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追憶のアビス  作者: ezelu
第1章 学園編《学園戦争編》
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第五十六話 独りぼっち

後少しで復帰!なんて言ってられない!早く復帰したい!

ーーとある街の中心地。

今日は冷える冬の朝、昨日の夜の雨で出来た水溜りは氷が張っていて、子供達が踏んで遊んでいる様子が見てとれた。


そんな時、近くにあるお屋敷の方から黒く長い髪の少女が壊されていく氷を見つめて哀しそうな表情を浮かべていた。



「どうした?そんなに浮かばれない顔をして……嫌なことでもあった? 零。 」


背後から忍び寄るように現れたのは、白い髪の少年だった。名前を呼ばれた後ろを振り返った彼女は、少年の顔を見るなり、か細い声でこう言った。



「水溜りにね、氷が張ってたんだけど。壊されちゃったの、綺麗だったのになぁ……」


残念そうに悲しげな表情を浮かべている零を励まそうと、少年は思いついたように彼女の肩をポンと叩いて右掌を見せる。



「零、見てろよー? 」



すると、彼の掌の中からは水色に輝く氷がゆっくりと音を立てて造形された華を創り上げていくのが見える。

氷の華は咲き誇り、綺麗な花弁が零へ笑顔を向けているかのように感じれた。



「どうだ? 」


「凄いね、壱君は! 」


先程まで悲しげだった表情は、少年によっていつの間にか溶かされていた。




これは、八歳の頃の記憶。


小さい頃からの幼馴染で、私よりも遥かに魔力のコントロール力が上だった三枝壱(さえぐさいち)君。


私の原点であり、最初に居場所を作ってくれた恩人。


壱君は昔からずっと私が悲しそうな表情を浮かべていると魔法を使って楽しませてくれた。

それが何を意味するのか、その時には分からなかったけど今なら分かる。


彼は私を悲しませないようにと必死だったんだと思う。人間、誰しも辛いことはある。それでも、乗り越えなければならないって。


それがあの時の私に理解出来ていれば、少しは未来が変わったのかもしれない。

親に捨てられることもなければ、壱君が命を落とすこともなかった。

……そうに違いないのだけれど。





ーーあれは、十三歳の記憶。

すっかり大きくなった私も、壱君も魔法をお互いに使わないということを約束の元、毎日遊んでいた。

十三歳だと言うのに、もう一生この人の側にいるのだとばかり思い込んでいたの。



けどーー。

子供の頃からずっと遊んでいた、古めかしい遊具が立ち並ぶ小さな公園で私は……。



「……もう今日からお前とは遊べない。 」



壱君から放たれた瞬間、私は理解が出来なかった。辛辣で冷たくて、怒りの篭った痛い言葉。泣き虫な私の心を深く切り裂いた。



「なっ、なんでっ……? 」


涙目になり、べそをかき始める私。

いつも、泣きそうな顔をしていれば慰めてくれた彼はもう居ない。



「目障りなんだよ、ずっと俺の周りに付き纏いやがって!昔は毎日遊んでたけど、今は嫌気がさしたんだ。終わりにしよう、な? 」


ここで食い下がっていればよかったのかもしれない。それでも、前の私には突然のことに頭がついていかなかった。



「嫌だ!壱君、何でそんな酷いこと言うの? 」



「ぐっ……零、手を出してみろ! 」


私は訳もわからずに、右手を差し出した。

すると、壱君はいつかの時に作ってくれた氷の華を私の掌の上に乗せ、強く握り締めた拳で叩き割った。



「……もう昔には戻れないんだよ。俺は、お前が大嫌いだ。俺は……!! 」


それだけ言って壱君は去っていった。

割れて粉々になった氷が掌の体温で溶けて、小さな雫になったのを、その時の私は感じられなかった。

今日も楽しく遊ぶ予定だったのに、突然巻き起こった戦慄が浮かぶような辛い現実。



ーー私は……"居場所"を失った。



公園から帰る途中、私を待ち伏せていたかのように壱君の母親が鬼の様な形相を浮かべて立っていた。


壱君の母親は、歯を食いしばりながら悔しそうに、凍てつき始めた私の心へ罵詈雑言を浴びせる。

そこで知った真実もあった、何故、壱君が私から離れたのか。その理由だ。


一通り言いたいことをぶつけた壱君の母親は、最後に自分の身長の半分くらいの私の腹部に強い蹴りを入れて立ち去っていった。



壱君の母親が言っていたこと、それは。

もう……壱君の魔法使用上限回数が一回しかないことだった。


いつも、私が悲しんでいる時に魔法を使って楽しませてくれた壱君。

それが影響で残された回数があと一回に。


お互いの消費量が一回辺り0.5回消費だと知っていたけれど、もうゼロになりつつあるなんて思いもしなかった。

一般の人は基本的に、五十回程の上限回数で成り立っている。朝日奈のように、乱用していても100回以上の上限回数を持っているのは極々稀な話だ。


「とにかく……お家に帰らないと! 」



私は痛みを感じる腹部を強く押さえて、一歩一歩確実に家への道を歩き始めた。

古めかしい遊具が立ち並ぶ小さな公園と私の自宅は目と鼻の先だった。家から徒歩3分ほどで着いてしまうのだ。


というのも、私の家は代々受け継がれる氷魔法の提唱者、氷柱平八郎(ひょうちゅうへいはちろう)の分家。

全国的に有名な名家とは違い、知る人は少ない家系ではあるが、氷魔法も立派な魔法の一つだ。名家と比べても問題がない程の強みがあるわけで、それなりに家も大きい。


街の中心部で半分以上の面積を取っている豪邸のお屋敷は、私にとって嫌いな場所だった。自分の部屋が恐るべき広さで、何だか落ち着かなかったからである。



「お帰りなさいませ、お嬢様。今日は壱様とご一緒ではないのですか? 」


門の前に立っている黒服の執事が無表情で私に問いかけた。彼はいつも無表情で仕事をそつなくこなし、たまにこうして、仕えている人間の顔色を伺うような発言をする。

私はこの人が苦手だった。



「……ただいま。うん、まあね。 」


怪しまれない程度に元気を出して、執事に答えた。きっと、他人様の息子さんの上限回数を一回にする原因になったことがバレて仕舞えば、私はこの何もない空間からも拒否されてしまうのだろう。

ただただ怖かった。魔法を覚えたてで失敗したらマズイ、高位魔法を使うことになった時もあったけれど、そんな比ではない。

私は緊張し、周りの目を敏感に捉えるようにした。




「……零!あんたって子は!壱君の家に謝罪に行って来なさい!さもないと、もう二度とうちの敷居には入らせないから!! 」


玄関前で私を見つけた母親が怒鳴り声を上げた。謝罪と言っても先程、壱君の母親に罵倒されて暴行を加えられた後だ。

出来るわけがない。


母親に愛想を尽かした私は、くるりと振り返って屋敷の外へ走って出て行った。

執事の方は目を丸くし、心配の言葉もかけずにただただ立ち尽くしていた。



近くの小さな公園まで戻って来ると、私は不思議な感覚に陥った。それは危険を意味する違和感で、この時逃げていれば、まだ助かったかもしれない。

でも、私には理解が出来なかった。



「グォォォォォォォォォ!! 」



後ろを振り返ると緑色に包まれた小さな龍が鋭い歯が幾つも生えている危険な口を大きく開けながら、視線を私へ向けていた。



「何でよ……何でこんな一日で……!!あっ、もしかして夢なのかな?夢だよね? 」


これが夢であれば、私はこの龍に殺される瞬間、眼が覚めるだろう。この最悪の日を消せるのなら、龍だって怖くはない。

私は大きく手を広げて、目を瞑った。



ーーその刹那。

一筋の氷の刃が両手を広げ、生きることを諦めた私を遮るように庇った。その冷気は冷たさは覚えがあった、確実に明確に。



「……零、逃げるぞ!! さぁ、早く手を! 」


彼は私の手を取って一緒に走り出した。緑色の龍は体を揺らしながら両足を動かし、前へ進んだ。

この時代のアビスは出現すること自体稀で、街中に現れるのはまずあり得ないことだった。だから、気が動転し、何処かおかしくなってしまった私は足を上げないでズルズルと引きずって歩んでいたのだ。

案の定、石に躓いて前のめりに転倒してしまった。



後少しのところに龍は迫ってきている。私は、夢だと諦めて死のうとした私を救ってくれた壱君に感謝をして、一瞬だけ死ぬことを諦めたけれど、また同じ気持ちに戻してしまった。


ゆっくり、瞳を閉じた。



「零ッッ!! 」


皮膚を、肉を鋭い刃が貫く音が聞こえ、私は痛みを感じないように踏ん張った。

壱君の声が聞こえたけれど、私はもう終わったんだ。そう思い、恐る恐る瞳を開いてみるとそこにはーー。



「ぐっ……ぁぁぁぁぁあ!!零……無事だな、良かった……!! 」



龍の大きな口は壱君を捉え、歯が白いワイシャツを貫き、赤く染める。それは、次第に広がり、壮絶な痛みだと見てるだけで分かるのに壱君は優しく微笑みながら、そう言った。



「なんでよ……私のこと嫌いじゃなかったの!? 」



「ぜ……はぁ、全部母さんに言わされたんだ。それが……お前のためだって、承諾しか道は残されていなかった。ごめんな、俺がお前のこと、嫌いになるわけ……ねぇだろ?ごぼっ……!! 」


壱君は口から大量の血液を吐き、地面を濡らした。私はこの龍を倒すことは出来ない。

攻撃用の氷魔法を覚えておけば良かった、今更後悔しても、もう遅い。



「大丈夫だよ、俺はずっとお前の心の中にいるからな。零、お前はいつか……最高の居場所を手に入れられる。俺が居なくてもな。 」


「嫌だっ!!壱君、嫌だぁぁぁぁぁあ! 」



私の声は届かなかった。

彼は最後の自分の手向けに、氷魔法で最も攻撃的魔法を手に取る。



「《詠唱が出来ねぇ……もうこれしか助かる道はないのに!頼む、成功しろ!絶対零度! 》 」


不完全な絶対零度、普通であれば凄まじい冷気が周囲ごと凍りつかせる強力な技だが、この時は龍の体のみを凍結させた。

残り0.5回の上限回数は0になってしまった。



「零、ずっと……永遠に愛してるよ」



返事は要らないとまでに彼は、白い光に包まれて見る見るうちに消滅していった。

跡形もなく、綺麗に。





「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあ!! 」




私の叫び声は虚空を切って、宙へと消えた。

この世で一番大切だった人物が、目の前で死を遂げた。その瞬間がとても怖かった。

現実を受け止めきれなかった。きっと夢だと、信じていたのだけど。


どうしても、あの日受けた、あの冷気は夢じゃなかったのだと分かる。

それは……現実なのだと理解が出来る。



私はもう"一人ぼっち"になってしまった。



その後、家を出て数年の月日が過ぎる頃。私は……アルビノの少年と出会い、学園へ入った。ただただ居場所が欲しかった。その……理由だけで。



小さい頃、彼が死んだ時、私は自分を責めた。私が泣き虫だから彼は上限回数をゼロに近くなるまで使い込んでしまった。私が弱かったから、彼は死んでしまった。


なら……"もう泣かない強い子になろう"。

これが私の決意、軈て捩じ伏せられる儚く惨めな願い。



五十六話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!

投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。

TwitterID↓

@sirokurosan2580


今回は零の過去でしたーー。

アビスを狩りし者は何らかの辛い過去がある。と言っても、自分がシリアス展開好きなだけなんですけどねー!


それでは次回予告です!!

ふと過去を思い出した零は、壱の面影を夜十にかける。けれど、夜十の絶望的な状態は終わってはいない。隊長六人を倒す為の策とはーー!?


次回もお楽しみに!!



【壱と零】


「壱君、私も氷のハナ出来たよ! 」


「……零、それは氷の鼻じゃねえか!!なんのボケだよ、バーカ!! 」



※この後、壱は鼻を付けて、「ただただ冷たかった」と感想を残すこととなるのだった。


拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!

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