第二百二十話 激闘の予感
「朝日奈家の名の下に、地獄の炎よ、花よ、派手に咲き誇りなさい!紅蓮の彼岸花! 」
夜十が覚悟を決め、リスクの高い魔法使用を試みようとした瞬間だった。
何処からか聞き慣れた声が周囲に響き、
演習場の空間を中心とし、ゆっくりと赤い花弁が細い花びらを揺らす。
それはまるで大地が涙がを流すように次々と咲き誇り、気がつけば周囲一帯は赤い炎を纏った彼岸花の群れが地面を覆い隠していく。
そのうちの一本がアグニスに触れた時、凄まじい熱気と爆発音、破壊力を帯びて、破裂した。
アグニスが爆発に呆気に取られているのに気がつき、新木場は咄嗟に刃を自らの体から引き抜いた。夥しい量の血液が地面に流れ、新木場は尻餅をつくように仰向けに倒れる。
「新木場さん!しっかりしてくれ! 」
「……チッ、すま……ない……! 」
夜十はすぐさま、新木場とアグニスの間に入り、身を挺して遮る。
アグニスはまだ赤い炎の彼岸花に手を取られているようだった。
こちらの様子に目もくれず、ただ爆発を防ぎ、目の前の炎の魔法師を睨みつけている。
「……何もお母様を傷つけられて怒っているのは焔だけじゃない。私も、今回のことはかなり頭に来ているのよ!魔術師! 」
部屋の温度が急激に上がり、空気がジリジリと焦げる音が聞こえる。演習場の壁も熱に耐えきれず、溶け始めていた。
「……未完成でここまでの魔力。貴様、誰だ? 」
「敵に名乗る名前なんてないわ。いい?そこを少しでも動けば、お前は燃え尽きる。脅しじゃないわ、誰を傷つけたか、身体に覚えさせてあげる! 」
アグニスが悔しそうに右足をずらした瞬間ーー凄まじい爆発がアグニスを襲う。
防御魔法を構えている暇がないほどの速度に、爆発の威力、アグニスは正直焦っていた。
今回の奇襲はソロモンの作戦でもなく、自分自身の判断。
主人の緊急信号をこれほどまでに無視した先に自分の未来があるかさえも分からない。
アグニスが覚悟を決めるのに、そう時間は要らなかった。
「……クソ、邪魔なんだよ。クソ虫の分際で、お前ら諸共、ソロモン様と俺様にかかれば!たった一夜で根絶やしにできる!それを今、体現させてやる!! 」
アグニスは酷く怒り狂った様子で、
自分が持てるだけの全ての魔力を込め、巨大な魔法陣を展開した。
頭上、床、この空間内全てを巻き込むつもりで、全身全霊を解き放った。
「……な、なんだ!?こ、この揺れは!! 」
「新木場さん、俺に捕まって!早く!! 」
魔法陣が真っ白い光に包まれ、空間がガタガタと震え始める。
燈火も身動きさえ取れずに今の状況に驚愕しながらも覚悟を決めた表情で佇む。
「夜十、この感じ。転移魔法よ。覚悟を決めて! 」
燈火の叫び声が聞こえたのも束の間、視界が歪みーー次の瞬間に視界に飛び込んできたのは、損壊した街並みと、灰色に染まった空だった。
「……ソロモン様、どこですか!? 」
アグニスは空間転移魔法で、夜十と新木場、燈火ごと、ソロモンの居る空間に転移したのだった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……!おい、人間。お前のお得意の剣は俺の命には届かなかったようだな? 」
アグニスはソロモンの声を感知し、足早に向かった。ビルの隙間から流れてきたのは、衝撃的な展開だった。
「……そんな、ソロモン様! 」
そこには余裕などこれっぽちもない、疲弊し切った様子で右目を貫いた剣を握り、目の前の剣士に殺気を向けるソロモンの姿があった。
「……その再生能力、化け物が! 」
沖は剣を引き抜き、後ろへ飛び退く。
死闘を繰り広げながらやっとの思いで右眼に一矢を報いたはずだったが、貫いた瞬間に右目の肉片が再生しようとしていたのを見て、沖は明らかな絶望を感じた。
「ははははは!!お前達とはスペックが違う!生まれも種族も!根底から違うんだよ!! 」
ソロモンは高らかに笑った。
そして、アグニスのほうを向いて、明らかに不機嫌そうな表情で口を開く。
「……お前、何してた?来るのが遅すぎるだろ!主人が緊急って言ったら、0秒で来るのが常識だろ! 」
アグニスは地面に頭を陥没させながら、誠心誠意謝罪の言葉を叫ぶ。
「申し訳ございませんでした……!! 」
「はぁ、もういい。それよりもコレ、どうにかならないか? 」
頭を上げ、ソロモンが指差した胸部を凝視する。
「…….これは? 」
「ローズの魔法の呪いなんだが、治癒魔法や俺の再生能力でも無理だ。 」
「……ローズ?何故、ローズの魔法がソロモン様に降りかかっておられるのですか!? 」
「話せば長くなる。コレはお前に治せるか、治せないかを聞いている。 」
ソロモンは面倒臭そうに、首を横に振った。
「すみません、これは私の専門外。こういう専門はミカエルです。緊急信号を上げればーーいや、無理ですね。上げてもアイツは来ないですね。 」
沖は次にどう切り込もうかを瞬時に考えていたが、突然ソロモンの横に現れた謎の魔術師に警戒心を放ち、なかなか踏み込めずにいた。
会話をしながらもこちらの状況把握をしつつ、周囲の人数も計算しているようだ。
まるで隙がない。
「……ミカエルのことはいい。俺は一旦城へ戻る。この深傷で全ての人間を根絶やしにするのは少しばかり、骨が折れそうだからな。 」
「かしこまりました。 」
ソロモンはアグニスを背に数歩踏み出し、ハッと思い出して踵を返した。
「そう言えば、今回の遅刻の訳を聞いていなかった。何も暇をしていたわけじゃないんだろう? 」
「……ソロモン様、大変言い難いのですが、末裔との戦闘中でして、ソロモン様の緊急招集を最優先として同時に空間転移を施しました。ですので、ヤツは今この近くに居ます。 」
ソロモンは一瞬表情が止まり、ニヤリと笑った。
「成程、そういうことなら予定変更だ。城には戻らない、末裔は殺す。アグニス、お前にはつくづく感謝せねばならんらしい。 」
「……ありがたきお言葉。 」
アグニスは跪き、頭を下げた。
「……この異様な魔力のどちらかが末裔か。飛び込んできたのは三人だが、一人は瀕死だな。 」
ソロモンは目を閉じ、周囲の魔力を探知した。
「……ここは何処だ? 」
「夜十、凄まじい魔力体がアグニス以外に一人感じるわ。その他には沖先輩、火炎ということは……! 」
アグニスに先程、魔力で生成した映像で見せられた日南がソロモンと戦っていた場所に違いがなかった。
「魔術師の王、ソロモンがこの近くに居るってことか。燈火、新木場さんに治療を施してくれないか? 」
「ええ、任せて頂戴! 」
燈火が詠唱を完成させると、赤い炎の花弁がゆっくりと新木場を包み込み、少しずつ身体の傷が塞がっていった。完治とまでは行かないが、新木場の顔色が先程よりも良くなっていくのが分かる。
「新木場さんは絶対安静だよ。《引きこもり》! 」
夜十は詠唱破棄で絶対無干渉領域を創り出し、新木場を包み込む。
「……すまない。この身体じゃ、足手纏いになるのが目に見える。ここはお言葉に甘えて、少しだけ休ませてもらう。 」
そう言って新木場は少しの呼吸をしながら、ゆっくりと目を閉じた。
「燈火、しっかりありがとうが言えてなくてごめん。 」
「え? 」
夜十は、かしこまったように続ける。
「俺がキングとの戦いで気絶してた時、寝る間も惜しんで看病してくれてありがとう。 」
「そんなこと……当たり前じゃない!だって、私は夜十の彼女なんだから! 」
「それでも、ありがとう。俺、多分だけど強制的に起こされたんだ。新島さんに化けたアグニスに。そっからは知っての通りだけど。 」
夜十は申し訳そうに肩を窄めた。
「いいのよ。戦争中だし、この戦争に勝って、ご飯奢ってくれたら許してあげる! 」
「ああ、何がなんでも勝つぞ!虎徹のことが気になるけど、帳にも連絡して増援に来てもらうから、俺達は出来ることをやろう。 」
燈火と夜十は絶対無干渉領域を後にして、
強い魔力反応の先へと歩み出した。
「瀕死のやつの魔力が消えたな。空間魔法か? 」
ソロモンは空間を亜光速で動き回る沖に注意を効かせながら、顎を触って呟く。
「……腹を貫いたので、未完成如きの回復力じゃ、何も出来ないはずです。 」
「そうか。なら、こっちに向かってくる二人の魔力だけ集中したらいいな。そいつらをまとめて潰して、未完成に対する見せしめにでもしてやればいい。 」
ーードクンッ!
ソロモンの胸部に強烈な痛みが走る。
その痛みはソロモンに思わず、膝をつかせる程の激痛だった。
「……くっ!ローズの魔法め!これさえ無ければ、全力で蹂躙できるものを! 」
「ソロモン様、大丈夫ですか!? 」
「大丈夫だ。雑魚の魔法如きで生死を彷徨う俺様ではない!……ふっ、来たぞ。間抜けがッ! 」
ソロモンの向く先に現れたのは、怒りのこもった鋭い眼光を放つ夜十と燈火だった。
「……お前がソロモンかッ!! 」
地面を蹴って、一気に加速。
初速は時政を持つ沖の亜光速と何ら変わらない速度で、一瞬で相手の間合いに踏み込む。
明らかな加速に反応出来なかったのか、ギョッとするソロモンを見逃さず、瞬時に生成した黒剣を捩じ込む。
「……がはッ!!な、なぜ……魔法が……!ま、まさか……ッ!? 」
ギョッとしつつも、魔法で防御を試みていたソロモンは腹部に捩じ込まれた黒剣に驚愕した。
ダメージこそ、そこまでではないが、"防げなかった"という事実が頭の中で揺れる。
「魔術師ってのは魔法が無きゃ、何も出来ないのか?どっちが未完成か。お前自身に刻み込んでやる!! 」
夜十の瞳は真白く輝き、ソロモンの魔法を打ち消した。素早く剣を引き抜き、二撃目を入れずに間髪入れず、その場を離れる。
「流石、先輩です。言葉なんか要りませんね! 」
夜十が離れた瞬間に、銀光放つ刃がソロモンの胸部の亀裂を貫いた。
「……があッッ!!!こいつら、好き放題しやがって!殺してやるッ!! 」
ソロモンの凄まじい殺気が衝撃波となって、夜十と沖に襲いかかる。
「……俺の主人に好き放題しやがって!貴様ら、許さん!! 」
アグニスは夜十へ、素早く赤く燃えたぎる炎の球体を放ったが、何故か避けようともしない。
気付いてないのかと、致命傷を与えられそうなことに笑みがこぼれた瞬間ーー球体は夜十に届く前に爆散した。
「……貴様一人で俺様に勝てるとでも? 」
赤い炎の光り輝く鎧を身に纏った少女ーー燈火にアグニスは問いかける。
「愚問ね。勝てるかどうかはお前が決めることじゃない。お前の緩い炎なんて、私の炎で焼き尽くしてあげるわ! 」
無数に燈火の背後で具現化された炎の矛がアグニスへ剣先を定める。
夜十と沖vsソロモン、アグニスvs燈火の戦いの火蓋が切って落とされたのだった。




