第二百十三話 軍神の矛先(マーズ)
「……さっきとはまるで別人か。戦場で取り乱すとは命知らずめ。今度こそ、引導を渡してやる! 」
千春は怒り狂ったブルー・スターを捕捉し、地面を蹴って一気に間合いを詰める。先程のように常時発動中のブルー・スターの魔力に邪魔されないよう、自身の魔力を刀に流し、振り抜いた。
ブルー・スターは千春の攻撃を読んでいたが如く、背後に素早く後退し、刀の矛先が通り過ぎたと同時に踏み込んで強烈な蹴りを叩き込んだ。
「……がはッ!! 」
数メートル先に吹っ飛ばされる千春を空間で捕え、吹雪は目の前の魔術師を睨みつけた。
「沖さん、行けますか。 」
「いつでも仰せのままに。 」
吹雪は地面を蹴り、ブルー・スター周辺の空間を切り取って時間を止めた。
相手の動きが停止すると同時に吹雪と沖は全力でブルー・スターに愛刀の刀身を滑らせる。
だが、沖も吹雪も圧倒的な違和感を感じた。何度斬っても、感触はあるのに血飛沫は出ない。
「……吹雪、道を開けろ! 」
沖と吹雪は咄嗟に千春の怒声を聞き、その場から離れた。
「……いつもは馬鹿な弟が火力持ちだから、こんな闘い方も技も使わないよ。だからこそ食らいやがれ!クソ魔術師! 」
千春は重心を低くして左手を鞘、右手を柄にかけて一気に魔力を圧縮させる。自分の身体、腕から足、全ての筋肉に一律の力を与えた。
「《軍神の矛閃》! 」
鞘から振り抜いた、一閃。一筋の流星の光が放たれたとさえ錯覚する一撃、眩い光がブルー・スターの眉間を確実に捉える。
軍神の剣、千春以外の吹雪を含む味方はその眩い閃光の剣に"綺麗"だと思った。
眉間に入った一撃を軽減すべく、ブルー・スターは咄嗟に頭を下げた。
右目から顎にかけてまで血飛沫が上がるほど、簡単に肉が削ぎ落とされてしまったが、脳に対してのダメージは防ぐことが出来た。序でに吹っ飛ぶほどの威力も軽減された。
「たかが右眼……くれてやる。 」
ブルー・スターは強く踏み込み、千春の顔面へ強烈な蹴りの一撃をお見舞いする。
「ぐふっ……! 」
鼻から飛び出る血飛沫、その威力に千春は身体ごと吹っ飛ばされ、一回転、二回転と転がり続け、ビルの壁の前で停止した。
「はぁ……はぁ、はぁ、あの一撃を食らっても、この威力の蹴り……! 」
刀を握ったままの拳を振り上げて地面を殴りつけた。攻撃すれば相手の幸運によって、事象ごと捻じ曲げられる。意を決して懐に潜り込み、ダメージこそ与えられたが、それでも致命傷を与えられたとは言えないこの状況。千春は明らかに焦りを見せ始めていた。
吹雪も沖も、動けるものは皆、ブルー・スターの圧倒的な強さを感じ、眉間に皺を寄せる。
最早、止める術も存在していない。
「この俺様の次の相手は誰だァ!!? 」
右眼からの血を腕で拭い、楽しげに笑みを浮かべるブルー・スター。
先程、自らの蹴りで簡単に吹っ飛んだ千春を双眸の眼で見据え、地面を強く蹴った。
この中で最もブルー・スターが脅威だと思ったのだろう。あの火力を出しておきながら、冷静な立ち回り、相当なキレ者ときた。真っ先に消しておくのが吉だ。
「……千春姉さんッ!!! 」
吹雪が叫んだが、既に遅かった。
ブルー・スターは、PKでサッカーボールを蹴るサッカー選手さながらの蹴りを千春の顔面へ伸ばすーーその時だった。
「はぁ……どうも加減ってのは難しい。 」
ーーブルー・スターと千春の間に白い髪の少年が間違ってでも入ってきたのは。
痛烈な蹴りが少年の顔面を確実に捉え、爆風と共に大きな打撃を与えた。
「民間人の避難誘導は済んでいたはず……! 」
沖の心配事を他所に、ブルー・スターは額に大粒の汗を流した。
今の間合いに突っ込んできたこと自体があり得ないこと。更に少年は渾身の蹴りを片手のみで受け止めていた。爆風も威力も一切抹殺し、ブルー・スターの足を掴んで離さない勢いだ。
「戦いに水を差す気は無かったんだけど、加減が難しくてね。すまない、続けていいよ。 」
少年はブルー・スターの足から手を離し、素早くその場を離れようとした。
「……オイ、待て。お前、何者だ? 」
少年の肩を掴み、ブルー・スターは拳を強く握る。自分の本気の蹴りを至近距離で受け止めた相手だ、もし敵なら油断は出来ない。
「俺が誰かどうか分からないようじゃ、所詮は子供同然。上司の教育がなってないな。 」
ふぅ、と溜息までつく始末にブルー・スターは酷く激怒した。少年の肩を突き飛ばすようにして離し、少年の足の甲を強く踏みつけた。
「ローズ隊長を悪く言ってんじゃねェ!! 」
逆鱗。地雷。様々な言葉があるが、少年の今の言葉はブルー・スターの正にそれだ。
少年の顔面へ向けて放たれた拳、怒り狂ったブルー・スターの拳には幸運の魔力が乗せられていた。
幸運の魔力、ありとあらゆる全ての事象をブルー・スターの都合の良いように捻じ曲げられる力。この力で四魔術師制度の撤廃を掲げるローズを支えてきた。
だからこそ彼の中でローズを馬鹿にされることは絶対に許されない。
ブルー・スターは標的を変え、地面を蹴ったのだった。




