第五話 派閥体験 ①
軽い身支度を済ませると、
寮室を出る。
昨日の投票後に、各隊長から直々に各派閥が拠点としている場所についての説明を受けたのだ。
ーー説明されたことは覚えている。
《平和派》が拠点としている場所は、本校舎の裏側にある旧校舎全てを統括しているらしい。
行き方は、本校舎の下駄箱に置いてある案内板を見ればわかるというので、
俺は言われた通りに案内板のある場所に到着すると、板に視線を移した。
……成る程。
案内板を臆して、
旧校舎への道を歩いて進んだ。
ーー旧校舎《平和派》拠点前。
本校舎から旧校舎へ行くまでに通る際、一度外に出なければならない。
と言っても、灰色のコンクリートで出来た渡り廊下を通っていけば問題はないが。
本校舎や本校舎前にある、白く洋風な雰囲気の鐘台とは打って変わって、旧校舎の雰囲気は木造建築の和風。
《平和派》と称しているからには、喧嘩さえないのかと思えば、旧校舎の外装は明らかに争わなければ付かない傷や、黒くなった血液が壁に水滴のように付いている。
俺が旧校舎の入り口の前に立つと、
背後から黒く長い髪を風に靡かせながら歩いてきた女性が俺へ一言紡いだ。
「……おー、冴島夜十君じゃあないか!今日はウチの体験だっけ?」
女性からは謎のオーラが感じられた。
強さと言うよりも恐怖?
なんとも不思議な感覚に困惑する。
「はい、そうですけど。……貴方は?」
「私は、風見蓮。《平和派》を統率している者さ!ん、立ち話もなんだし、中入ろ?着いてきなよ、案内したげる!」
古びた木造建築の引き戸を開けると、
スノコが敷いてある旅館のような玄関が視界に現れた。
上履きを脱いで、玄関の横一列に置かれている下駄箱に整頓した形で入れると、
彼女は玄関から見える三本の分かれ道の内、真ん中の直線を歩いて行った。
俺もすかさず、それに付いていく。
歩いていくと、直ぐに引き戸の教室の扉が現れた。
旧校舎の為か、表札はかけられていない。
彼女が引き戸を開け、俺はその中のものを目にしてしまった。
「……なっ、なんですかこれは!!」
昨日の振り分け試験で違和感を感じた、体育館同様に壁と床の色が全て水色の防御障壁があり、教室の面積を軽く超越した広さになっていた。
「我々の演習場だよ。君は体育館の防御障壁を見ただろう?あの技術は我々のモノなんだ。後で店長も紹介しないとな。」
彼女が演習場内に入っていくのを見て、疑問が湧いた。
何故、自分をここに連れてきたか、だ。
「風見さん、もしかして、貴方と戦うんですか?」
「うーん、それは無いね。私は戦闘員ではないんだ。
ちょっと待っててね、今から呼ぶから!」
彼女はポケットから端末を取り出すと、
ポチポチと液晶をタップして、暫くすると、ポケットの中にしまい込んだ。
するとーー
廊下の方から足音が聞こえ、
演習場の扉が開いた。
「風見……酷いじゃないか!!俺を《平和派》から脱退させるって!俺はお前のために沢山の仕事をやってきたというのに、何をしたってんだっ!!」
茶髪の少年は、如何にも噛ませ犬という言葉が真っ向に似合うように見える。
少年が憤怒を見せる中、彼女は、ケラケラと顔を歪ませて肩をポンポンと叩いた。
「……ごめっ、ぷっ、くくくくく!!いやっ、ごめん、それ嘘だから!クスクス」
「はぁ!?!?!?!?」
盛大な疑問を紡ぐ言葉が出た時点で、
風見は彼に説明し始めた。
今日、体験をしに来た少年がいるから、その少年と手合わせをして欲しいことを。
「風見の嘘を喰らったのは何回目だろうか。まあいい……そんなことよりも今は目の前の試合に集中せねばな」
キョトンとしている俺と視線が一致し、
少年は身を乗り出すかのように近づいて来た。
「見苦しいものを見せてしまってすまないね。俺は、店長結弦。じゃあ、時間もないんだろうから、サクッと済ませちゃおうか!」
それがどういう意味を示すのかは分からないが、少しだけムッとしてしまった。
負けず嫌いの俺には、嫌な言い回しだ。
「じゃあ、私が審判するねぇ~。んと、ルール説明は振り分け試験と同じ!ただ、今回は特別ルールで一分の制限時間をつけるよ。一分で場を制せ!!」
一分で場を制す。
時間をかけて相手を分析していくのが俺のスタイルだと思っているのであれば、それは大きな間違いだ。
この場合でなら《追憶の未来視》を使うのは妥当ではない。
つまり、別の一手を使うのが普通だ。
「それでは、五秒前!
4
3
2
1
START!」
彼女の口からSTARTの文字が紡がれた瞬間、
時既に俺は茶髪の少年の懐に潜り込んでいた。相手の足を踏みつけて、牽制すると、軽く握った拳を隙だらけの下顎に直撃させた。
ーー決まった!
だが、ここから地面に叩きつけられるまでの間に彼はどう動く!?
殴り飛ばした瞬間に足を離したので、彼は宙を舞って、床に叩きつけられる。
ーー何もしてこない。
声を出しながらケラケラと笑っている審判と、白目剥き出しで完全にショートしている茶髪の青年。
俺は、この試合が何を意味するのかを全くもって分からなかった。
すると、風見は一通り笑い終わった後、
俺に満面の笑みで近づいて来て、こう言った。
「君、すごいねぇ?!どっかの組織とかで訓練してた?一般人の動きではないよねそれ!」
ギクッ!
だが、組織のことは口にしてはならない。
適当に独学とでも言っておけばいいだろう。だが、この手の輩がそう簡単に引くとは思えない。
ーーので。
「……先輩、あまりそういうことを詮索するのは良くないですよ?ある程度のプライバシーは考えましょうか」
と、威圧的な表情と暗く重めの声で言った。
「おー、怖いね~。まあ、ちゃんと"視れば"分かるから、いいよ別に、教えてくれなくてもさ!よしっ!店長、体験終わりだよ〜、新防御障壁の実験やろか〜!」
店長と呼ばれた青年は起き上がり、頭を痛そうに搔きあげ、俺の方を向いて笑顔になると、右手を上げて揺らすそぶりを見せて、風見と一緒に去っていった。
風見は去っていく直後、
振り向き様に俺へ、こう言った。
「冴島夜十、君は間違いなく逸材だ。いつでも、《平和派》に来るといい……すれば、君に本当の平和を教えてあげるよ」
「はい!ありがとうございました!」
新木場さんの影響もあってか、
光栄の言葉を貰うと体が反射的に一礼しながらのお礼に繋がってしまうようになっている。
俺は大声で、風見蓮を見送った。
ーー次は《戦闘派》か。
学園の中で一番規模が大きい派閥で、自由に戦闘をして狩りを楽しむ派閥。と、学園案内の資料には書かれていた。
拠点としている場所は体育館の隣の勇武館という建物だな。
俺は、旧校舎から出ていくと、渡り廊下を通って体育館の方へと歩き始める。
体育館に近づくにつれて、何やら、様子を伺う野次馬が野次を飛ばしながら、勇武館の入り口の方に視線を向けているのが見えた。
ーー何かあったのだろうか?
俺は、野次馬の一人に小声で問いかけた。
「……何かあったんですか?」
「ああ、《戦闘派》の連中が喧嘩を始めたらしくてよ!勇武館には防御障壁は取り付けられてねーから、大変なことになってんのさ!」
防御障壁が無い……?
ただでさえ、物騒な名前の派閥なのに拠点としている場所に防御障壁が無いとなると、周りに及ぶ被害は計り知れないものだろう。
「ありがとうございました。それでは!」
「おう、ってあんた!!その中に入るのかい!?」
男が言っているのは、中から黒い煙がモクモクと湧き、破壊音がしている勇武館だ。
けれど、用があるなら行くしかない。
謎の使命感に追われた俺は、
黒い煙が口に入らないように手で口元を覆いながら、中へと足を踏み入れた。
ーーそこで見たのは、目を疑う光景。
「オイオイ、燈火。やめようぜ、お前じゃオレ様には敵わねェ」
勇武館内で繰り広げられていたのは、
朝日奈燈火と赤髪の男のぶつかり合いだった。
《戦闘派》と思われる、複数名の男達は目の前の戦闘を楽しむように見物しており、止めにかかる様子もない。
「許さない!!……火炎、私があんたを殺してやる!!《残酷な炎を滾らせよ、華は散り行き、綻びを!地獄の炎花!》」
彼女が怒りに満ちた声と表情で、詠唱を放つと、彼女の体内の魔力が一同に膨れ上がった。
それは、今から発動しようとしている魔法が回数上限に大きな影響を与えることを意味している。
対する、赤髪の男は棒立ちのままに、
大した防御もせず、ズボンのポケットに右手を突っ込んで、左手を朝比奈に向けている。
男は余裕にも笑みを浮かべ、何かを呟いた。
その「何か」が何なのかを俺の動体視力は感じ取り、頭の中で複製する。
《全反射》
!?!?
このままではマズイ。
朝比奈燈火が最大を期して放つ魔法が、自分に当たってしまう未来が"視える"。
それはーー最悪の場合、死を意味する。
……ならば、考えろ。
彼女を助ける方法を。
思考回路を駆け巡らせ、
俺は次の行動に移すことにした。
爆炎が巨大な龍へと具現化され、
赤髪の男に襲いかかった。
彼女は、普段よりも強い魔法を放ったせいか、地面に膝をつく。
「……言っただろ?お前じゃ俺は倒せねェってよー?」
直後、彼の掌に業火の龍が触れたかと思えば、龍は方向転換して、再び彼女に襲いかかった。
ーー今だ!!
俺は、彼女に向かって行く炎の龍の前に立つと、両手を伸ばして、こう叫んだ。
「こうなりゃ、止めるしかない…!……うおおおおおお!!!」
彼女が放った豪炎を纏う龍は、
俺を喰らうように口を開き、計り知れない大ダメージを与えた。
燃え盛る炎の中、黒焦げになった俺は怯えて動かなくなっていた彼女の前に堂々と立ち尽くしていた。
「……ほう?なんだお前、何処のモンだ?」
赤髪の男が、面白そうなモノを見る目で興味ありげに質問してきた。
だが、俺は彼から目を逸らし、
驚愕した表情で俺を見つめている少女に視線を移した。
「……大丈夫?朝日奈さん、怪我はない?」
「なっ、なんであんたが!?」
彼女は俺を見るなり、
大きな声で叫び声を上げる。
「それは、なんでここにいるのかってこと?それとも、なんで助けたかってこと?」
「ど、どっちもよ!!あんた、頭おかしいんじゃないの!?」
助けたのに罵倒か。
これは実にお嬢様らしい答えだ。
「ここに居る理由は、《戦闘派》の体験に来たから!
助けた理由は、目の前で人を失うのは嫌だから。それだけだよ?」
「それだけって……!!やっぱり、あんた頭おかしいわね」
!?!?
なんで!?
ちょっと意味が分からない俺は疑問げな表情を彼女に見せた。
ーーそれを遮るかのように、
俺の眉間に一直線に放たれた剣が迫ってくるのを感じる。
一歩後退して、目の前に現れた矛の柄を掴み取ると、赤髪の男へ視線を移す。
「ほう?なかなかのやり手だな。お前、何者だ?どうして身を呈してまで、燈火を助けた?」
「冴島夜十、ここの派閥の体験に来たんだけど、知ってるやつとか知らないやつとかそういうのは関係ない。目の前で人が死にそうになってたら、助けないなんてのは最低のクズだからな!」
「フッ、ハハハハハハハハハハ!!」
男は、高らかに笑い始めた。
俺の言ったことがツボにでも入ったのだろうか。だとしても、この状況下で笑うという行為は等しく腹立たしい。
「……何がおかしい!!」
鋭い眼光と低めのトーンで彼を威圧しようと、視線を向ける。
その瞬間、彼の笑いは止まり、真剣な表情に変わった。
「これはこれは失礼。体験の冴島君だね。俺は三番隊隊長の朝日奈火炎。体験の予定なんだけど、そこに居る朝比奈燈火をこっちに渡してくれるだけで良いよ。……もし、断るようならここにいる奴ら全員を相手してもらおうかな?」
火炎は非情の笑いと、選択肢を与えて来た。
後ろで笑いながら、こっちを見ている少年達は、火炎の言葉に楽しそうな表情を見せる。
「……渡したらどうなるんだ?」
「それはお前が知るべきことじゃないよ。兄貴に刃向かった罰として、少しだけお仕置きを加えてやるだけさ」
なら、駄目だ。
どちらにせよ、火炎が炎の龍を喰らいそうになっても突っ込んでいたんだ。
場を牽制させるためには、やはり、
戦うしかない。
生憎、今日は黒剣を持って来ていないので、
剣を使った格闘は出来ない。
だが、こちらにとっては好都合だ。
多数の相手と戦う場合、剣を使うのは真っ当に良い意見とは言えない。
多数には拳で戦うのが妥当と言える。
「……やる気満々だな。今年の一年は、中々骨があるやつがいるようで良かった!!さあ、お前ら暴れてやれ!!」
目の前に降りかかろうとする拳の数々を俺は、空気の振動と共に臆する。
拳の位置と空気の振動、音、振り下ろされる角度、地面を蹴る瞬間、自分が感じられるもの全てを、さあ、臆そう。
五話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
基本的に午前0時を超えることを予想します。
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!