第七十二話 名家とATS ①
遅くなりました。明日は投稿出来るかわかりません!
ゆっくりと瞼を開くと、療護室の四角く黒い線で象られた白い天井がボヤけて視界に入った。
アレから大した時間が経っていないのは体感としても分かる。
だが、自分が眠っていた間に誰かが命を落としてしまったのではないか。そんな不安に苛まれ、新島は布団から跳ね起きた。
「起きたんですか? 」
突然、声をかけられたので少しだけ驚き、目を丸くさせて、数秒間だけ動きが停止する。
また、直ぐに我にかえると、隣のベッドの上で体育座りをしている銀髪の少女を視界に捉えた。
「……あぁ、虹色か。体調はどうだ? 」
「もうだいぶ良くなりました。新島さんは、暫く動けませんね。その傷は簡単には塞がりません。 」
優しく諭すように彼女は言う。
「現役時代だったら、手足を捥がれても戦線から離脱することなんてあり得なかったのにな。もう歳か……」
「あの……新島さんに聞きたいことが二つあるんです。良いですか? 」
「嗚呼、どうせ動けないなら話し相手になってもらうのも良いかもな。何を聞きたい? 」
彼女は、大きく息を吸って、小さく吐いた。
「冴島夜十についてです。彼はどういう生い立ちなんですか?個人情報なのは分かってるんですが、どうしても知りたくて……。何で、夜十はあそこまで折れない信念があるのか。」
「嗚呼、あいつの信念な。アレは完全に美香のせいだろう。 」
"冴島美香"
この名前は、虹色でさえも知っていた。
ATSに属していた伝説の魔法師、《戦場の歌姫》。
彼女の魔力と融合して紡がれる奇跡の歌声は、敵の力を弱め、仲間を、護りたいものを勇気付けてくれる。
現役を引退してから姿を完全に眩ましていたが、まさか、同級生の姉だったとは思いもよらなかった。
「美香さんは今どこに? 」
「そうか、一般的には引退したことしかニュースになっていないんだったな。八年前、新木場が営んでいた焼肉屋にアビスが三体現れて、夜十を守る為にあいつの目の前で死んだよ。 」
彼女は思わず耳を疑った。
そして確信を得た。夜十が絶対に折らせないと誓った信念の意味を。
"絶対に目の前で二度と人を失わせない"
自分の弱さを、非力さを呪い、力を得ることが出来た彼は、目の前の存在だけでなく、自分と同じ境遇にある人々を救おうとしているのではないか。
虹色には、夜十の言動と行動を思い出して確信する。
「新島さんは、夜十のこと、どう思うんですか? 」
「……まだ若いのに苦労していると思うよ。俺の若い頃なんかあんな辛い思いもしなかったから、余計にな。それに、あいつには親がいない。親の顔も覚えてねーんだ。 」
新島から紡がれる夜十の真実に、虹色は目を丸くさせていた。
それだけ嫌な思いも、辛い思いも沢山してきたのに、何故、彼は強くいられるのか。
虹色には到底分からなかった。
「夜十なぁ……アイツは俺にとってどういう奴なんだろうな。息子?友人?違う……。うーん。 」
顎を触りながら下を俯いて、思考を駆け巡らせる。だが、答えという答えは出てこない。
"夜十のことをどう思うか"なんて、今まで一度も考えたことがなかった。
「家族なのは当たり前で、護りたいと思えるヤツであるのは確かなんだが、一言で言い表すのは難しいな。 」
「やっぱり、大切な人なんですね。それは、私も同じです。彼には、燈火さんが居ます。……ので、私は永遠に片想いでいいですかね! 」
彼女の瞳には涙が溜まっていた。
新島は、つくづく思った。ミクルの件も、神城から聞かされたがーー。
"アイツ、どれだけモテてんだよ!?"
幼少期から普通に顔立ちだけで言えば、格好良さは滲み出ていたのは確かだ。
だが、一番最初に涙を流し、この組織に入ることを決めた時、話を聞いている限りのような良い男ではなかった。
なのに、ヤツはどれだけ!!
新島はふと我に帰る。これは完全な嫉妬、自分の弟子である夜十に何と羞恥に浸るような考えを浮かべてしまったのか。
顔を横に振って、自己暗示をすると、隣のベッドでキョトンとした表情をしている虹色へ口を開いた。
「……片想いか。俺も……いや、何でもない。それで、聞きたいことってのは夜十のことだけか? 」
「いえ、もう一つ。こっちは、聞いても教えてくれるかどうか分からない質問です。 」
「何だよ、言ってみろ!話してやる! 」
この時、彼女が話してほしい質問がどれだけのものなのか、想像がつかなかった。
当然、一つ目が片想い相手の生い立ち事情なんて軽い質問だったらからかもしれない。
すーっと、息を吸い込み、再び小さな深呼吸をすると、虹色は質問を言った。
「……魔法の名家とATSで何があったんですか?あの事件の全貌を教えてください。 」
「……ッ!そ、そうか。虹色がまだ十歳の頃の話だもんな。知らなくて当然だ、良いだろう。話してやる。 」
新島は紡ぎ始めた。
ATSと魔法の名家に何があったのかを。
ゆっくりと細かく、繊細にーー。
ーー遡ること六年前。
当時の対アビス事情は深刻なモノで、ATSもかなりの功績を残していた冴島美香の離脱は何年になっても深傷を負うモノになっていた。
何せ、十歳になって一年も満たないような小さな子供をアビス討伐の前線に送り出しているのだから、言うまでもないだろう。
深刻な人手不足に陥っていたATSに、KMCは苦渋の策を持ちかけた。
其れが、今回の事件の原因となった策。
《魔法兵士派遣》だ。
文字通り、腕の立つ魔法師を雇ってATSで一時的に兵士をやってもらうというもの。
そして、KMCがATSに渡した兵士の名簿には現役時代の新島も目を疑うほどの強者で揃えられていたのだ。
「コレ……魔法の名家出身ばかりじゃないですか!今回のアビス討伐は死者が当たり前に出てしまう!全員が全員、家族を背負い、家の名前を背負う立派な人間ですよ?良いんですか、こんなことをしても! 」
新島は名簿から視線を逸らし、目の前に立つKMCに属していた柳瀬という男へ怒鳴り声を上げた。
「上からの話だ。お前達に断る権利はない。それに、ATSは深刻な人手不足なんだろ?この間の討伐任務も大型アビス三体の討伐をお前一人が被ったそうじゃないか! 」
「人手不足なら仕方がないと判断した結果です。現場の人間じゃない貴方にそんなことを言われたくはない! 」
「ふっ、まあ良い。KMCの犬に何を言われても何も思わないがな。上からの命令は絶対だ。そんなことを今更二十代にもなって、教えられなければならないのか? 」
新島は柳瀬の引きつった顔を見るなり、少しだけ口が過ぎたと思い、謝罪しながら頭を下げた。
「まあ、そういうことだから、よろしく頼むよ。新島鎮雄君? 」
「はい……! 」
短かい僅かな時間の激論が終わった。
柳瀬が視界から消えるまでの間、頭を下げ続け、彼が消えたことを確認すると、新島は叫び声を上げながら名簿を地面に叩きつけた。
「くっそぉぉぉぉおおおお!!何も分かってねえんだよ!名家は仲間意識が高い……だからこそ、仲間を殺されたとあれば組織の風評被害は半端じゃない!! 」
彼の怒りの叫びは部屋中に響き、消滅した。
魔法の名家、彼らを怒らせれば、バックに国を立てているKMCでもただでは済まないはず。
幾ら人手不足でも、家の中で死ぬことは何も問題としてないだけの兵士を、外に駆り出すのはリスクが高すぎる。
「はぁ……これはマズイな。 」
ポケットから葉巻を取り出して、指先で火をつけた新島は煙を吸って、吐いた。
微妙な天気のせいか、電気も付いていない室内は妙に薄暗い。
葉巻の火がついた部分は薄暗い部屋を照らす、僅かな灯火になった。
これから起こる最悪を誰も予期せずには。
ーー翌日。
ATSの施設の一室では、兵士として派遣された名家の魔法師達が集まっていた。
それぞれ、七つの名家から二人ずつの兵士の配属が決まったわけだ、錚々たる顔ぶれに一室の中の空気は緊張感がある。
「騰さ……」
「夜十君とミクルちゃんはさっき言った通りにしてね。そんなに時間はかからないから。 」
当時十歳の二人は緊張感のある空気から逃げたしたくなった。騰が小声で制止させる。
二人は黙って首を縦に振ると、気をつけの体制で十四人の派遣兵士を直視した。
「私はATSの新島だ。代表と、隊長を務めている。私達の組織には、六つの隊があるのだが、君達は十四人ととても数が多い。……ので、新しく隊を結成させることにした。良いかな? 」
新島の話に首を縦に振る兵士達。
だが、一人だけ首を傾げながら不満そうな表情をする人物がいた。
それは、夜風の名を受け継ぐ者。
「夜風新一君。君は不満そうだが、何か問題でも? 」
「はぁ……人手不足とは聞いていたが、まだ魔法師の免許を取得さえしていないガキを前線に駆り出しているのか?だとしたら、お前は鬼だな、新島鎮雄。 」
この手の反発は予期していた事態だったので、首を指先で掻きながら彼は答える。
「彼らは私が二年間かけて育てた立派な兵士だ。そんなに不満なら一戦交えてみるといい。やるか? 」
「ふっ、そんな野暮なことをしている時間はないだろ?さっきの提案だが、名家を散らばらせる気ではないか? 」
屁理屈に屁理屈を重ねたような皮肉な物言いをする新一に新島は溜息をついた。
「ああ、そうだ。君達だけでは危ないからな。二つの隊を作って、私と神城が隊の隊長になる予定だ。 」
「ふーん、駄目だな。まるでなってねえよ。そもそも、俺らが派遣された理由って、人手不足じゃなくてATSの兵士が使い物にならないからじゃないのか? 」
「なっ……! 」
「俺らは俺らでやりたいようにやらせてもらうよ。行くぞ、優。 」
「あっ、新ちゃん!ちょっと待ってよ!ごめんなさい、私行きますね……」
夜風の二人は部屋の外へ去っていった。
魔法の名家ともあれば、癖がある人物が来るのは覚悟の上だったがここまでとは思わなかった。
命を賭けるアビス討伐への意識が低すぎる。
「夜風の二人は私が後で話をつけよう。他の諸君はーー」
「いえ、我々も夜風の意見に賛成です。合理的に物事を考えれば、私達だけで隊を作った方が功績を挙げられるでしょう。それでは、また後ほど。 」
ゾロゾロと残りの十二人も部屋から離脱してしまった。今日は歓迎会の意味も兼ねて、食堂には大量の飯が用意されている。
「クッソガキ共がぁぁぁぁぁ!! 」
全ての計画が無駄になってしまった新島は怒りの声を上げながら、持っていたメモを地面に叩きつけたのだった。
第七十二話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
今回は戦闘が無い回ですね。
自分の小説ではかなり珍しいと思います。
次回は地味に戦闘ありますよ!
それでは次回予告death☆
遂に語られた名家とATSを巻き込んだとある事件の全貌。言うことを聞かない魔法名家の人達と話せないまま、任務に入ることになった新島は深くため息を吐いた。
これより紡がれるのは醜い人間の話ーー。
【先生death☆】
「最近出番がゼロなので悲しいdeath☆ 」
「元々、そんなに出てなかったじゃないですか。今は学園白紙状態ですし、仕方もないかと。 」
「そういう朝日奈ちゃんは、夜十君に対する女性達の想いに嫉妬してるんじゃないdeath☆ 」
「嫉妬なんかしてないわよっ!!! 」
※思わず敬語が抜けてしまったツンデレ燈火でした。
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




