第五十五話 阻まれた平和
後少しで完全復活です!
ーー《平和派》拠点前。
相も変わらない木造建築の旧校舎には所々の破壊痕があり、その部分を穴埋めするかのように防御障壁が貼られている。
今日は全員が集合しているわけでもなく、特別な日でもない。
但し、あり得ない数の生徒とそれを纏める一人の少女が存在しうることに特別を感じるのだろうーー。
「燈火ちゃん連れて行くかと思ったら、湯遊川先輩と間違えるなんて……夜十君って笑えるね〜〜! 」
「……風見、笑ってる場合じゃないだろ!拠点周辺のセンサーに多数の反応が出てる。つまり、囲まれてんだよバカッ!! 」
一刻を争う事態にも関わらず、呑気に夜十を嘲笑している風見を、店長は置いてあった本の角でぶっ叩いた。
「ッ!!つー……痛いじゃないか!そんなこと分かってるよ!!だから沖と燈火ちゃんにも外に出てもらったし、全員に連絡も入れた!後、数分もすれば、ウチの戦闘狂二人がどうにかしてくれるよ!!店長はその間に障壁を展開ね! 」
「……はいよ! 」
カタカタとキーボードを凄まじい速度で叩き始めた店長の視野に映るのは無数の数列。
それらを全て分析し、瞬時にデータ化、使用させるのが彼の特技だ。
ーーその頃。
玄関で靴を履き、外に出た沖と朝日奈は想像を絶する程の人数に圧巻を覚えていた。
沖は今日、朝起きた時にまさか……こんな風なことが起こるとさえも感づかなかった。
朝日奈も同じように当たり前の生活が始まり、当たり前に終わっていくものだと。
だが、しかし……彼らは剣を取るしかない。
右手に携えた剣の刃は、無数に現れた《戦闘派》の生徒へ向けられている。
そして、沖が第一歩を踏み出そうとした刹那。金色の光が彼の前を通り過ぎ、甲高い金属音を周囲に響かせた。
「あぁ、久しぶりね。りょーちゃん!ちょっと変わったかな? 」
彼女は朝、学校の門の前で出会ったかのように自然な素振りで一切の隙も見せず、沖の首へ銀色の剣を振り下ろしていた。
其れを賺さず見逃すことなくも、自分の剣で受け止める。沖は、この剣の持ち主が大の苦手だった。
性格は温厚に見えて、実は冷徹の残酷。
裏表の激しい女性というのは接しにくいモノだ。
「須賀元春……って、その呼び方やめろって何度言ったら分かるんだよ!」
「春ちゃんって呼んでっていくら言えば分かってくれるの? 」
彼女は須賀元春。
男性ネームのような名前で容姿は男っぽさのカケラもない金色の長い髪をさらりと腰まで下ろしている女性だ。
《戦闘派》の中でかなりと武闘派を名乗っており、その腕は沖に勝るもの劣らない実力者。
現在は三年生にして隊長を任されている。
「呼ぶわけねーだろ!クソババァ! 」
「ババァって……一年しか差がないのに、そうなったらりょーちゃんはクソジジイ? 」
朝日奈の瞳には彼女の剣に対する真っ直ぐな情熱だけが伝わっていた。余計な言葉を幾つも並べていても、剣だけはブレない。
沖が抑えている剣への力が一切鈍っていないのだ。
日常的に会話として成り立つ普通の会話の中での剣戟、朝日奈としては考えられないものだった。
「てか、お前達は何で私が斬り込んだというのに敵陣に攻めて行かないの? 」
須賀の言葉に兵士達は焦りを感じ、冷や汗を流しながら大声を上げて朝日奈へ斬りかかった。
ーー刹那。
数だけでも百以上は居る兵士の後列二十人が悲鳴を上げて宙を舞ったのだ。
「……ったく、なんでこうも此処の学園は血の気が多いんだろうなァ。俺は好きだから別に構わねェけど! 」
漆黒の剣を肩に乗せ、《平和派》の戦闘狂が口元を歪ませながら現れた。
此処に二人の戦闘狂が募ったわけだ。
「あぁ、クロってのは貴方のことかな?二年生なのに凄まじい剣捌きだとか……? 」
「須賀元春か、いよいよ《戦闘派》の古参が気張って来る頃だとは思ったけどよ。早すぎやしねぇか? 」
両者はいがみ合い始めた。
敵将を討ち取るのは沖か、クロか。
又や、朝日奈燈火か。
「《烈烈たる噴火の如き熱で敵諸共溶かしなさい!緋色の情熱花!》 」
彼女の掌から生み出された魔力による赤い魔法陣の展開は全ての兵士の足元にまで及ぶ。
グツグツとマグマの煮え滾る音が次第に聞こえ始め、技の壮大さを感じさせる熱気が辺りに立ち込んだ。
「……沖先輩!黒先輩!此処は私に任せて、二人は隊長の方を!! 」
「全く……頼りになる後輩だな。流石は朝日奈……この規模の魔法で大した魔力を感じさせないとは一体……? 」
「ははは、分かったよ。任せた!ほら、黒!やるぞ! 」
「あいよ! 」
今の今まで剣で捩じ伏せていた相手の首筋に柄の部分で一発入れて気絶させると、地面を蹴って空高く飛び上がり、沖の隣へ着地した。
須賀は一つの動揺もせずに、どこか楽しげな表情を浮かべる。
「この魔法陣はなんだ!? 」
「おい、あの女の仕業だぞ!やれ!! 」
彼女の緋色の瞳は集団の男が剣や鉈などの刃物を持って襲いかかってくる瞬間が捉えられたーー刹那。
「……私達はただ、平和にやって行きたいだけなのに……毎回それを阻もうとする!私はそれを許せない! 」
彼らの足元の魔法陣は神々しくも緋色に光り始め、彼女の瞳の同じくらいの色へ変化した。
そしてーー。
一気に周辺の熱が上昇した瞬間、大きな音を立てて魔法陣から巨大な炎柱が噴出し、その場にいた兵士全員を焼き伏せた。
あまりの熱気に周りの木々に炎が侵食しているくらいだ。平和を望む彼女の闘志はどこまでも揺るがない。
ーー丁度その頃。
氷洞との一戦を未だに続けていた夜十は背後からの熱気と音、魔力放出によって何が起こったのかを察知した。
氷洞もそれくらいの能力はあるらしく、苦い表情を浮かべる。
「氷洞さん、続けても意味はないよ。君の攻撃は俺に当たらないし、俺の攻撃は君をしっかりと捉えている。別に戦いたくないのなら、今すぐ此処に剣を置いてくれるかな? 」
彼女の足元に指を指し、俺は辛い表情を浮かべた。《追憶の未来視》の解読は終わっている、彼女が今俺に出来ることは足掻くことでしかない。
もし、沖と戦った時のように俺の未来予測を上回ることができるのなら話は別だが……。
「分かったよ、これは使いたくなかったけど……使わせてもらう!
《雪女よ、透明で何もない私の心を強く!綺麗な真っ白い色に染めなさい!! 》 」
彼女は白色の丸い石を取り出して石へ向けて詠唱を手向ける。
すると、真っ白く神々しく光始める石、石からは目に見えるほどの膨大な魔力が彼女の中へ侵食していくのが見えた。
この光景は一度だけ、昔見たことがある。
あの時は驚愕した、そして驚愕は今も同じ。
まさか……!?幻獣石!?
でも、それは禁止魔法武器の一つ!!
「へぇ?知ってるような顔だね。幻獣石は、アビスの力が込められた石。雪女は私が使う魔法と合致しているからね、つまり……私はもう一段階強くなれるの! 」
「……それはそんな便利なものなんかじゃない!君の身体を体内から破壊するほどの膨大な魔力を秘めているんだぞ!? 」
幻獣石は一般的に禁止されている魔法武器だ。使えば魔力の増強で一定時間最強になることは可能だが、時間が過ぎると軈てそれは諸刃の剣だったのだと気付かされる。
急激に強い力を手に入れる為にはそれなりの代償が必要だという証拠だ。
「関係ないね、私は別に……あんたを倒すことさえできればいいの! そうすれば、あの人は認めてくれる!幼かった頃、私は両親、家族に捨てられた……要らないって言われたの、だけどね。ここは力さえ、功績さえあれば、私に居場所をくれる!だから、私は貴方をここで討取るの!! そうしなきゃ、私がこの場所に残るための資格なんかない!」
右腕を高く掲げながら、親指と中指を擦り合わせて高めの乾いた音を出す。
何かの合図だろうか、俺の思考がソノモノを捉えた瞬間、もうすでに答えは出ていた。
背後含め、凡そ六人程の地面を蹴る音が耳に入ってきた。それも、相当な実力者だと見受けられる。
「私を含め、《戦闘派》で隊長を任されている七人だよ!!さぁ、どう戦う?! 」
俺を取り囲むように現れたのは其々が相当たるメンツを持つ六人の人物だった。
星咲が認めた七人の隊長を前に思わず冷や汗が流れてしまった。
「なんだよ、氷洞。こいつが俺らの相手か?……全然やる気出ねえんだけど? 」
「あぁ、こいつ!学園の英雄とか言われて調子乗ってる奴じゃん!知ってるわよ、私はぁ〜ん 」
「正直、私は理論的に話を進めたいのですが、つまり私達七人でコレを殺せと? 」
筋肉と図体が常軌を逸している男と、かなりの魔力を秘めた謎の女性を制止するように、眼鏡をクイっと持ち上げたインテリ系の男が発言した。
「そうです、一澤さん! 」
「……ははは、これはこれは!何を言っているのかと思えば、儚く弱いだけのヤツが粋がって私達に命令しているだけでしたか。やばいヤツが居ると言ったから、焦ってきたのですが……もう良いですよ。先に死ぬのは貴方の方です。はぁ……何故、星咲はこんな役立たずを隊長に選ぶのか、あの人は分からない人だ。 」
冷酷に笑う一澤は、親指と中指を擦り合わせて合図をする。合図が何を意味するのかは、一瞬で理解が出来た。
一澤の合図によって、先程の図体の偉大な男と女性が凄まじい速度で氷洞へ迫る。
男の右腕は戦慄が走る程の魔力が纏われ始め、女の方は曲がりくねる不思議な鞭のような剣を伸ばした。
ーーこの間合いでこの速度、彼女に攻撃は当たり、確実に死へ陥る。
何らかの魔法で防ぐことが出来たとしても、きっとこの人達には届かない!!
「……凍てつけ!氷の大地よ! 」
中型アビス《雪女》の力を持った彼女を前にしても、一切怯むことのない二人の男女。
凍てつく大地に足を囚われそうになるが、全てがそこに現れるとでも悟っているかのようで出現位置を予測し、回避を行なった。
「なっ、なんで!? 」
「一年で隊長を任されて良い気になってんじゃねえよ! 」
「そうよ、私達は選ばれた《戦闘派》の隊長!強さこそが全てなのよ! 」
もう彼らとの間合いは、目と鼻の先だ。
彼女へ、俺へーー残された時間は少ない。
「やっと……私を受け入れてくれる場所が見つかったと思ったのに!!どうしてよ!隊長に就任して、調子に乗ってるわけないじゃない!毎日が修行で、皆に追いつくのが精一杯だよ!それでも必死に笑顔振りまいて、やれと言われたことは何でもやって!どうして、私をそうやって裏切るの!! 」
感情が爆発し、騒ぎ始めた彼女の絶望、哀しみの声、涙など戦闘狂へは届かない。
けれど、哀しみの中で彼女を一番に目の前で失いたくないと願う人物には届いていた。
今爆発した全ての感情も、音も、涙も、落ちる速度もーー《追憶の未来視》で理解したからこそ分かる全てだ。
「悪いな、女が泣くとこ見るのは大嫌いなんだよ! 」
「ヤダヤダ、汚い涙ね!死になさい! 」
あぁ、全てが終わった。
私の中の全てがーー、死ねば終わり。
あの日、私が決意したコトも破ってしまったというのに、壱君……私はどうしたらいいの?
…………助けて。
ふと目を瞑り、全てを諦めた。
ーー瞬間。
男女の殺意は、氷洞へ届かなかった。
その前に一人の少年によって制止されたのだ。
自分の拳よりも二倍はある拳を右腕で受け止め、縦横無尽に駆け巡る伸縮自在な剣を左手に携えた鞘に入った刀で受け止めた。
そして、彼の瞳に映るのは今。
激しい怒りと決して消えることのない燃え滾った闘志だ。
「氷洞さんの過去に何があったのかとかそういう難しいことは分からない!《戦闘派》の流儀とかも全部な!けど……仲間が信頼してくれているのなら、それに答えるべきだ!お前らには……何の絆もねぇのかよ! 」
女の剣を弾き飛ばし、剛力な男の逆側の拳が迫ることを予測すると、素早くしゃがんで回避する。しゃがんだことによって、相手の懐に侵入することが出来た俺は、勢いよく鞘の矛先で男へ打撃を入れた。
「……ぐおっ!!やりやがるなテメェ! 」
一歩後ろへ後退した男の隙を狙って、距離を取った。いきなりあの間合いは流石に厳しい。それに、この六人全員は計り知れない力を持っている。
それは、"体感"だけで分かった。
「……ふむ、益々理解不能ですね。私達は貴方の敵を一人、潰そうとしているだけではありませんか。かといって、私達が貴方の敵であることは変わっていませんがね。何故、助けたのですか? 」
一澤は嘲笑の笑顔を向けながら、眼鏡をクイっと持ち上げた。
「……もう二度と……目の前で人を失わせたくないからだ!!お前らは全員俺が……ぶっ飛ばす! 」
此処に《戦闘派》隊長六名と、冴島夜十の戦いの火蓋が切って落とされる。
覚醒の扉の錠が音を立てて崩れ去ったーー。
五十五話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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@sirokurosan2580
毎日投稿復帰まで後少しです!
あぁ、頼むよWiFi!
それでは次回予告です!
家族に捨てられて、凍てつく心は溶かされない。私は居場所が欲しくて、この学園へ入ったの。魔法師になりたかったわけじゃない。特別な居場所が欲しかったんだよ。私はーー氷洞零。
次回もお楽しみに!
【もうすぐ夏だね! 】
「もうすぐ夏だし、氷洞さんの氷が役立つんじゃない!? 」
「はぁ?もしかして、かき氷? 」
「そうそう!かき氷にイチゴとかメロンとかのシロップかけてさ!良いよね! 」
「シロップねぇ……冴島君知ってると思うけど、あのシロップって全部同じ味らしいよ? 」
「え……」
※知らなかった夜十は戦慄し、絶望のままにスーパーへ向かうのだった。
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




