第二百六話 虹色隊結成秘話
黒い髪、赤い瞳、白い肌の男は黒いスーツに身を納め、巨大な赤い扉の前に立った。
赤い絨毯の先にある扉は頑丈かつ、凄まじい魔力結界が貼られている。立場を弁え、許された者以外が入ろうとすれば食い殺されてしまう。
「……相変わらず、あのお方の魔力は凄まじい。この都市に入った瞬間から感じれる程の強大な魔力。 」
扉を前にアグニスは首を横に振った。
今に始まった事ではない。
扉を触れ、ゆっくりと開いた。
巨大な部屋の中にポツンと輝く黄金の玉座、そこに腰をかけ、足を組んで堂々と入ってきたアグニスに視線を落とし、笑ってみせる人物が一人。
「よく来たね、アグニス。 」
「ソロモン様、お呼び頂きありがとうございます。」
玉座に座っていたのは青い髪の少年だった。
赤と青が入り混じり、紫色に混ざりそうで混ざらない独特な色合いの瞳、白いスーツに赤い蝶ネクタイが印象的だ。
「はぁ……本当に悲しいよ。僕の家族は4人居たはずなのに今じゃ、たったの二人。死の偽装工作程度、僕を騙せると思ったのかな? 」
「……ソロモン様、発言をよろしいでしょうか? 」
魔術師界最強の王にして、全ての魔力の祖だと名高いソロモン・エドワードはアグニスの言葉に深く頷いた。
「ありがとうございます。現在、日本の方にロゼを向かわせたとの報告がありまして、ソロモン様のお話を察するにロゼは死んだのでしょうか? 」
「あはははははッッ!!! 」
真剣な表情で問いかけるアグニスに、ソロモンは声を上げて笑った。
「いや、まだ死んではないよ。でも、僕の予知した未来じゃ、ロゼは日本で死ぬ。それも結末は……」
「……ッッ!? 」
アグニスは声にならない驚きで目を見開いた。
「ソロモン様の予知は一度として外れたことがありません。同志を亡くすのは悲しいですが、仕方ないですね。それが、部下を持つということです……。 」
悲しげな表情を浮かべるアグニスに、ソロモンは思いついたように口を開いた。
「あっ、そう言えば部下の件考えてくれた? 」
「……はい。ですが、答えはいいえです。ソロモン様には申し訳ないのですが、俺はもう同じ魔術師であっても部下も友も作りたくはないのです。 」
「あの件のことなら引きずらなくとも、もうお前に楯突く奴なんて居ないだろう? 」
アグニスはソロモンの言葉に下を俯いた。
「……だとしても、答えは変わりません! 」
「アグニスは頑固だね。……分かったよ、一時は折れてあげる。でも、必要になった時にいつでも願いを請うといい。 」
「ありがとうございます! 」
アグニスは上げた顔を再度床に戻した。
「はぁ、はぁ、はぁッ……!! 」
ロゼの殴打をマトモに受け、日南は口から血を滴らせながら息を荒げていた。この事態は非常に不味い、魔力で致命傷を避ける努力はしていたが、それすらも上回る拳による火力。
「またコロコロと武器を変えられるようじゃ面倒だからな。その隙さえも与えずに、この拳で叩き伏せてやる! 」
怒った表情でロゼは続ける。
「毎回毎回お前らに邪魔され続けたら、私の名が廃っていくだろうがッ!邪魔すんな未完成品如きがなァ!! 」
地面を蹴り、一気に速度を上げる。
握りしめた拳は空気抵抗を一身に受け、日南の顔へ振り下ろされた。
「……ッ!ぐふッッ!! 」
あまりの威力に身体ごと吹っ飛ばされそうになるが、ロゼは咄嗟に日南の足を踏み、勢いを完全に殺した。
「簡単に吹っ飛ばされちゃ、移動が面倒だろ。こっから先は私の時間だァァァァ!! 」
魔力を込めたダイヤモンドの拳が何度も何度も何度も、日南の身体へ食い込む。
爆風と衝撃波が相まって、日南の身体中の骨は砕け始めた。魔法で防御していた箇所もその威力に耐えられなくなってきたのだ。
「……がはッ、ごぼッッ……!! 」
口から大量の血を流し、立つこともままならなくなってきた。足の筋肉が身体を支えることを拒んでいる。へらりと倒れそうになる所をロゼは髪の毛を掴んで静止した。
「中々やると思ったけど、もう終わりだね。今日は本当にムカついたから、これで終わらせるッ!! 」
高々と拳を振り上げ、日南の後頭部目掛けて拳を思い切り振り下ろした。
その場に雷でも落ちたのかと思うような轟音と地響きが起こり、ロゼは高らかに笑った。
「……ッ!? 」
ロゼは妙な違和感と胸騒ぎに気がついた。
先程まで何度も自分と互角に渡り合ってきた奴が倒される過程であまりに自分に傷がついていないことに。
「……ロ、ロゼ……さ、ま……!! 」
足元には血に塗れ、瀕死状態のマンキに気がつく。敵の位置を探るべく、背後へ勢い良く振り向いた。
「《色欲の叡智》、詠唱破棄で貴方の部下を私の見た目にすげ替えさせて貰ったよ。……お陰で少し休めたかな。 」
そこには外相一つ無い姿の日南が立っていた。
「いつから?って顔をしてるね。部下の子が味方に吹き飛ばされた瞬間に私が最初に仕掛けておいた罠に引っ掛かってくれたのが幸いだったよ。 」
「クソが……ッッ!!絶対、許さねェ!何があっても絶対にお前を殺してやるッ!! 」
怒りで魔力が増大したロゼを横目に日南は乱れた服装を整えた。
「さて、後半戦だね。流石は四魔術師と言われてるだけ、凄い強さ。でも、こっから先は簡単には動けない! 」
気迫高い声音、ロゼは怒り狂って周りが見えなくなってしまった。
ただひたすらに日南を傷つけることを目標に突き進むつもりだ。
「クソッ……!コイツ、俺が考えた策が全く通用しねェ!! 」
ビルの下の方では火炎と吉良がアビス化したザックの相手をしていた。
溢れる魔力、ザックの猛攻は止まることをなく、防戦一方が続く。
「火炎、君の策略はどれも的確だったよ。でも、今回は相手が悪すぎる。私達の魔法を封じ込める力と反射する力じゃトドメをさしきれない! 」
「……圧倒的な火力が必要か。……待て、この魔力はッッ!!! 」
ザックの吐く炎の礫を避けながら、火炎はある男の魔力を感じ、ニヤリと笑った。
「居るじゃねえか、半端ねえ火力持ちがよ! 」
大きく息を吸い、気合を溜め込む。
「オイ、烈火ぁあああああ!!! 」
凄まじい叫び声を吸い込んだ空気と溜め込んだ気合いと共に放った。
「……今の声はッ!!たーいちょっ、ダチがピンチらしい、行ってもいーか? 」
遠くから聞こえた自分への叫び声に烈火は身震いした。出会ったのは虹色隊結成時、ごく最近のことだ。
遡ること数ヶ月。
虹色吹雪は自分の隊を結成する時に、火炎と沖に話を持ちかけ承諾を得ていた。
残り二人をどうするか、メンバー集めはかなり苦戦している様子だった。
「急に呼び出してごめんね、火炎さん。 」
「いや、別に構わねえよ。虹色隊のメンツ、俺と沖以外であと二人は決まったのか? 」
椅子に腰掛けて縮こまった吹雪が頷く。
「そうか!それは良かった!それで、誰なんだ?残りの二人は! 」
火炎が面子の公表を迫り、顔が少し近づいてしまった時、火炎の顔面に不意打ちの拳が振り下ろされた。
「……誰だ、テメェ? 」
振り下ろされた拳を片手で受け止め、鋭い眼光で拳の持ち主を睨みつけた。
拳の持ち主は吹雪と同じく白髪に翡翠色の瞳でイケている顔面、好青年の男だったが、何やら怒っているようだった。
「お前こそ誰だ?ウチの妹に何しようとしやがったッ!! 」
「……あ?妹? 」
二人のやり取りを横目に部屋に入ってきたのは、白い髪の女性だった。
どことなく吹雪に似ているが、その筋肉質な身体と高身長、鋭い翡翠色の瞳による眼光は好戦的な目。
「何をしてんだ、烈火!ウチの看板落とすような詰まらねえ真似してんじゃねえよ! 」
直後火炎に真っ先に手を出した男、烈火は顔面に強烈な蹴りを喰らい、壁まで吹っ飛ばされてしまった。
「この度の非礼を詫びる。すまなかった!弟のことは私に免じて許してやってくれ!ただの馬鹿だが、妹想いのいい奴なんだ! 」
火炎は困惑しながら女性の言葉に頷いた。
「オイ、立て!お前も謝れ! 」
壁に叩きつけられ、床に突っ伏していた烈火の髪を持って無理矢理にでも土下座の体勢にさせると、彼女はピルヒールを履いた鋭い足で烈火の後頭部を踏みつけた。
「ぐぉぉぉおおお!!姉さん、痛い!!痛い!!す、す、すんませんでしたぁぁッ! 」
「痛えのは当たり前だろうが! 」
「もう!!千春姉さん、烈火兄さん!いい加減にして! 」
吹雪が声を上げた途端、今まで激しく弟を痛めつけていた千春の足が止まった。
「……客人の手前、情けないところを見せてしまった。吹雪、すまない! 」
「す、すまねええええ!! 」
半泣きの烈火と申し訳なさそうにしている千春を見据え、吹雪は深くため息をついた。
「虹色、もしかして俺ら以外のメンツ、この二人なのか? 」
「……うん、そうだよ。姉の千春と兄の烈火。二人とも由緒正しき虹色家に所属する魔法師だよ。一応、プロ。 」
吹雪は呆れた表情で二人の紹介をする。
「軍神武神コンビだろ!? 」
「あ?俺らのこと知ってんのか? 」
烈火は少し食い気味な口調で言った。
「知ってるも何も名家の出なら知らない奴の方が珍しいじゃねえか!二人が仲間なんて、凄えことだ! 」
火炎のあまりに歓喜した声に嬉しくなってきた烈火が鼻の下を伸ばし始め、千春は顔を真っ赤にして場の空気が一瞬で溶かされた。
「名家の出ってお前まさか、朝日奈家?! 」
「その赤い髪に赤い瞳、間違いなさそうだな。流石私の妹、朝日奈家の一人を仲間にするとはな。 」
千春も烈火も驚いたような素振りで火炎を見つめる。熟、朝日奈という名前には驚かされる。
ただ、いくつかある魔法の名家の一つというだけなのに。祖先や現当主の偉大さに毎回気付かされてしまう。
「朝日奈火炎だ、よろしく頼む。 」
「火炎って言えば、次期当主の名前じゃねえか!お前、やるなぁ!! 」
「烈火の拳を受け止めたのも頷ける。流石私の妹だな。 」
うんうんと頷く三人に何とかこの場の空気の和みを取り戻せた吹雪はホッとした。
烈火は少し人見知りなところがあり、名家の出じゃない者に強い毛嫌いを持っているからだ。
その場の四人と沖を足して、虹色隊が結成されたのだ。
「……うん、いいよ!烈火兄さん、火炎さんを助けてあげて! 」
ニッコリと微笑む吹雪に烈火は顔を真っ赤に赤らめた。そしてーー、
「うぉぉぉおおおおお!!ウチの妹可愛いいいいいいいい!!待ってろ火炎!!! 」
烈火は叫び声を上げながら地面を蹴った。




