第二百三話 不知火vsヨハネ
「……《妖の民よ、弔いは哀、復讐は亡。霊炎にて焼き尽くせ!波旬の灼球》! 」
無数に出現した青い炎がビルの上で鎮座していたロゼに直撃する。凄まじい火力の炎は空気を焦がし、ビルの屋上を簡単に砕いた。
「……ったく、クソ面倒だな。魔術師! 」
「んだこのクソ熱い炎は? 」
ロゼは突然の強襲に苛つき、魔力を展開。近くにいたはずのヨハネは姿を消している。
瞬間、砕かれたはずの屋上の床は水色に輝く宝石が埋め込まれ、彼女の拳にもソレが宿った。
「ダイヤモンドの魔女……お前がロゼか。テメェと同格は昔戦ってんだ。手加減はしねえ! 」
「何言ってんのさ。手加減なしで倒れるほど、私は安くないよ。お前こそ、私を怒らせたことを後悔しろ!オイ、ヨハネェ! 」
「……ッ!? 」
不知火の表情が驚愕に変わった瞬間。
背後から凄まじい威力の拳が迫りーー、それは寸前で受け止められた。
「不知火さん!大丈夫ですか!? 」
日南のギリギリのセーブ、突然固まった不知火の動きに合わせて右足で拳を受け止めたのだ。
「……お前は今、何故昔の相棒が生きていてそっち側にいるのか、と思っているだろう? 」
「ヨハネ、テメェ!どういうつもりだッ! 」
不知火はヨハネに掴みかかり、顔に拳をお見舞いする。何度も何度も振り下ろされる拳の一撃はヨハネに全く効いていないようだった。
「……私の相手はどうやらお前みたいだね。男に守られるのが趣味の女かい?お前なんかサクッと殺して、あの男は私の奴隷にしてやる。ヨハネと知り合いなんて運がいいじゃないか! 」
ロゼは面白げに語った。
「……よく喋る。《暴虐の叡智よ、私の呼びかけに応じなさい!暴刃の剣雨》! 」
「ふん、少しはやるようね。でも、そんな鈍で私を傷つけようとかどういうつもり? 」
日南は地面を蹴ってロゼとの間合いを詰める。
不知火の初めて見た表情に気を取られそうになるが、今は戦闘。ましてや、相手は魔術師。
気は抜けない。全ての思考を吹っ飛ばした。
「不知火、お前はもう気付いているんだろう?俺が死んでいることを。 」
「ああ、目の前で粒子化して空に消えてったお前を俺は見た。あれは現実だ。狂いなんてねェ!それを嘘かと思うくらいお前は本物に似てる。 」
「でも、偽物だ!と思おうとしているだろう?俺が本物かどうかは戦って判断しろ! 」
不知火はヨハネの受け答えに寂しさを感じた。やはり、戦わなければならないのか?
昔の相棒との再会がこんな形で実現するなんて、思えばヨハネを失ったのも魔術師との抗争が原因だった。今はそんなこと考えてる余裕はない。
「言われなくてもそうしてやる!それに俺は人間がアビスになるっていう情報は知ってんだ!その上でテメェは偽物だって言ってんだぞ! 」
「……ふん、その情報を知っていても尚、俺はを偽物だと言う始末、堅物は変わってないな。 」
ヨハネは不知火の腹部を蹴りつけて牽制し、後ろに後退した。何せ、ここはビルの屋上。
足場の数はあっても戦うのは限りがある。
「お前相手に出し惜しみをしている暇はない。不知火、俺は死んだ瞬間に恐怖を知った。絶対的に逆らえない恐怖を。 」
「……あ?何言ってやがる。 」
瞬間、ヨハネはビルの屋上から堂々と飛び降りた。不知火も負けじと飛び降りる。
ザックと吉良、火炎が戦っている場所の真反対、凄まじい高さのビルだが関係ない。
「だからこの程度の恐怖は感じもしない。……やっとお前に追い付けた気がしている。 」
不知火は空中で詠唱を完成させていた。
「……《夜を照らす、妖炎よ。今ここに邪の光を顕現しろ!百花妖炎》! 」
地面に落ちる寸前で不知火の体は受け止められた。どこからともなく現れた紫の炎に包まれた兵士達に。
「この程度の恐怖、いくらでも乗り越えられる。お前が死んだ瞬間、俺も恐怖を感じた。それと哀しみと怒りを同時に覚えた。キングは倒せなかったがな……! 」
兵士は全員消え、不知火とヨハネは互いの瞳を見て構える。
「……来い、夜桜! 」
不知火の一言で桜吹雪が舞起こり、彼の手には一太刀の剣が現れる。綺麗な銀色の刀身に真っ黒い柄、禍々しいオーラを放っている。
「夜桜か、懐かしいな。だが、俺の間合いで肉弾戦はあまりにも無謀じゃないか?お前、俺が生きていた頃に一度も勝ったことがなかっただろう? 」
「……んなことは分かってんだ!ただ、それが理由で戦いから逃げるわけねェだろ! 」
不知火は地面を蹴って加速、一気にヨハネの懐へ潜り込んだ。だが、ヨハネはそれを全て読んでいたのか、一瞬で後ろへ後退すると勢いをつけて回し蹴りを放った。
夜桜を手にしていない方の手で蹴りを受け止め、牽制の動きを取るとすかさずヨハネの腹部に斬撃を放つ。だが、これも読まれている。
身体を仰け反らせ、斬撃の軌道を全て回避。直ぐに追撃してくる不知火を横目に、ヨハネは拳を握った。
「……だから、言っただろう? 」
右足を強く踏み込み、腕を拗らせながら放った拳は不知火の追撃よりも早かった。
凄まじい威力で不知火の胸部に叩き込まれる拳、数メートル先に軽く吹っ飛ばされる。胸部を殴られたことで肺にあった空気が一気に押し出され、嗚咽感が止まらない。
「はぁ……はぁ、はぁ……!! 」
たった一撃、それでも必死にヨハネを止めようとしていた不知火の動きを鈍らせるには充分な威力だった。
夜桜を落とし、その場に前のめりに倒れ込む。
「残念だが、既に満身創痍になりかけているお前相手でも一切の油断はしない。 」
ヨハネがパンっと両掌を合わせ叩くと、彼の姿が一つの体から二つの体に分離する。
作り出されたヨハネが倒れ込んだ不知火を首元を掴み、握りしめた拳を叩き込む。
また数メートル先に吹っ飛ばされた。
「がはッッ……!! 」
口から大量の血が噴き出す。仰向けの体勢になった不知火は既に輝きを失いかけた瞳で空を見上げる。分かっていた、ヨハネに肉弾戦で勝てるわけがないと。ヨハネの魔法は読心魔法、相手の思考を読み、常に自分にとって最善の未来を導き出す。肉弾戦において最強の魔法だ。
「……不知火さん聞こえますか。今、増援を送りました。もう少し耐えて頂ければ、その戦況を打破できます! 」
光明の言葉で我に帰る。
遠い場所からわざわざ頭に向けて話しかけてくれたのだろう。不知火が絶体絶命ということを知っての行動だ。情けない。
これでも一応一人でソロ組をまとめてきたというのに。気遣いで増援を呼ばせてしまうとは。
「……悔しいが今の俺ではヨハネには勝てない。ならば、限界を超えてみるか。 」
勝てないことは分かっている。だが、時間稼ぎ程度なら出来る。
不知火は口元の血を拭い、もう一度夜桜を顕現した。
「ふん、夜桜で何をしようというんだ? 」
「お前は俺を分かっているような口ぶりだが、もう何年前だァ?もう昔の俺じゃねえんだよ!見てろ!! 」
不知火は持っていた夜桜を地面に突き刺し、詠唱を手向ける。
「《邪を愛す闇の子よ、その血、舞い落ちる桜が如き、降臨せよ。夜桜の亡者》! 」
夜桜が地面に吸い込まれ、凄まじい地響きと共に地面が揺れ始める。
「……人の心は読めてもコイツらの心は読めるか? 」
地面から無数の穴が現れ、穴から出てきたのは大量の亡者。骸骨姿の彼等には文字通り、心も思考もない。あるのは命じられた目標を借り尽くすという目標のみ。
百を有に超える無数の亡者がヨハネに襲いかかった。
「がぁぁあああ!! 」
「ぐもぉぉおおおお! 」
亡者達は地面を蹴って一瞬でヨハネとの間合いを詰めた。普通の亡者なら動きも遅く、火力もそんなにない。だが、これは不知火が作り出した夜桜の魔力を込めた亡者の兵士。
不知火が出来る動きは全て出来る。
「な……ッッ!!不知火、貴様!それでもいつも俺の上を行くお前に俺が負けてはいけない! 」
二人のヨハネは手当たり次第に亡者を叩き潰さんと動き出した。




