第七十五話 名家とATS ④
遅くなりました。また次回の投稿も不定期ですが、一週間は待たせません!
銃口を突きつけられたまま、ピタリとして動かない優一に、騰は銃口をさらに強く押し付ける。
だが、それでも動じず、優一は屈託のない笑顔で笑ってみせた。
「手を挙げて、そのまま伏せなさい!じゃないと、撃つよ! 」
「撃ってみれば? 」
挑発に乗った騰は、後頭部に突きつけた二丁拳銃の引き金を戸惑い無しに引いた。
小さな爆発音と共に発射された銃弾は全部で二発、完全なゼロ距離射撃な為、当たらないことはまずあり得ない。
ーーなのに。
いつの間にか、彼は救護された名家組の背後へ現れた。
銃弾は虚空を斬り裂き、地面に突き刺さる。
「……君ら二人は気づいているんだね? 」
「やはりか……お前は俺達と戦ったことのある魔術師だな? 」
「質問を質問で返さないでよ。いやぁ、前は驚いたけどね。《未完成》が魔術師を超えるなんてあり得ないと思ったし? 」
優一は、中指と親指を擦り出して乾いた音を響かせる。
すると、彼の身体から黒く生きた獣のように蠢く蒸気が周囲に散らばり、優一の姿を隠した。
その場に居た全員が瞳孔を開き、目を丸くさせて驚いていると、煙幕は空気に溶け込むように消え去った。
そしてーー、中から現れたのは優一の外見とは全く異なるーー身長の高い、スラリと伸びた長い手足、鋭利に尖った銀髪の髪に、血で塗られた赤い瞳を持った一人の男。
彼は薄い桃色の小さな唇を動かし、優しい声でソッと問いかけた。
「私の名前を覚えておいでで? 」
神城と新島は戦慄した。数年前、アビス討伐の際に出くわした厄介な魔法を使う魔術師が現れたのだから。
最悪の予想を遥かに超えてしまった。
新島は記憶の中に手を入れ、手探りで探した一つの名前を口遊む。
「ニアト=ケルディ=ヴァンピアナイト……あの時、俺らが殺したはずだ! 」
「だが、私はここに居る。ふふっ、ふははははははははははっ! 」
ニアトは不敵にも笑い、姿を変えた彼を凝視し、驚愕している騰に視線を向ける。
「騰!標津と二人で逃げろ!この場は俺と神城が出る! 」
「はい!いやぁっ……!! 」
だが、ニアトは彼女を逃がすことはない。
一瞬で背後に現れると、白い手を鋭利な手刀に変化させて、首へ押し当てた。
「騰!! 」
「動かない方がいいんじゃない?君の背後には私の相棒が居るんだよ? 」
「我から意識を逸らすとは、中々……舐められたものだな! 」
黒き虚は死別を背後から巨大な掌で叩き伏せる。
「ぐぁっ……!!クッソ!この野郎!騰を離せッ! 」
結果として二人を人質に取られてしまった。ニアトと黒き虚の魔力が先程とは比べ物にならないくらい、格段にアップした。
本来の姿であれば、主人と接続している従属の力も上がるようだ。
「ふふっ、これが私の力。《未完成》には真似出来ない。魔術師の力だ! 」
「クッソ……!名家組を早く避難させろ!俺と神城で二人を助ける!撤退だ! 」
「「「はい!」」」
五つの部隊の隊員を含め、神城と新島以外は負傷した名家組を連れて撤退準備を図る。
目標の名家組を逃すまいと、静かな一歩を踏み出そうとするニアトに二人の魔法師が立ち塞がった。
「こっから先は行かせねーよ! 」
「当たり前だ!新島、ガキ連れて来なくて良かったな!? 」
「ふっ、よく言うぜ。俺の嫌な予感を嘲笑してたくせによ? 」
「バレてたか……まあ、アレは……アレだ!この戦闘が終わったら正式に謝るよ。 」
「謝罪なんか要らねーよ!行動で示せ! 」
直後、新島と神城は一斉に動き出した。ニアトは騰から手を離し、首を横に傾けて乾いた音を立てた。準備運動だ。
「さあ、かかってくるがいい! 」
新島は白く長い剣を一つ掌の上に発現し、ニアトの懐に攻め入って、斜め上へ斬り込む。
ーーが、彼は素手で剣を受け流し、隙を見せた新島の顔へ回し蹴りを放った。
「……化け物がっ! 」
蹴りをしゃがんで避け、瞬時に剣を生成。
ニアトの足へ刀身を勢いよく伸ばし、軸となった足の肉に剣を突き刺した。
「ちっ!ちょこまかと! 」
足に刺さった剣に効果は無いようで、刺さった瞬間に動揺は見せたものの、結果として新島は振り出しに戻るように交代するしかなかった。
ニアトの頭上に待ち伏せていた神城へ。
頭上の空気を凍らせて、一時的に留まることのできる床を作り上げていた神城は、新島の合図と共に氷の床に手を伏せて、消滅。
落下時に背中へ拳を叩き込んだ。
「……なっ!?ど、どこから湧いた!? 」
打ち付けられた背中の拳から侵食するように冷気がニアトを包み込んだ。
皮膚に行き届くまで布を侵食し、湿らせ、凍らせる。凍った布地が皮膚に触れた瞬間。
「お前の命はもう……助からねーよ。 」
ニアトの真っ白い皮膚を一瞬で凍結させ、体内の肺、心臓を急速冷凍する。
神城の魔法は氷魔法。
氷魔法が最も生きるのは真正面からの戦闘ではなく、突然として現れることで相手の巨大な隙を見逃すことなく、目標を殺せる暗殺。
そして、暗殺は息を殺し、気配を殺す技術が必ずとして伴う殺し方の一つ。
その点、神城が持つ技術は暗殺者界隈でも名の知れた暗殺者と並ぶレベル。つまりは、トップクラスの技術を持っていることになる。
急速に冷凍され、周囲に冷気を放ち始めたニアト。彼の身体は死後が経過した遺体のように硬直し、ピタリと動かなくなった。
ニアトの遺体から視線を外し、黒き虚へ視線を移す神城。だが、数秒後。
「……暗殺完了か。後はあのデカイーー 」
神城の視界には、黒いズボンの布地、縫い目が空気の吹き抜ける風と共に迫ってくる光景が焼き付けられる。
「誰が死んだって?笑わせんなよッ! 」
完全に静止し、心拍も止まったはずのニアトは目にも留まらぬ速度で神城の頭と同じ高さに現れ、髪の毛を掴んで膝蹴りをお見舞いする。
直角に曲がった鋭い膝蹴りは、神城の鼻の骨を容易に折って、鼻から流血を起こす。
「ぐぁっ…………!!な、ぐっ! 」
再度、髪を掴んだ状態で地面に着地したニアトは折れた鼻を強く握った拳で捉えた。
やはり、《未完成》とは違い、一流の魔術師ともなれば普通の拳での火力も相当。
殴られる瞬間、掴まれていた髪を離した影響で、神城は勢いよく地面に叩きつけられた。
「今の連携から逃れたのはお前が初めてだよ……。神城、立てるか? 」
「あぁ……クッソ、鼻の骨が完全に逝かれちまった! 」
「止血は出来そうか? 」
「あぁ……その辺は大丈夫だ。それよりもアイツ……やはり予想通りの魔法を使ってると見て間違い無さそうだな。 」
「だな……出来れば予想が的中して欲しくはなかったが、騰の背後を取る瞬間と言い、やはりその魔法しかあり得ない。 」
新島が差し出した手を取り、覚束ない足取りで地面に足を下ろした神城は、鼻から流れる鼻血を止血しながら呟いた。
新島も便乗して、意見を肯定する。
「何をコソコソ話してるの? 」
ニアトは、返答が返ってくるとは思っていない。仲間間の話を敵方に伝えるほど、彼らに余裕は残っていないはずだから。
「お前が使ってる魔法のことだ。 」
ーーッ!!
一瞬だけ、ニアトの瞳孔が細くなり、動揺したのが手に取るように分かる。
ニアトが使う魔法の対処法は、新島と神城の知る限りでは存在しない。
どんなに強い魔法を放ったとしても、止めることは出来ない。
"放出系ではない魔法"だからだ。
発動時、自分の身体に反映させるような身体強化型とは系統が異なるその魔法はーー。
この世で使ってはいけない魔法の一つ。
《時空魔法》と呼称され、戦況を簡単に良くも悪くも変えられる魔法だ。消費魔力が高く、使っている人間は極めて少ない。
仮に使えば、《蘇生魔法》のように即刑務所行きが決定するのだが……。
「へぇ〜。《未完成》の癖に凄いな〜!魔法を見抜く洞察力。でも、反応出来なきゃ意味無いね、うん。 」
瞬間。ニアトの魔力が周囲に放出されるほど格段に上昇し、彼は姿を消す。
神城と新島は警戒心を咎め、周りを挙動不審のようにキョロキョロと見回した。
ーーだが、それは無に等しい。
"どんなに強く、どんなに意識が高くとも、止まっている時間の中で動き回るのは不可"だと言えるからだ。
「どう調理してやろうか? 」
自分だけが動作し、静寂を極める空間でニアトは不敵に笑う。絶対に返ってこない返事が凄く心地いいのだ。相手を支配している感覚、今のニアトは其れに酔い浸っていた。
「まず、一人目を潰すかな。 」
そして、時は動き出す。
「ぐっぁぁぁぁぁぁぁ!!! 」
「……神城!? 」
突然声を張り上げ、全身の痛みに悶えながら前のめりに倒れた神城。
止められた時間の中で受けた攻撃によるダメージは全て、解除した瞬間に対象へ真っ直ぐ向かっていくからだ。
彼はへし折れた両腕に力を入れ、一時的に直そうと試みる。だが、そんなレベルではない。体内の骨がなくなったように、腕がプラプラと落ち着きがない。
「テメェ……!! 」
新島の威圧にも一切動じず、彼はまた不敵に笑う。
その笑顔は戦闘以外で見れば、屈託のない笑顔の為、周りに良い影響を与えると見て間違いないが、戦闘中はイラつきを覚える。
もし、ニアトがそうやって相手の気持ちを揺さぶっているのなら、新島がこれからやろうとしていることは、確実に罠にハマる行いだ。
「……次は君の首の骨でも貰うかな? 」
「くっ……! 」
新島は目を瞑り、空間を掌握する勢いで集中力をひたすらに咎める。
今、現時点で自分に必要なことは何か。
相手の魔法を見極める方法は?
どうすれば時間を超えられるーー。
その答えは考えなくとも知っていた。
けれど、人間の肉体が耐えられる速度なのか、心配だ。
けれど、ここでニアトに首の骨を折られて死ぬくらいから肉体が朽ち果てた方が数倍マシ。
彼は自分自身に魔力を流し込むイメージで、放出した。
「この静寂に包まれた感覚だよね〜。さて、どうしよっかなーー! 」
「……何をだよ? 」
ニアトは驚愕する。今、自分の周りが止まっていることを再確認し、驚きを隠せずに何度も大きく目を見開いた。
「なっ、な、な、な、何故っ!? 」
戸惑っているニアトを裏腹に新島は魔力を具現化した綺麗な淡い緑色の剣を発現した。
剣から発生している魔力は次第に上昇し、周囲の空気を焦がす。
「これで、終めえだぁぁ!……《軍神の剣》! 」
新島が剣を握った瞬間、更に魔力が増幅し、其れは肉眼でも確認できる程。
"軍神の一振りは、たった一振りで全てを味方につけることが出来る"
この技にはそういう言い伝えがされている。
まさにその通りだった。
上から振り下ろした剣から生み出される剣圧は、周囲の空気を風に変えて、鋭利な刃物のような斬れ味の竜巻と共にニアトへ襲いかかった。
「ま、まずい……!この技は食らってはいけなーー 」
「どこ行くんだ?戦闘中に逃げ出すなんて、弱虫だな。お前! 」
新島は更に猛追の斬撃を放つ。
何度も生み出された剣圧や斬撃は、周囲の空気を一瞬で味方につけてしまう。
「くっ……この魔力消費。マズイな、これだけで二十回は消費しちまった! 」
ニアトが止まる時間よりも早い速度で駆け抜けている自身強化型の魔法の持続、強力だが魔力消費の高い魔法、其れらが徐々に新島を追い詰め始めた。
何度も竜巻を喰らい、服と皮膚がビリビリに破れているニアトが、もう笑うことはなかった。
彼は今、一度味わった死の辛さと孤独感に恐怖を覚えている。
そして、背後の黒き虚は動き出す。
止まった時間の中で既に疲労が溜まりつつある満身創痍の新島は、虚へ視線を移すと、絶望に浸ったのだった。
七十五話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
今回は完全に戦闘シーンでしたね。
其れでは次回予告でーす!
《軍神の剣》を手に、新島はニアトを確実に追い詰めていた。だが、その時、突然動き出した黒き虚は新島を絶望の最中へ突き落としてしまう。
現状の二対一。新島の勝機はーー!?
次回もお楽しみに!
【軍神の剣》
グラムは、オーディンが残した剣として有名。
有名な話ですが、剣を引き抜くことが出来た人物に与えると言って姿を消したようです。
シグムンドがこれを引き抜き、自分の所有物にしました。
後にオーディンのグングニールに折られてしまうわけですが、折れた剣は息子のシグルスに受け継がれ、有名な龍であるファフニールを殺した剣としても有名です!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




