第二百十八話 ローズの過去
「ローズ、貴女はどんなことがあってもソロモン様に歯向かうような真似はしてはいけないよ。 」
それが母の口癖で、母はいつも怯えていた。
魔術師の世界はソロモンが全て。ソロモンの意向でどんな理不尽なことだって全てまかり通ってしまう。
この日もそうだった。故郷の街は、ソロモンの住む首都から遠く離れた辺境の地。
けれど、辺境の地なりに良い所は沢山あった。
「やあ、ローズちゃん。おつかいかい? 」
「ローズ、今日はどこへ行くんだ?これ、持っていって良いぞ! 」
「ローズちゃん! 」
街に住む魔術師はそう多くなかったが、全員が友好的で、幼くして病気の母の看病をしていたローズに優しく手を差し伸べてくれていた。
八百屋の女性店主がハッと思い出したように言った。
「そういえば、ローズちゃん。今日の夜、町長さんの所にソロモン様がいらっしゃるそうよ! 」
ロゼは目をキラキラさせて、こう応える。
「ソロモン様は何しに来るの?! 」
「この街の事について、お話に来るのよ。きっと、この街を良くしようとしてくれるんだわ! 」
ローズも女性店主も胸が弾むような期待を抱く。
「ママ、ただいま。今日の調子はどう? 」
家に帰ると、母親が寝ているベッドへ駆け寄る。母の病気は、魔力失調症。身体に常に供給が必要な魔力を外部からも内部からも取り入れることが出来なくなる病気だった。
まさに不治の病。お医者様も現段階ではどうすることも出来ないと言っていた。
「大丈夫よ、ローズごめんね、こんな生活を何年もずっと……」
「大丈夫だよ、ママ!今日ね、八百屋のお姉さんが言ってたんだ!ソロモン様が夜に町長さんのところに来るんだって!ソロモン様ならママの病気ーー」
「ーーソロモンが……この街に?な、なんで……ど、どうして!? 」
母親は酷く混乱したように頭を抱え出した。
ローズとの会話が聞こえなくなるくらいに。
「ママ!どうしたの!?ママ!! 」
「……あぁ、どうしよう。せめて、ローズだけは……!! 」
母親は混乱したまま、意識を失うように眠りについた。
ローズは何が何だか分からなかった。
自分の知らない母親の一面が見えたようで、酷く落胆し、床に突っ伏してそのまま眠りについた。
「ーー待って、私はもう! 」
「この僕に逆らうのか?お前は僕の所有物だ。勝手に逃げて、子供を作って、こんな所で呑気に病気のフリとはな。 」
ローズは母親と誰かの声で目を覚ました。
ベッドの上には母親はおらず、リビングのほうで声を荒げているようだった。
「病気のフリなんかじゃない!貴方が創り上げようとしている特別な魔術師の為に、何人の魔術師が犠牲になったと!? 」
「そんな事僕の知った事じゃない。魔術師とは僕が創り上げた僕の為の道具だ。その道具を何人どう使おうが、僕の勝手だ。 」
ローズは壁に隠れて、こっそりと覗く。
そこには病気で立てないはずの母親が立って、身振り手振りで目の前の男を静止していた。
男は白い髪の中年の男だった。黒いマントに身を包み、指に何個もキラキラした宝石の指輪を嵌めている。
「一体、何を作ろうとしているの?四魔術師制度って何よ! 」
「口の聞き方を再教育せねばならんか。四魔術師制度か?最近、人間が力を付けてきたからな。こちらも最強の魔術師を用意せねばならない。その為の制度だ。 」
母は強く拳を握って、リビングの机にあたった。
「ソロモン!そんな事に何人もの生命を無駄にしないで! 」
「そんな事?さっきから黙って聞いていれば、お前は死にたいのか?魔術師が直接僕の魔力を取り込むには誰かを経由しなければならない。その為に魔力供給力の高いお前達を使用しているわけだが、歯向かう奴がいるとはな? 」
ローズは今家にいる人物がソロモンなのだと初めて知った。そして齢10歳の頭で何となく母親がソロモンに言っていることも、ソロモンが言っていることも同時に理解した。
「まあいい。代わりならいくらでもいる。たまたま通りかかった街でお前の魔力を感知しただけのこと。……言いたいことはあるか? 」
ソロモンは掌を向け、母親へ遺言を残すようにと催促する。
「……くたばれ、クソ野郎! 」
ーー瞬間、母親の首が宙を舞った。
夥しい量の血液が流れ、部屋は一瞬で血の海と化す。
首が飛んだ母親の遺体を見て、ソロモンはため息をつき、その場から姿を消した。
「……ママ、ママぁぁああああああ!!! 」
一連の流れを見ていたロゼだったが、母親の命が刈り取られる瞬間があまりにも一瞬のことすぎて、脳が理解させるのに追いついてない様子だった。
ソロモンのことなど気にも留めず、一目散に駆け寄って、首を拾う。
「ママッ、ママぁぁあああ!! 」
涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになった。
母親の首を強く抱きしめ、ローズは強く絶望し、涙を、声を流し続けるのだった。




