第五十四話 正面衝突
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俺は湯遊川と星咲の居場所へ向かうべく、後者の方へ歩みを進めている。
《平和派》が拠点としている旧校舎よりも北にある《戦闘派》の拠点は、体育館の直ぐ隣、勇武館だ。
防御障壁が備え付けられておらず、いつでも修復班が館の壁やら天井の修復を行っている姿が大きく見受けられる場所。
星咲は其処で座り込んでいるのだろうか。今は、平和を嫌って誰かを傷つけてはいないだろうか。少しだけ不安な気持ちになった。
今日の学園は何故か静寂に包まれており、何とも近づき難さがあった。こんな時は、寮の部屋の中で引きこもっていたいくらいだ。
すると、湯遊川が難しそうな表情で顔をしからめながら俺へ問いかけてきた。
「星咲のことはどこまで聞いたよ? 」
「大した知識は持ってませんよ、星咲先輩にはもう一つ人格があって、その人格が平和を嫌うということくらいしか……」
「そうか……。彼奴が学園に入ってきてから《戦闘派》も《平和派》も変わっちまった。というか、学園全体が変わったんだ。あの白い悪魔に……」
湯遊川は寂しげな表情を浮かべながら、下唇を噛んだ。
「元々の学園は、こんなにも殺伐とした雰囲気ではなかったんだ。誰もが自由に自分達の力を高め合い、専ら殺しなんて無かった。 」
クロの過去の話を聞いてみても、流藤が死んだ時の学園側の対応を考えてみても、確かに普通に考えれば異様だ。
人が死ぬのが、殺されるのが当然かのように。どこまでも冷たい。
「……今の学園こそ住みにくい。二都が殺されても、誰も何も浮かべない。俺なら涙を流すさ……だって、大切な仲間がこの世を去っちまったんだから……俺は星咲を許さない」
湯遊川は瞳を血眼にして、決意を固める。それ程までに想われる二都という人物はどんな人だったのか。疑問が募った。
「あの……二都先輩ってどんな方だったんですか? 」
「あぁ、二都は……世界の平和を望む《平和派》の三代目統率者だ。リーダーシップがあり、人を統率することに長けていた。何よりも人を守る力と心が周りを魅了したんだと思う……」
湯遊川は俯きながら話を続ける。いつの間にか、目元には涙が宿っていた。うるうると彼の視界を濡らし、ボヤけさせる。
「クッソ……!!あの白い悪魔さえ現れなければ、俺らはまた楽しい朝を迎えられたんだ!なぁ、二都……八戸……咲、俺はもうお前らのところに行っていいか……? 」
俺の知らない名前を次々と口裏に浮かべながら、彼は溢れんばかりの涙を流した。
まるで滝のように流れ落ちる涙。嗚咽交じりの声は誰かに届いただろうか。
「……分かりました。心を鬼にして、俺が星咲を止めます!先輩は拠点に戻ってください、俺は……」
と、感情を昂らせ、一人で星咲の元へ向かおうとした俺の前に立ちはだかったのは赤い髪の男。見覚えがあり、今迄もずっと目の敵にしてきた相手ーー、朝日奈火炎だった。
「ふっ、どこへ行くんだ?冴島ァ!お?湯遊川も居るじゃねえか、二都が殺されたから隠れる盾が消えて、ウチのボスに殺されにきたか? 」
「……黙れ!火炎! お前らさえ来なければ、学園は平和のままだったんだ!絶対にお前らだけは許さない!! 」
湯遊川は俺の前に出て、右掌を火炎へ向けた。火炎も右掌を向ける。反射する気だ。
「《氷上に舞い降りた貴公子が如き、俺が進む道に一切の邪魔は許さない!凍てつけ!命の芯まで凍らせてやる!!絶対零度!》 」
周囲の空気と地面、湯遊川に干渉している全てがひんやりと冷たく凍てつき、巨大な氷の龍を具現させた。
龍は一匹だけではなく無数に蔓延り、四方八方から火炎へ襲いかかるーー。
だが、彼は怯むどころか顔色一つ変えない。
表情はどこか余裕げで口元をニヤリと歪めながら、《全反射》を展開した。
「はぁ……三年の癖に考えることは子供かよ。俺の反射に勝てるわけないだろ? 」
あぁ、その通りだ。この攻撃は防がれてしまう。火炎が展開した魔力の力と、湯遊川が展開した魔法の魔力量では明らかに火炎が勝っていた。
流石は、朝日奈の血を受け継ぐ男か。
氷の龍は火炎の反射壁へ触れた瞬間、一瞬で寝返り、今度は湯遊川へ襲いかかった。
けれど彼は逃げず、黙って目を閉じる。
《詠唱破棄》ーー自分の魔力を使用した魔法を使用しなかった状態へ戻す高位の魔法。
氷の龍は湯遊川へ触れる瞬間、音を立てて崩れ落ちる。粉砕した氷の欠片は微動だにせず、地面を濡らした。
「……冴島夜十!俺はこの通り、火炎との喧嘩は絶対に負けない!星咲はこの先だ!行け!若き英雄よ! 」
「……行かせるわけねーだろ!?テメェのような雑魚なんざ、俺が一瞬で崩してやらァ! 」
火炎は地面に手を伏せて、反射壁を発動させる。すると、土の中に埋まった反射壁が巨大な土の礫を生み出し、一気に宙へと押し出した。持ち上がった礫がまるで流星群のように落下し始めると、湯遊川へ襲いかかる。
「……冷気は俺を慕ってくれている。氷の力がお前如きに負けるわけねえだろ!! 」
先程の魔法の残り香で凍てついた空気が周囲には漂っていた。どんなに火炎が強くても、今此処は湯遊川のフィールド。
冷気漂う世界で彼が負けることなど無い。
降り注ぐ礫の流星群は彼の領域に足を踏み入れた瞬間に凍結され、力を失ったかのように地面へパラパラと落ちた。
俺は、この戦闘の中で火炎からかなり遠い位置まで移動していた。
俺が星咲を止めなければならない。今、ヤツを止められるのは恐らく俺しか居ない。
二都という人物が望む平和、湯遊川が望む平和も、風見が望む平和もきっと同じなのだ。行き着く先は、誰だって争いのない世界を作りたいと願っている。
俺だってそうだ、アビスが居ない世界を作りたい。
二度と目の前で人を失わないような平和の象徴とも言える世界を、この手で!
「……まぁ、良い!俺が抜かれても、次はボスではない。直ぐにボスのところまで辿り着けるわけがないだろう。行きたければ、隊長全員を倒すが良いなァ! 」
火炎は両腕を広げながら大きな声で叫んだ。彼が余裕の笑みを浮かべていると、《祈願派》の拠点がある教会の近くの森からは火炎の隊の兵士が現れる。
数は十を超え、其々が自分の魔力で具現化した剣やら鉈、拳銃を持っていた。
彼らは火炎の指示を待ち、表情を全体的に歪めながらニヤついている。だが、ハタから見れば絶望的な状態に追い込まれたはずの湯遊川も笑っていた。
「オイオイ、絶望的過ぎて頭でもおかしくなっちまったか? 」
火炎の挑発にも乗らず、彼は頭の中に一人の少年を思い浮かべる。
"冴島夜十、お前には何かを感じるよ。二都が持っていた何かを"。
そう頭の中で呟いた後、目の前で刃物を舌舐めずる男達を前に湯遊川は静かに、氷の刃を手に取った。
火炎から大分離れた俺は、背後の湯遊川の方へ振り向くことなく真っ直ぐに突き進んだ。
《戦闘派》の拠点までは後少し、勇武館は前に体験へ行った時に行ったことがあるから場所の理解は出来ていた。
けれどーー俺の前に見覚えのある少女が立ちはだかった。それはクラスメートで、朝日奈とは対を成す魔法を使用する人物。
「……そんなに急いで何かあったの? 」
彼女の囁きは冷気と共に俺の耳へ届いた。凍てつく冷気と地面は、パリパリと奇妙な音を立てながら植物をも呑み込む。
「氷洞さんこそ、こんなところで何をしているの?休日だからお散歩かな? 」
氷洞零。彼女は確か、《戦闘派》の隊長を任されていたはずだ。だとすれば、これは星咲の命令?
二都が殺されたとなれば《平和派》は困惑し、怒りに満ちて、自分の居る拠点へ乗り込んでくる。
全ては星咲の計算だった?
そうなれば、ヤツは見込違いだ。乗り込むのは俺一人なのだから。
「ふふふ、まさかクラスメイトと戦うことになるなんてね〜。ウチのボスは人が変わると聞いてはいたけれど、ああまで変わるとは思ってなかったよ。分かってるんでしょ? 」
彼女は氷で具現した剣を空中に何本も発現した。宙へ浮きながらも、矛先は俺の方へ向けられている。
「まぁ……だよね。クラスメイトだからって見逃してはくれなさそうで、氷洞さんって以外と血の気が多いんだな!! 」
氷の剣が狙いを定めて飛び交い始めた瞬間、俺は体勢を低くして両足が出るタイミングを殆ど同時に行うと、彼女の発現した剣を難なく避けることに成功した。
コントロール力までは朝日奈に劣るようだ。
「……小賢しいわ!! 」
直ぐさま新たな氷の剣を具現化した彼女は俺の方へ放った。
真っ直ぐの軌道でしか進むことの出来ない剣だが、速度はかなりのモノ。速度と軌道を瞬時に見極めて華麗なる回避行動を続ける。
彼女の魔力消費量の大きさは分かっていないが、朝日奈レベルではないだろう。だとすれば、連発は出来ない。多少のインターバルは必要になってくるはずだ。
すると、彼女は立ち止まったように魔法の展開を一切中止させた。
「さっきから逃げてばかりだけど、その腰に指した白い刀剣は使わないのかな? 」
「普通ならそんな挑発に乗らないんだけど、今日は特別に……乗るよ。 」
鞘も柄の部分も真っ白に降り注ぐ雪のような純白の刀の柄へ手をかける。そして、重心を低くして相手の動きを読むために一切の集中を咎めた。
「ふうん。君とはあまり話したことがないけれど、仲良くなれそうなタイプではないことがよく分かったよ。君は平和を望む甘ちゃんタイプだね……」
彼女は氷の剣を二本携え、大きく一歩を踏み出した。勢いよく飛び出た彼女の身体はやや前のめりで凄まじい速度の中、俺との間合いを確実に埋めてきている。けれど、完全には攻めない。心の内の何処かで警戒している。
恐らく、彼女はこのタイミングで俺が居合いを放つとでも考えているようだ。
だが、それは大きな間違いーー。
ーー俺は深々と深呼吸をして目を瞑った。
彼女から出る全ての音、角度、剣の生成速度、軌道、攻撃パターン、今までの回避行動で得られる情報を瞬時に分析、データ化。
完璧な彼女の"未来"を生成完了!
データの洗練、異常ナシ。
感覚の異常ナシ。
《追憶の未来視》に異常ナシ。
俺は彼女へ最終通告を紡いだ。こうなれば、負ける理由がない。沖と戦った時のようなアクシデントが起きなければの話だけれど。
「……うん、把握完了だよ。俺はもう君の全てが"視える"! 」
「何わけわかんないこと言ってんの!!あんたは私に殺されてくれさえすれば良いの!そうすればボスは……」
彼女は焦っているのか、小言を吐き始めた。星咲に何かを吹き込まれたか……?それにしても、クラスの中では誰に対しても優しく気配りの出来る性格の持ち主なのに、今は人が変わったように口調が荒い。
「氷洞さんにも背負ってるものがあるんだね。でも、俺にだって背負ってるものはあるんだよ、絶対に此処で負けてはいけない! 」
そう断言すると、彼女の表情はいつもよりも強張る。鋭い眼光で睨みつけながら、一切の警戒を解き、間合いを気にして一気に攻め込んできた。
凍てつく氷の剣は水色の刃を光によって透き通るように輝かせ、今日もまた赤い液体で溶かされる。
彼女の心の中にはこう書かれていた。
「はぁぁぁぁぁあああああ!! 」
大きな声と共に目を瞑った俺に対し、ラッキーとでも思ったのだろう。真っ直ぐに剣を振り下ろす"未来"が見えた。純粋な女の子というのは実に嫌いじゃない。直向きな心は特に素晴らしい……けれど、今はーー。
「……その気持ちが命取りだよ。言っただろ?俺には全てが視えているんだと」
一閃の一振りで氷の剣を両方とも粉砕し、彼女の首へ刃を突き立てる。
「なっ……!?こ、これが世界蛇を倒した学園の英雄の実力!? 」
「はぁ……全て視えてるって言ったよね? 」
直後ーー、俺へ降り注いだ氷の剣を、
視えていた"未来"で察知し、高熱を帯びた炎の剣で相殺した。氷と炎では、やや此方の方が上なのか、生成した本数は一緒にも関わらず破壊された剣は炎の剣の方が勝っている。
俺は彼女へ刃を突き立て、最後のチャンスを与えよう。
丁度その頃、《平和派》の拠点は血に飢えた戦闘狂に包囲されていた。
突然の出来事に風見も沖も店長も、あの日の戦慄を思い出す。
ーー"学園戦争"の勃発を。
五十四話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
今回は、自分が小学校の頃から夢だった氷魔法を使ってみました!良いっすね(*´∀`*)
次回は、次々と迫り来る《戦闘派》の軍団に夜十は苦渋の決断をする!!
次回もお楽しみに!
【時間がないので休みです】
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




