第二百九話 化けた魔術師
「神城、テメェどういうつもりだ? 」
分断された先で怒り狂った新島は神城を強く睨みつけた。
「今この状況……言葉で言わなきゃ分からねえほど、判断が鈍ってんのかよ? 」
「質問を質問で返すんじゃねえ!それに俺は至って正常だ!マトモな判断をしている! 」
血眼の新島を相手に神城は溜め息を吐いた。
「それがお前のマトモだってんなら、俺がお前を正気に戻してやる! 」
「俺とやる気だってのか?いくらお前でも俺に喧嘩で勝ったことは一度としてねえだろ! 」
「……んなの関係ねえよ。俺は組織のボスだとかそういう理由で言ってねェ!ダチとして言ってんだよ馬鹿野郎!お前までそんな風になってどうすんだよ! 」
神城は頭の中でとある記憶と結びつけた。
今、新島がやろうとしていることはある人物がやろうとしていたことと同じ。
そして、その人物は日本という国と魔術師という怪物によって命を奪われた。
「今は魔術師との全面戦争中だ!負傷者だって死者だって出る!司令官を失って気が動転する気持ちは分かるが、俺らが判断を誤っていい理由にはならねえよ! 」
強く地面を踏み締めて一気に加速、神城は新島の顔面へ目掛けて鋭い拳を放った。
ーーが、弾けるような音と共に空気圧が破裂してその拳は当たり前のように止められる。
「だとしてもだ!今一丸となって攻め込まなきゃ、俺らは太刀打ち出来ねえよ。人間と魔術師の圧倒的な力の差は、人数だ!あの増え続けた人数をどうにかするには数より質という部分を示さなきゃならねえ! 」
新島の表情は至って真剣だった。
気が動転して焦っているというわけでもない。
その時、神城は目の前の新島に激しく違和感を覚えた。真剣な表情のその奥にとてつもなく冷徹な殺気を感じたのだ。
神城は新島と距離を取り、怒りの表情で声音を上げた。
「……お前、誰だ? 」
「神城?何を言っている……俺は新島鎮雄。世界で魔術師に最も恐れられる存在だ! 」
明らかに様子がおかしく、変化した。
新島の背後から禍々しい魔力が湧き出ている。
「……こうも簡単にバレるとはな。流石は新島鎮雄の親友と言ったところか。今更変装も意味などないな。 」
新島の身体が空気に溶けるように消え、現れたのは黒い髪、右目に傷のある赤い瞳の男だった。神城はその見た目に覚えがあった。
「なッ……!!アグニス……ッ!! 」
「相対した記憶は無いが、俺のことを知っているようだな? 」
アグニスはポリポリと頭を掻いた。
「テメェ……新島をどうしやがった!? 」
「質問に答える気は無いか……そうだな。別に何もしてはいない。ただ、"俺はな"。 」
その含みのある言い方とカンに触る態度に神城は殺気だった表情で地面に手を伏せた。
詠唱破棄で神城の魔力が篭った氷の剣を顕現、直ぐ様アグニスとの距離をとって構えの姿勢を取る。
「流石は《白雪の帝》と呼ばれるだけのことはある。ここまで瞬時に魔力を具現化させる者は魔術師の中でも稀だ。 」
「クソ魔術師に褒められたって嬉しくなんかねえよ。新島の居場所を今すぐ吐くか、氷漬けにされるか、選ばせてやる! 」
「ふっ、笑わせるな!俺に対してどうこう出来るレベルかどうかとは話が別だ。図に乗るなよ、未完成品がッ!!……ッ!? 」
アグニスが魔力を身体に篭め、地面を蹴ろうとした束の間、彼は戦慄した。
自分の足が地面ごと凍りつかされてしまっていることに気がついて。
「俺の氷魔法は少し特殊でな。どんなに熱い炎でも溶けることも削れることもねえんだ。……くたばれクソ魔術師! 」
神城は地面を蹴って一気に加速、アグニスの腹部に一直線で氷の剣を突き刺した。
「がはッ……! 」
この程度では致命傷にすらならない。
神城は何度も何度も何度も氷の剣を生成し、アグニスに突き刺し続けた。飛び散る鮮血と、カンに触る声音が神城をさらに逆上させる。
「……砕け散れッ!! 」
アグニスの腹部に突き刺した剣が飛散し、傷口から体内を凍りつかせ始めた。パキパキと小さく細かい音を立てながら徐々に徐々に身体を侵食し、アグニスは動けなくなっていた。
「……未完成でここまでのレベルか。だが、緩いなッ! 」
最後の一撃を振りかぶった突如、アグニスは両手を大きく広げた。凄まじい魔力の昂り、衝撃波まで生み出され、身体の氷を消しとばした。
「知らないだろうから教えてやる。貴様らは生涯一種類の魔法しか会得できないと聞く。なら、魔術師はどうか! 」
思わぬ爆風に神城は腕で口元を遮った。
「魔術師である以上、秀でる種類はあれど、使えん魔法など存在しない!治癒魔法! 」
アグニスの身体の傷は忽ち塞がりだし、傷つけられた肉体は元通り正常な状態に戻った。
「……なッ!? 」
「驚くのも無理はない。お前達が命を削りながら放った魔法での攻撃はたった一度の治癒魔法で無に返されてしまうのだからな!因みに、こんな使い方も出来る。継続! 」
何が変わったか分からなかったが、神城には攻める以外の術は持ち合わせていない。氷の剣を生成し、アグニスの間合いに踏み込む。
「はぁぁぁぁあああああッッ!!! 」
目にも止まらぬ速度でアグニスの皮膚を切り刻む。何度も回復されたっていい、攻め続ければきっと道は見えてくるはず。
ーーだが、思い描いていた光景は神城の瞳には映らなかった。
何度も切り刻んだはずのアグニスの身体は、
傷一つつかず出血もしなかったのだ。
「継続はその魔法の効力を一時的に維持する魔法だ。俺達は付与魔法と呼んでいる。この回復力を継続だからな、お前の攻撃が通っても瞬時に治る。 」
神城は思わず戦慄した。
自分がどんなに頑張って攻撃したとしても、瞬時に回復されてしまう。勝てるビジョンが思い浮かばない。
「……それでも、やれることはある。例えば、お前をこの場所にずっと閉じ込めておくこと、とかな! 」
神城は両掌を地面につけて、詠唱を唱える。
「《諸刃の剣、刃、凍てつけ己!氷獄の修羅城》! 」
ついた掌からは無数の氷柱が顕現され、瞬時に氷の屋根、壁、玉座を作り上げる。
アグニスと神城の間を分厚い氷の壁が遮った。
「……これは素晴らしい!未完成如きが顕現出来る魔法ではない! 」
神城は立ち上がり、出来上がった玉座に腰を下ろして足を組んだ。目の前の凄まじいまでの強敵を倒す算段は全くつかないが、時間稼ぎくらいは出来るはずだ。
「アグニス、俺の城じゃ好き勝手はさせねェ! 」
「フッ、どこまで楽しませてくれるか!神城優吾!! 」
神城の指先から魔力がこぼれ落ちた。




