第二百十一話 裏切りのザック
絶体絶命の最中、烈火の頭の中は今も一緒に戦ってくれている妹、吹雪のことでいっぱいだった。対話しているわけでもないのに、吹雪に今の状況を心配されているのを思い浮かべた。
「……こんなところで死ねねェ。日和ったって始まんねえよな。俺は死んでも守りてえ妹が居んだよ。その為にお前如き乗り越えてやる! 」
魔力の昂り、烈火は全部出し切る覚悟で覇王剣を握った。目視出来ない速度で動く相手に細かい策を練ってどうこうできるタイプじゃない。真っ向から力で捩じ伏せるしか烈火に武器はなかった。
「早期決着がお好みか。なら、望み通りくれてやる。瞬きもせず訪れる死を! 」
マキは地面を蹴って、烈火の眉間へナイフの刃を滑らせる。先程と何ら遜色ない速度、追いつけるわけがない。
貰ったーー、マキは久しぶりに高揚した戦闘に喜びながら、ニヤリと微笑んだ。
だが、その時だった。
甲高い金属音が鳴り響き、マキのナイフは烈火の覇王剣に受け止められていた。肉を削ぐ感覚を期待していたマキの表情は驚愕と共に真っ青になる。
「なッ!?この速度に何故ッ!? 」
「ついて来れるかって?んなもん……! 」
覇王剣が赤黒い魔力で覆われ、力を込めて放った側のマキのナイフがピキピキと音を立てて割れ始める。
「大切なモン守る為なら俺はどんな逆境でも返してやる。例え相手が神でもな! 」
完全にナイフが割れ切った瞬間、巨大で赤黒い大剣はマキの体を叩き斬った。首を真っ二つに切り裂き、胴体をも斬り砕く火力はマキの体を数百メートル先まで吹っ飛ばした。
「流石に強え奴だったな……!こりゃ、暫くは身動き取れねえッ!ごぼッ……! 」
マキの蹴りで骨が何本か砕け散っていた。
戦いが終わり、気が抜けたのか、烈火の口からは大量の血が溢れ出る。声と共に地面に飛散し、烈火は地面に膝から崩れ落ちた。
「はぁ……はぁ…はぁ、まさかcartelが関わってくるとは、流石に……! 」
烈火とマキが壮絶な戦いを繰り広げていた最中、意識を取り戻したザックは建物の壁に手をつきながらおぼつかない足取りで主人の方へと向かっていた。
「あら、傷だらけじゃないの。ロゼの所のザック君でしょう? 」
「ラス・グラジオ……ッ!? 」
淡い緑色の瞳はエメラルドを埋め込んだようだった。白い美肌に整った顔、腰までの長い緑色の髪、伸縮性のある黒い防刃服を着こなす妖艶な雰囲気の女性は心配そうにザックの肩を撫でる。
「あらあら、そんなに怯えてしまって!そんなに調教されてるのかしら? 」
肩から全身に震えが止まらないザックをラスは嘲笑した。
「まあでも……大丈夫よ。貴方はこんなところでは終わらない。だって、貴方には使命がある。そうでしょう……? 」
ラスはザックの耳元で囁く。その瞬間、ザックの瞳がエメラルド色に染まった。ただ声を聞いただけだというのに、全身を何か大きな力が駆け巡る感覚に吐きそうになる。
だが、ザックはかつてないほどに力が溢れ出始めるのに気がついた。何故なのか?そんな疑問は思考回路から消え、自分には使命があるのだと確信を得る。沸々と込み上げてくる怒り、怒りの矛先はずっと前から決心していた想い。
「これを持っていくといいわ。 」
ザックの手に渡ったのは一刀のナイフ。
刀身は黒く刃渡りはさほど長くはなく、殺傷能力は無さそうな見た目だ。
「その刃に身体が触れている間はどんな魔術師であっても無力になる武器よ。護身用程度の代物だけど、今の貴方にはとても心強い武器になるはずだわ。 」
そう言ってラスは去っていった。
ーー同刻。
「いくら《比翼》ちゃんとて、私達の介入は読めていなかったようだねぇ〜? 」
ローズは足元で腹部を抑え、蹲っている日南を余裕げに嘲笑した。ロゼからの連戦、疲労度は半端ではなく、ローズもまた強敵。
日南はガス欠状態に陥っていた。
「はぁ……はぁ、はぁ……はぁ、 」
息切れを起こし、喋ることすらままならない。
ただ、自分に置かれた状況がまずいことは十分に理解している。それでも身体が動かない。
「お喋りはもう出来そうにないかなぁ〜? 」
ローズは退屈そうにため息をつく。
「どうせだったら、MAXの時の《比翼》ちゃんと戦いたかったなぁ〜。 」
「思ってもないこと……! 」
「でも、どうしよっかなぁ〜。ここに来たのも《比翼》ちゃんの足止めってだけだし〜?そうだ!少しお話ししようよ〜! 」
ローズは思いついたようにして笑った。
日南はこの状況下で淡々と話をし始めようとする彼女に狂気を感じながら、ゆっくりと立ち上がると、一定の間合いで立ち直した。
「はぁ、はぁ、はぁ……クソが!ローズめ、貸しひとつだと思うなよッ! 」
血だらけのロゼは壁伝いになって、身体を壁に擦り付けるように歩いていた。それほどまでに日南との戦いで消耗し、既に満身創痍。
一歩を踏み出した瞬間、ふわりと身体から力が抜け、視界が真っ暗になった。
「ーー……ゼ様!ロゼ様!! 」
薄れていた意識の中で自分を呼ぶ声が聞こえ、視界が鮮明になる。それは聞き覚えのある声。
「……ロゼ様! 」
「……ッ!!! 」
我に帰ったロゼは声に驚き、飛び起きる。
目の前には赤い髪の部下、戦いの中で大分痛手を負ったのか、身体も顔も傷だらけだった。
「ザック、他の奴らはどうした? 」
「申し訳ございません。戦闘中逸れてしまい、消息は今の所不明です。 」
ロゼは爪が掌に食い込むくらい強く拳を握った。自分率いる五宝石は精鋭揃い、自分を守る盾となるように厳しく躾をしてきた。だが、なんだ今の状況は前の戦いで部下を二人も失ったとは言えど、負けるような状況でもなかったはず。
「ザック、ここは一時撤退だ。cartelが関わっているとなると色々面倒だからな! 」
ロゼはザックに背を向ける形で言い放った。
ーーその時、ロゼは背中に違和感を覚える。まるで何かを刺されたかのような衝撃。
大したダメージではないが、顔を強張らせるだけの痛みは生じた。
そしてその痛みの原因となる人物にロゼは怒りに満ちた表情で口を開く。
「……貴様、どういうつもりだ?何をしたか分かっているのか?答えろ、ザック! 」
背中に刺したナイフから手を離し、ザックはロゼとの距離を取った。
間合いは悪くない、相手は魔力が出せず、手負いの身だ。けれども四魔術師、油断は出来ない。
地面を蹴って一気に加速、背中のナイフを抜こうと必死に手を伸ばすロゼを横目に、ザックは魔力で生成した鋭い鱗と手刀を携え、首へ一閃。これは確実に通った。ーーはずだった。
だが、手刀は甲高い金属音と共に白く輝く強固な宝石によって阻まれた。
ロゼのナイフを抜く速度の速さに驚愕し、ザックは一瞬の隙を許してしまった。
「だからよ、誰に何をしてるって聞いてんだよクソ野郎!! 」
鋭い蹴りがザックの腹部に捩じ込まれ、数メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。
「げほっ……ごぼっ……ぁぁぁ……」
蹲って腹部を抑え、血反吐を吐く。間髪入れずに後頭部に強い衝撃が走り、地面に顔面を叩きつけられた。
「があッ……!! 」
ロゼは地面を蹴って飛び上がり、容赦なくザックの後頭部に着地したのだ。
地面が頭を中心にひび割れ、地盤沈下が起きる。
「やっぱり、普通の操作じゃ無理ね。腐っても四魔術師。ソロモン王の直属は化け物か。 」
陰から見ていたラスはつまらなそうに怒り狂ったロゼを見ていた。
地面にめり込むザックを見て呆れたようにため息を吐いたのだった。




