第七十三話 名家とATS ②
遅くなりました。そろそろ名鑑が書き終わります。今しばらくお待ちください!
「アレから何度話しかけても無視しやがる。どうすんだよ、新島! 」
頭を抱えながら机に突っ伏している新島を神城は怒鳴った。
あの日からもう三日が経ち、アビス討伐任務は明日に控えている。目標は小型アビス数百匹だが、この時、新島は間違いなく嫌な予感を察知していた。
「どうしようもない。彼らの意思がああなら仕方ないだろ。戦場で語るしかねえな。 」
「それって、奴らの思い通りにさせるってか?!目標は小型アビス数百体で大したことはないが、素人は弱点も知らねーんだぞ! 」
「そんなことは知ったことか……。神城、任務当日、俺とお前は行動を共にする。あいつらの尻拭いをする役だ。それと、明日は新木場隊を待機にしておいてくれ。 」
新木場隊は現在、新木場、夜十、ミクルの三人の構成で出来ている。
小型アビス討伐であれば、この間、戦線に立ったばかりとは言えど、役に立たないことはない。神城は新島が眉間にしわを寄せているのをみて、何かを察知した。
「嫌な予感でもすんのか? 」
「ああ、何でかは分からないが……間違いなく嫌な予感がする。 今回はあの《死の仮面》と戦った時のような……」
「《死の仮面》か。彼奴だけは俺も忘れられねえが、それほどのアビスがまた現れたってのかよ! 」
「確証はないが、それだけ不安ってことだ。協力してくれるな?神城! 」
「嗚呼!俺はお前の為なら喜んで死ねる人間だ。信頼して、損はさせねェ! 」
「わーってるよ。んじゃ、新木場に伝えておいてくれ。俺は部屋で休むよ。 」
神城は新島の言った嫌な感覚とやらは察知出来なかった。彼はきっと怯えているのだ。
名家が自分のとこの兵士をATSに殺されたと恨みを買って、関係が悪くなってしまうのが。
今更、《死の仮面》に並ぶ大型アビスが出てくるはずもない。
神城は、新木場の元へ向かうべく、新島と逆の方向へ歩み始めた。
葉巻の煙の匂いが染み付いた部屋に灯りはなく、秘書の水川が持っているタブレットの液晶から漏れる白い光のみが闇夜に光っていた。
新島は部屋に帰って来るなり、ソファの上に横たわっている。瞼を下ろさず、真っ暗な天井を見つめていた。
「名家の子達と上手くいってないようですね。また柳瀬さんに怒られますよ。 」
「うるせーなー。お前らKMCが雇ってくる兵士ってのはなんでこうも期待外ればかりなんだよ! 」
「それは組織の方針への反対のおつもりでしょうか。はぁ……私達は現場に行かず、ここで指揮を取ることしかできません。中には、現場に出向いて指揮を取る方々もいらっしゃいますが、私や柳瀬さんはそういうタイプではない。ご存知ですよね? 」
水川は二つあるソファの上には座らず、新島の近くに立って会話をしている。
「分かってんよ。んなことは……!現場に出向いて、派遣兵士を決めたわけじゃねえんだろ。どうせ、データか。 」
「もし、名家の子達が殉職するようなことがあれば、恐らく、名家はKMCではなくATSを責めますよ。分かっていますか? 」
「あぁ、分かってるよ。ただ、もう責められようが何だろうが、相手がああいう態度ならどうとでもなりやがれって感じだ。 」
「ヤケになってはダメですよ。ATSの代表を任されているのですから。その自覚を持っていただいたいものです。 」
いつもの倍以上、減らない口が出ている水川へそっぽを向き、彼は眠りに就いた。
ーー翌日。
新木場隊を除く隊は会議室に集まっていた。
今日の任務の遂行の為の作戦を伝えるためだ。勿論、名家組の姿はない。
彼らは朝一で現場に向かったとの報告が水川から新島の耳に入ってきていた。
やや疲れ気味の新島が皆の前で口を開く。
「名家のガキどもはもう現場に向かったそうだ。奴らの態度で納得出来ないこともあるだろうが、その辺は配慮してやってくれ。お前らみたいに訓練を積んで、心を殺せるような奴らではないんだ。餓鬼の尻拭い、頼んだぞ! 」
「はい!! 」
新島の言葉にその場にいた全員は声を揃えて返事をした。
今から始めるのは命がけの仕事。慣れているとは言えど、死と隣り合わせのアビス討伐に余裕綽々とした態度で挑む人間はいない。
少なくとも、ATS内には。
ゾロゾロと武装した隊員が現場行きのエレベーターへ乗っていく中、新島は廊下で不安そうな新木場を前に立ち止まった。
「新島、俺達は施設内待機と聞いたが、それで良いのか?夜十やミクルもまだまだだが、あの名家の餓鬼よりは、よっぽど役に立つ!連れて行くべきじゃないのか? 」
「いや、今回は待機で頼む。何か嫌な胸騒ぎがするんだ。将来有望の奴らを無駄死にさせんのは流石に気が引けるんでな! 」
「そうか……分かったよ。それじゃあな、検討を祈っておくぞ。 」
「ああ! 」
新木場に別れを告げた新島は、神城と一緒に施設を後にしたのだった。
ーーその頃。
都内有数の製薬会社や、建築会社の本部がある街の中心部では、名家組が集団になって動いていた。
首謀となっているのは、夜風新一だ。彼は、夜風家の次期当主にして、齢二十四歳で魔法の技術力であれば、彼の右に出るものは居ないとされていた。
現当主でも、彼を超えられなかった。
朝日が差し込み、人気の無い交差点は暗闇から解放される。避難勧告が出ているこの地域には今、一般人は一人として居ない。
KMCが総勢で昨晩の内に全ての住人をKMC本部へ避難させているからだ。
普段なら通勤ラッシュで人が行き交う地下鉄の駅口も一筋の光が差し込んでいるだけだった。
「へぇ〜〜、なんか幻想的じゃない? 」
「……そうか?ただ、人がいないだけだろ!くだらないこと話してないで、さっさと行くぞ!目的のアビス討伐はこの奥らしいからな。ATSの奴らをギャフンと言わせてやる! 」
新一は名家組の中で確かに孤立し始めていた。自分勝手で強情、魔法が優秀で戦闘能力も高いが性格はまるっきり駄目だ。
新一と二人で夜風の代表に選ばれた夜風優一は、彼のことを幼い頃から知る同級生の友。
だが、優一も新一のことは昔から苦手でいた。
だからなのかもしれない。この時、名家組全体が距離を置き始めていることに素早く気づけたのは。
「ちょっと休みませんか?私、こんな長距離歩いたのは初めてで……戦闘の前に疲れてしまいました。 」
鳴神代表の女性が立ち止まり、下を俯きながら呟く。朝の三時から六時まで無謀にも歩き続けているのだ、それを決めたのも勿論、新一だった。
彼女は戦闘も得意だが、あくまで援護射撃。前線に立って斬り込む剣士とは全く違う役割を担っていた。
その為か、体力は一般的な魔法師に劣る程しか無い。
「はぁ?お前、名家だろ?この程度で疲れるとか鳴神も雑魚だな。 」
「ちょ、ちょっと!!私をバカにするのはいいけど、家をバカにするのはやめてよ! 」
「何だよ、元気じゃんか!さぁ、行こうか。休憩なんかしてる暇ねえんだよ。 」
結局、休憩は無かった。
この名家組を決めるにあたって、KMCが考慮したのはチーム性。
ATSの隊員と組み合わせて、良い連携を取れると思う人物の選出。
それはつまり、戦闘能力が劣っていても、高い部分が今回のアビス討伐に貢献する値であれば、採用されることになる。
けれど、自分の思い通りに動かしたい新一には、彼女達の役割分担を決めている暇もなかった。どんどん、不安と不満が溜まる。
「オイ!アレじゃねえか?あの小さい猪みたいなヤツ!! 」
新一を先頭に歩みを進めていると、前方に皮膚と瞳の色、牙の色までもが淡い紫色の猪が数十匹構えていた。
流石にあの色でこの場所、森に住む猪が都内の大通り、路地に出てくるわけがない。
通常通りなら轢かれているだろう。
「アレは……!《毒猪》! 」
「お?何か知ってんのか?なぁ!さっさと答えろ! 」
首に摑みかかる新一。周りの名家組は、彼が何故怒り始めたのかが分からなかった。
猪の名前を口に出した影山代表の一人は、彼の腕を掴み返し、強めの口調で怒鳴る。
「テメェ!いい加減にしろよ!さっきから俺らが黙ってれば調子に乗りがって!仕切るのは別に構わねえけどよ、周りの人間の気持ちを少しくらい考えろ! 」
「何だよ?雑魚は強者に従うのが道理だろ?お前らは俺よりも弱いんだから、奴隷のように地面を這いつくばって従ってりゃいいんだよ!バーカ! 」
影山代表の少年は、新一の狂気的な表情に恐怖心を覚え、掴んだ手を離した。
それは戦闘に対する思いと、狂気に満ちた笑顔。まるで子供が新しいオモチャを手に入れた時のような無邪気なーー。
「くっ、はははははははは!!何だよ、ビビっちまったか?そうそう、お前ら、雑魚は黙って従って死ね!ほら、謝罪は? 」
「はぁ?何で俺がお前に……」
「空気を乱してすいません、今からあの猪を一人で二匹は倒しますから!って言えよ。 」
「空気乱してんのはっ……!! 」
影山の少年が再度掴みかかろうとした時、彼の腕を優一が掴み、首を横に振った。
"今は従ってくれ"という意味のある眼差しを彼に伸ばして。
それを察したのか、少年はギリっと新一を睨みつけながら謝罪を呟く。
「わ、悪かったな。空気を乱して……今からあの猪を二匹狩るから許してくれ。 」
「ふっ、俺は別に構わねえよ?まあ、次、楯突いたらその時はお前の最後だ。んじゃ、猪狩り行ってらっしゃーい! 」
下を俯きながら、横目で新一を睨みつける。彼は肝が座っているのか、睨みに動じず、口元を歪めながら、狂気的な笑みを浮かべた。
「夜風は教育がなってねえな……。まあ、良いや。取り敢えず、影の角度は丁度いい、か。 」
直後、彼は指をパチンと鳴らし、詠唱破棄で建物の影を鋭利な刃物に具現化させる。
そしてーー、猪の腹部目掛けて大量の剣、ナイフ、槍、矢を降り注がせた。
影山家は先祖代々、闇魔法を受け継ぐ立派な魔法師を選出してきた。そして、彼らは集団行動、基、家の中での仲間意識は高く、家内での連携で敵を討ち取る作法を主体として習うことが多い。
その為か、当然、今回のATSとの共同アビス討伐は家内でも反対の者が多かった。
けれど、KMCには歯向かわない方がいいという現当主の意見で無理矢理にでも納めたのだ。
少年は、影山竜助。年齢は二十歳とかなり若いが、年齢など、魔法師にとっては一種の縛りに過ぎない。
降り注いだ複数の種類の刃物は、其々が起用されるべきである場所に突き刺さり、猪の醜い断末魔を周囲へ響かせる。
二匹と言ったが、五匹ほど仕留め、彼は集団の中へ戻っていった。
「へー、良いじゃん。影山なんて闇魔法だけの雑魚名家、夜風と並ぶほどではないが、まだマシか。」
「くっ……!!このっ!! 」
竜助が言い返そうと歯を食いしばる瞬間、優一はまた彼を遮った。
"お願いだから抑えてくれ"言わなくても伝わるほどに、真剣な眼差しを向けて。
「全く、血気盛んだな。んじゃ、俺がお手本を見せてやるよ。ここにいる誰よりも強いってことを、証明してやる! 」
そして新一は、総勢二十体は居る《毒猪》へ歩み始める。彼は煮え滾った狂気的な笑みを浮かべた。
「ふぅ、猪野郎がッ!さっさと死にやがれ! 」
両手を大きく広げ、そう叫んだ新一。
ーーそれは一瞬だった。
優一は何が起こるのか、予測出来ていたのだろう。途中で視線から外し、やれやれと呆れ顔で溜息を吐いていた。
けれど、他の連中は見るのも感じるのも初めて。
彼の背後から心地の良いそよ風が吹いたと思えば、一閃の如き速度で《毒猪》は斬り刻まれた。断末魔を吠えさせる隙も与えない。
《毒猪》が斬られ、絶命したことに気が付かない程の斬れ味だ。
「オイオイ、今のは挨拶だぜ?何だよ、死んじまったのかよ。ちぇっ! 」
新一は動かなくなった木っ端微塵の死体を踏んで乗り越え、前へ進む。
名家組は、味わったことのない恐怖を胸の内に帯びた。
それはーー"強者にいつ命を摘まれるか"
抱いていた不満も不安も吹き飛ばされてしまったのだった。
第七十三話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
今回は夜風新一に恐怖を与えられてしまった名家組を描きました。
彼らがどう進んでいくのか、ここからです!!
次回、名家組が《毒猪》を倒し、アビス討伐の自信を着々と身につけていた頃、彼らの近くをドス黒い影が覆い被さるように現れた。
それは、新島の悪い予感が当たる予兆のようにーー。
【新島と神城】
「俺はお前と死ぬまで一緒に居ると決めたんだ。わかってんだろ? 」
「……待て、それは嬉しいがその、俺達は男だろ?いや…………うん、神城が良いなら別に、うん。 」
「ちょ、はぁ!?いや、え、新島……」
※この作品はBLではありません。
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




