砕させる。

だが、本命の鳴神には一掠りもしていない。

刀身の方も背後に回り込まれる形で自動的に回避されてしまった。


鳴神が背後を取ったことで、急な焦りが出たのか。

彼女は360°全域に及ぶ、剣圧を生み出して、回避からの猛追を鎮圧させた。



「……殺気の使い方が下手糞だね。そんな風に身勝手に剣に乗せているだけじゃあ、自分が目標とした者のクビを取ることなんて出来ないよ。 」


「……はぁ、はぁ、はぁ……!っ、るせぇんだよ!! 」


疲労が溜まり、彼女の身体は既に限界を迎えていた。それでも、諦めることは出来ない。

自分の家の名前を彼女は"廃れた名家"と言った。

自分自身、緑野という名前が特別に好きだったわけでは無い。

けれど、今まで自分が生きてきた全てを一気に否定された気がしてならなかったのだ。


自分が最初に三姉妹の中で一番弱い、鳴神茜と発したあの言葉も、本心から来るものではなかった。

緑野華奈は強いわけではないからだ。

緑野華奈斗と一緒に戦うから強いのであって、一人では小型アビスに太刀打ち出来る程度の力しかない。


そもそも、《正義派》の要請を受けた理由は、華奈斗と一緒に受けられると知ったからではなく、現在の"廃れた名家"。

地の緑野を復旧させる為にあった。


緑野家は深刻な人不足に陥り、跡継ぎはゼロ。門下生もゼロとなっていた。

今は大した稼ぎが無く、両親はKMCに出向いて、仕事を探すなどして、ギリギリの状態でやりくりを続けている。


そんな中、何も出来ないはずだった二人に差し伸べてくれる手があったらどうするだろうか。

迷わず、手を掴み、二度と離さない覚悟を決めた。



だから、《正義派》で沢山貢献をして、家を復旧させる為に頑張るしかない。

それに、チャンスをくれたKMCに恩を!


彼女の脳は正常に働いていた。

けれど、どうして、その決断に至ったのかは分からない。


それでもーー、



「……私は強い強い強い強い強い!!! 」


声が出なくなってしまうんではないか、と思うくらい必死な声。

緑野華奈は、その瞬間、人間をやめた。



「……茜!!戻ってこい!! 」


「ちょっ、あっ……ヤバイ!この魔力の量、完全に……!! 」


鳴神と轟音は目の前の現実から目を背けたくなった。

ドクドクと緑野華奈の口や瞳、鼻、耳から大量の血液が流れ出し、連続して風船が破裂する音が複数回聞こえる。

彼女は嗚咽を漏らすことも、涙を流すこともなく、自分を手放してしまった。



膨れ上がる魔力が具現し、肉体を段々と巨大な怪物へと変化させる。

もう、跡形もないそれは、人間ではない。



邪馬魚鬼(ジャバウォック)》と謳われ、鋭く強靭な牙と爪が特徴的な虎型の怪物。

大型アビスの中で最も素早く動き、魔法師の魔法が追いつかない攻撃を繰り出すこととしてもかなり有名である。


この情報は鳴神の頭の中に眠っていた情報だ。

かつて、雷魔法の提唱者、鳴神雷伝は、ジャバウォックと交戦し、背中に大きな傷を受けながら勝利したという逸話を残している。


まるで宿命のようだった。

姿形は初めて見たのに、鳴神の血が宿命の敵だと感じているのかもしれない。


彼女の体内の血液は恐ろしくも滾った。



「……大型アビスなんて倒したこと無いけど、これは私の夢。《平和派》の夢のじつげんでもある。逃げるなんて出来ない! 」


「……そうだよな。茜、俺も出来るだけサポートしてやる!やるぞ!! 」


二人は覚悟を決めた。

目の前に力の差は絶大で勝てるかもわからない相手が現れたら、人は絶望し、逃げることを選択するだろう。

けれど、彼女は違う。今、この瞬間を楽しもうとしている。


鳴神の血、とか、そういう問題ではなく、

鳴神茜として大型アビスを倒す覚悟を決めた。




「背中は任せろ!茜! 」


「あいよ!アビス、あんたらの生存できる世界なんて何処にも無いんだよ! 」


曇天の空からポツリと一雫の涙に連鎖して、礫のような雨が降り始める。

雷鳴が轟き、学園の空中には、漆喰な瞳をたった一人の少女に向ける大型アビス、ジャバウォックの姿があった。

全長は世界蛇(ヨルムンガンド)の時のような巨大さは無く、黒龍に近い大きさをしている。

大きくも小さくもない、大型アビスとしては中型に位置する。


雨に濡れた水色の髪から火花が散り、決意と共に流れる雷が、雷鳴を轟かせ、

ジャバウォックの瞳に光を与えた。



「……来る!! 」


巨大な爪が鳴神の身体を引き裂こうと伸びる。その動きは目で捉えられる速度ではなく、まさに光速。

光の速度を超え、未知の領域に達しているとまで思った。


だが、勘ながらに第一打を雷となった身体で避けて、二つの刃の刀身を背中へ突き刺した。大したダメージはない。

けれど、繰り返していれば勝機は見えてくるはずだ。


何度も何度も何度も何度も生成した剣をジャバウォックの身体へ突き刺す。

ザッと十本は突き刺した。

だが、まだ足りない。


大型アビスを倒すには、五十本以上は必要になってくるはずだ。



「……はぁ、はぁ、はぁ、……」


魔力消費と不規則な攻撃の回避で身体に疲労が回り始める。

まだ、倒れるわけにはーー、


一瞬だけ気をそらしてしまった。

ずっと、集中していたのに。


ーー今の瞬間だけ。


その綻びを相手が逃すわけもない。

二つの爪が交差するように、出遅れた鳴神の身体へ迫る。


もう、ダメだ。殺される!!

走馬灯が頭の中を過り、恐怖のあまり目を閉じた。


短い間だったけれど、轟音と過ごした時間だけは忘れられない。

いつもは素直になれなくて、皆が居る前だと蹴り飛ばしたりしてしまうけれど、

二人の時は一番甘えているのは私。


轟音という人物と出会えて本当に良かった。

彼の歌を本気で聞いていたい。

ずっと、永遠に、未来永劫ーー。


でも、それも叶わないのかな?


悲しみに満ち溢れた表情はどこまでも哀しげで、寂しげだった。

もう終わりなのだと、全てが終わったと確信した鳴神は神に願いを伝える。


"助けてください!"


心の底から来るSOS。



ーーその願いは奇跡にも、叶った。



「……《獅子連斬》! 」


刹那。詠唱破棄で繰り出された連続で敵を切り裂く剣戟は、一瞬でジャバウォックを木っ端微塵に切り裂いた。

あれだけの疲労と苦労を積み重ねて、倒そうと決意した魔物は空気中に灰となって消滅。


獣が降り立っていた場所には、

黒いマントを身に纏う、緋色の瞳をした黒髪の男が立っていた。



「……」


宙を舞っていた鳴神は、あまりの衝撃に気を失い、下へ落下し始める。

轟音が慌てて音の障壁を下へ広げるが、それには拾われず、彼女は黒髪の男に、腕を掴まれて拾われた。



「……大丈夫だよ。轟音君、これくらいのことは私がしてあげよう。だが、君達は学園の法を犯した罪で裁かれねばならない。 」


「……あ、あんたは!! 」


「学園長の顔を忘れたのかい?私は、KMC最高管理者の柳瀬刀道(やなせとうどう)だよ。 」


「くっ!茜を返せ! 」


薄ら笑いを浮かべ、彼は轟音の背後に指を指した。

轟音は恐る恐る背後に瞳を向けると、歪んで壊れた教室の外、中にまで蔓延るKMCのワッペンを付けた男達に取り囲まれていた。



「もう逃げ場など何処にもないんだよ。轟音君、君達、《革命派(レジスタンス)》がどうやっても、この絶望は止められない。我々も国として世界を守っていかなければならないんでな。多少の犠牲を気にしている必要はないんだよ。 」



「……クソッタレが!! 」


ポケットに手を入れて、轟音は魔力で生成した赤いボタンを押した。

これは最悪の事態に陥った時のみ、使おうと思っていた最終兵器だ。

使えば最後。自分の未来は儚く散る。


戦場の歌姫(アーサー)》のようにはなれなかった。

もう、そんなことはどうでもいい。


今、奴らの手に茜が渡れば、どんな風に殺されてしまうか分からない。

ならば、俺は自分の身を犠牲にしてーー、



「……《爆発の音よ、永遠に紡がれし、最後の曲は……!!爆撃の命歌(レーヴェン)》! 」


何もない僕だった。

けれど、今は大切なモノを守る為にこの命を懸けて、歌を歌える。

死を覚悟して歌う歌がこんなにも辛くて、苦くて、哀しいとは思いもしなかった。


ずっと永遠に大切な人と過ごしていたい。

ずっと永遠に君の側で歌を歌いたい。

紡いでいたい。願えば、叶う運命なんてないのかもしれない。


でも、一つだけ願いが叶うなら、

彼女の命を助けてください。


俺の歌が聞こえなくなってもーー、


轟音流音。

何も無い人生に、自分の魔法で絶望していた俺に、力をくれた《戦場の歌姫》。

彼女の生き様は最高に美しかった。


俺も、あんな人になりたかった。




ーー瞬間。

空気中の"音"を含んだ空間が一斉に爆発を始めた。

コレには、流石の刀道も驚愕し、一瞬だけ、掴んでいた人物の腕を放してしまい、

音の障壁に奪われてしまう。


だが、追おうとは思わなかった。

何故ならば、彼の魔力が著しく減少し、魔法を使えるような状態ではなくなってしまっていたからだ。



「自爆特攻か。歌を紡ぐ者は、何故、大切なモノの為に平気で死を選べるのか。死とは永遠、永劫。……ふん、くれてやろう。 」


刀道と部下達は一瞬でその場から消滅した。

落ちていく轟音と鳴神へ向ける彼の瞳は何処か寂しげで、哀しげだった。







「……後、障壁を二回出して、茜を地面へ送り届けるんだ。そうすれば、茜は助かる! 」


相当な高さだが、音の障壁を生み出して、弾ませることによって落下速度を一気に低下させる。最後に、大きめの障壁を生み出して落として仕舞えば、トランポリンのように弾んで彼女を受け止めてくれるだろう。


此処で、轟音に予期せぬ事態が起こった。

抱き抱えていた鳴神が目を覚ましてしまったのだ。




「……んん、あっ……流音。ど、どういう状況? 」


「……あぁ、下に着けば分かるさ。 」


何も言えなかった。

出来れば、黙って目を覚ましてくれなければ良かったとさえ思っていた。

自分が死ぬ瞬間なんて、目に焼き付いてしまうものを見て欲しくはないから。



巨大な障壁を生み出し、自分ごと、彼女を受け止めることで彼は役割を終える。



「……茜、元気でな。 」


「……へ?え、な、何言ってんの?! ま、まさか!? 」


収束する真っ白い光が轟音を包み込み、少しずつ光が空へ奪われていく。

雨が轟音をすり抜けて、地面へ落ちる。

残された時間は持って三十秒。



「嫌だ!嫌だ!!あんたが居ない世界なんて、あんたの歌がない世界なんて私は生きていけない! 」


「……それでも生きて欲しい。本当に悪いと思ってるよ。俺もお前と一緒に歌を紡いで、生きたかった。ごめんな。 」


「なんで謝るの……そんな、嫌だよ!! 」


必死に踠き、ゆっくりと消滅していく轟音の腕を掴む鳴神。絶対に消えさせない!とさえ、決意しているような必死な瞳からは、大量の涙が流れ落ち、雨と混じる。


「……永劫に愛してる。俺の歌を、俺を、好きになってくれてありがとう。 」


「……っ!んんっ! 」


最後に轟音は鳴神の唇に自分の唇を合わせた。涙が混じり、最後のキスの味はしょっぱかった。


この瞬間だけは地面に落ちる雨の音も、何かで発生した周りの音も消えて、静寂が二人を包み込んだ。


鳴神はされるがままに、心の中で必死に叫んでいたのだろう。


"この人を奪わないで!"


ーーそれでも、ごめん。


"愛してる人がなんで!"


ーーありがとう。



ーーそして、さようなら。



轟音流音は、曇天の空に儚く散り、

降り注ぐ雨の中、"大切な人を護る役目"を終えて、消滅した。


降り注ぐ雨の音はより一層強くなり、

一人泣き噦る鳴神茜の鳴き声をかき消すのだった。






第八十六話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!

投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。

TwitterID↓

@sirokurosan2580


今回は轟音君が上限回数を消費してしまい、消滅する系のお話でした。

死亡回ですね……キャラ殺すのはやはり胸が痛い。それに、大好きな人の為に死を選ぶっていうのは物語系だと多いですが、現実的に考えてみれば、普通に出来ることではないですよね。


それでは、次回予告です^^

いよいよKMC最高管理者の柳瀬刀道が動き出した。自身が作った《正義派》制度に良く思わない《革命派》潰しを徹底しようとするがーー!?


次回もお楽しみに!


【轟音と鳴神の告白】


「なに?こんなところに呼び出して! 」


鳴神に対する恐怖に恐れ慄くが、顔に滴る汗を袖口で拭って、真剣な表情を浮かべる轟音。


「な、なに……? 」


「ふぅ……はぁ……! 」


深呼吸をして、彼女の瞳を真っ直ぐに捉えた。


「……俺の歌をずっとそばに居て聞いて欲きぃ……」


「…………」


大事な部分で噛んでしまった轟音の額には、大量の汗が募る。


「あはははははははは!!ウケる!轟音ちゃんには、そういうカッコいい感じの告白は似合わないよ☆ 普通に言ってよ、断らないからさ。 」


「なっ……!? 」


"断らない"という言葉に思わず顔が赤くなる。


「……鳴神茜さん、大好きです。俺と、付き合ってください!! 」


「はい!喜んで! 」


※こんな恋人になりたいなーって思った、鳴神&轟音ペアでした。


拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!


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