第二百十五話 ブルー・スターの最期
「……これは何を見せられているんだ!? 」
沖は目の前であり得ない状況を見せつけられていた。先程までずっと自分を含めた虹色隊をたった一人で苦しめてきたブルー・スターが手も足も出ないほどに必死に足掻いて戦っている。
「……はぁ、はぁ、はぁあああ!! 」
ブルー・スターは地面を蹴って、一気に加速。目の前の自分の背丈よりもやや低めの少年へ、一切の油断なく飛び膝蹴りを放った。
だが、それは簡単に空を切った。ならばと、次に起こすのは怒涛の攻め、飛び膝蹴りの状態から地面に片足だけ着地して飛び上がるように拳を握る。
回避行動を取った少年の重心は確実に右に傾いていた。この状態でブルー・スターが放つ拳を避け切るのは不可能なはずだった。
「この程度の力じゃ、遠く及ばない。 」
少年は口ずさむように呟き、ブルー・スターの拳を簡単に捕まえて、威力をも相殺した。
「な、何故……俺様の魔力が……!! 」
青ざめた表情、常時発動状態の幸運の魔力が意味をなさない状況に驚きを隠せないようだった。
「簡単さ。 」
ブルー・スターの拳を押し出すようにして弾き、少年は右足を強く踏み込んで腹部へ掌底を貫く。照準は上空、回避の余地も与えない。
「がはァッ!?! 」
体内から全ての空気が押し出され、ブルー・スターは呼吸困難へと陥る。"空気が欲しい"そんなことを思うのも束の間、彼は凄まじい速度で自分へ迫る少年の瞳を見た。
「君が僕よりも弱いだけのこと。 」
ブルー・スターは上空に打ち上げられたが、自分が落下していないことに気がついた。
何か不思議な力で宙へ浮かされ、固定されているようだ。
そこへ猛追する少年の拳が何度も……。
「がはッ!! 」
何度も、何度も、何度も、何度も、何度も……。
ブルー・スターの体の肉を殴り切り、骨を打ち砕き、心臓を粉砕させてしまった。
あまりに一瞬の出来事だった。
地上で戦いの様子を見ていた虹色隊は、ブルー・スターの体が上空に打ち上げられた時には大破するように消え、次の瞬間で少年が地上に戻ってきたことに驚きを隠せなかった。
何という速度、火力、殺傷能力。
あんなに自分達が悩み続け、悪戦苦闘を繰り広げた相手がこんなにもあっさり死んだ。
いや、まさか本当に死んだのか?とさえ、疑問が残るほどだった。
「……君は敵なのか? 」
最初に口を開いたのは沖だった。
つい最近まで学生だった彼だが、虹色隊の中でも随一と言えるほど肝が据わっている。
そんな沖の問いかけを少年は無視して、ツカツカと大破した廃車の上に腰を掛けた。
「この姿になったとは言え、僕の存在に気がつけないようじゃ、四魔術師制度の撤廃なんて夢のまた夢。この落とし前はどう付けるのかな、ローズ。 」
沖はその言葉が自分に向けられた言葉じゃないと瞬時に判断すると、周囲を見回した。
ビルの細い裏路地から桃色の髪の少女が血相を変え、青ざめた表情で突っ立っている。
少年の目線は正にそこに突き刺さっていた。
「この度は誠に申し訳ございませんでした!! 」
ローズは地面に頭をつけ、少年へ許しを請う。
その目には涙が溜まり、彼女は地面に転がったブルー・スターの着ていた服の切れ端を凝視した。
「謝罪なんざ要らないよ。どう落とし前をつけるか、その言葉だけでいい。もし、次に無駄なことをしたらどうなるか、分かるかな? 」
「……cartilからの脱退、及び私の命と引き換えにこの場を収めてはくれないでしょうか。 」
ローズは涙ながらに許しを請う。
「ソロモン様……お願い致します。 」
「お前の命なんか最初っから貰うつもりだよ。部下全員の命も差し出せ。そしたら許してやる。 」
その言葉にローズは苦虫を噛み潰したような苦渋の表情でソロモンと呼ばれた少年を強く睨みつけた。
「部下の粗相は上司が取るのは当たり前。今回のは連帯責任だと言っているんだ。まだ優しいほうだよ?俺がその気になれば君らの故郷諸共全て消し去ることも出来る。 」
「そ、それだけは……」
どうすることもできない、やるせない気持ちに爪が掌に食い込む程の強さで拳を握った。
「《静寂の叡智よ、呼びかけに応じなさい!月光の夜槍》! 」
ーー 一筋の閃光の光が詠唱と共に現れ、凄まじい速度でソロモンの眉間目掛けて飛んできた。ソロモンはまるで飛んでくるのが分かっていたかのように軽く頭を動かし、余裕そうに避けて見せた。
「くっ……流石に不意打ちでも無理か。 」
現れたのは日南だった。突然、ローズに逃げられ、後を全速力で追ってきたのだ。
《比翼》とも名高い彼女はソロモンと呼ばれる少年を知っていての不意打ちを放っていた。
「話し中に不意打ちとは良い度胸だよ。それも、俺に喧嘩を売るとは……」
「《比翼》ちゃん!いくら貴女が強くても勝てる相手じゃない!この方は……ッ! 」
ソロモンは日南を凝視して嫌な笑みを浮かべた。
「そうか、お前が《比翼》か。何人も有能な私の部下を葬り去ってきた未完成。確かに今の不意打ち、俺じゃなきゃ致命傷を受けていたかもしれない。 」
日南は自分のことをソロモンが知っていたことに驚くも、次の瞬間には冷静な表情で空間の情報を知り得る努力を迅速に行う。
周囲の状況と次に誰が動くかを定め、携えた月光の夜槍を構える。
ソロモンは日南の行動にうんうんと首を縦に動かした。戦況を見て、次に自分がどう動くべきか、最善策を常に更新する姿勢。
部下に欲しいタイプだった。
「お前のような奴が魔術師に居てくれたら良かったんだがな。だが、所詮は未完成。俺の力には遠く及ばない。 」
ソロモンは地面を蹴り、一瞬で日南の間合いに入った。日南はこの時を待っていたかのように、月光の夜槍でソロモンの眉間へかすり傷をつけ、牽制の意味での蹴りを腹部に突き刺した。だが、それ如きで倒れるわけもない。
蹴りによる反動で数メートルは身体が動いたが、直ぐに前のめりに地面を蹴って再度加速。
拳を強く握り締め、魔力の籠った一撃を日南の下腹部目掛けて捻るように放つ。
「くっ……! 」
手に汗握る格闘、放たれた拳は空を切った。
直後、ソロモンの腹部に月光の夜槍が勢いよく突き刺さった。
「暴刃の剣雨! 」
素早く詠唱破棄で動きが一瞬でも止まったソロモンに赤く禍々しい剣の雨が降り注ぎ、身体中に穴を開けるような串刺し状態となった。
日南は素早くその場を離れ、次の詠唱を完成させる。
ーーその瞬間だった。
日南は詠唱を完成させ、鞘に仕舞われた綺麗な黒い刀を自らの手で受け止めることも出来ず、落としてしまった。
あまりに突然の出来事、日南の腹部は丸太くらいの大きさの赤く禍々しい刃によって貫かれ、夥しい量の血液が腹部と口から溢れ出る。
「ごぼッ……!な、なん、……で……」
確実に動きを止め、暴刃の剣雨で身体中に穴を開けたはず。到底動けるはずもない。
それなのに、ソロモンは平然とした表情で日南の背後に立っていた。




