第二百七話 思わぬ奇襲
戦意喪失したヨハネを吹雪の空間魔法で固定し拘束していると、虹色吹雪、千春、沖、不知火の四人は異様な魔力を近くに感じた。
烈火が先程向かった方向と、日南が戦っているであろう場所、そしてもう一つの異様な魔力は近くに急接近している。
「……この魔力、まさかッ!? 」
不知火が不意に頭上を見上げると、青いスーツに身を包んだ青い髪の青年が空中から不知火の背後に着地した。
「お!不知火君、久しぶり!元気してた? 」
友達に向けての言葉を言いながらも、青髪の青年は不知火へ長い右足を鋭く伸ばす。
両腕をクロスさせ、蹴りを上手く受け止めるが、数メートル先まで軽く吹っ飛ばされ、地面が足の形に陥没した。
「チッ……!テメェの面、また拝むことになるとはな!クソ面倒臭え!! 」
「あはは!そんな褒められちゃあ、俺ってば幸せ者だね〜!……っと? 」
不知火は右足を前に出して踏み込み、身体を捻りながら渾身の右ストレートを放った。
絶対に当たる間合いだ、確信しながら拳の威力を強めるが、それは青髪の青年には当たらなかった。
「……ま、まずい!! 」
不知火のピンチに転じて、片足を踏み込み、強く飛び上がっていた沖の顔面へ不知火の渾身の拳は振り下ろされてしまったのだ。
「ぐあッッ!! 」
地面に叩きつけられ、近くの壁に激突する沖。壁には無数のヒビが入り、その威力が凄まじいことを物語っている。
「オイ!大丈夫か!? 」
「……はい、大丈夫です。すみません、つい先走ってしまったようです。 」
折れた鼻の骨をグイッと元の位置に戻し、沖は服の埃を払いながら立ち上がった。
「謝ることはねえよ。今のは目の前のクソ魔術師の魔法だ。本当に面倒臭えな。 」
「あはは!俺の魔法、覚えてんだ!何年も前に会ったってのに嬉しいな〜! 」
「棒読みが過ぎんだろ……!こちとら、やっと一息つけると思ったのによ!ブルー・スター!今回の任務は何だ!? 」
ブルー・スターと呼ばれた青髪の青年は、ニヤリと笑った。
「戦場で一息なんかつけるわけないよ。任務?そんなの敵に教える程、良い魔術師じゃないからね〜?俺。 」
ブルー・スターは飛び上がり、後ろへ後退した。不知火達との距離を図るためだ。
「貴方がどんなに強い魔術師だとしても、この人数を相手にするのは部が悪いんじゃない? 」
吹雪は愛刀に手をかけ、ブルー・スターを鋭い眼差しで睨みつける。
烈火と火炎が居ないとしても、吹雪と沖と千春が健在の虹色隊と不知火を前にして一人で相手して勝つのは至難の業だ。
「確かに普通の魔術師なら、この状況を打破するのは至難だね。でも、俺は幸運に愛された幸運の魔術師、ブルー・スターだ。この程度の状況、幾度となく経験してる!さっさとかかってきなよ。 」
ブルー・スターは両手を広げ、自信満々に目の前の敵を嘲笑した。それは見栄なんかではなく、絶対的な自信なのだとその場にいた全員は理解した。
それでも、負けるわけがないとも思う。
その矢先、痺れを切らした千春がブルー・スターへ斬り込んだ。
「……言ってろ、クソ魔術師ィ!! 」
地面を蹴って凄まじい速度で加速し、腰に収めた鞘から白銀の刃を引き抜き、ブルー・スターの首へ滑らせようと試みる。
「うーん、ラッキーだね〜! 」
だが、千春の思い通りには行かなかった。
鞘から引き抜かれるはずの剣が何かの拍子に突っかかり、居合の凄まじい速度を落としてしまったのだ。それでも振り抜くことはやめず、ブルー・スターへ刃を滑らせた。
「……遅いね。遅すぎるよッ!!! 」
千春が剣を滑らせる最中、既に空中へと飛び上がっていたブルー・スターは鋭い蹴りを千春の腹部に放った。
「がはっ……!! 」
強烈な一撃に腹部の空気が全て排出され、地面に倒れ込んだ千春は思わず咳き込んだ。嗚咽混じりの咳を散らし、涙目で余裕綽々にへらりと笑うブルー・スターを睨みつける。
「本当にラッキーだよ。戦場でそんなミスをするなんてさ……? 」
顔を真っ赤にして怒り狂う千春、拳を握りしめ、力一杯に地面を殴りつけた。
殴った部分から血が流れ、彼女は再び立とうと地面を踏み締める。
「姉さん、少し落ち着いて!こっからは私に合わせてくれれば良いから!! 」
声一杯に放たれた言葉、怒り狂った千春は思わず我に帰った。
真っ直ぐな翡翠色の瞳、それでいて怒りの炎を燃やし、冷静に己の感情に流されず、愛刀に手を掛ける吹雪の姿に。
「少し取り乱してしまったようだ。すまない、吹雪。戦場でこの程度のミス、名家の名前に恥じて死ぬところだった。 」
千春は剣士としての恥を悔いて、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、顔を手で覆った。
その光景を見た不知火はブルー・スターを睨みつけながら言った。
「それについてなんだが、《軍神》。ブルー・スターは通称、幸福の魔術師と言われていてな。アイツに対して攻撃や事象は全て、アイツの幸運の良いように変わってしまうんだ。 」
「……は?つまり、都合が良いようにと? 」
ブルー・スター、幸運の魔術師。
cartillの幹部の名は伊達ではなく、ブルー・スターはその昔、サシでキングと互角に渡り合ったことがあるほどの実力者だ。
「解決策は? 」
「前戦った時のブルー・スターは消耗してたからな……魔法の効力が弱まってたんだ。解決策はハッキリ言って無えな……! 」
不知火の戦慄した表情と言葉、釣られるように虹色隊のメンバーは歯を食い縛った。
その頃、前線中枢の情報塔では、つい数分まで各地に指示を出していた光明が頭に血管を浮かべながら目の前の人物を睨みつけていた。
「cartillの介入は予想の範囲内でしたが……貴方が此処に来るのは私の感知能力でも察知出来ませんでしたよ。アグニス・ウィッシュガルド。 」
既に臨戦体制で燃え滾るような炎の魔力を両手に宿し、燃え盛る炎の薙刀を顕現させた。
「未完成でそれだけの魔力!たった一人で前線の指揮を取り仕切っているだけのことはある! 」
「今は戦争中、敵陣の指示塔を叩こうというわけでしょう? 」
光明の言葉にアグニスは笑い出した。
「フッ、ハハハハハハ!!確かに、今は戦争中だ。同胞も多数死んでいる。だが、俺はハナからこの戦争に興味などない。誰もあのお方を止められるわけがないからだ! 」
「ソロモン・エドワードですか。 」
光明は酷く怒った様子でその名を口にした。
「分かっているのなら何故挑む? 」
「私達人間は、魔術師とアビスによって生きる術を虐げられてきたのです。これから生まれる子供達がこの絶望を知ったらどうでしょう? 」
「ははは!質問を質問で返さないでくれ。絶望?そんなものは最初っからない!お前達は生まれた瞬間から虐げられる為だけに生きているんだ。 」
「……話になりませんね。お互いに言葉も無いでしょう。 」
光明は薙刀を強く握りしめて、アグニスへ猛威を振るったのだった。




