第三十話 熱
ーー《平和派》拠点。
旧校舎の発明室には、パソコンをカタカタと指で操る店長の傍で、心配そうに溜息を吐く、表情が暗い、風見の姿があった。
「はぁ……あれから三日経ったけど、相変わらず授業には出てきてないのかい?」
「……はい。ずっと寮室に引きこもっているようでして。」
彼女の問いかけに朝日奈が不満ありげな顔で答えた。
「どうしたもんかなぁ……燈火ちゃん、行ってくれば?」
「……へ?」
キョトンと顔を横へ傾けると、風見は続ける。
「何か伝えたいことがあるんでしょ?そういうのは早めに伝えておいた方がいいよ。様子見も兼ねて、ね」
「ちょ、風見先輩!心覗かないでください!!」
すると、黒い笑みを浮かべながらーー
「良いじゃん、減るもんでも無いし!良いね、青春してるね!!」
「マジで燃やしますよ!?いくら先輩でも……」
燈火は掌から炎を滾らせると、彼女はビクビクと怯え様に言った。
「す、すいませんでした……」
カーテンも窓も開けていない薄暗い寮室で、俺は死んだように眠っていた。
いつもであれば、《平和派》の拠点に行く時間だが、寮室の外へ出ることが出来ない。
まるでーー誰かに外へ出かけるなど言われている気がしてならないからだ。
それに……流藤が居たあの教室に、もう流藤は居ないのだ。
それだけで大量の涙が瞳から溢れ出し、その度に枕を濡らすのに、俺は教室に立った瞬間にどうなるのだろう?
大声で咽び泣き始めるに違いない。
それにーー人殺しにもう居場所なんて無いんだ。
三日前から夢の中でずっと呼びかけてくる声が聞こえる。それは、昔お世話になって、誰よりも大好きな人物の声によく似ていた。
その声が聞こえる時は決まってあの夢を見る時。
今の現時点では、声がする方向を振り向いた瞬間に夢の中での意識が飛んで、
こちらの世界に戻ってくるといった結末しか見えていないが。
ーー今日は違った。
360°何処を見回しても何も無い、真っ暗な空間。此処にあるのは、漂う静寂と虚しさのみ。
すると、俺の背後からコツコツという足音を立てながら誰かが歩いてきた。
誰なのかを確認するために後ろを振り向く。
いつもであれば此処で夢が途切れるのだが、今日は続くようだ。
声の主が誰なのかは、ハッキリと声だけで分かっていた。意気揚々とした面持ちで後ろを勢いよく振り返るとーー
そこにはーー血塗れの姉が立っていた。
彼女は俺を見るなり、怖い表情を浮かべながら、憎しみの篭った鋭い瞳で睨みつける。
そして、姉は俺に残酷な言葉を紡いだ。
「ねえ、夜十。……なんであんたの為に私が死ななくちゃいけなかったの?」
瞳から赤い血液を涙のように流し、鋭い眼光をぶつけてくる。
必死に下を俯いて、耳を塞いだ。
だがーーまた背後に現れる影……警戒心が高まっている為なのか、俺は勢いよく後ろを振り返る。
「……何が目の前で人を失わせないだよ。俺はお前に殺されちまった。どうしてくれる?なぁ、教えてくれよ冴島ァ!」
瞳と口、首から大量の血液を出血させながらまるでゾンビのようにノソノソと歩いてくる流藤は、悲しみに満ち溢れた、か細い声で俺に問いかけてきた。
するとーー
「ねぇ、夜十。……私は許さない」
「……冴島、俺はお前を許さない」
二人の言葉が重なった瞬間ーー
耳を塞ぎながら大声で叫んだ。
「……やめてくれッッ!!消えろ、消えろ、消えろッ!!」
そこで俺はベッドの上で跳ね起きるように目覚めた。
もがき苦しんでいたのだろうか、夢だというのに枕は汗でぐっしょりと濡れていた。
真っ暗な薄暗い部屋でベッドから立ち上がると、壁に取り付けられている押しボタン式のスイッチに力を込めた。
電源が入り、部屋は眩く白い光に包まれ、彼の双眸は眩んだように一度閉じた。
この光は、まだ……俺には早い。
ずっと気分がどんよりしているせいなのか、再び電気を消した。
暗い方がなぜか今は落ち着く……。
ーー"二度と目の前で人を失わせない"。
当たり前のように放っていた言葉で、自分が生きる為に信念として抱えていた言葉だ。
それなのに……!!
「……こ、ろせ。……冴島ァ……はや、くしろ!」
今でも忘れられない。
流藤の首筋に当てた剣の重み、感覚、肌に伝わる冷たい空気、首元を斬った時の血液の噴出する速度、臭い……音……!!
首筋を斬った後に、あり得ないほどの血液を外へ出しながら死んでいった彼の身体の機能が停止し、動かなくなった瞬間の崩れ落ちる速度、赤い水溜りに落ちていった姿も、まだ鮮明に思い出せる。
そして彼が最後に言い残した言葉もだ。
「冴島……朝日、奈のこと守って……やれよ!」
何でだよ、他にも言うべきことはあっただろ?
なのに、何で俺達の心配なんだよ!
ーー考えても考えても自分の力だけでは、
前に進めない程、俺の考えは上手く纏まらなかった。
次第に込み上げてくる怒りからか、部屋中の物を破壊して、その虚しさから立ち込める哀しみに耐えきれず、また一人で啜りながら涙をこぼし始める。
そんなことを繰り返していた時ーー寮室の扉をノックする音が聞こえてきた。
「……夜十ッ!あ、開けなさい!男子寮だから教員に見つかって何を言われるかッッ!!早く!!」
その声はあの時、身を呈して俺を守ってくれたーー朝日奈の声だった。
彼女は拳をバンバンと叩きつけ、寮室に入ろうとしてきているようだ。
だが、今回ばかりはごめん。
開けられない……こんな姿を見せたら、落胆されて勘当されるに決まっている。
それに……もう、俺は戦う理由も失ってしまったんだ。
「開けろって言ってんのが聞こえないのッ!?はぁ……強硬手段は取りたくないのだけど仕方ないわね」
彼女は俺が扉を開けないことを確信し、
外側から自身の身体を発火させて空気中に溶け込ませると、扉の下の僅かな隙間から「熱」として部屋に入り込んだ。
ーー瞬間。
部屋の温度は一気に上がり、泣き噦る俺の涙を一瞬のうちに蒸発させる。
何事かと上を向くと、「熱」が一気に一つの場所に収束したかと思えば、見覚えのある容姿を作り上げていくのが分かった。
まさかこれは……鳴神先輩と同じ?
自分の身体を「熱」に具現化させる高難易度の技のようだ。
「……なッ、どうしたんだよ。朝日奈!あぁ、授業に出ていなかったのは体調が悪くてさ……連絡しなかったのは悪いと思ってるよ、明日から出るから大丈夫だからーー」
後半、自分でも何を言っているか分からなくなっていたが、彼女は俺の言葉を聞こうともせず、ただただ遮るように胸元へ飛び込んできた。
突然のことで大した受け身も取れず、俺は仰向けに押し倒されてしまう。
その状態で俺の腕を掴み、逃れられない体勢を作り出すと彼女は問いかけてきた。
「ねぇ、なんで授業に来ないの?皆、心配してるよ……?」
「うん……でも、ごめん。……俺は今、分からないんだ。俺が掲げてきた信念が何だったのか、もう二度と思い出したくない程に、忘れ去りたい程に、自分がどうすればいいのか分からないんだッ!!」
最後、感情的になってしまい、無意識にも強く怒鳴ってしまった。
ああ、朝日奈は悪くないのに……俺は八つ当たりして、どうしようもないクズだ。
そう思って自分に落胆した直後ーー
彼女は俺が思わず、目を見開くほど驚愕する言葉を言い放った。
「……なら、一度忘れなさいよ。流藤のコトとか、この間にあった出来事とか全部忘れてさ……一度楽になるの。あんたは、恐ろしく記憶力が良いんでしょ?
私にはその記憶力で記憶した細かい情報に追い詰められているようにしか見えない! 」
追い詰められて……?
それ程までにセッパが詰まっているように見えるのか……まあでもそうだろうな。
自然と涙が止まらない俺に、彼女は優しく猫撫で声で言った。
「ちょっと、目を瞑って……」
「え……?」
「良いから、瞑りなさいよ! 」
このタイミングでどういうコトだろう?と疑問に陥るが、彼女へ言われるがままに目を瞑った。
ーー瞬間。
俺の唇に柔らかく暖かいモノが重なり合う心地の良い感触が口元を覆った。
あまりに突然すぎるコトに最初は、
磁石のように、N極同士が反発し合うが如く抵抗していたが、自然に両手を朝日奈へ回した瞬間から俺の唇はS極に変わり、安堵したように唇を許した。
暫くして唇を離すと、彼女は顔を赤らめながら俺に視線を向けず、下を俯き様に恥ずかしがりながらとある言葉を吐いた。
「……これから、どうしたら良いのかって??
わっ、私はあんたを支えるから、あんたは私を支えなさい!
お互いに護りあって生きていきたい……!
そうすれば、もう二度と流藤の時みたいなことは私が意地でも……させないッッ!!」
ふざけて言っているのかと思えば、彼女の瞳は真剣そのものだった。
一ヶ月ほど前までは、警戒心の強いお嬢様だったのに対し、今は俺を見て、俺を支えたいとまで言ってくれるようになった。
この心の変化は、俺にもあるものだった。
最初は面倒臭いお嬢様だと思っていたのに、いつしか護りたい人物へと変わっていたのだ。
確かに彼女が俺を護って、俺が護ればお互いがお互いでどんなに辛い思いも吹き飛ばせるような気がする。
それでも、良いのか?
俺は彼女の気持ちを嬉しいと捉える。
もし、無理しているのであれば今なら巻き返せる。俺は面倒臭い人間だ……。
「あ、ありがとう……!
で、でも朝日奈……俺なんかで良いのか?」
「はぁ?良いに決まってるでしょ!!
この鈍感男!!
私は!!!わ、私は……」
彼女は、勢いよく言おうとした言葉を頭の中に浮かべると思わず赤面し、ギリギリのところで踏み止まった。
「え?」
「バカバカバカ!!
好きなのよ、私は!!
あんたの信念とか、全部!!
あ、あんたはどうなのよッ……!!」
俺は彼女の姿にクスッと笑ってしまった。
あぁ、俺はもう一人じゃない。
一緒に笑って、一緒に支えてくれる人が居るんだ……俺を護ってくれる人が……!!
そして、彼女の問いかけに俺は。
自信を持った声でーー
「……俺も朝日奈のこと大好きだよ。
これから先もずっと護らせて欲しい……だから、一緒にそばにいてもいいかな?」
俺の言葉を聞いた瞬間に笑顔になった彼女は、素直になれない性格なのだろう。
赤面しながら強めの声で。
「あっ、当たり前でしょ!!
何度も言わせないでよッッ!!」
流藤……お前が最後に言ったこと、こういうことだったんだな。
俺はお前を忘れない……忘れないだけで良いなんて思ってはいないけど、朝日奈と二人でお墓参り行くから……!!
それまで安らかに眠っていてくれ!
三十話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
TwitterID↓
@sirokurosan2580
今回で《侍編》は終了です!
ええっと、夜十と燈火ちゃんくっつきますよね?とかTwitterのDMで言ってくれた方、はぐらかして御免なさい!お望み通り……くっつきましたよ!!
じゃあここで次回予告ーーっ!
朝日奈の頑張りで何とか立ち直った俺、
次の日、教室に向かうと朝日奈の様子がなんかおかしいんだけどぉ!?えぇ!?
次回から当分シリアス無いです(^^)
普通のギャグと恋愛交えに戻りまーす!
次回もお楽しみに!!
【死後の世界】
「よっしゃぁぁぁぁ!!
やっとあの二人くっついたぜ!!
俺の最後の言葉のお陰だな!
末長くお幸せにッ!」
「涙拭けよ、流藤」
※巨大烏賊に渡されたティッシュで涙を拭いた流藤なのだった。
拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!




