第二百六話 《武神》の火力
真っ赤な炎を口から吐き、鋭い爪で切り裂かんと竜化したザックは火炎と吉良へ襲い掛かる。
パターン化された攻撃を前に回避するのは簡単だが、火炎と吉良とではザックに致命傷を与えるだけの火力が足りてなかった。
火炎は必死に思考を駆け巡らせていた。
「……火炎君ッッ!! 」
だから、迫り来る不意打ちの尻尾による攻撃を避けられなかった。凄まじい威力で火炎に叩きつけられた尻尾、ビルの壁をぶち破り、数百メートル先まで吹っ飛ばされてしまった。
「……クソ、俺としたことが考えすぎちまった! 」
直ぐに立ち上がり、髪についた砂埃を払って目の前の赤い竜を睨みつけた。
「火力が足りなくとも、もう一度やりましょう!《魔を愛する者よ、一度とて離れることを知り、己を見るがいい!束縛結界》! 」
巨大で黒く太い拘束具がザックの腕と足、首と腹部に装着された。
「グォオオオオオオ!!! 」
「やっと捕まえた……! 」
吉良は自らの拘束具で縛り上げたザックを強く睨みつけた。
「火炎君、頼んだよッ!!! 」
「次は失敗しねェ!!そろそろ、アイツが! 」
吉良の拘束具を振り払おうと肉体に血管が浮き上がり、ザックは力を込め始める。
「こんなオモチャじゃ俺は止まんねえ! 」
「やはり、パワーの差が……!! 」
拘束具が破壊される未来が見えた吉良は苦虫を噛み潰したような表情で悔しそうに嘆いた。
「……後は任せたぜ相棒。《全反射》! 」
詠唱破棄で巨大な体のザックを取り囲む程の反射壁を展開した火炎は、必死に魔力を送り続け、パワーに負けないように強度を高める。自分の呼びかけに応えてくれた人物を待てばいいだけだったからだ。
「俺の妹可愛すぎる……火炎、そのポジは完璧だ。《覇王を語る剣、俺の導きに応え、その力を引き渡せ!覇王剣》! 」
俊敏で華麗なステップでビルの隙間を通り抜け、火炎と吉良が赤く巨大な龍を食い止めている姿を目視で確認。
携帯の待ち受けに設定された吹雪の写真をみて一瞬ウットリするも詠唱に集中した。
「……悪ィが覇王の剣は安くねえぜ。 」
地面を蹴って跳び上がり、自分の身体よりも巨大で赤黒い剣をザックへ一閃。
火炎の反射壁と吉良の拘束具をも砕くその一閃は、当然ザックの硬い鱗を簡単に打ち砕き、その巨体を数百メートル先までの地面に叩きつけた。
「あっ、圧倒的火力……これがあの《武神》と謳われた人の力なの?! 」
「ああ、俺が知る限りでは剣を持った状態の《武神》よりも火力が高い物理技は存在しねえ! 」
「火炎、俺の名前をよく呼んでくれたな! 」
満面の笑みで火炎の背後に着地した烈火は嬉しそうに肩を叩いた。
「烈火こそ俺の呼びかけによく応えてくれたよ。本当にありがとう! 」
「馬鹿、良いんだよ!仲間が困ってんなら駆けつけるのは当たり前だろうが! 」
勇ましい姿で笑う烈火はとても格好良かった、右手に携えた覇王剣は凄まじいエネルギーが燃え滾る炎のように漲っている。
「がはっ……ごぼっ……! 」
龍化していた身体は人間の姿に戻り、ザックは口から大量の血を吐いた。
「……このダメージはやべえな。 」
口から垂れた血を腕で拭い、ザックは烈火を睨みつける。
「クソ……俺もここまでか!!いいや、俺は使命を全うしなきゃならねえ! 」
身体に大ダメージを負うも立ち上がるザックを前に烈火は覇王剣を構え直した。
敵の持つ決して消えない炎のような信念を前にして、烈火は油断出来ないと考えた。
「そんな姿になってまで何を望む?人間の時の記憶が無いわけじゃないだろ? 」
「……はぁ、はぁ、はぁ、んなことテメェには関係ねェだろうが!お前らが守りてェものと俺が守らなきゃならねえモンを一緒にすんなぁぁあああ!! 」
ザックは力一杯に地面を蹴った。
元々速度があるわけでもなく、ザックは手負の身。速度のない敵など烈火からすれば、止まっているかのようだった。
覇王剣の矛先を滑らせ、確実にザックの首を狙った瞬間だった。
「……ったく、ロゼんとこのガキはうるせえのが多いんだよ。静かにしろよ。 」
何処からともなく現れた短剣に一閃を封じられてしまったのは。
それでも尚、烈火は関係なく振り抜く。
一閃を止めた人物を数メートル先まで吹っ飛ばした。
「へえ、人間でここまでの火力?凄えじゃんお前。 」
吹っ飛ばされる瞬間、右手を地面に触れて、流れるように負荷を受け流し、地面に着地した少年は黒いマスクの下でうっすらと笑った。
「なんだお前、ここいら一体の近隣住民は避難勧告に従ってねえのかよ! 」
「俺の魔力量を見て、雑魚共と一緒にするとは俺を舐めてるみたいだね? 」
指先でクルクルと短剣を振り回し、黒を基調とし、紫のラインが目立つパーカーに半ズボン姿の少年はフードを被り、口元には獣の八重歯が刺繍された趣味の悪いマスクを付けている。
「……舐めてるってバレちまったんなら仕方ねえな。まあでも、ここまでの量なら多少はやるみたいだな。 」
「ふん、その余裕引っ剥がしてやるよ。おい、ロゼのペット。退けよ、邪魔。 」
ザックは出血多量で意識が朦朧としていた。地面に膝をつき、前のめりに倒れる。突然現れた少年は迷惑そうに言った。
「チッ、気絶しちゃったか。まあいいや、うっかり着地して俺が殺しても俺の奴隷でもペットでも家畜でもないし、どうでもいいや。 」
「火炎、《封魔》下がってな。コイツはさっきのと比べ物にならねえぞ! 」
火炎と吉良を後ろに後退させて、烈火は覇王剣を再度構え直した。
「ごぼっ……!! 」
口から大量の血を吐いて、地面に手をついているのはロゼだった。マンキを身代わりにして体力回復からの一戦、日南の攻撃力は圧倒的に上がっていた。
彼女の持つ、劣勢に追い込まれた時に発するポテンシャルの高さは異常を喫している。
「ダイヤモンドの魔女、観念しなさい!四魔術師相手に私は一切の油断はしない! 」
月光の夜槍の矛先をロゼに向け、日南は真っ直ぐに睨みつける。
「あらら、絶体絶命じゃんロゼ? 」
「……ッ!お前、そこで何してんだよッ! 」
瀕死状態のロゼの背後に、突然現れた存在に日南は後退した。日南の表情は目を大きく開き、驚愕しているようだった。
桃色の短い髪の少女、身長は低めだが、顔立ちは落ち着いた雰囲気で大人びているようにも見える。
「へぇ、その傷でそんだけの元気なんだ。ロゼのこと、私大嫌いだし、ぶっ殺したいけど強いね! 」
彼女はロゼを馬鹿にして、日南に視線を向けた。
「あれぇ〜?《比翼》ちゃんじゃーん!やっほー!お久しぶりだね、多分2年ぶりとか? 」
「この件にカーティルも関わってるの? 」
「あっらら、私の質問は全無視〜?ひっどーい!まあいいやー、別に! 」
日南は額に冷や汗をかいて、月光の夜槍を手放した。日南に似合わない大きい声だった。
その声音には怒りが満ちている。
「ローズ・ロドクルーン!答えなさい! 」
「カーティルが関わってたらなんだって言うの?別に今、この瞬間にその話意味ある??……無いよねぇ〜? 」
「くっ……!相変わらずカンに触る喋り方!絶対友達居ないでしょ! 」
苛立つ日南を嘲笑い、ローズはニンマリと笑った。
「ロゼを追い詰めるなんて、この2年で《比翼》ちゃんまた強くなったんだねぇ〜?後、私友達は作らない主義なだけだし〜! 」
ぷくーっと顔を膨らまして日南を睨みつける。
断じて友達がいないわけではない!と断言しているようだ。
「まーいいや!ロゼ、ここは任せなよ。久しぶりの強敵《比翼》ちゃんは並の相手じゃーない!この私、ローズ様が引き受けるよ! 」
「チッ、お前に借りを作るのは死ぬほど嫌だが、仕方ない。……ここはお言葉に甘えさせてもらう。 」
ロゼは血だらけの身体を引きずるようにしてその場をゆっくりと離れる。
日南は行手を追おうと視線を向けるが、ローズがそうはさせてくれない勢いだ。
「ローズ、アンタをサクッと倒してロゼのトドメは私が貰う!!ここで逃がしてたまるか! 」
「ふっ、出来るものならやってみれば良いじゃん!そんなに心配しなくてもロゼは……っと、まーいいや。 」
ローズは面倒臭そうに後ろに手を回して組み、目の前の日南の表情を真っ直ぐ見つめたのだった。




