第二百四話 増援
「……くっ!小癪な策だが、これでは不知火に近づけないなッッ!! 」
永遠に亡者を叩き潰し、不知火との間合いを詰めようと地面を蹴るヨハネだが、倒した亡者は何かしらの体の部位を欠損しても起き上がり、十秒後には戦いに戻ってくる。
表情も読めないが"何食わない顔"でだ。
「だが、それがお前の敗因だ。この兵士共に頼りすぎて自分を守ることを忘れた! 」
二人いたはずのヨハネは三人に分裂、不知火にバレないように隠密行動をしていた。
「……なッッ!! 」
後ろから来る右フックに気がついた時には遅かった。不知火の後頭部に右フックが当たる直前、その空間の時が止まった。
「……危なかった。急な出撃命令、まさかとは思ったけどここまで絶体絶命とはね。 」
ーー瞬間、ヨハネの作り出された二つの分身が虹色に輝く剣戟に素早く木っ端微塵にされた。
「姉さん、後はよろしく。 」
「オーケー!ウチの可愛い妹に命じられたら、どんな奴でもウチは切り刻んでやんよッ! 」
白い髪、翡翠色の瞳、真っ白い肌、筋肉質な身体付きの女性は"隊長"の呼びかけに応じ、力任せの大振りをヨハネの本体にぶつける。
いくら思考を読まれるからと言っても、空間ごと支配しているこの状況には敵わない。
「ちぇっ……俺は何も命令ナーシ? 」
「兄さんは不知火さんを保護して! 」
「了解、たーいちょっ! 」
白い髪、翡翠色の瞳、真っ白い肌のかなりイケメンな好青年は素早くボロボロの不知火を抱き上げて安全な場所へ避難させる。
「……これじゃ俺の出る幕、無いな。 」
刀を手に、沖は少し残念そうに言った。
「虹色隊!援護をありがとう。助かった! 」
不知火は安堵した。
ATSで新たに始動を開始した虹色吹雪を筆頭とした虹色隊は火炎を除き、全員が剣士。
沖遼介、虹色千春、虹色烈火、虹色吹雪の実兄と実姉が居り、その二人はプロの魔法師として隊を持てるようになった妹を認め、溺愛している。
「ああ、別に俺は何もしてねーよ。礼ならうちの女性陣に言ってくれ。 」
自分が倒したわけでもないのに、烈火は誇らしげに鼻を伸ばす。
「敵の増援。空間ごと支配されるのは読めなかったな。俺もまだまだか……! 」
切り付けられ、身動きが取れなくなったヨハネは自分に落胆した。不知火に気を取られ、周りがまるで見えていなかった。
「不知火さん、私の隊の火炎は? 」
「ああ、反対側で別のアビスと戦ってる。吉良ちゃんが一緒だから安心してくれ!それよりも……」
不知火は頭上を見上げる。
ビルの屋上では雷が轟くような激しい戦いが繰り広げられていた。
《比翼》vs《ダイヤモンドの魔女》
日南の強さを持ってしても、ロゼは一筋縄ではいかない相手のようだ。
「……私の暴刃の剣雨を持ってしても貫けない硬さ。流石はダイヤモンドの魔女ね。 」
日南は暴刃の剣雨を握っていた手を緩め、そのまま手放した。
「武器を手放すとは勝負に諦めでもついたのか?……だとしても人間に一切の油断はしない!もう一度はないからな……! 」
ロゼは握りしめた拳をダイヤモンドに変えて、構え直す。弱点である首も既に硬質化しており、日南にはキツい状況だ。
「《静寂の叡智よ、呼びかけに応じなさい!月光の夜槍》! 」
日南の手には金色に光り輝く日南の身長を超える長槍が握られた。
「コロコロと武器を変えやがって……! 」
ロゼの怒りの独り言を無視して、日南は地面を蹴って宙へ飛ぶ。そのまま携えた月光の夜槍を振り上げ、ロゼへ振り下ろした。
「なっ……!? 」
"そんな攻撃"と、回避行動をしようとしたロゼは驚愕した。身体が一切動かない。
かといって致命傷を避けることは出来る。
硬質化されている部分は安全だからだ。
「魔法で強化されている箇所が安全だと、そう油断していたら痛い目に遭うよ。 」
日南の言葉と共に振り下ろされた槍がロゼの首を切り裂いた。切断とまではいかなかったが、多少のダメージは入っただろう。
「私の魔法でそんな鈍じゃ切れないはず……!どうして!? 」
そんな疑問を横目に日南は硬質化された場所を切り裂き続ける。致命傷が与えられるようなダメージではない。でも、それをひたすらにやり続けた。
「……小癪なッ!《金剛の細氷》! 」
周囲の空気に混じるように冷たい冷気が浸透する。日南は直感でヤバいと感じたのか、切り裂くのをやめて後退した。
「腹が立つけどいい判断だ。熟、最近の人間は相手にするのが面倒だなァ! 」
ロゼは拳を握りしめる仕草をし、ニヤリと微笑んだ。
「……この冷気、急に熱を?!……まさか!? 」
冷気の漂う箇所が手当たり次第に小爆発を巻き起こす。日南は忽ち巻き込まれてしまった。
爆発による突風で吹き飛ばされるも、持ち前の運動神経と体幹で咄嗟に地面へ手をつき、倒れることを回避する。
「思ったより頑丈だな、お前。あのまま消し飛んでくれたら有難かったんだけどな。 」
ロゼは面倒くさそうに言った。
頬から流れる血を腕で拭い、長槍を持ち直す。
「そんな冗談みたいなこと言ってる余裕あの? 」
「は?んなこと……!? 」
ロゼはまたも自分が動けないことに気た。地面と足がくっついているみたいで、ビクともしない。
「その状態で斬られ続ける気分はどう?お得意の硬質化は? 」
ロゼの首に浅くだが日南の剣戟が刺さる。
「……ッ!? 」
思うように身体も動かず、魔力が体に回らない。それでも剣戟は当然止まらず、ロゼの身体に無数の切り傷が出来上がった。
一つ一つは浅いが徐々にそれは致命傷へと成り果てる。
「……コイツ、何を!? 」
「敵に種明かしするほど、私は甘くないよ。でも、一つだけ教えてあげるッッ!! 」
日南は切り裂いていた剣を止め、一気に地面を踏み蹴った。
「……魔術師、アンタの敗因はその恐ろしくも高いプライド!私を侮っていたからよ! 」
一気に間合いを詰め、月光の夜槍で渾身の突きを放った。確実に避けることは出来ない。
日南は勝ちを確信した。
ーーその瞬間、とてつもない憎悪が日南の感覚を奪い去った。思わず完璧な間合い、完璧なタイミングの突きを辞めて、後ろに後退してしまうほどだ。
「……あぁ、凄いねアンタ。未来でも読めてるのかってくらい感知能力が凄い! 」
ロゼはへらりと笑って、動かなかった足にめいいっぱいの魔力を注ぎ込む。
体に回らない?そんなの関係ない。
自然に回らないなら強制的に回せばいい。
今この瞬間、この空間全ての魔力を一瞬で支配下に置く絶対的な強さ。
「月光の夜槍の効果を自分の魔力で捩じ伏せたっていうの?そんな……あり得ない! 」
「さあ、人間。こっから先はずっと私のターンだッッ!! 」
地面を蹴って一瞬で加速、日南が構えた月光の夜槍の間合いに堂々と踏み込み、突きを絶妙なタイミングでかわした。
ロゼはその隙を見逃さない。再度、強く地面を踏み込み、体を捻って渾身のスクリューを腹部に叩き込んだ。
「……があッ!! 」
上空に吹き飛ばされ、日南が受け身を取る隙も与えずにロゼも上空へ移動する。
まるで弓を引くかのように腕を引き、力一杯に地面へ叩きつけた。
「……ごぼっ、はぁ……はぁ、はぁ、……!! 」
日南は身体を無理矢理にでも起こすが、口から大量の血を吐いた。
流石にあの速度であの威力、いくら《比翼》と言えどもなかなかにキツい。
「本当にタフだな。厄介だが、最大火力で一切の油断もせずに相手しよう。お前の息の根が止まるその瞬間までなッッ!! 」
昂るロゼの魔力を前に日南は決意を固め、目の前の魔術師を相手に構えたのだった。




