第六話 派閥体験 ②
降りかかる拳の全てが、右、左、上、右、左、右の順に来る未来が頭の中で複製を完了させると、俺はその通りの動きで相手の攻撃を全て避け切った。
男達は目を瞑っていることを、
自分達のハンデとして行っていると勘違いしたのか、叫び声と唸り声であからさまに怒っているのが分かった。
だが、それも"視えていた"未来だ。
ーー敵の数は十五人、大将の火炎を入れれば十六人。
俺が一度に拳を捌ける人数は、
多くても十人。
《追憶の未来視》が捉えることの出来る人数も。
ーー十分なほどに、キャパオーバーだ。
真っ向から十五人に挑むのは、はっきり言って自殺行為も甚だしい。
二人ずつ片付けていくのが妥当と言える。
「……テメェ、俺達は《戦闘派》の中でも最強の部隊を誇る、火炎隊の隊員なんだぜ?!
目なんか瞑ってりゃ、瞬殺しちまうぞ!」
今、喋った人物は、十五人いるうちで一番プライドが高いやつと見た。
言葉を紡いだ直後に流れる魔力の量と呼吸を荒げた影響で感じる空気の微妙な振動のズレで、頭に血が上っているのが理解出来る。
「お前ら、かかれえええ!!」
男達は、再び地面を蹴って加速すると俺の方へ一同に拳を四方八方から浴びせようと襲い掛かってきた。
拳を振り下ろすのが早かった二名の攻撃をしゃがんで回避し、そのまま彼らの懐に侵入すると、両拳を軽く握って鳩尾に二発動時に拳を放った。
その後に振り下ろされた拳は、虚空を切って、空気を裂いた。
「残り十三人……!」
二人を気絶させた時点で後ろに後退すると、
彼は眼を見開いた。
今の一撃からするに、相手の力量は大したものではない。
8年間の修行で、ATSの部隊と何度も戦わされていたのだ。
《追憶の未来視》を使うまでもないと判断した。
「……クッソ、今の攻防で二人もやられた!!おい、お前ら起きろ!!」
あちら側は、焦っているようだ。
だがここからは、一切の手加減も無しに落ち着いた戦闘もしない。
俺は彼女を守るためだけに拳を振るう!!
「オイオイ、マジかよ!!俺様の部隊の半分を一人で片付けようとしてやがる!!」
火炎の目の前には、
先程の膨大な魔力の篭った一撃を喰らった少年が自分の隊の人間の攻撃を捌きながら反撃し、約半数を倒している光景が映る。
「……こりゃあ、ボスが欲しくなるわけだぜ。だが、こいつは《戦闘派》のやり方を嫌うタイプだ……!」
「はあっ……はあ!!はあ……」
俺は向かってくる敵全てを倒しきると、
難しい表情で上の空になっている火炎へ視線を向けた。
「一人で十五人を制するなんてのは、一般からの志望にしては強すぎやしないか?お前、どこの組織に所属してた?」
俺が倒し切った様子に驚いた表情を見せた火炎は、恐らく俺の力量で推測したのだろう。《平和派》の風見蓮と同じ質問をしてきた。
「それはあんたが知るべきことではないよ。俺は、《戦闘派》には入らない!!こっちから願い下げだ!!」
「……ほほう?なかなか面白いやつだな。良いだろう!体験の件は俺からボスに伝えておいてやる」
ギリッと火炎を睨むと、
魔力の使いすぎで立てなくなってしまった燈火を背中に抱えると、勇武館から出て行った。
勇武館前には、まだ野次馬が群がっていたが彼らの野次など、今は頭の中にさえ入って来ない。
無視して、手当の出来る場所ーー保健室へ向かおうと必死に足を踏み出した。
ーー勇武館から保健室に向かう途中。
ずっと下を俯いて、何かを考えていた朝日奈が、ふと、声を出した。
「……あんたバカね」
「バカかもな!でも、助かってよかったじゃないか!
朝日奈が何も無かったんだから!」
俺の返答に彼女は目を見開いて、クスッと笑った。
「……本当に頭おかしいわよ。昨日の試合で一戦交えた相手を、身を呈してまで守り抜くなんて……」
「別に、昨日の件は関係ないよ。もし、火炎が《全反射》を使えなかったとしたら、俺はあいつを庇ってた。目の前で人を失うって気持ちは、二度と味わいたくない。それだけだよ……」
彼女は何故か安堵したように、
俺の背中の上で目を瞑った。
「保健室着いたぞー!……って、寝てる? 」
保健室の扉を開くと、
紺色の髪の女性教員が丸椅子に腰をかけてこちらの様子を伺うように声をかけてきた。
「……あらあら、どうしたの?喧嘩でもした?」
この場合が喧嘩というのかは分からないが、取り敢えずそれに近いのはまず間違いない。
俺は頷いて、彼女を保健室の白いベッドに寝かせた。
「……怪我をした理由は?って、貴方も相当ヤバイじゃない!ここに座って!診てあげるから!」
教員は、頬に焦げがつき、髪の毛が乱れている俺を見るなりして驚愕の声をあげる。
だが、この後、一時間後に《祈願派》の体験が待っているのだ。
約束をすっぽかしたくない俺は、保健室に朝比奈を送り届けた後、直ぐに部屋に帰って支度を整えようと思っていた。
「いや、俺はいいですよ。朝日奈さんを診てあげてください!」
「この子は大丈夫よ。急激な魔力消費による疲労が影響で、寝てしまっているだけだから!まあ、貴方がそういうのであれば仕方ないわね。傷の手当てはしっかりとするのよ」
女性教員は思いの外、
手を引っ込めるのが早かったので安堵した俺は、教員に朝比奈を任せて、保健室を後にした。
ーー次は《祈願派》か。
《平和派》の時も《戦闘派》の時も常に戦闘が伴っていたので、心身共に少しだけ疲労が来ていた。
約束の時間まで後五十分はあるが、
一睡もしている暇はない。
逆に早めに行って、早めに済ませるのが良いのかもしれないが、約束の時間よりも早く行く行為は少しだけ失礼に感じたので寮室で時間を潰すことにした。
「……はぁ。ただいま」
「おう、おかえり!」
!?
返ってくると思っていなかった言葉に驚愕していると、部屋からは銀髪の男が疑問げな表情でこちらに近づいて来た。
「居たんですね……。昨日も今日も居ないから、てっきり出掛けているのかと思ってました。」
「ああ、出掛けてたぜ。ちょいと、派閥関係の仕事でな」
そう言えば、この男の名前を聞いていなかった。俺は、率直に問いかけた。
「あの、お名前を教えてもらってもいいですか?」
「あっ、そうか!言ってなかったな、すまんすまん!
俺は才倍銀。派閥は《無所属》だ」
《無所属》!?
さっき、派閥関係の仕事って?!
どういうことか分からずにキョトンとしていると、才倍はリビングの方へ歩きながら、こう言った。
「今日はもう何処にも行かねえから、お前が聞きたいことをちょっとの間、教えてやるよ。こっちに来な」
才倍に言われた通り、
上履きを脱いでリビングの床に腰を下ろした。
「……さて、お前が今疑問に思ったのは、俺が《無所属》なのに派閥関係の仕事って言ったことだよな?」
「……はい。《無所属》は、選ばれなかった者という風に教えられましたから」
才倍は首を傾げながら、淡々と語り始める。
「俺は、お前と同じように全員一致の赤旗で何処の派閥にも「欲しい」って言われたんだけどな。全部断った。理由は、そんな難しいことじゃねーよ!
お前みたいに体験させて欲しいとか良い考えが思いつくような頭してなくてなー。単純に面倒臭いから《無所属》で良いって答えをあの場所で言ったんだ。仕事は言えねえが、人を救ける仕事をしてる。ーーとまあ、お前の第一疑問はこんなところだ!他は?」
自ら《無所属》を選んだ男。
だが、彼の表情には何故か、哀しさが見えた。
ソレを突き止めることは現段階では出来ない、誰だって話したくないことはあるからだ。
時間も押して来たので、最後の質問として、今から行く《祈願派》についてを問いかけた。
「《祈願派》は、どんなところなんですか?」
「悪いことは言わねえから、あそこは所属しねえ方がいい。頭のおかしい連中が統率されている場所だ。言わば、宗教団体のようなものよ」
才倍の言っていることがイマイチ、理解に困るコトだったが、彼にお礼を言って身支度を済ませると、時間の影響もあってか、《祈願派》が拠点としている場所へ向かった。
《祈願派》が拠点としている場所は、
旧校舎裏の木々が生い茂る小さな森の奥にある教会らしい。
行くためのルートに関しては、森を直線で進んでいけば着くというので、言われるがままに靴に履き替えて、険しい道のりをずーっと歩いて行くと。
ーーそこには、太陽から教会を護っているような木々に囲まれた真っ白く古い教会が現れた。
木々から差し込む光は教会前の芝生が植えつけられている広場に差し込んでおり、何とも神秘的な雰囲気を漂わせている。
「ここが《祈願派》の拠点か……。頭のおかしい宗教団体って、どういうことだ?? 」
とりあえず、教会の中に入ればその意味がわかるのだろうと、俺は教会の扉の前まで来ると軽く拳を丸めて、甲でトントンと叩いた。
ーーすると。
ギィィという嫌な音と共に扉が開けると、中からは顔色の悪い禿げた老人が出て来て、俺を見るなり笑顔で迎えてくれた。
「おおっ!!お待ちしておりましたぞ!冴島夜十殿!!さあさ、我々の神聖なる場所へ足をお運びになってくださいませ!!」
老人の目つきは鋭く、肌の色は肌色と言うよりも灰色に近い色をしている。
顔色が悪いのは元々なのだろうか?
少しだけ心配になったが、聞くのも野暮なので喉元に言葉を押し込んで、老人について行く。
教会の中に入ると、赤く艶のある会衆席が何列にも並んでおり、中心を裂くように赤い絨毯が敷かれている。
絨毯の先には、木で出来た四角い長方形の祭壇が置かれていて、祭壇の上には教会内を照らす蝋燭に火が灯されていた。
「至って普通の教会ですよ。あの奥のステンドグラスをご覧になってくださいませ。あちらが我々のーー」
ーー俺は目を疑ってしまった。
胸の奥が熱く、目は血走り、
呼吸の速度は速くなっていく。無意識のうちに、怒りがーー怒りがーー
教会を彩るステンドグラスには、三体の黒龍が、紫と白い光の咆哮で街を破滅へと追い込む絵が描かれていた。
八年前のあの状況と同じ絵。
自然に心拍数が上がっていくのが、自分で分かる。抑えなければ、抑えなければ、ダメだ。抑えろ!!
「……どうかしましたかな?」
「い、いや、何でもないです。そんなことよりも、何故、黒龍を?」
教会を見回すと、普通の教会にはないものが多数置かれていた。
黒龍の銅像に、有名なアビスの銅像。
ここは何を崇めているのだ?
その瞬間ーー才倍の言葉が頭に浮かんだ。
「……もしかして、貴方達はアビスを崇めているのですか?」
老人は喜びの表情で、俺の目に視線を合わせて来た。
「そうです!!我々は、アビス様を神として崇め、この世界に正しさを教えてもらおうと思っておるのです!!」
老人は自分が何を言っているのか、分かってるのだろうか。
それは直訳するに、アビスという存在が凶悪ではなく、人間に非があるのだということ。この世界の正しさとは何だ?
アビスが蹂躙し、大切なものを失う世界が正しいのか?
俺にはこの人が言っていることがまるで理解できなかった。
頭のおかしい宗教団体、確かにおかしい。
「……どういう解釈をしたら、アビスを神だと思えるんですか!!」
「アビス様は、我々人間を襲って来るが他の生物に対して、多大な影響を与えているという報告は未だにされておりませぬ!つまり、それは我々人間がこの世界に要らぬ存在だということを教えてくれていることになります!!我々、《祈願派》は、アビス様にこの世界を正してもらおうという活動を行なっております!例えば、《操作魔法》の実現!これが実現されれば、我々はアビス様と分かち合うことが出来、人間を根絶やしにすることが出来るのです!!」
後半は何を言っているのか、サッパリだった。この人達は、自分が人間だということを自覚しているのだろうか。
「それは自分達も死ぬことになるんですよ?死を恐れていないんですか?」
老人は笑いながら、さも当たり前なように続けた。
「当たり前じゃないですか!今の人間こそ、この世界に一番要らない存在です!!我々の活動を応援しようという気にはなりましたかな?貴方に、《祈願派》に入って頂ければ、我々の計画の完遂率は大幅に上がります!!」
自信満々で言の葉を紡いでいる老人に、怒りさえも出なくなって来た。
ここまで行くと、頭のおかしい連中を通り越して関わるべきではない連中に変わってくる。
俺の不満的な態度を察したのだろうか、
老人はーー
「それに今の人間は、《不完全》な存在……正しき人間を作り直さねばならないのです」
「それは、どういう意味……?」
老人の言う言葉に疑問を覚えて、問いかけた。
《不完全》?
今の人間の何が《不完全》なのだ?
「ホホッ、その様子だと交渉決裂という感じでよろしいかな?今の言葉の意味を知りたくば、《祈願派》に入り、アビス様を崇めることじゃな。それでは、また。良いお返事を期待してますぞ〜!」
老人は口元を歪めながら、
俺を教会の外へ追いやった。
アビスを崇め、今の人間を《不完全》と称する。そして、世界を正すとは。
思考回路を駆け巡らせても、その答えは出なかった。
奇妙な派閥、《祈願派》の拠点から去ると、俺は寮室に戻るべくして歩み始めた。
「やはり、冴島夜十は逸材じゃの〜〜!人間の中でも随一の魔力の少なさ、あれは強力な魔法を秘めている証拠じゃ。ふふふ、あの力を手に入れれば我々の夢は簡単に叶ってしまうことじゃろう!!」
彼が去った後の教会では、
老人が独り、祭壇の前で大声を上げていた。
……俺は、彼が何処まで何を知っているのかも、彼が誰なのかも、分からない。
ーーだが、良くない因子であることはまず、間違いが無さそうだ。
姉ちゃんの仇……アビスは絶対に殺す!!
そして、もう二度と目の前で人を失うような想いをしないような世界を作ってやる!!
その為には、魔法師にならないと!!
俺が、今日体験した派閥で入ることを決めた派閥はーー
《平和派》だ。
六話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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明日からの投稿は遅くなるかもしれませんし、早くなるかもしれません。分かりませんが、Twitter等で随時お知らせいたします!!
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!