第三話 薔薇色の髪の少女
ーー走り始めてから数分後。
やっと、校舎と天高く伸びている展望塔のようなモノが見えてきた。
全体的に校舎も建物も白色が強調されていて、洋風な造りになっているようだ。
校舎前の玄関付近には、小さな噴水と複数個のベンチが用意されている。ここで昼食でも取れば、なかなか気持ちが良さそうだ。
そのまま玄関に走って向かおうとした刹那ーー前方に桃色の髪の女の子が見えた。
ヤバい、このままではぶつかる!!
急なブレーキも通じるような速度ではない夜十は、体を斜めに傾け、少女を避けてみせた。
「あわわわわわ!!……ぐえっ!!」
避け切ったはもののブレーキなど踏めるわけもない。壁にヒビを入れて激突してしまった。破壊音とぶつかった時の音で気づいたのだろう、少女はこちらを覗くように視線を向けていた。
「……ちょ、ちょっと危ないじゃない!」
少女の怒鳴り声を聞く間もなく、顔面から壁にぶつかってしまった。それもかなりの勢いで。
鼻からは血液がポロポロと垂れている。
しかし、そんなことはお構いなく、少女は腕を組んでイラついたようにこちらの方へ歩いてきて、こう言った。
「……どこ見て走ってんの!?危うくぶつかるところだったじゃない!こんなとこで速度強化系魔法を使うなんて、正気じゃないわね!あんた、何者よ!」
何と態度の大きい少女だろう。
それに、あの速度を見切れる動体視力を持っているなんて、自分と同じ新入生だろうか?
いや、歳上の先輩かもしれない。
聞かれてしまったので、恐る恐る口を開いた。
「えーっと……俺は冴島夜十。今日からココの学園に新入したんだけど、君は?」
彼女の髪はツインテールで手早く纏めており、赤というには鮮やか過ぎず、桃色というには言葉が足りない気がするーー例えるなら、薔薇色だろうか?
綺麗な髪の色をしている。
それに加えて、鮮やかな赤色の瞳。
炎でも瞳の中で滾っているのではないかと思うほどに美しい瞳をしていた。
誰の目から見ても彼女は正真正銘の美少女であることが理解出来る。
何処かのお嬢様だろうか?
彼女は、薔薇色の髪を右手で整える仕草をすると、腕を組み直して偉そうな態度で言った。
「……私は、朝日奈燈火よ!」
朝日奈……?
夜十は、この名前に強く聞き覚えがあった。
魔法師を志すことを決めた人物であれば、一度は聞いたのことのある名前。
朝日奈流魔術、炎魔法の産みの親である朝日奈火十郎の統率している一家の名だ。
そう言えば、一家の中で最も炎操作系魔法に特化した少女が丁度同じくらいの年齢だったことを新木場さんに聞かされたことがあった気がする。
「朝日奈という名前に対して何の反応もないのね。……知らないのかしら?」
「勿論、知っているよ。君がお嬢様なのも知ってる」
彼女の表情はあからさまに曇った。特に"お嬢様"という単語に激しく反応したような気がした。
「まあ、私は一家の中でもかなり優れている方だから、あんたみたいな一般人で魔法師を志しているような奴なんて、一捻りで余裕に潰せるわよ!!ふんっ!精々、下の方で頑張ってなさい!」
それだけ言って、彼女はどこかへ行ってしまった。やれやれと溜息を一つ零して、彼女の後ろ姿から視線を外した。
「やっぱり、お嬢様だなあ。俺は苦手なタイプだ……」
夜十は玄関の自分の名前が書いてある指定の靴箱に靴を置くと、持ってきた上履きに履き替えて教室へ向かった。
「……一年A組は、うん、ココか」
1-Aと書かれている標札のある教室の扉を開けて、机の上に自分の名前が書かれている席に腰を下ろした。
一年生の教室は、玄関から最も近い造りになっているため、玄関前に置いてある構内案内図を見る必要もなく教室に辿り着くことができた。
この学園の案内書にも書いてあったが、
入学式は午後からで午前中は自分のクラスに慣れるためのレクリエーションがあるらしい。
レクリエーションと言う名の自己紹介であることはまず間違いない。
誰も居ないので、暇そうに机に突っ伏して目を瞑る。朝早くから起きて、組織内の挨拶に行っていたので少しだけ眠かったのか、夜十はすぐに眠りにつくことが出来た。
ーー数十分後。
寝ている夜十を御構いなしに、腕を引っ張ったり、肩を突っついたりして、起こそうとしている少年の声が聞こえた。
きっと、もう寝てから随分時間が経って、教室内に人が入ったからもう起きなければならない時間なのだろう。
だからと言って、初対面で、そもそも顔すらも合わせてないような奴を起こそうと思うか?
全くおかしな奴に出会ってしまうようだ。
仕方ないので顔を少しだけ上げてみると。
「ねえねえ!君、起きてよ!あっ、起きた!!ねえねえ!!」
その少しの動きだけでチラッとしか見えなかったが金髪の少年は、はしゃぐ様に俺の腕を叩く力が強くなった気がした。
面倒なので、また腕の中に顔を埋める。
「……あー、もう寝ないでよ!もう全員に挨拶したのに、残りは君だけなんだからー!起きてー!」
全くもって自己中心的である。
仕方ない……起きるか。
顔を上げて、目の前の少年を凝視した。
「やっと、起きた!!俺は久我祐一!よろしくね!君は?」
トントン拍子で会話を進めていく彼の会話速度についていく気も起きなかったが、こればかりは仕方がない。
机から上体を起こして、椅子に座ったまま腕を上に伸ばして伸びをすると、金髪の少年に口を開いた。
「……ん、俺は冴島夜十。まあ、よろしくな!んと、久我で良いのか?」
久我祐一と名乗った青年は、
神々しくも明るい金色の髪を、ツンツンと尖らせている髪型で黄色の瞳をしていた。
容姿と椅子の座り方、話し方を見る限りでは一般の中学校を卒業して高校に入ったような子供臭がする。
「いいよー!んじゃ、夜十君よろしくぅ〜!」
久我は俺の目の前の席から立つと、自分の席に戻っていったようだった。てっきり、俺の前の席の人物なのかと思えば単純に自己紹介をして親睦を深めようとしているだけらしい。今は自分の席に止まって、後ろの席のやつと戯れている。
夜十にはあのコミュニケーション能力はない。見習いたいところではあるが、何というか微妙な気持ちだ。
「はぁ……?!な、な、なんであんたがこんなところにいるのよ!!」
飛び跳ねる様に驚いた声が後ろから聞こえた。恐る恐る後ろを振り返るとーー
「あんたの席、本当にここかしら?よりにも寄って私の前の席なんて……」
ーー顔を真っ赤にして、
本気で嫌がっている表情の朝日奈が居た。
「あぁ……お嬢様か。ん、間違いなく俺はこのせ……!!」
夜十の言葉を遮るように、机を跨いで鋭く伸びてきた長くスラリとした綺麗な脚は、顔面を捉えるように放たれた。
賺さず、彼女の蹴りを座りながらも後ろに後退して避けると、避けた時の勢いのせいで、椅子の足のバランスが崩れてしまい、床に尻餅をつく形で椅子から落ちた。
「……チッ」
上を見上げると、彼女の不機嫌そうな表情と共に舌打ちが聞こえてきた。
相当、"お嬢様"というワードを言われるのが嫌らしい。今度は気をつけよう。
そう心に言い聞かせると、自分の椅子に腰を下ろし、唖然となった教室内の空気に気づくことなく、溜息を一つ吐いた。
「……なんかあそこ、気まずいんだけど」
クラス内が騒めく中、
爽やかな雰囲気で場の空気を一瞬にして変えたのは出席簿を片手に教室に入ってきた女性だった。
「おはよーー!皆、席について〜!!」
教卓の上に、出席簿を置いて、茶髪で短髪の教員と思わしき女性は席を立っている少年少女に向けて大声で叫んだ。
彼らが席に着いたことを確認すると、彼女はさらっと自己紹介を始める。
「はい、着いたね!!私は、夕霧恋歌!ココの学園の教員していて、今日から君達の担任となった若きピチピチの先生death☆」
「デス」の部分が「death」と発音がよく、英語が得意な様に聞こえる。それに、「death」なんて朝っぱらからなんて物騒な教員なのだろう。
最初の爽やかな雰囲気とは全くもって真逆だ。
彼女は、深く一礼して、
持ってきた出席簿と口を開いた。
「……えーと、それじゃあ、まず、自己紹介してもらうよー。んじゃ、あ行だから朝日奈さんからね!」
後ろから彼女が席を立つ音が聞こえ、
恐る恐る後ろを振り向くと、凛とした姿で俺など視線の外れにすら置かず、真っ直ぐ黒板だけを見据えて口を開き始めた。
「朝日奈燈火です。他の人と戯れる時間はあまり欲しくないので、必要時以外はあまり話しかけないでください。よろしくお願いします。」
最初から冷たい態度で紡がれた自己紹介に、教員の夕霧も唖然としていた。
場の空気を和ますことも追いつかずに、教室内は静寂に包まれてしまった。
「……あっ、じゃあ、次、前の席の冴島君、どうぞ!」
出席番号順とかではなく、席の順番で決まっていくのか。
よく分からない自己紹介の順番にやや戸惑い、微妙な表情で立ち上がると全員の視線を跳ね除けながら黒板に視線を向けて。
「冴島夜十です。皆さんと楽しく魔法師の勉強をしたいと思っています。よろしくね!」
「はーい、ありがとうございましたー!」
今度はさっきよりもマトモな自己紹介に安堵したのか、夕霧はホッとした表情に包まれていた。
相変わらず、後ろのお嬢様は俺が後ろを振り向くと嫌な表情で睨みつけてくる。
お嬢様ワードは本人の前では禁止というのは心に誓ったけれど、そんなに怒ることか?
分からないが、何か嫌な思い出でもあるとか?
だが、その辺を詮索するのはマナー違反だ。
夜十も過去のことを詮索されるのは好きではない。自分のことでさえ、聞かれたくはないからだ。
その後も深く考え込み、
いつのまにか、教室内の空気が和やかになって、自己紹介が終わったような頃。
夕霧は、パンッと手を叩いて、次の行動についての説明を話し始めた。
「えーっと、次は体育館で入学式を行なって今日は終わりよ!長く話しているだけって退屈かも知れないけれど、聞いておいて損はないから先生の話は必ず聞くように!はい!移動!」
席を立って、全員が移動する中。
後ろの席の朝日奈は腕を組んで座ったままだ。
疑問に思ったが、さっきの蹴りの件もあり、接触するのは良くなさそうだ。
彼女を無視して、体育館へ向かった。
「ココの学園の体育館広っ!?」
久我が大きな声を出してはしゃいでいるが、気にしない。彼はもう、そういう枠なのだ。簡単に言えば、お子様枠。
子供を相手にするのはあまり得意ではない。
だが、彼の意見も確かにと言いたくなるほどのスケールの大きい体育館だ。
流石、日本が誇る国際魔法協会が造った魔法師を育てる学園である。
これについては、ぐうの音も出ない。
「一年生は入場口にお集まりください。繰り返します、一年生は入場口にお集まりください。二年生と三年生はその場で待機をお願いします。先生方、注意事項を守っているかの確認等をよろしくお願いします」
綺麗な女性の声で聞こえてきたアナウンスは、校内に響き渡る。
アナウンスに言われた通り、入場口に並ぶと前方に朝日奈が見えた。
彼女は此方を向くと、
露骨に嫌な表情で睨みつけて、プイッとそっぽを向いてしまった。
やはり、嫌われているようだ。
後で、隙を見つけて謝るべきか。
新入生が群がるように入場口に集まっていると、各担任の教員が整列するように呼びかけ始めた。
ということはーー
「……チッ」
ーー必然的に後ろに来るわけだ。
彼女の舌打ちが耳元で聞こえてくる。
大勢の中で縦に並んでいるので、教室の中で机を挟むほどの距離の長さは存在しない。
「……それでは、一年生入場です!!」
アナウンスの女性が声をかけると、
体育館の入り口の扉が開き、先頭列は中に続々と入っていく。
学校側が指定してきた席の順通りの順番で整列しているためか、俺の順番は割と後ろの方の列だ。
だが、1-Aは最初を飾るクラスだ。
神妙な面持ちで緊張しながら、体育館へ入ると、莫大な人数が一階の観客席と二階の観客席を満員にするようなレベルで学園に入学してきた小童に視線を向けている。
ーーー観客席二階にて。
黒く長い髪の少女が、自身の持つ綺麗な黒色の瞳で入場してきた新一年生を見つめている。
隣には、金というよりは黄土色のような、片やクリーム色のような落ち着いた髪色の少年が、金色の瞳で彼女の横に寄り添うように少年たちを見つめていた。
「……今年の一年生はいい生徒が居そうかい?」
「うん、まあ……《平和派》に貢献してくれそうなのは私が見ただけでも三人くらいじゃないかな?」
彼女は体育館に入ってきた、新入生、総勢230名の中身を一瞬で"覗いた"。
その返答に対して、少年は苦笑しながら彼らの可能性に期待を向けた。
「まあ、明日の新入生試験でめぼしい人が見つかれば良いね。風見が選出した人は、毎回ウチに貢献してくれそうな人なんだけどさ」
ーー入学式後。
教室に一度戻ってきた生徒一同は、
夕霧から明日の大事な予定についての説明を受けている。
「明日は学園内にある派閥に所属する為の試験があるのを知ってるわよね?ウチの学園には、四つの派閥が存在しているわ。平和の象徴《平和派》と残酷の象徴《戦闘派》、祈りの象徴《祈願派》それともう一つは、選ばれなかった《無所属》よ。 」
「明日行われる一対一のバトルマッチで、自分の良さを必死にアピールしなさい。そうしなければ、貴方達の目指している道は閉ざされてしまいますよ。因みに、明日の試合のルールですが、魔法の使用は認められていますが、使用上限が5回未満の生徒は認められません。この歳で上限が10回未満の生徒も居ないとは思いますがね。後は、武器の使用も大丈夫です!それと………」
その後の話は聞いていなかった。
明日の天気の話とかそういうどうでもいい話だ。
まず、ここで生き残って行くためには何処かに所属しなければならないということ。
大丈夫、八年の修行を存分に活かせばどんな敵であろうと打ち負かすことができるはず。
どうやら、対戦相手は明日に分かるようだ。
明日に備えて、
今日は早めに寝よう。
夜十はそう、心に誓った。
ーー授業が終わると、
男子生徒は男子寮へ、女子生徒は女子寮へと向かうべくして教室を出て、反対側の方へと別れていった。
学園の本校舎を挟むように、男子寮と女子寮が建てられているわけだが、男子寮は完全に男子生徒のみが入ることを許された場所。
女子寮も同様だ。
学園側から入学前に貰った資料によれば、自分の寮の番号は上級生と同じになってしまう番号らしい。
仕方ないので、指定された部屋番号である101号室に向かった。
三話目を御拝見頂き、誠にありがとうございます!
投稿予定日や更新に関しては、後書きやTwitterなどでお知らせする予定なので、ご了承ください。
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拙い文章ですが、楽しく面白い作品を作っていきたいので、是非、応援よろしくお願いします!!