第二百二話 嫌な予感の的中
不知火は食堂を出た後、ATS本部を後にして、とある人物に電話をかけた。
「俺だ、不知火だ。 」
「ええ、分かっています。そろそろかけてくる頃でしょうと思っていましたから。 」
落ち着いた話し方、透き通った声、朝日奈光明だ。彼女は今も前線全体が見える高台で戦いの動きを見ながら、不知火と電話している。
「ミクル隊に明日出撃させる予定の中型討伐、俺に受けさせてくれねえか? 」
「……話を聞いて、貴方も感じたのですか?今回の小型アビスの動きについて。 」
光明は真剣な物言いで続ける。
「小型アビスは通常惰性で動いています。人間という魔力体が近くに現れれば襲いかかり、近くに何も居なければ普通の動物と同じ。ですが、今回の出現と動きは誰かが指揮している。 」
「ああ、だから俺と日南、吉良ちゃんで出る。今回は嫌な予感がすんだよ。冴島隊とfamiliarの連中が重症で帰ってきた後だ、何か起こるか分からねえ! 」
「……分かりました。私からも一人、増援を送りましょう。 」
不知火は二つ返事をして電話を切った。
魔術師との全面戦争、半年前からずっと準備してきたことだったが、本格的に始まりそうなのは確かだ。
「こんな時、アイツならなんて言うかな。ヨハネ……! 」
「日南ちゃんキーック!! 」
背後から突然のドロップキック、日南は頭上から現れたので不知火の背中の上にそのまま着地した。
「こらこら、《比翼》ちゃん!不知火さんにライダーキックならぬ、日南ちゃんキックを浴びせてはいけませんよ! 」
「ぐえっ……! 」
後から遅れて不知火の上に着地した吉良は、日南を怒った。その真下には二人に全体重を請け負った不知火、頭には怒りマークがいくつも浮かび上がった。
「えー、だって不知火さんが顔にも似合わないし、珍しく落ち込んでるようだったからー! 」
「それは一大事ですね。何かあったんでしょう!話を聞かないと!! 」
吉良も日南も背中から降りる気はないらしい。
「そのまま喋るな!馬鹿どもがァッ!! 」
不知火本日二度目のブチギレ。
「はぁ、はぁ、はぁ……全く、お前ら覚えとけよ。 」
「女の子二人に乗ってもらえて、おじさん幸せだったね。あっ、礼なら要らないよ。 」
日南のこの調子に腹を立てるのが馬鹿馬鹿しくなり、不知火は首を横に振った。
「……まあいい。テメェら任務だ。この三人と後一人、朝日奈家の時期当主様だってよ。まだ新人だろ? 」
「光明様の指示とあれば仕方ありませんよ。新人でも光明様が必要なら兵士です。 」
吉良は光明に絶対的な忠誠をしている。
不知火や日南を除き、彼女が完全に味方だと信じてやまない人物だ。
「お疲れ様です。虹色隊の朝日奈火炎です。光明様からこちらに合流するようにと、仰せ使われました。 」
背後から声が聞こえ、三人は振り返った。
見た目は完全に朝日奈焔の若かりし頃にそっくりだったが、その真っ直ぐな瞳だけは全く似てなかった。
「ご苦労様、随分と礼儀正しいんですね。とっても良いことです!朝日奈家の男が皆、そうであって欲しいものですよ! 」
吉良は焔と比べて好感的な印象を持てたようで、火炎に優しく話しかける。
「ありがとうございます。次期当主として当たり前の礼儀を光明様からお教え頂きましたので。 」
「んー、まあ何つうか…朝日奈っぽくねえな。めっちゃ無理してねえか? 」
火炎の額に汗が落ちる。
「無、無理など……!滅相も!! 」
「私、君とは会ったことあるよね?そん時、そんな言葉遣いじゃなかったじゃーん! 」
火炎の額に滝のような汗が流れ始め、彼は開き直ったようにため息をこぼした。
「はぁ……光明様、無理だよ無理。俺にこんな礼儀キャラ、見てんなら分かってくれ! 」
すると、火炎の左ポケットに入った端末が振動した。
携帯の画面には「仕方ありませんね。いつも通りの火炎で行きましょう。」とチャットトークが届いていた。
「やっぱり、朝日奈の男共は礼儀がッ!なってないんですね!でも、それは焔や青火に限っての話、火炎君は見定めてからにしますよ。 」
ぷんっと怒って顔を逸らす。
吉良は朝日奈家の男に何をされたんだ、と、思うくらいの怒りっぷりだ。
「まあまあ会って間もねえし、こっからいっしょに任務すんだからよ。吉良ちゃんも最初から嫌悪感丸出しじゃ、やりにくいだろ? 」
「……はい。すみません。 」
吉良は肩を落として反省した。
彼女は"朝日奈"と聞くと、光明や燈火には反応しないが、特に焔に拒絶反応が出る。過去に何か嫌なことがあったんだとか。
「ひとまず自己紹介は要らなそうだな。なら、時間もねえし、任務行くぞ。 」
不知火が日南に視線を送る。
「オーケー!《強欲の叡智よ、私の呼びかけに応じなさい!強欲の大鎌》! 」
日南が唱えた詠唱と共に現れたのは、黒い大鎌だった。日南が大鎌を振り下ろすと、空間が切り裂かれ、ミクルが作り出す空間移動のトンネルが現れた。
「目的地は前線中枢だよ。 」
日南、不知火を含んだ四人は空間を移動して、目的地の前線中枢へと向かった。
「……何かが迫るのを感じる。 」
「オイ、ヨハネェ!監視はどうなってる?私が呼んだ小型雑魚共は仕事してるか? 」
日南達が向かった日本の前線中枢近くの廃ビル屋上には、五宝石とロゼが滞在していた。
「はい、ロゼ様。小型達は贄になるための準備を着々と。 」
「ならいい。それよりもキングの雑魚が死んだんだとよ。あいつらの一派全員全滅、笑えてきやがる。お父様がどう動くかと焦ってたけど、お父様はアイツが死んでたこと知ってたみたいだし、呆れ顔で沈黙。尚更笑えるね!アハハッ!ハハハッ!! 」
ロゼは笑いを堪えるのに必死だった。
アレだけ人を苔にして末裔を奪ってった奴が末裔に滅ぼされて、終いには自分の兵士も全滅させてしまうとは。自分ならそんなヘマはしない。例え一回殺されてても、もう二度とない。
「ヨハネ、なんか感知したか? 」
「……ええ、この中枢に向かってくる魔法師の影が四人。中に空間魔法使いが一人です。 」
ヨハネは優れた感知能力で不知火と日南達のことを先に察知していた。流石に誰が来たかまでは察知出来ていないが、正確な人数と何で来たかを察知出来ている。
「やっぱり、偵察はヨハネだな。他のバカは何も使えやしねえ!お前ら戦うことしか出来ねえんだから、そろそろ仕事だぞ! 」
ザックと猿顔のマンキはロゼの呼びかけに、彼女の足元に跪いた。
「ただでさえこっちは頭数減ってんだ。マールもラブカも、もう居やしない。ヨハネは偵察、ザックとマンキは私と一緒に敵を撃破よ。 」
今回、ロゼは日本の前線への潜入しての任務。自分の直属の上司であるソロモン直々の任務とあっては大勢の兵士を引き連れて堂々と仕事は出来なかった。だから仕方なく、自分の直属の部下の五宝石と自分だけで挑んだ。
「今は魔術師と人間の戦争中。別に見つかったって構いやしねえ。見つかったらソイツらを完膚なきまでに潰すまでだ。それに、嫌いだけどあいつらの増援もくる。 」
ロゼは面倒くさそうに言った。
不知火と吉良、日南に火炎は目的地の前線中枢へと辿り着いた。
そこで不知火と日南が付近の高いビルに強い魔力を感知し、臨戦態勢を取る。
「……あのビルから嫌なオーラがぷんぷんするね。 」
「ああ、あの魔力は……面倒臭ェ!魔術師とアビスか! 」
ビルとビルの隙間から覗いても尚、その気配と魔力は異様なまでに感じ取れた。
一人の魔術師はかなりの手練れ、側近のアビスも相当な力を持っている。
「吉良ちゃんと火炎、俺と日南で分かれて敵を叩くぞ!標的は四人。それもかなりの手練れだ!分かったら、返事なしで行けッ! 」
吉良と火炎は不知火の言葉を背に走り出した。挟み撃ちか、それとも分断させての攻撃がいいか、迷ったが相手のアビス種が分からない以上、下手に動くことも出来ない。
それに小型を倒す任務だってある。
「……光明様がこの魔力体に気づかなかったわけがねえ。それでも俺らに指令を出さなかったってことは、つまりそういうことだ。 」
「全く……あの女、私達なら気づけるって分かってて指示を省いたわね!そういうところあるから好きじゃないのよ! 」
日南は少し怒って、頬をぷくーっと膨らませる。
「それでも尚、火炎を送り込んだんだ。何かしたらの策略はあるんだろうな。 」
「そうだね。彼、結構な魔力量だね。朝日奈家の当主って言ったら焔君が有名だけど、どっちかっていうと光明様タイプ? 」
「魔法の使い方とかそういうのは光明様に似てるのかもな。事実、俺が指示をする前に誰と組むのか分かってたような動きだったぞ! 」
策略、作戦、そういうものを考えることに向くタイプと、指示されたことを簡単に汲み取り、それ以上の動きで敵を翻弄するタイプ、またありえない動きで策略さえもなかったことにしてしまうタイプと、戦闘において様々なタイプが存在しているが、火炎は光明によく似ている。
「吉良さん、敵は接近したら降りてきます。俺が囮になるので、敵を引きつけたと思ったら魔法で敵を縛り上げてください。その後は流れに身を任せる感じで! 」
「分かりました! 」
吉良は彼の指示通り、その場で敵の動きを待つ。まだ学生、まだ新人だけれど、彼の言葉には少し信憑性があった。
「キキキッ!!かかったな人間!殺すッ! 」
猿顔のマンキがビルの直下に着いた時点で、猿特有の跳躍を生かし、凄まじい速度で降りてきた。手には刃物、口元に付いた牙を剥き出しにして火炎を襲う。
「……バカの思考は読みやすい。 」
「本当に来ましたね。《魔を愛する者よ、一度とて離れることを知り、己を見るがいい!束縛結界》! 」
吉良の詠唱が終わると彼女の背後から無数の鎖が飛び出して、マンキを締め上げる。
「こんなもの、ふんぬぬぬぬ!! 」
魔力を込めた力で鎖を引きちぎろうとするが、マンキの腕力に魔力は上乗せされなかった。
「無駄ですよ。その鎖は貴方の魔力の一切を遮断する! 」
「……だそうだ。何したって無理なんだ。諦めるか?《全反射》! 」
火炎が作り出した結界内にマンキはすっぽり収まった。みるみるうちに凝縮されていく結界の中でマンキは自分が存在している空間が狭まっていくのを感じることしか出来ない。
「……キキキ!クソ!絶体絶命かァ!! 」
マンキが絶体絶命かに見えた瞬間。
竜巻のような強風が火炎と吉良の頭上に吹き荒れると、真っ赤な翼のドラゴンが現れた。
覇滅龍、ザックのアビス化だ。
「グォォォオオオオオオオオオオ!! 」
ザックの長い尻尾がマンキの反射壁を直撃した。尻尾の一撃の火力は高く、反射壁をガラスのように軽く割って見せ、味方のマンキを遠く彼方へと吹っ飛ばしてしまった。
「ケケケ、人間風情!この俺様だけで十分よ!グォオオオオオオオ!! 」
ザックは咆哮と共に日本の言語を混ぜて、嘲笑の笑みを浮かべる。
「吉良さん、構えてください!コイツは作戦なんか通用しないタイプです!それでも、突破口を見つけてみせる!時間を稼ぎましょう! 」
「分かりました。朝日奈火炎、貴方が光明様と同じタイプなら私に指示を……!! 」
吉良は火炎の背中に光明と同じ力を見た。
僅かだが可能性に賭けてみることにした。彼女が崇拝する光明様と火炎の力を。




