第二百十話 烈火、絶体絶命!
「神城がこんなところに呼び出すとは到底信じがたかったからな。龍騎を連れてきて正解だった! 」
新島と龍騎は本部のある位置から遠く離れた思い出の場所に来ていた。
かつて輝夜が所属していた鏡隊の軌跡の終わりを告げられてしまった場所。
ここに到着した瞬間から悍ましいまでの憎悪の籠った魔力を感じた。それに、魔力の濃度があまりにも高い。魔術師が近くにいると見て間違いないだろう。
「新島、一般人の避難は終わってる。存分に暴れちまっても問題ねえぞ! 」
龍騎は自分が指揮する部隊の面々に命令を出し終わり、新島の肩をポンと叩いて言った。
「了解、ありがとな。ここに来るとどうしてもアイツを思い出しちまう。いけねえな……! 」
「仕方ねえさ、俺だってアイツの行きつけのパチ屋の前を通ったら入り口で泣き喚く姿が目に映っちまって仕方ねェんだ! 」
辛そうに下を俯く二人、龍騎は組織に入ってからの仲だったが新島は学園時代からの付き合いだ。神城ほどではないが、かなりの信頼を抱いてる人物の中の一人だった。
「おやおヤ、飛んデ火に入る夏のムシとやラだネ!これハ! 」
桃色の右目に大きな刀傷の残った、桃色の髪の男が意気揚々と現れ、新島達の近くのビルの上で笑った。右目の刀傷をゆっくりとなぞるようにして、次は新島を強く睨んだ。
「俺の顔にこんナ傷をつけタ、アイツは許さなイ!家畜のゴミも何匹かやらレタしナ! 」
上空から飛び降りて服の袖から銀色のナイフを取り出すと、刃先を新島へ放った。
ナイフは空気抵抗を斬り、真っ直ぐに新島の眉間に向かって突き進む。
「……殺気丸出しの攻撃、そんなものでウチの大将首が取れるでも? 」
龍騎は新島に当たるよりも早く、ナイフの刃先を指で掴み、指の握力だけで破壊して静止した。
「今のデ死ぬとは思っテなイ。ほんノ、挨拶のつモリだ! 」
枯れたようなしゃがれた声で拙い日本語を話し、魔術師はへらりと笑った。
「新島鎮雄、お前の首は俺ガ貰ウ!! 」
「……うちのボスと簡単に戦えると思ってもらっては困る。お前なんか俺で十分だ!新島、手を出すなよ! 」
相手が見ているのは最強の魔法師、新島鎮雄であって自分ではない。そこに悔しさがあったわけではないが、自分のボスが安く見られていることに腹が立った。
指をパチンと鳴らし、魔力で具現化した剣を手に取ると重心を低くして、龍騎は構えた。
ーーその頃、烈火は突然現れたパーカー姿の男と死闘を繰り広げていた。
「あははッ!良いね、人間!未完成如きでその速度、その火力! 」
凄まじいナイフ捌きで烈火の剣を防御し、隙あらば反撃してくる手数の多さ、烈火の頬に冷や汗が垂れた。
「長ければ良いってもんじゃないよ。ナイフが剣に負ける道理なんて無いんだよッ! 」
烈火が振るった剣を右手のナイフで受け止め、瞬時に左手から三本のナイフを放った。
狙う方向は一直線に烈火の眉間だ。
「ぐッ……! 」
剣を握る手に魔力を集中させ、パーカーの男が握っているナイフを男ごと吹き飛ばし、剣の柄で飛んでくるナイフを防ぎ切った。通常の人間ならありえない反射神経にパーカーの男は攻めるのをやめ、後ろへ後退する。
「今のを防ぐとはね……。やるじゃん!ちょっと興味湧いたよ。俺はマキ・オダ。アンタの名前は? 」
パーカーの男は嬉しそうに烈火へ問いかける。
まるで初対面の人に友達になって欲しいとでも言っているかのようなテンションだ。
「……さっきまで剣を交えてたってのに、お気楽な野郎だ。クソ魔術師に名乗る名前なんざねえが、先に名乗られちゃあ、名乗らねえってのはお門違いだな。 」
マキはヘラヘラと笑っている。
「何がそんなに面白えんだ?……まあ良い、俺は虹色烈火。魔術師を滅ぼすモンだ、よく頭に名前刻んどけ! 」
地面を蹴って一気に加速、爆風で周囲には砂埃が舞った。かなりの速度で詰められた間合いをマキはものともせず、まるで来るのがわかっていたかのように軽い身のこなしで烈火の一撃を回避した。
「魔術師にとって脅威になりうる未完成?そんなの新島鎮雄くらいじゃない? 」
回避しざまに小さいナイフを烈火の肩へ投げ放ち、ナイフは見事に狙いへと突き刺さった。
「チッ、細え攻撃しやがって! 」
肩に突き刺さったナイフに目もくれず、烈火は地面を蹴って一気に加速する。
「《覇王を語る剣、俺の導きに応え、その力を引き渡せ!覇王剣》! 」
加速しながら詠唱を素早く完成させ、マキの懐に潜り込む。
「なっ……!?この速度、無詠唱でもないのにッ!? 」
煌々と光る覇王剣を全力で振り抜き、頭上から一閃。凄まじい速度と共にマキの身体を叩き切り捨てた。
数百メートル先の地面に叩きつけられ、血を口から吐き、勢いを止めることなく近くのビルに吹き飛ばされていった。
覇王剣、龍化したザックを余裕で吹き飛ばすあの高火力。人の姿で喰らうのはひとたまりもないだろう。
「はぁ、はぁ……魔術師だろうが、俺の剣には勝てねえよ。これが王の力だッ!! 」
覇王剣を地面に突き刺し、マキの吹き飛んだ方向を見て、首を傾げた。口では終わったようにして言ってはみたが、違和感がある。
「こりゃ少しギア上げてかなきゃ釣り合わないかもしれないね。 」
パラパラとコンクリートが砕けた音共に砂埃を払いながら鋭い眼光で烈火を睨みつけるマキ。だが、その表情はどこか楽しげだった。
「何百年ぶりかな……この感覚は!初めてローズ隊長と対峙した時以来だ。こんなに楽しくてたまらないのはッ!! 」
その声が聞こえた瞬間だ、烈火は突然トラックに轢かれたような強い衝撃を身体に受け、数メートル先に吹っ飛ばされた。
尻餅をついて致命的な隙を与えまいと、身体を捻って空気抵抗を生み出し、両足と右手で強く踏ん張った。
「……さっきまでの速度が最高じゃねえのかよ!こりゃ、バケモンすぎるぞ! 」
烈火は戦慄した。さっきまで地面を蹴って一気に加速したマキが見えていた。なのに、今では目視で確認出来る程の速度じゃない。
いつのまにか強い衝撃が身体へ走るのみ。防ぎようがまるでなかった。
「流石に人間じゃここまでか? 」
何度も何度も何度もマキの素早い猛攻を受け、受け身を取って大きな隙を生み出さんとしていたが、攻撃を受けていたのは紛れもなく事実だった。烈火の至る所から血が噴き出ている。
「今までは蹴りで腕試ししてやってたが、俺も暇じゃないんでね。コイツで早期決着と行くかな。 」
マキの手には数本のナイフが握られていた。
何度食らっても姿形さえ見えない相手の攻撃を防ぐ術が烈火には無かった。
絶体絶命のピンチ、烈火の額に大きな汗が滴り落ちたのだった。




